lesson11
──ゴーン、ゴーン……。
結婚を祝福する鐘の音が鳴る。
今日はとうとうイスラの両親の結婚式。
エリオットは参列者として、海辺に設置された、白いテーブルクロスの掛かった机の前にある席に腰掛けていた。
今回の式は小規模なものなので、教会ではなく海辺に会場をセッティングし、親しい人だけを招待している。
オルガンを奏者が演奏しだして、音楽に合わせイスラの両親が神父の居る鐘のしたに向けて歩き出した。
イスラの作った揃えは美しく、母はスレンダーなヒップラインから下が膨らんだ大人の上品さを感じさせるドレスで、父は逞しい身体付きを強調させる身体のラインを魅力的に魅せるタキシード。
エリオットが作ったブーケが彩りを添えていた。
夫婦はとても幸せそうな顔で、ゆっくりと歩みを進める。
招待客はそんな二人を祝福し、拍手を送っている。
鐘の下に着くとオルガンが止み、宣誓と指輪の交換が行われ、その後イスラの母が
海に向かって思い切りよくブーケを投げた。
綺麗な弧を描いて飛んで行ったブーケは無事に波間に浮かび、白い輝きを放ちながらゆっくりと沖に流れて行く。
これで海の神様にも、二人を祝福して貰える事だろう。
代表の挨拶をする為、青いドレスを着たイスラが壇上に上がり、席に着いた両親と向き直った。
参列者に向けて一礼したイスラは、手紙を取り出して読み始める。
「お母さん、お父さん、本日はおめでとうございます。私のわがままを叶えて結婚式を挙げてくれて、とっても嬉しいです。今まで沢山愛情を注いでくれたお母さんとお父さんが大好きだから、これからもいっぱい幸せになって欲しいです」
両親は堪らなくなったのだろう、涙を零しながら、立ち上がって二人でイスラをぎゅっと抱き締めた。
「ふふっ、泣いてたら駄目ですよ~」
「イスラ……! 本当にありがとう!」
「お前が居てくれるだけで充分幸せだったのに、こんな素敵なプレゼントを貰えて、父さんも母さんも世界一幸せだ!」
エリオットを始めとした人々は、温かい表情で拍手する。
彼が隣を見ると、涙目になったフィリップスがハンカチで涙を拭っていた。
この筋肉、案外涙もろいのである。
──式が終わり、わいわいと歓談する時間になって、エリオットはイスラが一人になるタイミングを狙っていた。
だけど彼女は全然一人にならない。
それもそうだ、主役二人の娘なんだから、沢山の人に声を掛けられるだろう。
「イスラちゃん、忙しそうねぇ。エリ坊、どうする?」
フィリップスは流石に無理そうだと思ったのか、エリオットに今日は辞めておくかという意味で問い掛けて来た。
しかし、エリオットはぐっと拳を握る。
人が見ているからってなんだ、両親の前だからってなんだ。
イスラへの想いは生半可なものではない。
この日の為に自分は頑張って来たし、沢山の人の力も借りて来た。
「僕、行ってきます!!」
師匠に向かって宣言し、エリオットは人垣の中に居るイスラ向けて歩き出した。
その背中は大きく、逞しい。
フィリップスは、弟子の成長に眩しそうに眼を細めた。
──「イスラちゃん!!」
エリオットは一際大きい声でイスラを呼ぶ。
人垣が独りでに割れて、彼女への道が真っ直ぐに開かれる。
「エリオくん?」
きょとんとした顔のイスラに向けて歩みを進め、エリオットは彼女の眼の前に立った。
何が始まるんだとざわざわとする人々の真ん中で、二人は向かい合う。
エリオットは、不思議と緊張していなかった。
イスラ以外の人は見えなくて、彼女と二人きりになった気持ちになる。
彼はすぅっと息を吸って、言葉を紡ぎだす。
「イスラちゃん、僕は君の事が大好きだ」
「えっ! えっと……、お友達として、ですか?」
イスラは顔を赤くして、エリオットに尋ねる。
普段の彼ならここで引いていただろう。
だけど、腹に力を入れてエリオットは続きを言う。
「違う、恋人になって欲しいと思ってる! 僕の好きはそういう好きなんだ! イスラちゃんの可愛い笑顔が大好きだし、優しくて思いやりに溢れている所も大好きだ! ご両親の為に懸命に努力しているイスラちゃんも大好きだ! 他にも言い尽くせないくらい、君の全部が本当に大好きなんだ!」
エリオットは、イスラに向けて手を差し出す。
「飾った言葉も言えない僕だけど、絶対に君を幸せにするって誓う! どうか僕と恋人としてお付き合いしてください!」
大きな声で言いきったエリオットは、イスラのハシバミ色の瞳を見つめた。
次第にその瞳は潤んでいき、エリオットの手に柔らかな温もりがそっと重なる。
「はいっ。私もエリオくんが大好きですぅ、よろしくお願いします!」
わっ! と周りの人々から歓声が上がった。
イスラの両親は涙ぐみ、娘をよろしく頼むと言ってくれる。
夢みたいで、続きを言えないでいるエリオットの背中に、バシーン! と衝撃が走った。
「うぅっ!!」
「エリ坊、もういっちょ頑張りなさい!」
もういっちょとはなんだ? と思っていると、周囲から期待のオーラが出始める。
イスラは頬を染めて、目を瞑った。
(も、もしかしてキス⁉)
慌ててフィリップスを見ると、バチンとウインクで返される。
これは間違いない、キスを所望されている。
エリオットはイスラの華奢な肩に震える手を沿えて、眼を開けたまま唇を近付けた。
そっとお互いの唇が重なり、一緒に鼻がぶつかってしまう。
いっぱいいっぱいのエリオットは、直ぐに顔を離した。
「いいぞー!」
「やったな兄ちゃん!」
「おめでとうー!」
ヤジががやがや飛んできて、エリオットは恥ずかしくて委縮しそうになるが、イスラの前でみっともない姿を見せられないので、頑張って背筋を伸ばす。
「キスもトレーニングが必要ね」
「わぁ、じゃあ今日から私もフィリップス様の弟子ですね~」
「えぇ! イスラちゃんも⁉ というかトレーニングってまだ続くんですか!?」
フィリップスは、ふんっと胸を反らす。
「当たり前じゃない! エリ坊はまだまだマグロなんだから、これからも鍛えるわよ!」
「エリオくん、がんばって筋肉でボタンを外せるようになってください~」
「ボタンを!?」
人々の笑い声が青空の下に響く。
オネェ様の恋愛トレーニングは、まだまだ続いて行くみたいだ。
~END~




