第二章:再生The past can hurt. But you can either run from it, or learn from it.②
初めての女装コスプレ、そして2度の撮影会。
過去は辛いもの。しかし、逃げることも学ぶことも出来る。
鏡、凜、鼎――それぞれの心に芽生えた“何か”が、次のステージへと動き出します。
場所は写真部の部室、テーマは「星の魔法」。
友情と恋、現実と創作、その境界がゆらぐ瞬間。
今回は、シリーズでもっとも笑えて、照れて、そして胸が熱くなる章です。
(※前章「再生」を未読の方は、そちらから読まれるとより楽しめます)
第三節:June, She’ll change her tune.
◆小田鏡の場合You've given me a taste for life.
六月最初の土曜日、午前十時。二人に連れられスタジオのドアの前に立った僕は、完全に怖気づいていた。
朝早くからの、降ったり止んだりのこの雨はまるで今の僕の気持ちを代弁するかのようだ。
一般的に言って陰キャという生物は写真を撮られることを嫌う。記念撮影は言うに及ばず、自撮りなど以ての外だ。
なのに何故、僕は女装コスプレなどOKしてしまったのだろう。こんなことサトーやヤマに知られたら身の破滅だ。特にヤマなら絶対自分にも見せろと言って来るに違いない。
逃げようと思った。スタジオのキャンセル料を負担してでも逃げようと思った。
しかし。
「鏡ちゃん、今日はありがとね」
「俺すんげえ楽しみにしてた。きっと可愛いんだろうなー」
「あ……はい……」
凜のお日様のように輝く笑顔と、鼎の優しい眼を見たら何も言えなくなり、そのまま魔窟へと連れ込まれてしまったのだった。
コスプレスタジオというものは初体験だ。オフィス街のはずれの小さな雑居ビルが、一階のカラオケ屋を除きそのまますべてスタジオになっていて、色々な背景の部屋を選べるそうだ。
全部で五室あるらしいが、凜が借りたのは「洋風」スタジオというやつで、コテージの庭先みたいな背景とやたら女子力の高い寝室のセットが組まれていた。ここで撮影するのか……。
中に入り機材やらなにやら荷物を置くと、凜が僕の髪や顔を撫で回し始めた。ほっぺをムニムニされるのはちょっと気持ち良かった。
「うん、ちゃんとケアしてるね」
そうなのだ。あれから約一か月、僕はコスプレの下準備と称してヘアケアとスキンケアを命じられていた。
どうせウイッグを被るし化粧もするのだから必要ないだろうと言っても問答無用、凜は母さんや灯姉まで抱き込んで毎日毎日ブラッシングやらシャンプーやらトリートメントやらコンディショナーやらクレンジングやら化粧水やら乳液やら、うんざりするほどの日課を申し付けて来たのだった。
おまけに母さんも灯姉も面白がって僕を弄って来るし。(コスプレするとは言ったけど、女装することは言ってないのでセーフ!)
バッグを開けてこれから着る衣装を取り出してみた。なんとなく(サトーの部屋に漂う)古本の匂いに似ている気がする。
白いブラウス。黒のベスト。黒のスカート。白いエプロン。黒い三角帽子。金髪のウイッグ。三つ折りの靴下に黒のローファー。小道具として、ジブリ映画で見たような藁の箒。あと、用途不明な八角形の小物。
派手さは無いが、間違いなく女の子の服。これから僕はこれを着るんだなあ。僕は魔理奈になるんだなあ。同人誌で見た魔理奈の可愛らしい姿が目に浮かぶ。僕は魔理奈になれるのかなあ。
着替えようと思ったら凜に止められた。衣装を汚さないようにメイクを先にするんだそうだ。僕はパウダールームに連れ込まれた。
「鏡ちゃん初心者だから、控え目メイクで行くね」
そういって凜が僕の顔に塗料を塗りたくる。鏡に映る僕の顔がどんどん変わっていく。それにしても退屈だ。化粧のことは詳しくないけど、こんなにも時間が掛かるものなんだ。
体感で一時間くらいだろうか。出来上がった顔は僕であって僕ではなく、僕ではないが僕だった。化粧一つで人間の顔はここまで変わるものなのか。眼鏡を外したせいもあるのか。
凜がカラー・コンタクトレンズを出したけど、全力で拒否した。目の中に物を入れるなんて恐ろしすぎる。
それから男子更衣室で着替え。スタジオ内は防犯カメラがあるからだってさ。鼎が手伝おうかと言ってくれたけどお断りした。僕の貧相な体を鼎の目に晒したくなかった。
イラストを参考に衣装を着込む。
生まれて初めて履いたスカート。下が開放されているのって、なんだか心許ない。裾のフリルがふくらはぎに触れて、今まで味わったことのない感覚が脊髄の中を通り抜けた。女子はよくこんなの平気で履けるな。
男の僕が履いて、可笑しくはないだろうか? 笑われはしないだろうか。
鏡の前に立ってみる。眼鏡を外しているから視界がぼやける。自分の姿が良く見えない。
思い切って鏡に近づいた。全身を検分できないが、そこに映っているのは僕なのだろうか。それとも魔理奈だろうか。僕は魔理奈になれたのだろうか。
「終わったー?」
ドアの向こうで凜が呼ぶ声がする。部屋を出なければならないが、脚が動かなかった。二人にこの姿を見られたくなかった。僕のコスプレ姿はどう見ても変だったからだ。
僕が返事を渋った所為だろうか。
「いいー? 入るよー?」
ドアを開け、凜が突入してきた。あの……ここ男子更衣室なんだけど……。他に人がいたらどうするつもりだったんだ。
「うわっ、可愛い!」
凜が歓声を上げたが、僕は俯いて立ち尽くすだけだった。コスプレなんてやっぱり止めておけばよかった。その後悔だけが心を支配していた。
「鼎くん! 見て見て!」
「お、出来たかい?」
鼎までが僕を見に来る。鼎は僕を見ても何も言わなかった。きっと呆れているのだろう。穴があったら入りたい。
「ちょっと鼎くん、何か言ってあげなよー(笑)」
「うぇ?」
変な声を上げる鼎。僕は顔が火照り、耳まで赤くなっているのが自分でわかった。いっそ大笑いされた方が気が楽だ。止めを刺して欲しくて、僕は敢えて鼎に質問した。
「ど……どうかな?」
「……」
それでも鼎は何も言わなかった。ただ黙って僕を見ている。
