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第三章:飛翔JULY, she will FLY. ③

七夕の夜、浴衣と灯りで彩られる港まつり。

鏡・鼎・凜の三人は、それぞれの胸にしまっていた想いを、

ついに隠し通せなくなっていきます。


雨宿り、寄り添う体温——そして花火。

その一瞬の近さが、三人の関係を大きく変えることになる後編です。


そしてこの夜を境に、物語はいよいよ「海水浴編」へ。

夏の光が強くなるほど、三人の気持ちもより鮮やかに、そして複雑に揺れ動いていきます。


どうぞ、最後までお楽しみください。


※なお鏡の両親について詳しくお知りになりたい方は拙著「TSした親友と結婚することになった俺氏の話ver2」https://www.pixiv.net/novel/series/14250995をご参照願います。

第八節FLOWER need RAIN.


◇高山凜の場合


 七月七日、今夜は地元最大の夏祭り・港まつり二日目です。フェリー埠頭を会場に、花火大会を含めて盛大に行われます。この機会を利用して鏡ちゃんとの距離を縮めましょう。

 ただし鼎くんとは紳士協定を結びましたので抜け駆けはご法度です。クラスメイト何人かと、何故か山田くん佐藤くんも一緒に来ることになりました。

 しかし私は一つ鼎くんより優位に立ちました。鏡ちゃんの浴衣を私がプロデュースすると言うことです。

 もちろん抜け駆けではありません。鼎くんにはちゃんと言ってありますから(灯姐さんの協力を得ていることを除けば、ですが)

 ふふふ。鼎くん、君に勝ち目はありませんよ。父にねだって買い求めた私のこの浴衣がある限り。

 この日は学校もお祭りに合わせて半日授業になるのが習わしです。十五時、私は約束通り鏡ちゃんの家に行きました。リビングで鏡ちゃんの着付けが始まります。何を措いても先ずは脱がせなければ始まりません。

 ほーら鏡ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょーねえ。

「ちょっと凜ちゃん! 見ないでよっ!」

 私は初めて鏡ちゃんのハダカを見てしまいました( *´艸`)ウフフ

 それにしても細いなあ。羨ましい。細過ぎてタオルやら何やらを巻いて補正されちゃっています。

 鏡ちゃんの浴衣はお母さんから譲られたひまわり柄です。この情報を灯姐さんから事前に入手していたため、私も同じ柄の浴衣を選んだのです。尤も同じひまわりの意匠と言うだけで、完全にお揃いという訳ではありませんが。

 鼎くんは知らないでしょう。ひまわりの花言葉は「あなただけを見つめる」

 これで鏡ちゃんと私は実質両想いです。やったぜ!

 私は姐さんの部屋で着付けをしてもらい——自分では出来ないので——姐さんも浴衣に着替えて再度リビングへ降りました。既にお母さんも着付け完了しています。

 因みに姐さんはあさがお、お母さんはほおずき柄でした。二人とも粋ですねえ。

 姐さんたちはお父さんお兄さんと後からいらっしゃるそうなので、ここで記念撮影です。カメラですか? 当然私のですよ。この私がカメラも持たずに来るなんてありえません。ただし今日は荷物にならないよう、レンズは高倍率ズーム1本のみです。

 三脚もないのでテーブルの上にカメラを直置きし、セルフタイマーをセット。私と鏡ちゃんが内側、姐さんとお母さんが外側に並びます。

 シャッターが切れたところに鼎くんが来ました。ゴメンね鼎くん、君だけ蚊帳の外で(←悪役令嬢笑い)



◆稲葉鼎の場合


 七月七日。

 ここT市では、俺の誕生日を祝って盛大な夏祭り「T港まつり」が開催されます(噓)

 クラスでも俺の誕生日を祝うために祭りに行こうと言うことになりました(大噓)

 面子は俺ら三人の他、男子では毛利、石田、真田、女子では八雲由加利ゆかりん八坂早苗サナー小野小町こまっちゃん。加えて何故かサトーとヤマ。

 住所の都合で駅前バスターミナルで合流、そこから連れ立って会場に行こうということになりました。

 十七時、俺は親父の浴衣を借りて、打ち合わせに従ってかがみんを迎えに行きました。順路的にそうなっているだけで、凜を出し抜こうとか、そういう意図はありません。

 勝手に中に入るとリビングから楽し気な笑い声が聞こえてきます。その中に凜の声が混じっていることを、俺は聞き逃しませんでした。

 悔しいったらありゃしねえ。でもこれは事前に了承済みなので今更文句も言えねえ。ならば突撃あるのみ!

「ちわーっす、迎えに来ましたわー」

 リビングに入っていくと、ちょうどかがみんが浴衣を着終わったところでした。おじさんはまだ帰宅していないようで、灯姉さんとおばさんが凜と一緒に居ました。みな浴衣を着ています。

「いらっしゃいカナくん。見て見て、うちらの力作!」

 灯姉さんが嬉しそうに俺を呼びます。

 女性陣三人に周りを固められ、センターで恥ずかしそうに立ち尽くすかがみん。白地にひまわり柄の浴衣が可憐です。後ろで束ねた髪に銀色の簪も良く似合っています(もう女ものを着ていることに驚いたりはしないぜ!)

 そう言えば七月の誕生花ってひまわりなんですよね。花言葉は「あなただけを見つめる」

 かがみんが俺だけを見つめてくれればこんなうれしいことは無いなあ。凜のやつ、知っててこれを選んだとは思えないけど。

 そしてその時になって気が付きました。凜も揃いの浴衣を着ています。迂闊でした。コーディネートを任せたばかりにorz

 クソッ。第一セット、かなりの不利を認めざるを得ないようですね。



◇小田鏡の場合


 七月七日のT港まつり、結局僕はまた着せ替え人形にされてしまった。

  半日授業で帰宅したら母さんと灯姉(あかねえ)が待ち構えており、僕に浴衣を着せるのだと言う。そこへ凜までやって来た。さっき別れたばかりなのに。これ、絶対逃げられないやつだ。

「なんで凜までいるのさ」

「だって鏡ちゃんの初浴衣・完全体だよ!? 見逃せるわけないでしょ!」

「あたしが凜ちゃんに連絡したんよ。今日浴衣着せるって」

 ああ、そういう共犯関係ね……。

 僕の意志とか尊厳とか、ひょっとしたら基本的人権とかも、たぶんこの部屋に存在してない。

「ほーら鏡ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょーねえ」

 凜と灯姉が僕のパンツに手を掛ける。

「ちょっ、やめて! 脱がさないで!」

「大丈夫大丈夫、私たち以外誰も見ないから!」

 そういう問題じゃない!

「自分で脱ぐから! 手ぇ離して!」

 もう無理だ。観念するしかない。シャツを脱ぎ始めた瞬間。

「きゃーーー! 鏡ちゃん白い!!」

「腕ほっそ!! 肩ちっさ!! なにこの女の子体型!?」

 ……お願いだから静かにしてくれ……。

「ほら灯、帯お願い。私は襟のライン整えるから」

 お母さんの手が迷いなく僕の肩に触れ、布を滑らせて襟を合わせていく。

 灯姉は「うちじゃ鏡が一番似てるねえ」とニヤニヤ。凜は凜でスマホを構えながら「いやこれ、鼎くん絶対死ぬやつじゃん」とか物騒なことを言っている。

「撮るな!!!」

「大丈夫大丈夫、私的鑑賞用だから!」

「それが一番ダメなの!!」

 浴衣が身体に馴染んでいくにつれ、なんとも言えない不安が膨らむ。

 僕は男だ。男のはずだ。

 なのに三人の目には、どう見ても「女の子の支度」に映っているのが分かる。

「鏡、ちょっとこっち向いて。」

 お母さんが帯を結び終え、僕の顔を見つめてふっと息を呑んだ。

「……うん。昔の私にそっくり」

 その瞬間、凜と灯姉さんが同時に「わかる!!」「めっちゃ分かる!!」と叫んだのにはさすがに僕も心臓が止まるかと思った。

「ちょ、ちょっと……! 大袈裟だよ!」

「大袈裟じゃないよ。鏡、お父さんも言ってたでしょ」

「鏡ちゃん……本当に可愛いよ……写真撮りたい……撮りたい……」

「撮りながら言うな」

 もう無理だ。恥ずかしさで死ぬ。

 でも鏡に映った自分は、思ったよりも自然で、知らない誰かみたいで。

 そして確かに、お母さんに似ていた。

 胸の奥がじんわり熱くなる。

 そんな僕を見て、お母さんがそっと微笑んだ。

「鏡。あなたは、お母さんの誇りよ。……女の子でも、男の子でもね」

 その言葉で、胸の奥が一度ぎゅっと締めつけられ、次の拍動が少しだけ痛かった。

「鼎くん、これ見たら絶対固まるよね」

「うん、即死確定」

「いや、ほんとに死なれると困るんだけど……」

 おかあさんと灯姉は後からお父さんと一緒にお祭りに行く。その前に浴衣に着替えて四人で記念撮影をすると言う。

 凜がカメラをセットし、三人に弄られながら、僕は真ん中に立った。

 浴衣の裾がふわりと揺れ、肌に触れるたびに心が落ち着かなくなる。

 鼎にはどう見えるんだろう。

 僕は、どう思われたいんだろう。

 胸の奥の熱は、さっきよりずっと強かった。


 午後五時半。鼎が合流して少しすると出発の時間になった。玄関先でお母さんが僕の帯をもう一度整えてくれて、こう言った。

「これで良し。さあ、私の代わりに楽しんでいらっしゃい」

 代わりに? お母さん、お祭りに行かないの?

