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第二章:再生The past can hurt. But you can either run from it, or learn from it.①

 この物語を開いてくださり、ありがとうございます。

「陰キャだった僕が、魔法で美少女に変わる――」という一見ふざけた設定ですが、実はその裏に「変わりたい自分」「変えられる/変えられない自分」という普遍的な青春の葛藤を描きたかったのです。

 そして舞台は、バレーボール部という“汗と泥と光る瞬間”が詰まった場所、そしてコスプレという”夢と魔法”が光る場所。ここで、きょうかなえりんが織りなす、少し変わった3人の日常と非日常を、軽やかに、でも真剣にお送りします。

「恋」「魔法」「変身」――そんな言葉に引かれた方も、そうでない方も、このお話がひとつの“輝く夏”として残ってくれたら嬉しいです。

第一節:April, Come she will.


◆小田鏡の場合At seventeen.


 二年生に進級した初日、クラス表を確認した僕は目を疑った。

 一組から順に見て行く。当然自分の名前を探しているのだが、サトーとヤマも気になる。そしてほんの少しだけ、鼎と凜も。

 サトーの名は一組にあったが、そこに僕の名は無かった。少なくとも一年間は別々か。残念。

 二組にはヤマの名があった。そして僕の名は無し。なんてことだ。せっかくの仲良し三人組がバラバラとは。

 仕方ないね。それで縁が切れるわけじゃなし、気を取り直して更にクラス表を見る。三組……四組……僕の名は無い。つまり僕は五組ということだ。シャーロック・ホームズ張りの名推理だな!

 五十音順に並ぶこれからのクラスメイト。秋本○○、稲葉鼎、小田鏡……。なんだって? 稲葉鼎!?鼎も五組?

 まさか……と思ったが、何度読み返してもその名前は消えてはくれなかった。嫌な予感に震えながら更に下を見て行くと……。真ん中あたりに高山凜とあった。

「愕然」とはまさに今の僕のためにある言葉だ。気の合う二人とは別々にされて、一番会いたくない二人とは一緒だなんて。ねえ神さま、あなたはそんなに僕のことがお嫌いですか?

 このまま家に帰ろう。もうヒキコモリでいいや。肩を落として回れ右をした僕の前に、悪魔の微笑みを浮かべた鼎と凜が立ちはだかったのだった。

ずっと(I've been)待って (waiting )いたよ(for you)ー、かがみん(Kagamin)! やっと(We meet )会えた(again at )な!(last)

「また三人一緒なんて嬉しいよ、鏡ちゃん。」

 日光を浴びた胞子のように、僕の心が萎れて行った。出来ることならこの場から逃げ出したかった。

 二年生ライフは初日から気まずさの極みだった。せめてあいつらとの過去の関係は隠しておこうと思っていたのに、鼎は自己紹介の場で堂々と「小田、高山とは小坊の頃から一緒です!」なんて笑顔で宣言しやがって。陰キャの防御陣を軽々と突破して来る陽キャの圧倒的攻撃力の前に、僕は白旗を掲げた。我が輝かしき()陰キャライフ、終了のお知らせだ(´Д⊂グスン

 去年も同じクラスだった某男子(名前は思い出せない)が僕の肘をつついた。

「お前高山と知り合いだったのかよ。なんで教えてくれなかったんだよ、紹介して欲しかったのに!」

 他にも様々なカースト中位っぽい男子どもが集まって来て同じようなことを言って来る。

 無茶を言うな、と僕は心の中で毒づいた。アレは別世界の住人だ。僕とは無関係だ。ああ、早くサトーやヤマに会いたい。陰キャ成分を補給しなければ死んでしまう!


 その日から再び心休まらない日々が始まった。今度は逃げることも出来ない。不登校になりたかったけどそれでは母さんを心配させてしまう。低身長仲間として僕を溺愛してくれる母さんに悲しい思いをさせたくなかった。

 鼎も凜も、眩しい笑顔で近づいてくる。その軽いノリに一瞬小学生の頃の距離感が戻ったような気がしたが、自分の過去の言動を思うと素直に応じられず胸が痛む。

 この一年で二人はずいぶんと印象が変わった。陽キャは陽キャのままだけど、結局バレー部に入った鼎はますます背が高くなり、肩幅も広くなった。日焼けサロンにでも通っているのだろうか、顔もこんがりと灼けて精悍さを増した気がする。インドアスポーツでこんなにも日焼けするものなのだろうか。(筆者注:鏡は鼎が飛行機に乗って上空の強い紫外線を浴びていることを知らない)