「なんか言ってくれよ。恥ずかしいんだぞ」
僕が重ねて請求するとようやく鼎の口が動いた。
「……すごく……かわ……いや……その……似合ってると……思う///」
鼎が顔を赤らめて目を逸らし、口ごもりながら言う。僕の顔も、メイクでも隠せないほど更に赤くなった。
撮影が始まったが、何をどうすればいいのか、僕には何も分からなかった。ただ凜の言う通りの場所に立ったり座ったり、手足の位置や体の向きを変えていただけだった。
鼎は僕の視界に入らないところで見てくれているらしい。さっきから気配がない。あいつは忍者か。
「本当にこんなんでいいの?」
あの展示作品のような表情の演技は僕にはできない。だいたいにして気後れがしてレンズに目線を送ることさえできない。凜に怒られるんじゃないかと僕は不安だった。
「いいよー。鏡ちゃんサイコー!」
撮る度に凜はカメラの液晶モニターを見せに来る。コスプレした自分(しかも女装!)を見せつけられるなんて羞恥プレイ以外の何物でもなかった。
「本当にこれでいいの? 僕、ふぇりっくすさんみたいな表情出来てないよ?」
「あれっ? 鏡ちゃん、ふぇりっくすさん知ってるの? もしかして、文化祭の展示、見てくれたの?」
しまったー!!! つい口が滑ってしまった。語るに落ちるとはこのことだ。両手で口を塞ぎ、後悔の臍を嚙み千切ったが後悔先に立たず、もはや手遅れだ。
「嬉しい! 鏡ちゃんには絶対見て欲しかったから」
凜はにんまりと笑っている。
「鏡ちゃんだってあんな風になれるよ。私がしてみせるよ」
いや、僕は別にあんな風になりたいわけじゃない。ただちょっとだけ魔理奈になって見たかっただけだ。凜の熱量に僕は圧倒され続けた。
休憩時間、コーラと袋菓子でお茶会をしながら凜はノートパソコンを取り出した。カメラのデータをPCに移し、その場で大きく拡大して見せてくれた。カメラの小さな三インチモニター画面ではなく、十五インチの画面で見る写真は迫力があった。
そして、そこに映し出される自分自身を見て、僕は不覚にも可愛いと思ってしまったのだった。僕だけど魔理奈。僕じゃないのに僕。これが凜の魔法なんだ。
どこかへ行っていた鼎が戻って来て、勝手にファイルを開き始めた。凜と一緒にあれが可愛いこれも可愛いと好き勝手なことを言って盛り上がっている。
僕は恥ずかしさのあまりテーブルに突っ伏して帽子で顔を隠した。ただこの時、大画面で見たからこそ気付いたことがある。眼鏡を外した僕の視力(今は〇・五程度)では、レンズを見ようとするとどうしてもしかめっ面になってしまうのだ。
いくらなんでもこれは無い。せっかく魔理奈にしてもらえたと言うのに……。もっと可愛くなりたい。ふぇりっくすさん並みとは言わないけれど。もっと……女の子になりたい。霖太郎に愛されるのに相応しいくらいの……。
だから僕は思ったんだ。もう一度、チャレンジしたいって。
◇高山凜の場合Here Comes the Sun.
六月最初の土曜日の朝、十時。空は泣いていますが、私の心は日本晴れです。この日をどれだけ待ち侘びていたことか。鼎くん、佐藤君、山田君。本当にありがとう。絶対にいい写真を撮ってみせるからね。必ず鏡ちゃんを輝かせるからね。
スタジオの玄関を開け、鏡ちゃんの手を引いて階段を上がります。
各部屋のドアはテンキー錠になっていて、利用者はメールで送信された暗証番号を入力し開錠、入室します。荷物を置いたら早速ですがメイクです。
でもその前に。
私は鏡ちゃんの髪を撫でました。無造作な髪形はともかく、先月に比べて明らかに艶と柔軟性が増しています。これはイケます!
私は我慢できなくなり、ほっぺをムニムニしてみました。こちらもお肌のハリと潤いがマシマシです。ねこさんを撫で回しているかのような快感です。きちんとヘアケア、スキンケアをしてくれていたのですねえ。嬉しい限りです。
ふぇりっくすさんの言う「身も心も女の子になり切る」を、鏡ちゃんにも実践してもらわねばなりません。
男であろうと、女の子として扱えば女のコになるのです。そういうものですよ、えへへへへ。
メイクを施すため、鏡ちゃんを連れてパウダールームに入りました。
この日のために鍛え鍛えし我がメイク術よ、今こそ我が心の誓いに応え、奇跡を起こせ!
父よ、母よ、妹よ。灯姉さんよ、鏡ちゃんのお母さんよ。そしてふぇりっくすさんよ。(メイクの練習台として)犠牲になった全ての人々の想いを込めて!
光の大精霊よ、今ここに顕現せよ!
ウイッグネットを被せ、必死に眉を整え、二重まぶたを形成し、まつ毛を展張し、ブラシとスポンジを走らせること数十分。ウイッグを被せて完成です。
鏡に映る鏡ちゃんは(ややこしいな!)今や世界一の超絶美少女です。これならふぇりっくすさんにも負けません。こういうのを出藍の誉れというのでしょうか。
メイクが仕上がったのでキャリーケースを持たせ、更衣室に送り込みました。着替えを手伝ってあげたかったけど拒否されました。何故でしょう(´・ω・`)
鏡ちゃんの着替えが終わるまでにスタジオのセッティングです。部屋の照明を調整し、定常光やストロボスタンドの設置をします。小道具としてのいすやテーブルの配置もします。人によっては三脚を使う場合も多いのですが、私は機動性を重視して手持ち撮影です。
この間鼎くんは石碑のように立ち尽くしていました。無理もないことです、未経験者に手伝えと言っても何をすればよいのかわからないでしょう。彼には重量物の移動やレフ板持ちをしてもらいましょう。
さて、そろそろでしょうか。私は男子更衣室のドアの前に立ちました。耳を澄ましても中の気配が判りません。
「終わったー?」
声を掛けても応答がありませんでした。こうなったら凸あるのみ!
「いいー? 入るよー?」
イチ、ニィ、サン、ダアッー! 三秒待って返事がないので突入です。
ドアを開けると、鏡の前の鏡ちゃん(ややこしいな!)がスローモーションで振り向きました。ブロンドのウイッグが揺れて光の粒をまき散らします。
その時の感動を表現する言葉を、私は持ち合わせておりません。来いよベネット! 語彙力なんか捨ててかかって来い!