 お母さんは静かに微笑むだけで、僕の質問には答えなかった。お母さんは時々訳の分からないことを言う。

「母さんは後から行くんだよ、さっきも言ったじゃん」

 灯姉が代わりに答えた。


 今日は三人だけじゃなく、クラスの何人かと連れ立って行くことになってしまった。リア充陽キャの中に一人だけなんて怖すぎるので、サトーとヤマにも声を掛けて護衛を頼んだ。

 祭りの会場はフェリー埠頭。住所の都合で鼎、凜以外とは駅前ターミナルで合流。

 バス停に着いてから、ようやく僕は思い出した。

 クラスの人間は僕が女装していることをまだ知らないんだ。きっと笑われる。どうしよう……。

 思い余ってその件を二人に相談した。

「大丈夫よ。こんなに似合ってるんだから、堂々としていればいいの」

「そーゆーこと。笑うやつは俺が黙らす(笑)」

 鼎が指の関節を鳴らす。物騒だなあ。


 凌雲公園前で乗車。バスは空席が無いほどに混んでいる。だいたいがお祭り客だろう。

 駅前バスターミナルで乗り換え。ここで皆と合流。僕は初めてクラスメイトに女装姿を晒してしまった。

 七番乗り場に向かって歩くと皆が立っているのが見えた。

 その時の僕の恥ずかしさを想像してみて欲しい。膝が震える。視線が痛い。もう帰りたい。

「お待たせー」

 凜が手を挙げると案の定ざわめきが起きた。「あれは誰だ?」という声が聞こえた。

「もしかして、小田くん?」

 八坂さんが訊いてくる。が、僕は答えられない。「嘘だろ?」と男子の誰かが言う。

「きゃーっ」と黄色い歓声が上がった。



◆◆高山凜の場合


 駅前バスターミナルで一旦下車します。ここで埠頭行きに乗り換えるのですが、佐藤くん、山田くん、毛利君、石田君、真田君、ゆかりん、サナー、こまっちゃんと待ち合わせしています。

 七番乗り場の方へ歩いて行くと、八人が立っているのが見えました。さーて、どんな反応を示すでしょうか。楽しみです。

 真っ先に目に付くのは、揃いの浴衣を着た二人の美少女でしょう。

 が……。

 フフフのフ。案の定、みんな戸惑っています。

「お待たせー」

 あれは誰だろう?という疑問の顔。

 もしかして?という疑惑の顔。

 そんなはずはない、という否定の顔。

 現実を受け入れざるを得ない、驚愕の顔。

 そして……。

 可愛い!という称賛の顔。

 そうです、それでいいのです。私が生み出した美少女への反応の、それが正しい在り方なのです。

 はっはっはっ。驚け、ひれ伏せ、戦慄せよ!

 腐った女どもが黄色い歓声を上げ、鏡ちゃんと鼎くんを取り囲んで写真を撮り始めました。

「きゃーーーっ! かがみん可愛いっ!」

「待って待って待ってリンノスケ! 小田くん可愛すぎ! 何これ神!」

「ひまわり柄! 似合いすぎ! もう尊い(てえてえ)!」

「凜ちゃんプロデュースでしょ? 天才! やったね!」

「ほらほら、もっと寄り添って! 稲葉くん肩を抱き寄せて!」

「かがみん、稲葉くんの胸に顔着けて!」

「嗚呼、かなきょう尊い!」

「あー私もデカいカメラ持って来れば良かったー」

 彼女たちの反応を見て、私は内心でガッツポーズをしました。完璧です。私の魔法がプロデュースした鏡ちゃんが、この場にいる全員の視線を釘付けにしています。この興奮こそが、私が求めていた景色なのです。

 ふっふっふっ。私の勝利ですね、鼎くん。


 埠頭行きのバスが来ました。全員が乗り込みましたが凄い混雑です。ふと気が付けば、吊り革を掴み損ねた鏡ちゃんを鼎くんが抱き締めているじゃありませんか。早速抜け駆けとは許すまじ。よろけた振りをして鼎くんの弁慶を蹴ってやりました。

 痛みを堪える鼎くんの顔、実に傑作です。



◇◇稲葉鼎の場合


 駅前バスターミナルで乗換えのため下車します。他の八人が七番乗り場で待っているはずです。ああ、居た居た! 女子は全員浴衣、男では俺一人ですねえ。

 合流すると案の定のひと騒動です。

「あれ誰?」

「うちのクラスの子じゃないよな?」

「高山の友達か?」

「めっちゃ可愛いじゃん。お友達になろうっと」

 奴らの目がギラつき始めました。ちょっと危険な雰囲気です。俺はかがみんの前に立ち塞がろうとしました。

「いや待て……誰かに似ている気がする」

「あっ!」

 石田が叫びました。

「小田……なのか?」

 どうやら気付いたようです。ふっふっふっ。さあ驚け、驚愕するが良い。

「マジかよ。あんなに似合うの反則だろ」

「てか普通に可愛いじゃん」

「ちょっと前からやたら色っぽくなってたしなー」

 腐女子どもは俺とかがみんを並べて撮りたがりましたが、野郎どもはかがみんと凜をセットで撮っています。まあいいや、好きにしてくれ。

「でも男なんだよなあ」

 石田の不用意な一言で空気がピリつきました。おのれ、言ってはならんことを……。

「可愛いに性別関係ある?」

 俺より先に凜が反応しました。ドスの利いた声、おっかねえ(笑)石田が言葉を失ってを口をパクパクさせる姿がめちゃめちゃオモロイ(笑)

「女装は男にしかできない、最も男らしい行為だからな」

 凜だけに良い格好をさせるわけには行きません。俺からも援護射撃です。


 埠頭行きのバスに乗り込みました。とんでもない乗車率、まさにすし詰めです。吊り革を掴むのにも一苦労でした。下駄を履いて足元不安定なかがみんが倒れそうになり、俺は咄嗟に空いた腕で抱き寄せて支えました。

 抜け駆けとかじゃありません。本当に咄嗟の行動だったんです。しかし凜は俺の向う脛を蹴飛ばして来やがりました。痛えなあ。おまけに勢い余ってかがみんの足まで踏んでるし。草履だから良かったものの、これが下駄だったら大怪我ですよ。少しは考えろって。



◆◆小田鏡の場合


「ははは!  なんだその格好!  罰ゲームか!?」

 僕を見るなり、ヤマが失礼なことを言った。後で〆るぞコノヤロー。

「おい、かがみん……どうしたんだ? 無理してないか? でも……いいな。コスプレの時よりも自然で」

 サトーは教養がある分表現が上品だ。サトーに肯定してもらえたおかげで緊張が解けた気がする。これだから僕はディオゲネス・クラブを辞められないのだ。

 ヤマが僕の額に手を当てた。

「かがみん、お前マジで頭おかしくなったんじゃねーの!?」

「山田くーん。あんまり鏡ちゃんイジメると、座布団と不幸せ運ばせるよ?」

 僕より先に凜が反応した。みぞおちにかなりいいボディーブローが入ったようだけど、ヤマのやつ大丈夫かな……。


 クラスの男子のリクエストで凜と並び、女子のリクエストで鼎と並んで写真を撮られた。皆がそれぞれ僕と並んでの自撮りを始めたけれど、全員が終わる前にバスが来てしまい、残りは会場でということになった。

 バスは満員、立錐の余地もない。前後左右から押されて倒れそうになる僕を支えてくれたのは(ベタだとお思いでしょうが)鼎だった。

 逞しい腕に抱きかかえられて、うっとりして鼎の胸に身体を預けていると凜に足を踏まれた。ゴメン。大慌てで鼎から離れる。けれどこの混雑では距離を取れない。凜の目が怖い。もう二度としないって約束したのに。