 凜もなんだか大人っぽくなったなと思ったら化粧をしていた。髪は少し長くなって色が若干明るくなり、キューティクルが輝いている。まさにカーストの頂点に立つ者、物語の支配者に相応しい外見だった。

 一方で僕はと言えば中三で成長が止まってしまったらしく、一向に背が伸びていない。母さんは「小さい方が可愛い」と慰めてくれるけれど。

 どっちにしても、背景キャラに似つかわしいとは言えるかも知れない。いくらあいつらが僕に近づこうとしても、昔の三人組には戻れない。そう思うことで、僕は二人と距離を置こうとした。


 ちょっとここで去年の思い出話を。

 文化祭の時、僕は凜から写真を見に来いと誘われていた。興味がなかったのでスルーしていたのだが、ヤマに誘われて結局見に行くことになった。意外でもないが、ヤマはコスプレ方面にも手を伸ばしていたのだ。

「いやだよ。独りで行けばいいじゃん」

「そんな~(泣)オダキョー氏はリア充のすくつに拙者を一人で放り出すつもりでござるか~(泣)」

 なんなのだ、この小芝居は。

「ええい、泣くな見苦しい(笑)」

 こんな訳で、僕はヤマに同行する羽目になってしまったのだ。他の学校ではどうか知らないが、南高の写真部員は生徒会活動や委員会活動にも積極的に参加していて、僕らの基準ではリア充判定である。

 凜にも鼎にも会いたくないのは変わらない。特に、凜の誘いに乗って来たと思われたくなかった。僕はまずヤマに偵察を頼み、二人が間違いなく不在であることを確認してから会場の教室に入った。

 展示されている写真の大半はどうということの無い風景か植物・静物だった。ただ会場の一角に不自然な人だかりができていた。僕の身長では人垣の頭越しに見ることが出来ない。おとなしく順番を待つしかなかったが、いつ凜が来るか分からないので終始ひやひやしていた。

 十分も経ってからやっと見える位置に出ることが出来た。そこにあったのは三枚組のコスプレ写真だった。一流アイドルにも見劣りしない美少女が人気アニメキャラの姿でポーズを取っている。いや、あのキャラが二次元ではなく三次元に実在したらこうなるのだろうと思えるほどリアリティーがあった。あのキャラは確かに実在するのだと思わせる存在感があった。全体的に暗めな画面構成の中で、その美少女の存在感は光り輝いていた。

 写真に添付された説明文は僕の視力では読み取れなかったけど、あれは間違いなく凜の作品だ。そう確信すると僕は凜が戻って来るのが怖くなり、ヤマを置き去りにして会場から逃げ出したのだった。

 その日の夕方、ディオゲネス・クラブで再会した僕らの話題は当然の如くあの写真だった。ヤマは何故か僕の感想を聞きたがった。

「なあ、可愛いと思うよなあ?」

「うん。そりゃあ、あのキャラだからな」

「いやそうじゃなく。あのレイヤーさんが可愛いと思うよな? な?」

 どうもヤマは賛同を求めているらしかった。強いて反対する理由も無いし、実際僕も可愛いと思っていたので同意した。

「じゃあ聞くけど、かがみんはあのレイヤーさんが男だと言ったら信じるか?」

「……何て?」

「かがみんは、あのレイヤーさんが男だと言ったら信じるか?」

 その時の僕は無表情だったと思う。男? あの美少女が?

「嘘じゃねえよ。ほら」

 ヤマが差し出したスマホには、間違いなくあのレイヤーさんのSNSアカウントが映し出されていた。僕も一応はアカウント(鍵垢でフォローもフォロワーもサトーとヤマのみだけど)を持っているので、自分のスマホでそのアカウントを見てみた。