感動を分かち合うため鼎くんを呼びましたが、彼もまた言葉を失っています。私は彼に可愛いと言わせたくなり、ちょっと意地悪をしてみました。
「ちょっと鼎くん、何か言ってあげなよー(笑)」
「うぇ?」
かwなwえwくんwww変な声を出して固まってますwww
むしろ鏡ちゃんの方から答えを要求し始めました。
「ねえ、なんか言ってよ。恥ずかしいんだから」
可愛いですねえ(*´ω`*)
「……すごく……かわ……いや……その……似合ってると……思う///」
もう鼎くんったらしどろもどろじゃないですか。こっちも可愛い(*´ω`*)
ほらほらほら、付き合いたてのカップルじゃないんだから。撮影始めますよ。
「いいよー。鏡ちゃんサイコー!」
シャッターを切るごとにテンションは上がり、心の空洞が喜びで満たされて行きます。ああ、私の人生に欠けていたものはこれだったんだなあ。
鏡ちゃんは言うまでもなくモデルとしては素人さんですから、緊張を解くところから始めなければなりません。まずはポーズをとること、レンズを見ること、シャッター音の響きに慣れてもらうのです。
作品と呼べるものは最後の一枚で十分です。
ポージングはこちらで細かく指定して、とにかく褒めちぎります。液晶モニターで確認し、比較的よく取れているものをモデルさんに見せてフィードバックしてもらい、「ここをこのようにすればもっと良くなる」と具体的に提案します。
モデルさんを育てることも、カメラマンの大切な役目なのです。あ、ちょっと言い方が傲慢でしたね。カメラマンがモデルさんを育てる時、カメラマンもまたモデルさんに育てられているのです。
しかし鏡ちゃんは自分の撮られ方、写り方にあまり納得が行っていないようでした。
「本当にこれでいいの? 僕、ふぇりっくすさんみたいな表情出来てないよ?」
こんなことを言い出しました。私はおや?と思いました。鏡ちゃんの口からふぇりっくすさんの名前が出るなんて。何故知っているのでしょう。もしかして……。
「もしかして、鏡ちゃん、文化祭の展示、見てくれたの?」
なんということでしょう! 鏡ちゃんはしっかりと私の作品を見てくれていたのです。私のテンションは騰がりに騰がり、スタジヲの天井を吹き飛ばしました。(←比喩)
「鏡ちゃんだってあんな風になれるよ! 私が必ずしてみせるよ!!」
休憩を挟みながら撮り続けることおよそ二時間。私は鼎くんの存在をすっかり忘れておりました。
「鼎は?」
ティータイムにしようと撮影用セットのテーブルに着いた時、鏡ちゃんが思い出したように言いました。両手でカップを持つ鏡ちゃんは破壊的な可愛らしさを発散させています。
「そう言えばいないねえ」
これはいけません、撮影に夢中になり過ぎました。退屈させたので帰ってしまったのでしょうか? と思ったら鼎くんが戻ってきました。スタジオを見学していたそうです。
「見てよ鼎くん。私の力作!」
私はノートPCを開いて先ほど撮ったもののうち最もエモい一枚を見せました。「庭のテーブルでお茶を飲んでいる間に眠ってしまったところ」です。
鏡ちゃんはどうしてもレンズを見ることが出来ず、また近視の所為かどうしてもしかめっ面になってしまうので、このように工夫しました。
「へえ~。良いじゃん、他のも見せてよ」
鼎くんが勝手にファイルを開いていきます。
「あっ、これ良いな。もうちょっとで見えそう」
「こら、芸術作品を邪な目で見ないの(笑)」
この間鏡ちゃんはずっと両手で顔を覆っておりました。カワイイ(*´ω`*)
本日は予算の都合もあり、スタジオを使えるのは十五時までです。時間貸し・五時間コースというプランでした。私としては消化不良な感じですが、肝心の鏡ちゃんが疲れ果てているようなのでこれで良かったのかも知れません。
十四時半に撮影を切り上げ、撤収準備です。スタジオそのものの清掃は鼎くんにお願いし、私は鏡ちゃんのメイク落としにかかりました。
「ゴメンね、凜。僕、あまりいいモデルじゃなかった」
鏡ちゃんは心なしか落ち込んでいるようでした。ふぇりっくすさんの写真から刺激を受けて向上心を持ってくれたのなら良いのですが、高すぎる壁を前に戦意喪失してしまったのでは困ります。
「そんなことないよ。良い写真一杯撮れてたじゃん」
私は精一杯励まそうとしましたが、むしろここは鼎くんに任せた方が良いのかも知れません。
「疲れたでしょ? また三人でお茶しようよ」
「ヌタバは勘弁してほしいなあ」
「じゃあこの近くに小さな喫茶店があるから。そこでどお?」
外へ出ると雨は既に止んでおり、雲間からお日様が顔を出しています。
私たちは喫茶「ハナミズキ」に足を運びました。ここはスタジオ利用者が良く立ち寄るお店です。私もいつの間にかマスターと顔見知りになってしまいました。
カウンターも、テーブルも椅子も古くて重厚な木製、窓はステンドグラスでジュークボックスのようなレトロな調度品が良い雰囲気を醸し出しています。ここは大声で笑うのではなく、小声で会話を楽しむ場所なのです。
オリジナル・ブレンドの香りが店内に漂います。
「初モデル、どうだった? 緊張した?」
「どうって。なにがなんだか分からなかったよ」
鏡ちゃんはカフェ・オ・レを飲んでいます。スタジオでもそうでしたが、鏡ちゃんにはカップを両手で持つ癖があるのですね。初めて知りました。可愛い(*´ω`*)
さて、ここから次の撮影に繋げなければなりません。どうしたものでしょうか。
鼎くんのリクエストで、撮影した画像を皆でもう一度見ようと言うことになりました。テーブルの上にノートPCを広げるのは流石に憚られますのでカメラのモニター画面を使います。
次から次へとスクロールして行きます。鏡ちゃんはずっと恥ずかしそうに顔を背けておりました。可愛い(*´ω`*)
「鏡ちゃん、お気に入りのはある? ファイル送るよ」
「え? いや、僕は……」
「俺はこれがいい」
鼎くんが割り込んできてファイルを指定します。「テーブルで居眠り」の次の、目を覚ましてこちらを見るシーンです。ちょっと不機嫌そうと言うか、あまり表情が良くないので没にしようかと思っていたものなのですが。
「なあ凜。これ、後で俺に送ってくれないか?」
あらあらまあ。ずいぶんとお気に入ってくれたようで。さては鼎くんも、鏡ちゃんの女の子としての魅力に気付いてしまいましたね? いいゾ~これ。
でもダメです。
「あのね、鼎くん。これは鏡ちゃんが、すっごく頑張ってくれた証拠なんだから! この写真には、鏡ちゃんの『魔法』が写ってるの! そもそも公開禁止の約束なんだから。見るのは良いけどデータは上げられない。鏡ちゃんだって嫌だよね?」
鏡ちゃんが小さくうなずきました。鼎くんも解ってくれたみたいでした。
「ごめん。俺が悪かった。でも本当にいい写真だよ、これ。かがみんの魅力と凜の技術が詰まってる。最高傑作だ」
◆稲葉鼎の場合You are not heard nothing yet.
