lesson9
──パチン、パチン
エリオットは【チェンジャーヴェレ】の個室で、神経を尖らせながら小花の剪定をしていた。
何故自分の家ではないかというと、フィリップスが練習用の花の代金を持ってくれる事になったからだ。
イスラとエリオットは最初遠慮したのだが、フィリップスが、これくらいさせなさい! と言ってくれたのだ。
(先生、なんだかんだ優しいなぁ)
「いでっ!」
ぼやっと筋肉モリモリマッチョマなドレス姿を思い浮かべていたら、バラの棘に指を刺してしまった。
「ありゃー、やっちゃった」
すっかり痛みに慣れてしまったエリオットは、慌てることなく鮮血の滴る自分の小指を見る。
隣のシャワールームに行って指を洗おうと廊下に出たら、差し入れのドリンクを持って来てくれたらしいイスラと行き会う。
「エリオくん、どうしたんですか~?」
「イスラちゃん! 実は棘を指に刺しちゃってさ~、洗いに行く所なんだ」
白い花が溢れる個室のテーブルにドリンクを置き、イスラはエリオットの手を掴んだ。
二回目のイスラの柔らかな手に、エリオットは真っ赤になる。
(柔らかいし、良い匂いするぅぅぅぅぅ‼)
前よりも距離が近く、香ってはいけないイスラ自身の香りがエリオットに届く。
ドギマギしているエリオットをよそに、イスラは怪我の具合を確かめている。
「結構深いですねぇ、救急箱を持って来るので待っていてください~」
イスラはパタパタと奥に走って行き、直ぐに戻って来た。
彼女は慣れた手つきで消毒液で傷を洗い、コットンと傷テープで指を覆ってくれた。
「はい、出来ました~。痛いの痛いのとんでいけ~」
ほわほわとした笑顔で、イスラがおまじないを掛けてくれる。
どうしよう、物凄く可愛い。
エリオットは思わず、心の声を漏らしてしまった。
「好きだなぁ……」
またやってしまった。
でも事実だから仕方ない。
イスラが何も言わないので、エリオットは恐る恐る彼女の顔を見た。
「……イスラちゃん?」
「えっ……! えと! そろそろ戻らないとなので、失礼しますぅ!」
いつもより早口に去って行ったイスラは、確かに顔を赤くしていた。
「え、えぇ⁉」
あの場に居た者は自分とイスラだけだし、好きという言葉に確実に反応してくれた筈だ。
エリオットは、イスラに初めて意識して貰えたことに有頂天になった。
小躍りしながら席に戻ろうとしたら、ノックもなしにバーン!と扉が開く。
「うわぁぁぁぁぁ⁉」
「今イスラちゃんが顔赤くしながら戻って来たけど、エリ坊、遂にやったのね⁉」
興奮気味に勢い良くやって来たのは、本日赤いマーメイドドレスに身を包んだフィリップスだ。
この筋肉、色恋の気配に敏感なのである。
胸鎖乳突筋をぴくぴくさせ、フィリップスは身を乗り出してくる。
「告白したんでしょ⁉ どうだったのよ‼」
「えっとぉ……、告白と言いますか漏れ出ちゃったと言いますか……」
エリオットは眼を泳がせながら、経緯を話した。
「……このあんぽんたん‼ ムードもへったくれも無いじゃない! そんなの告白じゃないわ‼」
やはり怒られて、エリオットは肩をすぼめる。
「すみません! 自分でも想定外だったんですー!」
腕を組んだフィリップスは、溜め息を吐く。
「まぁ、意識して貰えたのは収穫ね。問題はここからどうアプローチしていくか、ね」
「これからですか?」
「好きって言っただけで、どうなりたいかまで伝えないと進展しないじゃない! それをムードあるタイミングで伝える、これが大事よ」
ムード……。
王太子夫妻が作っていたあまーい雰囲気の事だろうか?
エリオットは自分で作れる気がしない。
「先生、僕王太子様の様に甘い言葉がスラスラ出てこないです。恥ずかしくてどもってしまって、逆効果になる気がします……」
「何もあれを真似しろって言ってるんじゃないわよ。エリ坊の良い所は素直さなんだから、愛の告白はストレートに頑張んなさい」
ちゃんと良い所をフィリップスが知ってくれている事に、エリオットは嬉しくなった。
「じゃあ、ムードってどうすれば良いんですか?」
「おあつらえ向きのイベントがあるじゃない」
「え?」
そんなイベントあっただろうか?
エリオットが首を捻っていると、フィリップスが再度溜め息を吐く。
「全くアンタは、今している練習が何に使われるか分かってない訳?」
「あっ! 結婚式!」
結婚式の会場なら、幸せいっぱい、ムードいっぱい。
イスラの両親の式が終わった後、告白する絶好のチャンスだ。
「気付いたわね、残り一週間で男ぶりを仕上げるわよ!」