 過去の投稿を見ると、その人は男性で間違いないようだった。「素敵な写真に感謝」として投稿されたコスプレ写真は間違いなく展示されていたものの続きだった。

「なあ、かがみん。お前もやってみないか? 絶対似合うぞ?」

「ぶっ飛ばすよ(笑)」


 僕はさらに詳しく投稿を見てみた。その画像に添付されているアカウントは撮影者のものだ。

 その撮影者のアカウントの投稿を遡ってみた。どう考えても、それは凜だった。固有名詞は一切ないが、僕にメールで送られてきた写真がいくつもあった。

 件の男性レイヤーを撮影した、ひと月以上前の画像を見つけた。「コスプレは輝く魔法」と題し、私の好きな人にも魔法を掛けたいと書かれていた。何故か胸がモヤモヤした。

 僕はその投稿をブックマークした。フォローして存在を知られるのが怖かったので、ブックマークを通してアカウントを眺めようと思ったのだ。

 ついでに鼎のアカウントも探した。それらしきアカウントは見つけたけれど確証は持てなかった。

 以上、回想終わり。


 息苦しい一週間だった。相変わらず僕は朝の遭遇を回避するため、家を出る時間をずらし、登校経路も変え続けていた。そんなことをしたところでどうせ教室で会ってしまうのだが。

 教室では凜が盛んに接近して来る。朝一番に、或いは授業の合間に話し掛けられ、昼休みには学食に行こうと誘われ、放課後にはヌタバに行こうと誘われる。冗談じゃない、あんな陽キャの巣窟に足を踏み入れたが最後、僕のような陰キャは陽の光を浴びて灰になってしまうのだ。

 僕はその度にサトーかヤマに電話し、先約がある振りをして逃げ出すのだった。

 鼎も僕の席に来ては何かと話し掛けて来たが、どちらかと言えば凜が来る方が迷惑度は高かった。他の男子からの嫉妬が凄いのだ。自分たちがいくら手を伸べても届かぬ高嶺の花を、僕が横取りしたと思っているらしい。本当に迷惑な話だ。鼎相手には何も言えないくせに。

 女子が鼎への取次ぎを依頼してくるかと思ったらそんなことは無かった。たぶん陰キャバリアーが有効に機能しているのだろう。良いことだ。

 新学期二度目の金曜日の放課後、早く帰ろうと支度している僕の所へ凜と鼎が連れ立ってやって来た。

「写真部でモデル撮影会するんだ。鏡ちゃんも来ない?」

「い……行かない……」

「そっか~、残念! また声掛けるね~」

「じゃあな、かがみん! たまにはバ先にも来てくれよ!」

 二人は思いのほか素直に去っていった。いったい何を企んでいるのだろう。



◇高山凜の場合I want to be a wizard.


 新年度初日、クラス表を確認した私は思わず拳を突き上げ「だーっしゃオラアアアアアアア!」と叫んで注目を集めてしまいました。周りの人達が怪訝な表情でこちらを見ています。

「どうしたのリンノスケ」

 一緒にいた去年からの同級生、サツキが呆れ顔で言いました。一番仲の良いグループから、私はリンノスケと愛称を付けられていました。

「あ、分かった。稲葉君と一緒になれたからでしょ?」

「いや違うから、違うから(笑)それはあんたでしょうが(笑)」

 鏡ちゃんはもう来ているでしょうか。教室へ行こうか、それともここで待とうか、迷っているところへ鼎くんが来ました。

「見たか? 見たか?」

 鼎くんも興奮しています。彼も気づいたんです! 私も気持ちが昂ってまともに返事が出来ず、ガクガクと頷くだけでした。

「お、俺、教室行ってみるわ。凜はここで待ってて!」

 鼎くんが走り出しました。教室とクラス表前、鏡ちゃん捕獲の両面作戦開始です。(教室で待っているだけでいいと言うことに、その時は思い至りませんでしたorz)

 私はクラス表から離れたところで鏡ちゃんを待ちました。程なくして鏡ちゃんが現れ、私は用心して物陰に身を潜めました。素早く鼎くんに連絡を送ります。

 中学時代を含めて、長かった冬のような四年間。今日から始まる楽しき春。クラス表を眺める鏡ちゃんの背中。万感の思いを込めて、私はその背中を見つめました。鼎くんもきっと同じ思いだったことでしょう。

 鼎くんが到着しました。そして、鏡ちゃんが振り向きました。

「ずっと待っていたよー、かがみん! やっと会えたね!」

「また三人一緒なんて嬉しいよ、鏡ちゃん。また一緒に遊ぼうね!」

 不覚にも私は泣いてしまい、恥ずかしいので涙を見せまいと二人の手を引いて教室に向かいました。


 (回想入ります!)