かがみん撮影会の前日、山田から俺に極秘の接触がありました。撮影会に参加させろとでもいうのかと思っていたら、俺もコスプレした方がいいというのです。
「オダキョー氏は魔理×霖というジャンルに甚くご執心でしてな、薄い本がもっとないかと拙者にしつこく問い合わせておったのでござる」
それで、俺にその霖太郎をやれというんですよ、山田は。衣装も既に用意されていましてね。これは困りましたね。やっぱり照れるじゃないですか。
「拙者が立候補しようかとも思ったが、この体型では無理があるというもの。やはりここは稲葉氏にお任せするが最善と思い至った次第」
どうもこの衣装の凜太郎というキャラクターは、魔理奈の恋人という設定らしいのです。果たして俺にそんな役が務まるのかどうか。
俺はなんとか口実を見つけようとしました。
「俺、身体デカいから。サイズ合わないんじゃ……」
「なんのなんの! 貴殿のサイズは先刻把握済みでござる!」
なんでだよ怖えーな!
「では当日の実況、楽しみにしているでござる」
山田はさっさと立ち去ってしまい、俺は押し付けられた衣装を手に途方に暮れました。
そして本日。キャラクター名「村雨」に相応しい空模様です。
結局俺はそのことを二人には言い出せず、衣装を持っては来ましたがトートバッグの底、弁当やらお菓子やらの下に隠し持つ状態です。
凜が重そうなカメラバッグを抱えているので持ってやろうとしましたが断られました。やっぱり幼馴染とは言え、他人の大切なものにむやみに触れてよいものではありませんね。
荷物を置き、二人がパウダールームに入ると俺にはすることが無くなりました。かがみんが着替え終わるまでは手持無沙汰です。スタジオ内を少し見学させてもらうことにしました。
初めて入ったコスプレスタジオの中は異世界のようでした。コテージの庭先のようなセットがあり、奥はお嬢様かお姫様のような寝室になっています。
ここに女の子の格好をしたかがみんが寝ていたらどんな光景なんだろう。なんだか妄想が止まらなくなりました。
凜が戻ってきました。メイクが終わり、かがみんが着替えているそうです。更衣室のドア越しに手伝おうかと声を掛けましたが断られました。
着替えている間に設営が始まりましたが、俺にはすることがなく、見ているだけのお客さんでした。どうも今日の俺は徹頭徹尾役立たずです(´・ω・`)
「そろそろいいかなー?」
独楽鼠のように動き回っていた凜が廊下に出て行きました。その凜が大声で俺を呼んでいます。何かアクシデントでもあったのかと駆けつけて見れば、かがみんの着替えが終わったから見てやれとのことでした。
俺は更衣室に入りましたが、その時の気持ちをどう表現したら良いのでしょう。
俺に出来るのは、ただ見つめることだけでした。
「ちょっと鼎くん、何か言ってあげなよー(笑)」
凜が意地悪く問い詰めてきます。
「うぇ?」
思わず変な声が出てしまいました。恥ずかしい(〃ノωノ) でも本当に何も言えなかったんです。目が離せないほど眩しくて、あまりの変わりように呆然として、胸がいっぱいで。
「ねえ、なんか言ってよ。恥ずかしいんだから」
かがみんまでもが俺を追い詰めてきました。絶体絶命です。
「……すごく……かわ……」
俺は心臓が止まりそうでした。恥ずかしそうに俯いて服や髪を弄るかがみんは、誰よりも可愛いと思いました。そう言ってやりたかったです。それなのに……。
「いや……その……似合ってると……思う」
肝心なところでヘタレてしまいました。あ~もう、俺のバカバカ! こんなんだからバレーでも肝心なところで三連続ミスして負けるんだよ!
撮影が始まると再び俺はすることが無くなりました。手伝おうにも何をしたらよいのかわかりません。やる気だけを暴走させて無能な働き者になってはいけません。
かがみんの視界に入るとあいつを緊張させてしまうかも知れないと思い、隅の方で背景に同化しておとなしくしていることに決めました。
凜はハイテンションです。
「いいよー。鏡ちゃんサイコー!」
二人が撮影に夢中なのを見て取り、俺は荷物を手にこっそりと部屋を抜け出し男子更衣室に入りました。「あの」衣装を試してみようと思ったんです。
(しばらくお待ちください)
サイズは気持ち悪いほどぴったりでしたが、俺には全く似合っていません。まるでピエロです。ダメだこりゃ、次行ってみよう。二人の前に出る度胸もなく、結局すぐに脱いでしまいました。
スタジオに戻ると二人が休憩しています。
「よーっす。飲み物とお菓子足りてるー?」
俺に出来ることは差し入れくらいしかありません。足りなければ近くのスーパーに買い出しに行きます。
「見てよ鼎くん、私の魔法!」
「ほお、こりゃ凄い」
それからまた撮影が始まりましたが、間もなくかがみんがバッテリー切れを起こして動けなくなったので、本日は御開きと相成りました。かがみんが着替えてメイクを落としている間に俺は部屋の片づけと掃除です。原状回復は基本ですからね。
その後三人で喫茶店に寄りました。スタジオの近くにある、個人経営らしき小さな喫茶店です。どうも凜はここの常連っぽいですね。侮れん、アナドレ凜。
俺と凜は(一番安い)オリジナル・ブレンドにしましたが、かがみんは「苦いの嫌い」と言ってカフェオレを頼んでいました。未だに子供舌だなあ。可愛いやつだぜ。
さて、かがみんの女装コスプレ撮影が実現し、取り敢えずはミッション・コンプリートなわけですが、俺は今一つ不完全燃焼な感覚を拭えませんでした。
凜は満足しているのでしょうか? 例の衣装を持ち出す気は一切ありませんが、もう少し、かがみんの可愛い姿を見てみたいと思いませんか?
凜に頼んで鑑賞会をしてもらいました。どれもこれもかがみんが可愛く撮れていますが、一つ飛び抜けて良いのがありました。テーブルに突っ伏して眠っているところから上目遣いにこちらを見上げた一枚です。
ちょっと不機嫌そうな目つきが何とも言えない魅力だと思いました。なんというか、こう、思わずご機嫌を取りたくなるような、甘やかしてやりたくなるような、守ってやりたくなるような……ああそうだ、飼い主に構え構えしてくるねこさんです。
俺は思わず言ってしまいました。「このカット、俺にくれない?」と。
凜もかがみんも目を丸くして俺を見ていました。まあ確かにキモイっちゃあキモイっすね(笑)
そして凜からの返答は「否」でした。残念。
◇◇小田鏡の場合Sister Golden Hair.