 バスが会場に着いた。ようやくぎゅうぎゅう詰めから解放されたけれど、会場もまた凄い人出だった。総勢十一人がはぐれずに行動なんてできるのだろうか。

 結論から言うと無理だった。いつの間にか僕といるのはサトー、ヤマだけになっていた。

 この三人で屋台を巡る。鼎とはぐれたのは残念だけど、あいつは今頃凜と宜しくやっているのだろう。二人の邪魔をするよりは陰キャグループと居る方が遥かに気が楽だ。この二人に声を掛けた判断は大正解だった。

 凜、続けて鼎からメールが来た。花火は一緒に見たいからと集合場所と時間を指定してある。仕方がない、それくらいなら妥協してやるか。

「六時半に小さいほうのロータリーで待ち合わせだってさ」

 サトーたちに情報を伝え、僕らは更に遊び続けた。ヤマの上機嫌が気持ち悪いくらいだ。奢るからなんでも好きなもの買えって言うし。

「お前、気色悪い。なんの下心だよ」

「いやいや、念願の『オタサーの姫』が手に入ったんだ、これくらいするさ」

「誰が姫じゃ、誰が(笑)」

「でも客観的に見て『オタク男子を連れ回す姫プレイ』だからね」

 僕のツッコミを冷静に否定するサトー。まあここはそういう事にしておこう。そもそも僕が女装沼に沈んだ責任の一端はヤマにあるわけで……。遠慮なく奢ってもらうことにする。覚悟しとけよ、ヤマ。



◇◇◇高山凜の場合


 バスを降りたものの、会場内もまたとんでもない混雑具合です。人混みの中、私は鏡ちゃんとも鼎くんとも離れ離れになってしまいました。一緒にいるのはサナー、ゆかりん、石田くんでした。

 なんとか鏡ちゃんを探したいのですが、流れに乗って歩くしかない状況です。他の三人はそれなりに露店を楽しんでいるようですが、私はそれどころではありません。こうしている間にも、鏡ちゃんが鼎くんの毒牙にかかってしまうかも知れません。

 紳士協定を結んだとは言え、向こうがそれを順守するとは限らないのです。

 牽制として先ず鼎くんに連絡を取ります。向こうもまた鏡ちゃんを探しているようです(向こうの言い分を素直に信じるならばですが)鏡ちゃんは山田くん佐藤くんと一緒にいるようです。

 ひとまず安心しました。なんとしても鼎くんより先に鏡ちゃんに接触しなければ。と思ったところへ鼎くんからの提案。時間と場所を決めて、そこで落ち合おうというのです。

 花火大会が始まる前、六時半に小さい方のロータリー。そう取り決めを交わし、鏡ちゃんにメールを送りました。

 私は十五分前行動しますけどね。六時を過ぎた頃、私は独りそっとグループを離脱しました。



◆◆◆稲葉鼎の場合


 噎せ返るような雑踏の中、かがみんの姿を見失ってしまいました。やはり恥ずかしがらずに手を繋いでおくべきでした。

「あー、小田くん何処にいるんだろうなー」

「俺も一緒に歩きたかった」

 真田と毛利が勝手なことを言っています。

「ダメダメ、男子には渡さないから」

 こまっちゃんも勝手なことを言っています。俺のだっつーの。

 それはともかく、凜が抜け駆けしないか、それが心配です。紳士協定を結んだとは言え、向こうがそれを順守するとは限らないのです。

 RINEを送ったところ、向こうもかがみんとは別々であることが判明しました(向こうの言い分を素直に信じるならばですが)かがみんは佐藤、山田と一緒にいるようです。まずは一安心。

 六時半に小さい方のロータリーで待ち合わせることを提案しました。

 さてと、早めに移動しておきますか。六時を回った頃、俺は独りそっと群れを離れ、集合場所に向かいました。



◇◇◇小田鏡の場合


 十八時、花火大会の予定を告げる会場アナウンスが流れた途端、人の流れが変わった。

 集合場所へ向かうにはその流れを逆行しなければならず、その途中でサトー、ヤマともはぐれてしまった。

 これは困った。僕一人では不安過ぎる。とにかく早くロータリーに行かなきゃ。

 混雑の中で巾着を落としそうになった。これを失くすわけには行かない。財布は袂に入れてあるけれど、巾着にはもっと大事なものが入っているんだ。鼎への、誕生日プレゼントが。

 巾着の上から、そっと形状を確かめる。包装紙のガサガサいう音。

 僕の体重では人混みを掻き分けるのは困難だった。屋台の隙間から裏側へ抜けるという裏技を使い、ロータリーを目指した。屋台のおっちゃんには二回くらい怒鳴られたけど。


 ようやくロータリーの街灯が見えた。鼎と凜は既に到着している。現在十八時二十分。良かった、間に合った。

 三人が揃って、他のメンバーを待つことになった。予定の時間を過ぎたけれどまだ誰も来ない。サトーからのメール、集合場所を変えてくれとの要請だった。人の流れに逆らえないそうだ。

 鼎たちもグループラインで連絡を取り合い、結局フェリーターミナルの正面玄関で落ち合おうということになった。

 僕らが移動を開始してすぐ、雨が降り出した。ぼつぼつと音を立てて大きな雨粒が落ちてきた。

「やばいな。あっち行こうぜ」

 鼎が僕らの手を引っ張り、倉庫群の壁際にたどり着いた。と思ったらたちどころに土砂降りだ。鼎は通用口らしき小さな扉の上のシャッターケースの下に僕らを押し込んだ。

 僕と凜は辛うじて雨を避けられるが、鼎はずぶ濡れになっている。突然の雨にあちこちで悲鳴が上がっている。これは花火も中止かも。

「鼎、僕はいいから中に入りなよ。風邪ひいちゃう!」

「平気へーき、そんな(ヤワ)じゃねーよ(笑)」

 鼎が僕らを守るように、更に体を寄せて来る。鼎、体温が高い。寒いけど温かい。

 どうしよう——巾着を握りしめる。この場で渡しちゃおうか、プレゼント。

 凜が身動きして肩が触れた。——ダメだ、こんなところで渡したりしたらまた凜に誤解される。今日は諦めよう。もう一度、巾着の感触を確かめた。雨に濡らさずに済んだ巾着の中身。


 篠突く雨はすぐに止んで、嘘のように星空が広がった。花火大会は予定通り決行しますとアナウンスが流れる。

「やれやれ、これで織姫さま達も一安心だな」

 鼎が髪の水滴を払って軽口を叩いた。

「鼎くん、まず自分の心配したら?」

 凜がハンカチを差し出す。

「へへっ。水も滴るいい男だろ?」

 ああ、この二人、本当に絵になるなあ。こんなやり取り、一度でいいから僕もしてみたい。



◆◆◆◆高山凜の場合


 突然の雨に、会場はパニックです。私と鏡ちゃんは鼎くんに手を引かれて辛うじて小さな庇(巻き上げたシャッターを収納する部分)で雨宿りです。

 そこは私たちがどんなに身を縮めても二人分のスペースしかなく、鼎くんは私たちを雨から守るように覆い被さって来ました。でも明らかに鏡ちゃんを優先してるよね(笑)

 いえいえ、全然構いませんよ。誰だってそーする、私だってそーする。

 ついでだからもっと鏡ちゃんに密着してやりましょう。ああ、温かい。

 そして鼎くんを見上げる鏡ちゃんの横顔。はあ~、尊い(てえてえ)! やはりこの二人、絵になるんですよ。悔しいですねえ(笑)

 鏡ちゃんの心が鼎くんに向いてしまったのは想定外でしたが、これ以上の被写体は無いんです。

 私……どうしたらいいんでしょうね。被写体が滲んで見えるのは……きっと雨の所為ですね。



◇◇◇◇稲葉鼎の場合


 移動を開始してすぐ、俺の額に雨粒が当たりました。こりゃあいけねえ。直ぐ本降りになるぞ。俺は即座に二人の手を掴み、手近の倉庫群を目指しました。

 どうですか、飛行機とバレーで鍛えた俺の判断力は。シャッターケースの下に二人を押し込んだ直後に土砂降りが来ました。

 俺自身が雨宿りできるほどの隙間はありませんが、身長差を利用して頭だけを突っ込みました。雨垂れが落ちてきて背中が冷たい!

 でも俺は二人を庇い、水滴に耐えます。たとえ恋敵だろうと、女の子である凜を濡らすわけには参りませんから。

 俺の腕の中で凜とかがみんが身を寄せ合っています。その温もり、ちょっとだけ俺にも分けて!

