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筋肉オネェ様はへっぽこ男子の恋愛アドバイザー  作者: みん


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4/12

lesson3


 「うおぉぉ……!! ごじゅうぅぅぅ!!」


 フィリップスとの出会いから一ヶ月、エリオットは今日も坂道50本ダッシュを頑張っていた。

 

 「いいじゃない、タイムも短くなってるわよ」

 「ほ、んとっ、ですかっ……!!」


 ぜいぜいと息を荒げ、膝に手をつくエリオットは、腕時計を見て満足そうにしているフィリップスを見上げる。

 先生の肉体は今日も素晴らしく、盛り上がった胸筋がぐっとドレスを押し上げている。

 フィリップスに以前身長を聞いたら、190センチもあるのだとか。

 

 「足も、棒切れからししゃも位にはなってるわね」

 「うっ、嬉しいです……!!」


 エリオットは、トレーニングを受けている事を両親に伝えていた。

 父はそれでこそマリンレーヴェンの男だ!と喜び、母は三食のメニュー作りに協力すると言ってくれた。


 母とフィリップスの献立のおかげで、小さかったエリオットの胃はやや大きくなり、体重も順調に増えている。

 元が小食なので、増えるのは割と直ぐなのだとか。

 フィリップス曰く、ガリガリからカリカリ位にはなっているらしい。


 「思ったより成長早いじゃない、頑張ってるわね」

 

 今日は先生が珍しく沢山褒めてくれる。

 エリオットは嬉しくて、だらしなく笑った。


 「え、えへへ……、ぐぇ!」

 「その締まりのない顔はどうにかしなさい!」


 今日も必殺フィリップス手刀が、エリオットの腹に炸裂する。

 坂の上ですったもんだしていると、唐突にのんびりとした女性の声が聴こえた。


 「あらぁ? フィリップス様、こんな所でどうしたんですかぁ?」


 海風に揺れる、綺麗なミルクティー色のセミロング、長いまつげに縁取られた、垂れ目のハシバミ色の瞳。

 その人はまさしく、エリオットの恋するイスラであった。


 「ただの散歩よ、イスラちゃんは帰るところ?」

 「はい、そうなんです~。あら、そちらの方は?」


 突然のイスラの登場に、エリオットは焦りまくって挙動不審になる。

 何も言えないでいると、バシッ!と尻をフィリップス必殺平手打ちで叩かれた。


 「あでっ!! えっ、えっと……、えと! す、好きです!!」

 

 終わった。

 焦りすぎて本音と建て前(自己紹介をしようとした)が反対に出た。

 頭を抱えそうになるエリオットに、イスラは頬に手を当ててにっこり笑う。


 「あら~、私もフィリップス様の事、だ~いすきです。気が合いますねぇ。うふふ」

 「えっ⁉ あ、はい! 先生の事は尊敬してます!」

 「私もです~、それに美しい肉体。惚れ惚れしますよねぇ」

 

 どうにも会話が噛み合わない。

 エリオットは、イスラが天然だという事を思い出した。


 (こっ、ここまでふわふわした人なんだ……! でも、それもまた可愛い!)


 埒が明かないと思ったのか、フィリップスが会話の主導権を握る。


 「アタシの筋肉が好きなんでしょうイスラちゃんは。恋愛とかじゃないのよね」

 「そうです~、恋はまだしたことがありませんねぇ」

 「はっきり言うわねぇ、こっちのししゃもはエリオット・ミル。そこの花屋の息子よ」

  

 フィリップスにイスラが恋をしている訳じゃない事が分かって安心していたエリオットは、紹介して貰えて、ピーンと背筋を伸ばす。

 

 「エリオットです! 花屋の息子です! 19歳です!」


 紹介された事を二回言う形になったが、イスラはにこにこ微笑んで自分からも名乗ってくれた。


 「イスラ・アバーです、フィリップス様のお店でお針子をしています、17歳です~」


 イスラの年とミドルネームが知れて、それだけでエリオットの心は満たされた。

 だが、フィリップスを見ると、口パクで『もっと会話しろ!』と言われている。

 

 (会話、会話……!)


 焦ったエリオットは、典型的な言葉を口走った。


 「い、良い天気ですね‼」

 「はい、今日もお日様がぴかぴかですねぇ」


 沈黙が降りる。

 フィリップスは目頭を押さえて天を仰いでいた。


 「……イスラちゃん、このししゃも、貴方とお友達になりたいんですって」

 「わぁ、お友達嬉しいです~、じゃあお友達らしく、エリオくんって呼んでいいですか~?」

 「も、もも勿論です‼ ぼ、僕もイスラさんって呼んでいいですか!」

 「お友達なので、イスラちゃんって呼んでください~」


 イスラちゃん。

 夢の様な呼び方に、エリオットは感激で震える。

 フィリップス先生神に大感謝だ、絶対に足を向けて寝られない。


 「イ、イスラちゃんっ‼」

 「は~い、エリオくん」

 「イスラちゃん‼」

 「うふふ、エリオくんは面白い人ですね~」


 面白い人認定も、神に与えられたギフトだ。

 

 「あっ、すみませんがそろそろ帰らないとなんです~。フィリップス様、エリオくん。またねです~」

 「気を付けて帰るのよ」

 「まっ、またね!」


 エリオットは、去っていくイスラのミルクティー色の髪をいつまでも見つめ、姿が見えなくなるまで手を振っていた。


 「せ、先生‼ ほんっとうにありがとうございます‼」


 抱き付く勢いで迫って来るエリオットを、フィリップスは鬱陶しそうにはねのける。

 さっと手を払われただけだが、その風圧でエリオットは吹き飛んだ。


 「やめて暑苦しい! アタシ男に抱き付かれる趣味はないわ!」

 「ぐぇぇ! でも、感謝しててぇ!」

 「分かったから! 認知して貰えて良かったわね」


 本当に良かった。

 それにお友達にもなれた。

 エリオットは有頂天でジャンプする。


 「嬉しそうなとこ悪いんだけど、このままじゃ永遠にお友達止まりよ」

 「ふぇっ」

 「アンタだって思ったでしょ、イスラちゃんの天然具合の凄さ。あの子から好きになって貰えないと、愛の言葉も全てスルーされるわ」


 確かに、最初に間違って好きだと言ってしまった事も、彼女の解釈で完全に流された。

 このまま一生お友達……。


 「い、嫌です‼」

 「きゃっ、急に叫ばないで! だから言ったでしょ。筋肉が無いと始まる恋も始まらないのよ」

 「ど、どうすれば良いですか……⁉」


 エリオットは、そろそろ坂道ダッシュだけでは鍛える限界が近付いてる事を悟っていた。

 何か新しいトレーニングをしなければ、イスラの理想に近づけない。

 にやりと笑ったフィリップスは、ポケットから一枚の紙を出す。

 

 渡されて中を見たエリオットは、その膨大な量のトレーニングメニューに卒倒しそうになった。

 腹筋500回、背筋500回、腕立て伏せ300回、プランク100セット、他にも沢山……。

 勿論食事もこれまでの二倍だ。


 「こ、こここれ。一ヶ月とかでやる感じですかね? はは……」

 「何言ってんの? 毎日全部やるに決まってるでしょ‼」

 「ひー! やります! 是非やらせて頂きま~す!」


 迫力満点の筋肉に迫られたエリオットは、涙目で叫んだのだった。


 

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