撮影が終わり、僕らは近くの喫茶店に入った。そこはヌタバみたいな陽キャの巣窟ではなく、レトロな調度品が落ち着いた雰囲気を漂わせる、陰キャにも優しい店だった。注文を済ませると鼎が写真を見たいと言い出し、凜がカメラの液晶モニターを開いた。こんなところで鑑賞会はやめて欲しいんですけど。
お気に入りがあったら上げると凜が言ったけど、正直に言うと僕は要らないと思った。落ち着いた眼で見るその写真はどれもこれも満足できない。僕は魔理奈になり切れていない。
「俺はこれがいい。あとで送ってくれ」
鼎が横から言った。
「あのね、鼎くん。これは鏡ちゃんが、すっごく頑張ってくれた証拠なんだから! この写真には、鏡ちゃんの『魔法』が写ってるの! だから他の人には上げられない。鏡ちゃんだって嫌だよね?」
僕は小さくうなずいた。鼎が欲しがっているのは「キャラクター・村雨魔理奈」であって、僕の写真が欲しいわけじゃない。それは分かる。でも、もしこの写真を鼎に渡したら、僕の中から『魔理奈』が消えてしまうような気がした。
「ごめん。俺が悪かった。でも本当にいい写真だよ、これ。かがみんの魅力と凜の技術が詰まってる。最高傑作だ」
鼎はすぐに大げさなことを言う。そんなわけないだろう。僕は冷めたカフェオレを飲み干した。
「ねぇ、鏡ちゃん。初めての撮影、本当に大変だったよね。でも鏡ちゃんが頑張ってくれたおかげで、こんなに素敵な写真が撮れたよ。鏡ちゃん自身は、どう思った?」
凜からの質問に、僕は答えられなかった。よくわからない、言葉に出来ない感情や疑問が頭の中をぐるぐる回っている。
何か言わなきゃ、何か言わなきゃと焦るうち、口から零れたのは謝罪の言葉だった。
「ごめん」
おまけに涙まで滲んできた。かっこ悪い。何故僕が泣かなきゃならないんだ。
「……ごめん、凜。でも……もう一度撮って欲しい。今度は、もっと、ちゃんと魔理奈になるから」
その日の夜。僕は風呂場で鏡を見ながら考えていた。大嫌いだった小さな体も母そっくりの顔つきも、女装したら寧ろ強力な武器に変わることに気付いた。
「鏡は女の子に生まれた方が良かった」
親戚の誰かが言った台詞。とても嫌だった、侮辱の言葉。でも。
僕は、女の子になった方が自分らしく生きられるんじゃないか。凜だって言ってたじゃないか。僕でもふぇりっくすさんみたいになれるって。もっと魔理奈に近づきたいし、凜の魔法さえあれば僕でもできる。
中途半端は嫌だ。もっと、しっかりと、女の子になり切らなきゃ。次の撮影はすぐそこだ。その時に撮ってもらいたいシーンがあるんだ。そのためなら、僕は大嫌いな「努力」だってなんだってする!
◆◆高山凜の場合I'm gonna make him an offer he can't refuse.
私は叫びたい思いを必死で堪えていました。
鏡ちゃんが、もう一度撮って欲しいと自分から言ってくれたのです。
これは夢でしょうか? 私は夢を見ているんじゃないでしょうか? 不安になった私は向かいの鼎くんの脚を思いきり踏んづけてみました。
「痛え!」
良かった、夢じゃなかった!
鏡ちゃんの気が変わらないうちにスタジオを押さえましょう。スマホを取り出し予約ページを開きました。来週の土日はがら空きです。
ところが、鼎くんが難色を示しました。
「そこインターハイ予選と被ってんだわ。流石にそれは抜けられねーし」
「鼎がいないんじゃ僕もちょっと……」
あらら、鏡ちゃんまで。私は頭を抱えました。再来週以降では予約がいっぱいです。今度はあまり間を開けたくありません。何か方法は……。
考えた末、部室スタジオを利用することにしました。そこなら無料で使えますし(実はもう今月のお小遣いがありませんのだ)他の部員に断っておけば邪魔が入ることもないでしょう。都合の良いことに来週水曜日は職員会議とやらで授業が午前中で終わります。日程は決まりました。
帰宅した私は山田くん、佐藤くんにお礼のDMを送りました。二人には月曜の昼休みに部室で画像を見せてあげることになりました。
その月曜日です。鼎くんはバレー部の部長さんに呼び出されて不在です。
画像を見た二人はあんぐりと口を開け、目を見開いて眼球がポロリと落ちそうになっています。
「これは……予想をはるかに超える破壊力……」
五分ほども経ってから、ようやく佐藤くんが感想を言ってくれました。
「可愛いでしょう?」
「いや高山氏、これは『可愛い』などというレヴェルではござらぬ!」
山田くん、過呼吸を起こしています。
「俺も頑張って衣装作った甲斐があったよ」
「え? 衣装作ったの、佐藤くんなの?」
「そうだよ(便乗)拙者は手先が不器用でござる故」
「イラストはそこそこ巧いのにな」
「ええい、デジタルの力を借りているだけでござる!」
やっぱりこの人たち、面白いですね。その山田くんが、面白い情報を提供してくれました。なんと前回の撮影会の時、鼎くんもコスプレ用の衣装を持っていたと言うのです。キャラは「森霖太郎」で、霖太郎は魔理奈の幼馴染の恋人なんだそうです。
「オダキョー氏は稲葉氏に立ち会いを求めたのでござろう? ならばこれが必須アイテムでござるデュフフフ」
つまり山田氏は、その衣装を使って鏡ちゃんと鼎くんのカップルを撮れと言っているのです。ここで私の中に新しい感情がふつふつと湧き上がって参りました。
男の子と男の娘のカップリング? 推せる! これは推せるぞォ! なるほど、腐女子とはこういうものであるか!
「山田屋ァ、そちもなかなかのワルよ喃www」
「いえいえ滅相もない。高山様に比べれば、手前などまだまだほんのひよっ子でwww」
「「ぬあ~っはっはっはっは」」
「何やってんのお前ら……」
私たちは声を揃えて笑い、佐藤くんは呆れていました。私ヒロインのはずなのに、なんでこんなギャグ担当みたいなことを……。
「ところで山田くん、いつもそういう喋り方してるの?」
「まさか。キャラづくりだよ」
都合により、あっという間に撮影当日がやってまいりました。
既にメイクを終えた鏡ちゃんは、今はカーテンの向こうでお着替えの真っ最中です。
「鏡ちゃん、もういい~?」
カーテンを開けようとしたら鼎くんに後頭部を引っ叩かれました。とても痛かったです。私ヒロインのはずなのに、なんでこんなギャグ担当みたいなことを……。
カーテンを開けて鏡ちゃんが出てきました。なんというか、女の子の衣装も二回目ともなると「着こなしている」感じがします。しかし……。
「鏡ちゃん、コンタクトレンズは?」
「え? いや、その……」
やっぱり。いかにも近眼らしい目つきですぐに判りました。前回の鏡ちゃんは視力のせいで目つきが悪くなったことを悔やみ、コンタクトレンズの使用を約束していたのです。準備も出来たとメールをもらったので安心していたのですが。
「ゴメンやっぱ無理~!!!」
ああっ、逃亡しました! 鏡ちゃん、敵前逃亡は市警ですよ!