 かがみんが俺を見つめています。このまま顔を近付けてやりたい衝動に必死に耐えました。


 十五分もすると雨が上がり、星空が見えました。

 凜がハンカチを貸してくれましたが、かがみんの濡れた髪が頬に張り付いています。手を伸ばしてそっちを拭ってやりたかったけど、そんなことをしたら凜が激怒しそうです。——だから今はまだ……ね。


 フェリーターミナル前で皆と無事合流、花火の打ち上げが始まりました。

 夜空に咲く大輪の花。直前の大雨も、この花を咲かすためだったのかなあ、なんて思ったりして。



◆◆◆◆小田鏡の場合


 クラスのみんなと並んで花火を見た。左側に鼎、右は凜。後ろにはヤマとサトー。取り囲むように他の人たち。リア充包囲網。

 ほんの二か月前まではありえなかった景色。

 花火の音が胸に響くたび、鼓動が一緒に跳ねた。

 左で笑う鼎。右で黙って花火を見上げる凜。その中間に立っているのは、息を潜めるように二人を盗み見るだけの僕だった。

 ああ、僕はもうダメだ。

 この気持ちは、もう誤魔化せない。

 花火の光に照らされる、鼎の横顔が綺麗すぎる。

 今日だけじゃない。撮影会でも、動物園でも——その全部で、僕は同じことを思っていたはずだ。

「鼎に触れたい」

「名前を呼んでほしい」

「僕だけを見てほしい」

 そんな気持ち、昔の僕には絶対に無かった。

 女装がきっかけ?

 たぶんそうだ。けど、それだけじゃない。

 また巾着の感触を確かめる。今日は渡せない誕生日プレゼント。中一までは毎年贈り合っていた誕生日プレゼント。

 幼馴染なんだから不自然なことは何もない。でも……。

 この前の放課後撮影会。僕はあの時何故目を閉じたのだろう。——決まっている、キスしてもらえるのを期待していたからだ。

 ああ——あの時僕は「落ちた」んだなあ。

 凜の視線が刺さる。

 罪悪感で胸の奥がぎゅっと縮んだ。

 僕は今、女の子の格好をしていて、その上で鼎を想ってしまっている。僕に魔法をかけてくれた、凜の彼氏を……。最低だよ、僕は。

 これも凜の魔法なの? そんなわけ、ないよ……。



第九節RAIN or shine, I'm going FLYing.


◇高山凜の場合


 はァ……。昨夜はお楽しみだったなあ~。

 あ、大変失礼しました。私は今、いつもの駄菓子屋前で鏡ちゃんと鼎くんを待っています。

 鏡ちゃんと並んでの花火見物。夜空を背景に写真を撮れなかったのは一生の不覚ですが、あの混雑では已むを得ません、今後の課題といたしましょう。

 鏡ちゃんとお揃いの浴衣を着て、『女の子として輝く鏡ちゃん』をクラスメイトに紹介できたのですから、第一ラウンドは私の勝利といえるでしょう。

 しかし……。

 このままでいいのでしょうか。今の鏡ちゃんの気持ちは、間違いなく鼎くんに向かっています。そして鼎くんも。

 仮に……仮にですよ?

 仮に二人が気持ちを伝え合って、お付き合いを始めてしまったら、私はどうしたらいいのでしょう。

 嫉妬に狂って、全てをぶち壊しにするでしょうか。

 それとも、尊い(てえてえ)ボタンを連打しまくるでしょうか。

 どちらもありそうな気がするんですよねえ。

 私の魔法、このままでいいのかなあ。


 あ、二人が現れました。鏡ちゃんはもはや男装女子にしか見えないし、鼎くんはお姫様を護る騎士(ナイト)のようです。仲良さそうで、とっても妬けちゃいます。スマホを出して、とりあえず写真を一枚……。

 三人で歩き始めてすぐ、鏡ちゃんが鞄から何かを取り出しました。包装紙に包まれた、手のひらサイズの何か。間違いなく「贈り物」です。そう言えば昨日は鼎くんの誕生日……。私はDMとスタンプを送っただけでしたが……。これって……。これって……((((;゜Д゜))))gkbr

「かなえー。一日遅れたけど、これ」

 恥ずかしそうにプレゼントを差し出す鏡ちゃん。嬉しそうに受け取る鼎くん、ちらりとこっちを見てドヤ顔……(メ゜益゜)グヌヌ……。

「凜ちゃん、誤解しないでね。僕ら幼馴染ってだけだから」

 ううっ。鏡ちゃんに気を使われてるし……。

「そーゆーこと! 俺ら小二からだからね~」

 私が小四からだからって……(メ゜益゜)グヌヌ……鼎くんは勝ち誇り、早速包みを開けています。現れたのは——ネクタイピン?

「うおっ、三式戦じゃねーか!」

 鼎くんが子供のように大喜びしています。私にはよく解らないけど、飛行機をモチーフにした銀色のタイピン。鼎くんはすぐにそれを着けました。

「鼎が飛行機に乗ってるってサトーから聞いてさ」

「渋いとこ突いて来るよなー、かがみん」

 はしゃぎ回る鼎くんを、嬉しそうに、愛おしそうに見つめる鏡ちゃんの横顔。その笑顔の十分の一でもこちらに向けてくれないものでしょうか。まあ写真は撮りましたけれども!

 こうやって楽しげに語り合う二人を見ていると、どうしても敗北感が募ってきます。

 私が美少女として鏡ちゃんをプロデュースした『魔法』では決して踏み込めない『男同士の友情』という、越えられない壁がある。その現実を突きつけられた気分でした。

 鏡ちゃんは女装を気に入ってくれたようですが、決して女の子になろうとしているわけではなく、鼎くんもまた「女の子の鏡ちゃん」を求めているわけではないはずなのです。

 悔しいけれど、二人の絆は想像以上に深くて、強固で、そして尊い。たとえ私の魔法が鏡ちゃんを女の子にしたとしても、鼎くんと鏡ちゃんの根っこは「男の友情」で繋がっているのです。

 恐らく鼎くんが鏡ちゃんを恋するようになったのは女装がきっかけなのでしょう。鏡ちゃんもまた、女の子の気持ちになって鼎くんを見ているのでしょう。でも遥かそれ以前から、二人の間には確かな絆があったのです。

 その事実を、私は認めざるを得ませんでした。



◆稲葉鼎の場合


 七月八日の朝、俺は気分上々で玄関を出ました。

 第一セットは凜に譲ったとはいえ、可愛いかがみんを間近に見られたし、そのかがみんをクラスの連中(全員じゃないけど)にも紹介出来たし、かがみんは雨に濡れる俺を気遣ってくれたし、あの雰囲気ならかがみんは俺のものって認識が根付いたことでしょう。

 小田家の前に来たら、かがみんが門の前で待っていました。珍しいことです。軽くあいさつを交わして歩き始めますが、いつもとちょっとだけ様子が違います。

 昨日の一件の影響でしょうか? 何か言いたげですが。

 二丁目の角を曲がるといつもの駄菓子屋が見えます。既に凜が待機しています。スマホを取り出してこちらに向けました。毎度毎度の無許可撮影、いい加減にしろっつーの(笑)

 三人並んで歩き始めた時、かがみんが鞄をごそごそやり始めました。俺の心の中の期待値メーターが跳ね上がりました!

「あ、あのね鼎、昨日誕生日だったろ?」

 その手には小さな紙包み! 誕プレキタァ━(゜∀゜)( ゜∀)超( ゜)絶( )大(゜ )興(∀゜ )奮(゜∀゜)━キタヨー!!!!!

 凜、悪いね(笑)俺たち小二からこういう仲だから! 中学で一度途絶えてたけど!

「開けていいか?」

「うん。開けて開けて」

 中から出て来たのは銀色に輝くネクタイピン! モチーフは三式戦闘機・飛燕! 零戦はありがちだけど、流石かがみん、渋いとこ突いて来んなあ!

「鼎が飛行機に乗ってるってサトーから聞いてさ。だからこういうの好きかなあって」

 大好きですよもう! 流れるような水冷エンジンの機首、ファストバックの風防のライン。マニアにしか分からない、日本の傑作機のプロフィール。ネクタイピン自体も意外に精巧な造りです。これ、結構高かったんじゃないでしょうか。

「お前、よくこんなの見つけたな……ネットショップのハンドメイドか?」

「うん。鼎なら、きっと喜んでくれると思って……」

 鏡の顔が、少し誇らしげに赤らみました。

「かがみん……ありがとう。お前、マジで最高の親友だよ!」

 かがみんに抱き着きたい欲望を必死に堪え、俺は学校指定のネクタイピンを外して「飛燕」を装着しました。ありきたりな制服姿が一気に戦闘モードに切り替わった気がしました。

 凜、第二セットは俺の勝ちだぜ!