「まあまあ、落ち着いて」
鼎くんがスマホを弄っています。
「すぐに連絡来ると思うから。待ってて」
◇◇稲葉鼎の場合You can’t stop what’s coming.
実に全く驚きでした。
あのかがみんが、自分からもう一度撮影を要望するなんて。夢かと思っていたら凜に思いきり足を踏まれました。この痛さ、夢じゃありません。
凜からは来週の土日を提案されましたが、その日はインターハイ予選なんです。圭兄の手前、公式戦を抜けるわけには行きません。涙を(体感でドラム缶一本くらい)呑んで諦めました。
するとかがみんが、俺がいないと嫌だと言うじゃありませんか。なんだかとっても嬉しくなりましたね、凜には悪いけど。
結局日程は来週の水曜の午後、場所は写真部の部室ということになりました。その日は職員会議とやらで授業は午前中で終わりです。
都合により、あっという間にその日が来ました。部室をスタジオとして使うために暗幕を張り巡らし、夜の演出をするそうです。ご丁寧に家庭用プラネタリウムまで用意してあります。そう言えば、ヤマのやつが「魔理奈は星の魔法を使う」とかなんとか言ってたような……。
暗幕一枚の向こうでかがみんが着替えています。凜が覗こうとしていたのでやめさせました。どうもこいつは最近ギャグに走りがちです。
しかしかがみん、大丈夫かな。昨夜はロクに寝ていないはずなんだよな。夜中の三時に「眠れない」ってメール来てたし。
着替えを終えて現れたかがみん、前回より可愛いが増している! しかし目つきが……。
「鏡ちゃん、コンタクトレンズは?」
「ゴメンやっぱ無理~!!!」
かがみんが部室を飛び出しました。あんな格好で校内を走ったら大騒ぎになりそうです。
凜が慌てて追いかけようとしましたが、俺は平常心でした。この時間、かがみんが逃げ込むところは一つです。俺はポケットからスマホを取り出しました。
◆◆◆小田鏡の場合Catch Me If You Can.
コンタクトレンズの恐怖に耐えきれず、僕は逃亡した。女装したままなのも忘れていた。部室を飛び出したは良いものの、この格好で行ける先はあるだろうか。少しばかり足りない脳みそをフル回転させて、必死に考えた。
窮鼠猫を噛むというか背水の陣というか、その時天啓が舞い降りた。そうだ、サトーのところへ行こう。あいつは図書委員で、今は図書室の主だ。陰キャ仲間の僕をきっと匿ってくれる。
途中何人かの生徒とすれ違ったが、僕はなりふり構わずひたすら図書室を目指した。受付カウンターの中で、サトーは一人静かに読書中だった。
僕が駆け込むと流石に驚いていたが、サトーは何も言わず僕をカウンターの中に招き入れてくれた。
「頼む、匿ってくれ! 追われているんだ」
「あ~びっくりした。図書室ではお静かに願いますよ」
やはり持つべきものは友人だ。やっと一息つける。外からは見えない位置に僕はへたり込んだ。昨夜は緊張と興奮でほとんど眠れなかったから体力も限界だ。
「そう言えば今日は撮影なんだって?」(筆者注:鏡はここで佐藤が撮影会の件を知っていることに違和感を持つべきだった)
「そうなんだよ。コンタクトレンズが怖くて逃げちゃった(笑)」
「そうかそうか(笑)」
サトーはにこやかに笑いながらスマホを取り出した。
「本当はここ、通話は禁止なんだけどね」
いったい誰と電話するんだろう。その疑問はすぐに解消された。
「やあ稲葉。うん、今ここに来たよ。大丈夫、確保しとくから。じゃ」
僕は恐怖で足がすくみ、その場から動けなくなった。
すぐに鼎、そしてヤマまでもが現れた。こいつらグルだったのかー! 騙された! 薄い本もこのための罠だったんだ!
僕は暴れようとしたが、三対一では為す術もなかった。たちどころに抱え上げられ、そのまま搬送された。美少女を力づくでかどわかすなんて、人が見たらなんと思うだろう。
部室では凜が待ち構えており、コンタクトレンズのケースを手に静かに微笑んでいた。
「さあ、鏡ちゃん。始めるよ」
◇◇◇高山凜の場合Successful Mission
私の目の前で、鏡ちゃんが三人の屈強な男子に組み敷かれています。両腕を佐藤くんに、両足を山田くんに押さえ付けられ、その上で鼎くんが馬乗りになっています。
「やだー! やめてー! お願い許してえー!」
鏡ちゃんの悲痛な叫びが部室にこだまします。しかしそんなことでたじろぐような野郎どもではありません。
「なんだよ、もう(目が涙で)濡れてんじゃん」
「(瞼を)拡げないでえ!」
「ほーら、(コンタクトレンズを)入れるよー」
「力抜いて。優しくしてあげるから」
「痛い! 痛いよおー(泣)」
「痛いのは最初だけだよ。すぐ(視力が)良くなるからねー」
無理やりコンタクトレンズを装着させられる鏡ちゃん。その姿はなんかレイ○されてるみたいでコーフンします( ´థڡథ)グヘヘ♡
事が終わり、鏡ちゃんは横座りで泣きじゃくっていました。その周りで男衆は、何とも言えない表情で視線を交わしていました。
「さあ鏡ちゃん。覚悟を決めて!」
鏡ちゃんは私を恨めし気に見上げました。しかしすぐに挑むような眼に変わり、立ち上がりました。
「お前ら出てけ!」
山田くんと佐藤くんをぐいぐい押して、部室の外に追い出してしまいました。あの小さな体のどこにそんな力があったのでしょう。
鏡ちゃんは内側から鍵を掛け、鬼気迫る表情でこちらを向きました。
「さあ、始めようか」
◆◆◆稲葉鼎の場合The problem is choice.
部室……スタジオは再び俺たち三人だけになりました。罪悪感がパねえっす。それでもかがみんが覚悟を決めてくれたようで何よりでした。
「撮影プランは?」
凜に聞きましたが、凜が返答するより早くかがみんが声を上げました。
「あの……僕、撮って欲しいシーンがあるんだけど」
俺は驚きました。前回俺の立会いを要求した時と言い、アグレッシブさが増しています。これが凜の魔法なのか……。しかし続く言葉に、俺はさらに驚かされることになりました。
「これ……このシーンを撮ってください!」
真っ赤な顔、震える手でかがみんが差し出したのは、魔理奈と霖太郎の漫画の一場面でした。
うっせやろ!? その時の俺は明らかにキョドっていたと思います。
こっそりとその場を離れようとした俺の背後に立って、凜が言いました。
「鼎くん、やるしかないよ。衣装、持ってるんだよねえ?」
ギクウウウウウウ!!!!!
「お、お主。何故それを……」
「ふむ……。耳に入っておるぞ、『山田』とか申す者からな。前回もそれを隠し持っていたそうではないか?」
冷や汗と動悸が止まりません。ヤマのやつ、まさか俺たちに協力する振りをして? 逆に俺を罠に掛けたんじゃ?
「さあ、覚悟を決めて?」
凜の笑顔を、これほど恐ろしいと思ったことはありませんでした。
◇◇◇◇小田鏡の場合When You Wish Upon a Star.
撮影が始まった。「星の魔法使い」魔理奈を描くために、凜はプラネタリウムまで用意してくれている。嬉しかった。
布を掛けた机や椅子をセット代わりに使い、イラストや他のコスプレ写真を参考にしてポーズを取った。魔女らしく箒に跨ったりもしてみた。すごく楽しかった。
「調子出て来たねー、鏡ちゃん」
画像を見せてもらったが、カメラ目線も上手く出来ているようだった。コンタクトレンズのおかげだろう。でもサトー、ヤマ。お前らの裏切りは許さない。絶対にだ。あいつらを悩殺できるくらい完璧な魔理奈になってやる。
「あ、鼎くん用意できたみたい」
カーテンを開けて、着替えた鼎が入ってきた。なんと言うか……あんまり似合ってない気がする。
「鼎くん似合ってないなあ(笑)」
凜が大笑いした。僕が気を使って口に出さなかったことをこいつは……。
「うっせえわ(笑)」
「はいはいはい、時間無いんだからサクサク行くよー」
星空を背景に魔理×霖の撮影をする。
初めにブックエンドみたいに背中合わせに座ってみた。鼎の背中はこっちの全体重を預けてもびくともしない。でも鼎が体重を掛けて来ると僕は潰されそうになる。
次は立ち上がって鼎の腰に後ろから抱き着いた。
「いいよー。鏡ちゃん最高! 可愛い!」
「おい凜、俺の顔は写すなよ!」
「大丈夫解ってる、口元までだから」
「頼むぜよ」
「言っちゃなんだけど、鼎くん、映えないなあ」
「悪うござんしたね(笑)」
この二人、いつも仲が良いな。羨ましい。僕の魔理奈もこんな風に霖太郎と軽口叩けるほど仲良くなれたらいいのに。
次から次へとポージングを変えて撮影が続く。
僕が椅子に座り、霖太郎が跪いて魔理奈の手を取るシーン。
霖太郎に座ってもらって、僕が背中から抱き着くシーン。鼎の背中は広くて大きかった。ほっぺにキスしろと言われたけど無理。それは無理。
本を読む霖太郎の足元に魔理奈が寄り添うシーン。
魔理奈が壁ドンされるところも撮ってもらった。もの凄く恥ずかしかった。
「いいねえ、いいねえ。さー次行ってみようかー!」
凜は前回にも増してノリノリだった。
「抱っこのシーン行くよー」
僕がお願いした、あの厚めの薄い本のシーンだ。鼎が椅子に座り、僕がその膝の上に乗っかった。重くないかな? さすがに緊張する。
「はい。じゃあ鼎くん、鏡ちゃんの肩に手を回す~」「鏡ちゃんは鼎くんの胸に顔を付けて~」
凜から次々と指示が飛ぶ。僕も鼎も言われた通りにポーズを取った。
「照れるのは分かるけど、ガマンして~」
僕も恥ずかしかったけど、鼎の顔も真っ赤だった。照明の所為とか誤魔化してるけど、LEDライトはそんなに熱くないよ。
鼎の逞しい腕が僕の身体を支えている。鼎は体温が高く、胸板は厚く、硬くてゴツゴツしているのに僕を優しく壊れ物みたいに包み込んでくれて、こんなことされたら絶対敵わない力に身を任せてしまいたくなる。
シャッター音の響きが急に遠くに感じられ、僕の意識は薄れて行った。
◆◆◆◆高山凜の場合What a Wonderful World.
さあ、撮影の始まりです。
鼎くんの準備が整うまでは鏡ちゃんをピン撮りしましょう。参考資料のイラストを思い出しながらポーズをとってもらいます。
おお、本日の鏡ちゃんには余裕を感じます。カメラ目線もばっちり決まってますよ!
嗚呼~いい笑顔ですねえ。楽しそう。あの頃の鏡ちゃんの輝きが戻って来ています。
イラストや同人誌を参考に、色々と可愛くてエモいポーズを撮っていきます。
私は撮って無加工のまま出せる写真を目指してはいますが、だからといって加工を否定するものではありません。背景の、プラネタリウムの星だけでなく手前にもキラキラ・エフェクトを入れたらさらに良くなるんじゃないでしょうか。
おや、鼎くんの準備も整ったようですね。これは……うん。まるで似合っていません。少しは鏡ちゃんを見習うが良いわ(笑)
まあ良いでしょう。本日のメインディッシュの魔理×霖撮影。鏡ちゃんが鯛のお刺身なら鼎くんは大根か大葉、顔さえ写さなければどうにでもなります。
「はいはいはい、時間無いんだからサクサク行くよー」
私は二人に発破を掛け、撮影を進めました。
ブックエンドのポーズ、身長差を利用した腰への抱き着き、鼎くんを椅子に座らせての背後から抱き着き。
「はーい鏡ちゃん、ほっぺにチューしてー」
「「むーりー!」」
さり気なく誘導したつもりでしたがユニゾンで拒否られました。無念(´・ω・`)
鏡ちゃんが壁ドンされてみたいと言うので鼎くんにその旨命じました。鼎くん、君に拒否権は無いのだよ。ああっ、鏡ちゃん真っ赤っか。ほんとに恋する乙女みたい。なんて可愛いの(*´ω`*)
腐女子が言う「尊い」を、私も理解できたかも知れません。
「いいねえ、いいねえ。さー次行ってみようかー!」
ハイライトシーンの撮影に入ります。魔理奈が霖太郎の膝に抱っこされるシーンです。二人とも照れて固まっているので、ここは私が仕切らなければいけません。
「はい。じゃあ鼎くん、鏡ちゃんの肩に手を回す~」「鏡ちゃんは鼎くんの胸に顔を付けて~」
鏡ちゃんが鼎くんの膝に乗っかり、甘えるように顔を鼎くんの胸に埋めました。あれ? もしかして、鏡ちゃんうっとりしてる? しかも鼎くんは頭ナデナデしてるし!
ふおおおおおおお! ヤバい! ヤバいヤバいヤバい! これもう完全に恋人同士じゃん! これです! 私が見たかった世界は! あぁ、もう、シャッター切る手が震える。手振れ防止機能が追い付かない。
あれは……パートナーを信頼しきっていなければ出ない表情! こんなの現実で見ちゃっていいの? こんなの見たら、運を使い切って私氏ぬんじゃないの?