 なおその日のグループRINEは、かがみんの可愛さの話と期末テストが終わった後の計画で賑わいました。「海行こうぜ、海!」というノリで、夏休み直前の土曜日に港まつり組で海水浴に行くことがあっさりと決定しました。

 海水浴かあ……!

 かがみんは「行きたくない」という顔をしていますが、凜の目は撮影欲に輝いています。俺は一瞬かがみんのスク水姿やビキニ姿を想像してしまい、即座に頭を振ってその妄想を追い出しました。

 まったく俺って奴ァ(;´д`)トホホ……。

 ただねえ、俺としては山田と佐藤以外の男子は(出来ればその二人も)来て欲しくないんですよ。どうもあいつらにかがみんの可愛い姿を見せるのが癪に障るというか勿体無いというか。

 俺の気持ち、解ってもらえます?



◇小田鏡の場合


 八日の朝、僕は門の外で鼎を待っていた。プレゼントのことで落ち着かなかったからだ。

 鼎を待つ間、昨日のことを思い出していた。

 クラスメイト(全員ではないけれど)に女装姿を見せてしまった。笑われたりはしなかったけど、きっと今日はその件で質問攻めにされるだろう。それを思うと気が重い。今日は休めばよかったろうか。

 でも今日を逃げたらプレゼントを渡す日は二度と来ない気がする。

 そうこうしているうちに鼎が来た。プレゼント、渡そうと思ったのに渡せなかった。どうしても凜の顔がちらついて……。

 駄菓子屋前で凜と合流。ここで渡そう。凜の前で、堂々と渡すんだ。その方が罪悪感は少なくて済む。

「凜ちゃん誤解しないでね。僕ら幼馴染ってだけだから」

 凄い顔でこっちを睨む凜に言い訳しながら僕は包みを手渡した。

「開けていいか?」

「うん。開けて開けて」

 心躍る瞬間。鼎は喜んでくれるだろうか。

「うおっ、三式戦じゃねーか!」

 某イラスト投稿サイトに付随するマーケットで探し当てたネクタイピン。鼎が水上飛行機に乗っているってサトーが教えてくれて、サトーから飛行機関連の本を借りて色々調べて、本当は「二式水上戦闘機」ってやつにしたかったんだけど見つからなくて……。

「鼎はこういうチョイスがいいかなーって」

「零戦はありがちだけどさー、飛燕ってとこがマニアックでいいよなー。解ってくれてるよなー。かがみん……ありがとう。お前、マジで最高の親友だぜよ!」

 良かった。喜んでもらえて、本当に良かった。でも鼎、「勝った」ってどういう意味?


 教室に着くと案の定、僕の女装の件が噂になっている。鼎や凜のところへ皆が確認に行き、こっちをチラ見しながら「本当か?」みたいなことを言っている。僕に直接聞きに来ないのは謎だけどラッキーだった。聞かれても答えようがない。

 昨日のメンバーで海水浴に行くことが決まったらしい。グループRINEでそういう話になったそうだ。僕はRINEのアカウントは持っていないから一人蚊帳の外だったが、凜が教えてくれた。

 好きにすればいい……と思ったら僕も頭数に入っているそうだ。家族とならともかく、リア充陽キャと行動はご免被りたいのだけれど。



◆◆高山凜の場合


 一学期の期末試験もつつがなく終わり(今回は鼎くんに負けました。無念)本日はクラスの皆と海水浴です。

 場所は博麗浜、乗り継ぎ無しで行ける、家族連れにも人気の海水浴場です。

 そしてなんとですね、今度こそ鏡ちゃんに私の服を着せることが出来たのですよ!

 まずは作戦会議と称して当日の朝、鏡ちゃんの家に押しかけました。来いと言っても来ないと思ったからほぼサプライズです。鏡ちゃんはびっくりしていましたが、事前に灯姐さんに話を通しておいたおかげで上手く行きました。

「よし、今日の鏡ちゃんは私が可愛くする。鼎くん、覚悟しといてね」

 そう思った瞬間、胸の奥がじんわり熱くなりました。

 これは嫉妬? 恋? 執着? それとも、魔法使いとしてのプライド?

 多分、どれも正解。

 鏡ちゃんを好きになったからこそ、鏡ちゃんが誰より可愛く見えるように仕上げたい。

 でも同時に、鏡ちゃんを可愛くすればするほど、鼎くんの心拍数が跳ね上がるのも知っています。

 ああ、悔しいなあ……でも可愛くしないなんて無理だよ。だって鏡ちゃんの『最高』を私だけが知ってるんだから。

 鏡ちゃんの体型、顔立ち、雰囲気——そのすべてが、私の中でデータベース化されています。

 肩幅が華奢。

 鎖骨がきれい。

 肌が白くて光を反射する。

 歩き方はまだ少しぎこちない

 恥ずかしがり屋だから控えめオシャレが似合う。

 今日は海。露出もあります。でも鏡ちゃんは急に派手にすると固まっちゃう……なら、私と色を揃える。双子コーデだと抵抗するだろうし、セットアップは『やらされてる感』が出てしまいます。今日は『仲良し二人』くらいの距離感がベストでしょう。

 私の指先が自然と選び出したコーデ。選んだ瞬間、胸がふわっと温かくなる。これは恋のときめきでもあり、自分の最高の作品が形になっていく興奮でもあります。


 鏡ちゃんのために選んだのは緩めの白タンクトップと淡ブルーのパーカー、ベージュのハーフパンツ、麦わら帽子とスポーツサンダルです。完全な女装では男子からのツッコミも入って鏡ちゃんが恥ずかしがるかも知れませんし、あえて中性的なファッションにしました。

 鏡ちゃんがもじもじしながら姿を見せたとき、胸がキュンと締め付けられました。……はぁ、だめだ……可愛すぎ……こんなの、誰にも見せたくない。

 嫉妬だってわかっています。鼎くんが絶対食いつくだろうことも。

 でも、それでも。

 鏡ちゃんが、自分で可愛くなろうとしてるのが嬉しいのです。

 鏡ちゃんが私を信じて服を選ばせてくれたこと。その信頼がたまらなく愛おしい。

 鏡ちゃん……そんな顔、鼎くんの前でしないで……。いや、鼎くんを責めたいわけじゃない。ただ……私だって、その笑顔が欲しいんだよ……。

 これは敵意じゃない。でも、独占欲はある。胸を刺すほどの苦しいやつ。

 ねえ鼎くん。私、最後まで戦うんだからね。鏡ちゃんを可愛くしたのは私なんだから。たとえ最終的に選ばれなくても……私は、鏡ちゃんの魔法使いでいたい。


 私自身は白×淡ブルーの細いストライプのロンTにコットンのショートデニム、日焼け対策を兼ねて白の薄手のカーディガンを羽織り、麦わら帽子と、足元はサンダルです。

 双子コーデやペアルックではありませんが、色味を揃えて男女のペアにも女の子同士のペアにも見えるようにして見ました。

 もちろんナチュラルメイクも決めていますよ。

 さあ鼎くん、勝負開始です。第三ラウンド、ゴングを鳴らすのは私ですよ。



◇◇稲葉鼎の場合


 一学期の期末試験もつつがなく終わり(今回は凜に勝ちました。やったぜ!)本日はクラスの皆と海水浴です。

 場所は博麗浜、市内から乗り継ぎ無しで行ける、家族連れにも人気の海水浴場です。

 日課のランニングと筋トレ、二度目の朝食を終え、そろそろかがみんを迎えに行こうかと思っていた矢先、そのかがみんからメールが来ました。

『ごめん鼎。今日は先に家を出る。駄菓子屋で待ってるね』

「は?」

 思わず声が出ました。小四で三人組が出来て以来、俺がかがみんを迎えに行くのが『定位置』ですよ? よほどのことがない限り、かがみんが先に動くことなどありえないはずです。

 何これ。チッ、さては凜のやつ、協定破りをしやがったか? まさか……いや、あり得る。

 焦りに焦り、俺はさくらや目指して走ります。

 二丁目の角を曲がった瞬間、見えました。——白と青の、夏の風景。

 凜が夏らしい爽やかなファッションで立っています。その横にかがみんがいます。凜とお揃いではないですが、二人のカラーコーデが完全にペアカラー。完全に「仲良し二人組」仕様。明らかにペアを意識した服装。

 手にしたラムネの瓶がまたよく似合っています。

 ちょ、ちょっと待て待て待て。なにこれ。なにその……ペア感……。え?  え?  かがみん、なんか今日めちゃくちゃ可愛いんだけど? いや、可愛いのは前からだけど……なんで完成度上がってんの!?

 かがみんが凜のほうに体を向けて微笑んでいます。

 やべぇ……なんか……二人だけで完結してる感が……。あの……俺、今日いらなくない!?

 やられた! これはやられました! 浴衣の時以上のインパクトに、脳が壊れそうです。

「お、おはよう」

「あ、鼎。おはよ」

「おっそー。女子を待たせるとはいい度胸だね、鼎くん?」

 おのれ凜、全てを分かった上でマウント取ってるな? これ見よがしに密着しおってからに! ア~俺もかがみんにほっぺくっつけたい!

 くっそ……かがみん、どうしてそんな可愛い格好してんだよ……! てか凜、絶対狙ってやっただろこれ!!『仲良しカラーコーデ』とか……なんでそういうセンスあるんだよお前ぇぇ!!

「あー、うん。……二人とも、その……似合ってんな」

 しかし俺としてはかがみんを褒めない訳には行きません。かがみんが恥ずかしそうに下を向き、凜がニヤリと笑います。

「ふふーん。でしょ?」

ドヤ顔の凜。はい完全にやったなコイツ。ムカつくなあ(笑)

「大したもんだな、お前ら。……ヘイヘイ。んじゃ行くか。行くぞ、二人とも」

 俺は敗北を認めまいと精一杯平静を装い、二人の間に割り込むようにして歩き出しました。しかしこの瞬間、俺の心の中の『かがみんを女の子として愛したい自分』は、凜の魔法によって『二人を邪魔する第三者』の立ち位置へと引きずり落とされたのでした。

 しかし負けっ放しではいられません。なんとか……なんとか一矢報いないと……。

 俺はかがみんの耳元に顔を寄せ、たった一言「可愛いよ」とささやいたのでした。かがみんは恥ずかしそうに顔を伏せました。



◆◆小田鏡の場合


 海水浴当日の朝、待ち合わせ時間より一時間以上も前に凜からメールが来た。「これからそっちでコーディネートする」だって。

 またか……。僕はこっそり家を抜け出そうとした。しかし階段を降りたところで灯姉に捕まってしまった。どうやら既に灯姉も抱き込んでいるらしかった。

 直ぐに凜がやって来た。両手に大きなバッグを抱えている

「鏡ちゃーん。今日も飛びっきり可愛くしてあげるねー」

「凜ちゃんのセンスが良いのは分かるけど……うう……」

 何故凜は僕の服を選びたがるのだろう。港まつりで見せてしまったとは言え、出来ればクラスメイトの前で女装は勘弁して欲しいんだが。

 似合うと言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。

「ほら鏡お、時間ないでしょ? さっさと済ませな」

 僕は灯姉の部屋に連れ込まれた。僕に自由意志というものは存在しないらしい。

「もう……。今回だけだからね?」

 凜が取り出したのは水色主体の、男と言っても通用する程度の衣装だった。かなり子供っぽい感じがするけど、ひと先ずは助かった……。

 と思うのは浅はかで、メイクもするのだという。結局女の子にされちゃうんだね。なんの罰ゲームなんだか。

 もういいや、罰ゲームだと思えば。

「完成!」

 凜が叫んだ。灯姉も大喜びで手を叩いている。凜に促され、姿見の前に立ってみた。

 ちょっと待って……これ、本当に僕なの? スカートと違って完全にオンナノコってほどじゃないけど……。

「似合ってる! 可愛いよ、鏡ちゃん」

「いいねえ。年齢(とし)の近い姉と弟って感じ!」

 凜が腰を抱くように頬を寄せて来る。なんでそんなに近いんだよ。

 水族館のことを思い出した。あの時僕は女の子扱いを楽しんでいたよね。鼎と動物園に行ったときは可愛いって言ってもらえなくて腹を立てたよね。

 僕……もしかして、これでいいのかなあ。確かに女装は楽しいんだよなあ。家の中では女装がデフォになる程度には……。


 後は鼎が来るのを待つだけ……と思っていたら、先にさくらや前まで行くと凜が言う。いったい何のために?

「まず写真撮らなきゃ。それには自然光が最前なのよ」

 玄関先でいいじゃん! あ……でも今僕は自分の家で凜と二人……。灯姉や親もいるとは言え……。鼎に誤解されるかも。それは嫌だ。

「さくらやを背景にしたいの。ラムネとか駄菓子を小道具にしてさ」

 その方が言い訳しやすいか。苦渋の選択ではあったけれど、僕は鼎にメールを送り、凜の後に付いて玄関を出た。何故だろう、水族館の時より恥ずかしさが強い。

 鼎に会うのが怖い? それともクラスメイトに見られるのが嫌なのか? どちらも経験済みなのに……。


 さくらやのベンチに腰掛けて、写真を撮られながら鼎を待っている。落ち着かない。凜がラムネを買ってくれた。お金は出すと言ったけど、頑として受け取ってもらえなかった。

「そろそろ来るよ」

 凜が立ち上がった。座って待ってたらダメなのかな? 凜の拘りがよく解らない。二丁目の角の方向に何度も目をやる。落ち着かない。

 鼎が姿を現した。

「あっ……」

 目が合った瞬間、声が漏れた。凜の視線も気になる。僕はどっちを見ればいいのだろう。判断が付かず、恥ずかしさも相まって結局俯いてしまった。

「あ、鼎。おはよ……ごめん、先に来ちゃって」

 あんなに幼馴染の友情を信じてくれた鼎に、こんな恋人アピールみたいな格好を見せるなんて。僕は裏切り者だ……。

「おっそー。女子を待たせるとはいい度胸だね、鼎くん?」

 凜がまた頬を寄せてきた。やめろ、やめてくれ! 挑発するな!

「あー、うん。……二人とも、その……似合ってんな」

 鼎、素っ気ない。そりゃ不機嫌にもなるよね、自分の彼女が(幼馴染とは言え)他の男とくっ付いているんだから。

 バス停に向かって歩き出すと鼎が僕らの間に割り込んできた。僕の耳のそばで何かささやいたけど聞き取れなかった。「凜に近づくな」だろうか。僕はもう顔を上げられなかった。



◇◇◇稲葉鼎の場合


 海水浴場に到着しました。他のメンバーは既に到着しており、着替えと場所取りももう終わっているそうです。

 好都合ですね。かがみんの着替えを他の野郎どもには見せたくないですから。俺ですか? 俺は消防の頃には風呂も一緒に入ったりしてましたから平気ですけど(笑)

 凜のやつ、かがみんを見せつけたいらしく、俺たちは着替えの前に皆と合流することにしました。

 バス停から海岸までの距離を、俺は「仲良しペア」の後に続く形で歩いているわけですが……。どう見てもこれは両手に花なんて良いものじゃなく、ただの付き添い、保護者に過ぎません。だって二人、手を繋いでるし。

 いかんなあ。第三セット、じわじわとリードを広げられている。

 護岸を降りると先着のサトーがこちらに気づいて手を振りました。ゆかりん、サナー、こまっちゃん。みんなスタイルいいなあ(*´ω`*)

 最近はラッシュガードが主流になりつつあるそうですが、彼女たちには関係ないようです。

 男たちは……まあ似たり寄ったりです、俺も含めて(笑)

 続いてほかの皆もこちらを見て手を挙げかけましたが、そこで動きがピタリと止まりました。

 合流した瞬間にビーチは軽いパニックです。

「……え、この子誰? 新キャラ?」

 かがみんだよ、毛利。この前浴衣姿見たろ。

「流石は高山さん。完全に『親友同士の夏休み』って雰囲気だね。稲葉は邪魔しないであげなよ」

 放っとけやサトーヽ(`Д´#)ノチクショーメー‼

「うおおおおっ! すげえ! マジでカワイイ!! 稲葉、写真撮るからちょっとあっち行ってろ!」

 うるせえヤマ、誰が退()くもんかよ。

「……なんか小田っちってさ、男女どっちでもイケる感じだよな……」

 真田お前、言ってて恥ずかしくならんの?

「あ。高山と小田、色だけペアじゃん!」

 ちぇっ。石田め、気が付きやがったか。お口縫い合わせんぞコラ。

「キャー! 見て! 凜ちゃんと鏡くん、リンクコーデ! 超おしゃれ!」

「鏡くん前回からそうだけど、すっかり女の子だね。なんか凜の妹って感じ!」

「これ、凜が選んだんでしょ? センス良すぎ! 二人セットで可愛い!」

「「「恥ずかしがるとこも可愛い~!」」」(←合唱)

 女子達も大騒ぎです。俺は完全に空気でした。俺の「可愛いよ」という囁きでかがみんの心を掴んだはずなのに、凜は公然とかがみんを『自分の所有物ではないが、特別な相棒』として皆に認めさせたのです。

 まずい。これはもはや凜のマッチポイントではないか!