違う違う、落ち着け高山凜。
これは芸術。演出。創作。尊い偶然の産物。
でも違う、尊い。尊いが過ぎる。
現実に存在する尊い。
空気が甘い。息ができない。
なんなのこれ、酸素が愛で出来てるの?
ちょっと待って、レンズ曇る。
いや私の脳みそが溶けてる。
尊い。
あ、ダメ、今「尊い」以外の語彙がない。余の辞書に尊い以外の文字は無い。
尊い尊い尊い。ああもう、世界が「尊い」
私は床を転げまわり、そこに出現した尊いボタンを連打しました。来いよベネット! 理性なんか捨ててかかって来い!
ああ、何これ。
創作の神様がくれた奇跡なのに——。
どうして私、泣きそうになってるんだろ。
◇◇◇◇稲葉鼎の場合My precious.
山田の策にまんまと嵌められた俺。カーテンの影の更衣スペースで、霖太郎のコス衣装をぼんやりと見つめている。
思えば凜の夢を手伝いたくて、かがみんとの距離を取り戻したくて、山田の協力を取り付けてここまで来たはずだったのに。
あいつは同志として協力すると言いながら、裏では自分の欲望のために俺っちを利用しやがったんだ。でもまあ良いでしょう。それでかがみんと凜が喜ぶのなら。
俺は恥を忍んで衣装を着込み、ウイッグを頭に乗せました。これからこの姿を二人の前に晒し、カメラに写らなければならないのです。今ならかがみんが恥ずかしがっていた理由が痛いほど解ります。
全てを諦めてカーテンを開け、スタジオに入りました。
凜が笑ってやがる。チックショーメー! 覚えてろよ……。
いや、そんな事より撮影に協力しなければなりません。言われるままにポーズを取ります。
机を三つ並べ、布を掛けてその上に背中合わせに座りました。かがみんの背中は小さく軽く、そして暖かでした。
次から次へとポーズの指定が来ます。どれもこれも身体的接触を要求され、俺は平常心を保っていられませんでした。
更には背後から抱き着いたかがみんに、俺のほっぺにチューしろと言い出すし。流石にそれはNGです。
今度は壁ドンさせられました。落ち着け稲葉鼎。落ち着け……こいつは男……俺の幼馴染にして一番の親友だ、変な気起こすなよ……。
そして……。
「はーい、ラスイチ行くよー。鼎くん椅子に座って、鏡ちゃんは膝の上ー!」
ハイライトの抱っこ、同人誌からかがみんが指定したシーンですが……マジでやるの?
かがみんは遠慮なく、ぽすっと俺の上に座ります。その瞬間、俺はびくりとして固まってしまいました。なんて軽いんだろう。五十kgあるかないか……。
「はい。じゃあ鼎くん、鏡ちゃんの肩に手を回す~」「鏡ちゃんは鼎くんの胸に顔を付けて~」
ああああああああ! 近い近い近い! 息を吸うたびに、シャンプーだかリンスだかの匂いが胸の奥に沁み込んで来るゥ!
目の前。ほんの数センチ先に、鏡の顔。まつげが長い。肌が柔らかそうで、唇が動くたびに光を反射する。呼吸に応じて胸が動いている。その一つひとつが、なんか——危ない。
「鼎?」
「え!? な、なに!?」
「顔、真っ赤だけど?」
「照明が熱過ぎんだよ。お前だって真っ赤じゃねーか」
「僕は恥ずかしいからだよ」
うぐうっ。お前、それ卑怯だろ。
「ほら二人とも、撮るよ。三、二、一」
「うわ待って待って待って!」
パシャ! ああっ、心の準備があ!
「はい。いい表情撮れてるよ鼎くん」
「え? 顔撮ったの? 撮っちゃったの?」
「まあまあ、表には出さないから(笑)」
「本当だろうな」
「ホントホント(笑)ほら鏡ちゃん、見てよ。……鏡ちゃん?」
おや? かがみんの応答がありません。どうしたんでしょう?
「あ、凜静かに。かがみん寝ちゃってるよ。昨夜は眠れなかったみたいだし、寝かしといてやるか」
俺はそっとかがみんの頭を撫でました。あっちでは凜が体中から色々な体液噴き出して痙攣しているけど、まあ……ほっとけばいいか。ヤムチャしやがって。
抱っこを続けること、およそ二十分。かがみんが目を覚ましました。
「あれ……?」
「おはよ」
「うそ。僕寝ちゃってた?」
「そりゃもう気持ち良さそうに」
「……ご……ごめん」
「いえいえ、どういたしまして。凜もそっちで寝てるから、今日はもう終了かな」
◆◆◆◆◆小田鏡の場合May the Force be with you.
ふと意識を取り戻すと、僕は鼎の膝の上で、鼎にもたれ掛かっているところだった。どうやら撮影中に居眠りしてしまったらしい。慌てて膝から降りた。また赤面しちゃってる。魔理奈になれるのは嬉しいけれど、気まずい思いをするのは変わってない。
気まずいのベクトルは変わっているけれど。
そっちの方で寝ていた凜が起き上がった。床に血文字で「尊い」と書いてあるけど意味が分からない。
凜がもうライフがゼロだと言うので、今日の撮影は終了ということになった。
部屋の明かりを点け、プラネタリウムの電源を切る。メイクを落とし、制服に着替えると、魔法が解けて僕らはアニメキャラから元の学生に戻った。
部屋の片づけをして原状回復する。
「明かり消すよー」
パチンと音がして凜が照明を消すと本当に終わり。魔法はカメラの中にしか残っていない。
ドアを開けると部室の外ではヤマとサトーが土下座していた。ありがとな。もう怒ってないから。
揃って下校する。三丁目の駄菓子屋前で凜と別れ、鼎と二人になった。家まであと五分の距離。
「あのさ、かがみん。一つ頼みがあるんだけど」
「なに?」
「土日の試合さ、応援に来てくれないか?」
「うん、行くよ。必ず行く」
「頼むぜ? カッコいいとこ見せてやるからな、覚悟しとけよ?」
「期待してるよ」
僕らは笑顔で拳を突き合わせた。あの頃とは少し違うけど、また三人の時間が動き始めたのは間違いないと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
「二年生編②」では、“魔法”を単なる比喩ではなく、彼ら自身の心を動かす力として描きました。
誰かに見つめられることで生まれる勇気。
誰かを支えることで芽生える優しさ。
そして、誰かを撮ることで確かめる愛。
三人の関係はまだ答えの出ない迷路の中にありますが、
それでも彼らは確かに前へ進んでいます。
次回は番外編を投稿する予定です。
お楽しみに!