「おい、俺らも着替えようぜ」

 ここに留まる時間が延びればそれだけ向こうに有利です。居た堪れなくなった俺は二人を促して更衣室に向かいました。

 ここ博麗浜海水浴場は市が管理していて、海の家だけでなく更衣室やシャワー室も立派です。壁はトタンとかじゃなくてしっかり石膏ボードにクロスを貼ってあるし、コインロッカーも無料(後から硬貨が戻って来るタイプ)なんですよ。

 凜がどさくさに紛れてかがみんを女子更衣室に連れて行こうとしていたので後頭部にツッコミを入れて奪還しました。まったく、油断も隙もありゃしない。張り扇を準備しておいて本当に良かったです。

 かがみんが先にトイレを済ませるというので、俺は先に着替えることにしました。

凜も出て来て、後はかがみんを残すのみ。……遅いですね。もう十分以上経っていますが。トイレが混んでいる? まさか……具合悪くなってたりしないだろうな。様子見に行った方が良いか?

 じりじりしながら待つこと更に五分。ようやく更衣室のドアが開き、かがみんの姿が見えました。

 その瞬間、俺は心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けました。



◆◆◆高山凜の場合


 路線バスで約三十分、灯台前で下車して徒歩十五分。博麗浜海水浴場に到着しました。今回は現地集合だったため、到着は私たちが最後でした。皆既に着替え終わって遊んでいるそうです。

 鼎くんは早く着替えようと言いましたが、私はそれでは治まりません。この超絶可愛い鏡ちゃんを皆に見せつけないで何としますか。

 レンタルのパラソルと簡易テントで基地(ベースキャンプ)を設営しているというのでそちらに向かいます。鼎くんが私たちの間に割り込んできましたが、私は負けじと鏡ちゃんと手を繋ぎました。

 海辺にいる皆の視線が、私と鏡ちゃんに注がれるのを感じます。私は、鏡ちゃんの麦わら帽子を軽く持ち上げ、顔周りの髪の毛を整えました。

「さあ、鏡ちゃん。最高の笑顔でみんなにご挨拶しましょ?」

 鏡ちゃんは戸惑いながらも、私に促されて、淡ブルーと白のリンクコーデのまま、浜辺を歩き出しました。

 ほ~ら皆さん、その目に焼き付けるがいい。浴衣に引き続いてのラブラブペア・コーデを!

「キャー! 見て! 凜ちゃんと鏡くん、リンクコーデ! 超おしゃれ!」

 おお。ゆかりん、早速気づきましたね?

「鏡くん前回からそうだけど、すっかり女の子だね。なんか凜の妹って感じ!」

 そうだよサナー、私たちはニコイチ、不可分の関係だから。

「これ、凜が選んだんでしょ? センス良すぎ! 二人セットで可愛い!」

 いいぞこまっちゃん、もっと褒めろ。ああ、鏡ちゃんも真っ赤っか( *´艸`)

「「「恥ずかしがるとこも可愛い~!」」」

 三人の合唱にますます顔を赤くする鏡ちゃん。

「……え、この子誰? 新キャラ?」

「うおおおおっ!すげえ!マジでカワイイ!! 稲葉、写真撮るからちょっとあっち行ってろ!」

「……なんか、小田っちってさ、男女どっちでもイケる感じだよな……」

「あ。高山と小田、色だけペアじゃん!」

「流石は高山さん。完全に『親友同士の夏休み』って雰囲気だね。稲葉は邪魔しないであげなよ」

 男子たちも大騒ぎしていますが、流石は佐藤くん、いいこと言いますねえ。

 どうですか、鼎くん。私と鏡ちゃんの絆、認識できました?

 分が悪いと覚ったのでしょう、鼎くんは早く着替えようと言って更衣室に向かおうとしました。私はさり気なく鏡ちゃんの手を引いて女子更衣室に向かったのですが、後頭部を張り扇で思い切り叩かれ、その場に這いつくばりました。

 鼎くん、ツッコミ力が増している……。


 水着に着替え、再びビーチに出ます。

 先ほどは自分のことと鏡ちゃんに夢中で気が付きませんでしたが女子三人組、めちゃくちゃスタイルいい。私が貧相に見えるくらい。しかも露出度高めだし……。

 これは不味いかも知れません。鏡ちゃん、女の子みたいに可愛いけど、中身はちゃんと男の子のはずなんです。こんなの見たら目移りしちゃうんじゃないでしょうか。

 他の男子たちは言うに及ばず、鼎くんも心なしかデレている気がします。鏡ちゃんは……あれ? いない?

「かがみんならトイレ行ったよ。それにしても遅いな」

 鼎くんが更衣室の方を見やりました。その時、私たちの目に衝撃的な光景が飛び込んできました。



◇◇◇小田鏡の場合


 海水浴場に向かうバスは思いのほか空いていた。最後部のシートに三人並んで座ったのだけれど、何故僕が真ん中なんだ。まるで僕が二人を邪魔しているみたいじゃないか。

 いや、誤解しないで欲しい。一番後ろが良いと凜が言った時、僕はおとなしく端っこに座ろうとしたのだ。それなのに僕の隣に座った凜に鼎が移動を要求して、結局こうなってしまった。

 左右からの圧が凄い。今からでも一番前の独り掛けシートに移れないものだろうか。生きた心地がしない。服装のことなんかもうどうでも良かった。

 やっとバスから降りてビーチに向けて歩き出したけれど、また鼎が真ん中に割り込んで来た。と思ったら凜が手を繋いでくるし。やめて! マジでやめて!

 めちゃくちゃ恐怖。もう耐えられない。早く着替えて、陽キャグループでも何でもいいから埋没したい。


 凜が着替える前にみんなと合流すると言い出した。目的は分かっている。自分が選んだ服を見せたいのだ。

 恥ずかしい、いやだと思う反面、いっそ鼎の前で褒められたいと思う気持ちも否定できない。そして、鼎から褒められたいという気持ちも……。

 でも今日の鼎はいつもより不機嫌だ。せめて怒られないようにしなきゃ。


 ビーチに着いたら僕と凜の服装について皆が好き勝手なことを言い出した。まるで羞恥プレイ。これでますます鼎のご機嫌が悪くなる。

「おい、俺らも着替えようぜ」

 鼎の呼びかけに応じて凜が僕の手を引いた。女子更衣室に連れ込まれそうになったけど、鼎が制止してくれた。本当に凜は何を考えているの?

 男子更衣室に入ろうとした時、僕は気が付いた。このままだと僕は更衣室という決して広くない空間で鼎と二人きりになるということに。

 繰り返しになるけれど、今日の鼎は非常に不機嫌だ。もちろん原因は僕にある。この状況で鼎と二人きりになる度胸を僕は持ち合わせていない。

 僕はトイレを口実にして現場を離脱した。トイレの陰からなら男子更衣室の入り口を見張ることが出来る。鼎が着替え終わって出て来たのを確認してから更衣室に入った。

 僕も水着に着替えたわけだけれど、変な期待はしないで欲しい(誰だよ、スク水とか言ってるの!)

 ごく普通の男子用、サーフパンツってやつだ。裾は短めで、トランクスに見えないこともないやつだけれど。

 コインロッカーに荷物を入れて鍵を手首に付ける。更衣室を出て五歩も歩かないうちに、鬼の形相をした鼎が飛んで来て、僕は更衣室の中に連れ戻されてしまった。



◆◆◆◆稲葉鼎の場合


 更衣室から出て来たかがみんは、サーフパンツ一丁でした。いや男だから当然と言えば当然です(俺らもそうですし)が、その姿はどこぞのエロサイトで見た「男水着チャレンジ」に他なりませんでした。

 俺は猛ダッシュでかがみんに駆け寄り、更衣室に連れ戻しました。

 一歩目の反動で砂浜が抉れて入り江に変わり、ソニックブームで無関係の水泳客を何人かなぎ倒しましたが(←漫画的表現)そんな些事に構っていられません。

 一秒でも早くかがみんを他の連中の目から隠さなければ。俺の頭にあったのはそれだけです。

 更衣室のドアを閉めた時にはさすがの俺も息が切れていました。かがみんを壁際に押さえ付ける格好になってしまいましたが、だいぶ怖がらせてしまいましたね。かがみん、真っ青になってガタガタと震えています。

「ごめんな、かがみん。痛くなかったか?」

 俺は自分のロッカーからTシャツを取り出し、手渡しました。

「それ、着といてくれ」

 かがみんは訳が解らないという顔をしています。俺は壁に両手を突き、かがみんの顔を覗き込むようにして説得に掛かりました。

「自覚してないかもだけど、かがみんはさ、もうどこから見ても女の子なんだよ。だからさ……」

 俺はTシャツをかがみんに被せてやりました。

「上半身も隠しといてくれよ。その……他のやつらに見せたくないから……」

 青ざめていたかがみんが、見る見るうちに真っ赤に染まりました。

「行こうぜ。皆が待ってる」

 俺はかがみんの手を取り、更衣室のドアを開けました。



◇◇◇◇小田鏡の場合


 僕が来るのを待ち構えていたのだろうか。鼎は僕をもの凄い力で壁に押し付けた。

 もう終わりだと思った。何を言っても無駄だろう。言い訳はするまい。殴られるにしても罵倒されるにしても、鼎の気が済むまで好きにさせるしかないだろう。

 まるで金縛りだ。身動きどころか呼吸さえできやしない。覚悟を決めた……つもりだったけど、やっぱり怖いし痛いのは嫌だ。

 鼎がふと体を離し、ロッカーから自分のTシャツを取り出して僕に寄越した。

「ごめんな、かがみん。痛くなかったか?」

 とりあえず受け取ったけど、状況を理解できない僕はTシャツを握りしめてただ震えるだけだった。

「それ、着といてくれ」

 ますます意味が解らない。鼎は僕に何をさせようとしているのだろう。僕が戸惑っていたら、いきなりTシャツを頭から被せられて、そのうえ壁ドンまでされた。

 鼎のハスキーな声で耳元でささやかれたら冷静ではいられない。

「自覚してないかもだけど、かがみんはさ、もうどこから見ても女の子なんだよ。だからさ……」

 え? え? え?

「上半身も隠しといてくれよ。その……他のやつらに見せたくないから……」

 え? え? え?

 どこから見ても女の子って……鼎……。僕をそんな風に思ってたの? 鼎は僕を動物園に誘ってくれたし、キスしようとしてくれた。それって……僕も夢を見ていいってこと? もしかして、脈ありってこと?

 僕は、さっきとは別の意味で呼吸が出来なくなった。鼎が着せてくれたTシャツにはまだ温もりが残っていて、汗とサンオイルが混ざったような、鼎自身の匂いがした。まるで、鼎に強く抱きしめられているような感覚。

「行こうぜ。皆が待ってる」

 鼎が僕の手を取った。その手は大きくて温かい。僕は恥ずかしいのを通り越して、無意識にその大きな手を握り返した。

 僕の心は、大きな罪悪感と、止められない幸福感に引き裂かれていた。ごめん、凜。僕は魔法をかけてくれた君に感謝しているし、恩も感じている。でもこの気持ちを隠し続ける方が、もうずっと苦しい。僕はもうこれ以上自分の気持ちを誤魔化せない。



◆◆◆◆高山凜と佐藤直人と山田正美と毛利輝信と石田光也と真田幸信と八雲由加利と八坂早苗と小野小町の場合


「えっ!? ちょっ!? 何アレ!? なんなの!?」

 ほぼ全員が声を揃えて叫んだ。

 更衣室から出て来たと思ったら鼎に押し戻され、その鼎のTシャツを着て再び現れた鏡。サイズ差(鼎=XL、鏡=S)のせいでサーフパンツが覆い隠されて、彼T一枚ルック。丈が長すぎて、その下に何も穿いていないかのように見える。非常に煽情的な姿だった。

 しかも仲良さそうに手を繋いで、見つめ合って……。鏡の顔は真っ赤だが、鼎のTシャツに包まれたその体はまるで彼に守られているのが当然とでも言いたげな、どこからどう見ても恋人同士の風景を完成させていた。

 鼎は、鏡が他の男の視線に晒されることを徹底的に拒否した。それは友情だろうか? 否、紛れもない独占欲の表明だった。

 ゆかりん、サナー、こまっちゃんの女子三人はビーチバッグから取り出した尊い(てえてえ)ボタンを連打しまくり、野郎どもは砂浜に穴を掘り、そこに向かって大声で「うわあああああ!」と咆えている。

 凜はその光景を直視できなかった。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちた。自分の魔法が、恋が、鼎の独占欲の前に敗れ去ったことを認めざるを得なかった。

 しかし——それでも凜はカメラを構えた。この姿、撮らずにおくものか——魔法使いとしては敗れても、写真家としての矜持は失わない。

 歯軋りし、血涙を流しながら、凜はシャッターボタンを押し続けた。



第十節FLY me to the MOON.(reprise)


◇稲葉鼎の場合


 暦が変わって八月。操縦訓練は順調に進み、今月中には単独飛行許可を撮れそうです。

 俺は今、機体の設計変更に取り掛かっています。単座を複座にするのです。単に自作の機体で飛ぶだけじゃ気が済まない。俺はかがみんを乗せて飛びたいのです。俺が見ている景色を、俺の世界を、かがみんと共有したいのです。

 これが俺の今の夢です。

 ああ、でもその前にかがみんをフライング・クラブに誘わなきゃ……。

 かがみん……。

 俺はかがみんが大好きだけど、かがみん自身はどう思っているのでしょう。

 いくら女装をして可愛くなっても、中身は男のままのはずなんです。

 幼馴染とは言え、同性から恋愛的な感情を向けられることをどう感じるでしょう。

 告白なんかしたら、気持ち悪いって言われるかも……。闇雲に自分の気持ちをぶつけるのって、やっぱり我が儘、エゴですよね。

 それを考えると、俺はこれ以上前に進めそうにありません。



◆高山凜の場合


 八月に入り、敗北の傷も(ようよ)う癒えて、私は溜まりに溜まっていた撮影データの整理と現像に取り掛かりました。

 しかしそのデータどもが私の古傷を抉ります。いつもなら心が沸き立つ作業なのに……。

 矢印をクリックして、次々とファイルを確認していきます。

 夕暮れの教室で、私の制服を着て含羞(はにか)む鏡ちゃん。

 鼎くんと見つめ合う鏡ちゃん。

 目を閉じてキスを待つ鏡ちゃん。

 ビーチで鼎くんと手を繋いで歩く鏡ちゃん。

 サナーと水を掛けあってはしゃぐ鏡ちゃん。

 美味しそうに焼きそばを頬張る鏡ちゃん。

 嬉しそうに鼎くんとおでんをシェアする鏡ちゃん。

 どれもこれも、鏡ちゃんは最高に輝いています。その意味では私の魔法は着実に効果を上げています。それなのに……。

 第三ラウンド、私は鼎くんをコーナーに追い詰め、ラッシュを浴びせてダウン寸前まで追い込んでいたはずでした。まさかあそこからカウンター・パンチを喰らうとは……。

「今回は」私の完敗です。でもね、鼎くん。

 この程度で私が諦めるなんて思わないでよね。

 鏡ちゃんのために、私はこれからも魔法をかけ続けるんだから。

 覚悟しておいて。勝負はこれからだよ。



◇小田鏡の場合


 あれからずっと鼎の言葉を反芻している。

「自覚してないかもだけど、かがみんはさ、もうどこから見ても女の子なんだよ」

「上半身も隠しといてくれよ。他のやつらに見せたくないから」

 あれは、なんだったんだろう。気まぐれ? 照れ隠し? 幼馴染としての冗談……? でも、あの時の鼎の顔は冗談なんかじゃなかった。真剣で、必死で、どこか苦しそうで……。

 鼎にとって、僕は何なのだろう。もうただの幼馴染じゃないのだろうか。

 もし鼎が僕を男ではなく女として見ているというのならそれでもいい。むしろその方が、嬉しい。だったら僕は鼎の好きな女の子になれたらいいな、なんて思えてしまうから。


 でもそれは、あくまで思ってしまった「だけ」だ。願望であって、現実じゃない。鏡に映る僕は、凜の魔法が作った「女の子の虚像」で……。

 本物の女の子には一生勝てない。


 僕はもう、鼎に恋してしまっている。よりによって男の身でありながら、僕に魔法をかけてくれた凜の、大事な彼氏に。

 最低だ。僕は最低の裏切り者だ。

 凜に対して、申し訳ないなんて言葉じゃ足りない。


 でも——それでも、僕は自分の気持ちをもう否定したくない。そうでないと、心が壊れちゃうから。

 いや、もうどこかが壊れ始めているのが自分でも解っている。

 だから僕は、この恋を抱えたまま生きていくしかない。黙って、隠して、墓まで持っていくしかない。

 この気持ちだけは、凜にも、鼎にも——知られてはいけない。

 絶対に。死ぬまで。



(第三章:了)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


七夕の祭りと花火を舞台に、鏡・鼎・凜の三角関係が一気に加速する回となりました。

鏡の恋心の自覚、鼎の独占欲、そして凜の揺れる想い——

三人とも“負けられない”感情を抱えたまま、夏はさらに深まっていきます。


次回以降は8月編。

「魔法」と「友情」と「恋」が、もう一つ大きく動きます。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです!

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