 この一年は、私にとって成長の一年でした。コスプレから始まって人物の撮り方を学ぶことが出来ました。大勢のレイヤーさんと知り合い、自然光や照明の使い方等技術的なことに加え、その人の個性に応じた撮り方や自分に合った撮り方があること、モデルさんと心通わせながらその人の魅力を引き出す撮影マインド、いわば「魔法の掛け方」をいくらかは身に着けたような気がします。

 幸いSNSに投稿する人物写真(コスプレに限らずポートレートも撮っているので!)は毎回高い評価を頂き、イベントや併せ等で撮影依頼が舞い込むほどになりました。「まだ高校一年生です」というと毎回驚かれました。

 ただ、私を評価してくださるモデルさんたちには若干気が引けるところもあって、私が撮りたい人物は結局のところ鏡ちゃん一人だったのです。「全てはいつか鏡ちゃんを撮るための練習台」のように考えているところがあり、その点は皆さんに申し訳ないと言うかなんと言うか……。

 最初に撮らせていただいた女装レイヤー・ふぇりっくす(@freakish_cos)さんには正直に鏡ちゃんのことを話しました。ふぇりっくすさんも「もしそれで鏡くんが自信を取り戻せるのなら、自分に出来ることは何でもする」と言ってくださいました。感謝感謝です。

 鼎くんも「また三人で遊ぶために」と協力を約してくれました。私の周りは良い人たちばかりです。

 この一年で学んだことは撮影技術ばかりではありません。メイク技術もまた人物撮影には重要だと知りました。日常用と撮影用とでは使う化粧品もメイクの仕方も全くと言っていいほど異なるのです。これまたふぇりっくすさんにご指導いただきました。

 何もかも人任せにはできませんから、自分の手で鏡ちゃんを輝かせるためメイクの練習をしました。自分の顔を実験台に使ってです。最初のうちはどうしても塗りが熱くなり、妹からは「蝋人形のようだ」と笑われ……。やかましいんじゃコラ、お前も蝋人形にしたろか!

 ゴホン、大変失礼しました。

 今ではかなり上達したと思っています。少なくとも、自分に施したメイクを鏡ちゃんのお母さんから褒められる程度には。

 ふぇりっくすさんは「こういう写真を撮って欲しい」と要望を出して来るだけでなく「どんな写真を撮りたいですか?」と質問を投げかけてきて、私の目的意識を明確にしてくれました。写真とは偶然撮れる奇跡の一枚を期待するのではなく、具体的なイメージを持って計算をしながらそこへ近付けて行くものなのだと学びました。


 今年度の目標は言うまでもなく鏡ちゃんを撮ることです。それも、女装コスプレです。流石にハードルが高く、どうアプローチしたものか……。良い知恵が浮かばず、私は鼎くんのバイト先のアクドで彼に相談しました。

「いっそ正面切って土下座してみようかと思っているんだけど……」

「それはなあ……まずダミーでいいからさ、大きな撮影会を企画してみようよ」

「撮影会?」

「そう、そしてメインのモデルをやってくれって頼むの」

「……断られるんじゃ……?」

「そう、断らせるの」

「だめじゃん(笑)」

「断らせてから『なら個撮でどお?』って持ち掛けるわけ」

 流石は鼎くん、私なんかには思いつきもしない作戦を提案してくれました。なんだか上手く行きそうな気がします。

「でもなあ……」

 鼎くんが大きく伸びをして頭の後ろで手を組みます。

「まず最初に話も聞いてくれなさそうだよな、かがみんは(笑)」

「だよね~(笑)」

「ま、それは俺がなんとかするよ。もうちょい作戦練っておきたいから、実行はちょっとだけ待ってくれ」



◆稲葉鼎の場合The door in the face.


 高校生活も二年目の初日。俺は朝からテンションマックスでした。

 だってだって、かがみんと同じクラスになれたんですぜ? しかも凜も一緒に! 三人揃うなんて中二の時以来なんだ、これが喜ばずにいられようか。(反語)

 平常心を失った俺は、教室で待っていれば済むものを、校内あちこち駆け回ってかがみんを探しました。やがて凜からメールが来てクラス表の前に居ると聞き、猛ダッシュで合流。たぶんあの時の俺、陸上部のエースより速く走ってたんじゃないかな?

 何はともあれ、こうやって三人が顔を揃えるのは去年の入学式の時以来だと思う。

ずっと(I've been)待って (waiting )いたよ(for you)ー、かがみん(Kagamin)! やっと(We meet )会えた(again at )な!(last)

 俺は万感の思いを込めて第一声を発しました。凜のやつは泣いていたんですよ。ほんっとに、愛されかがみんが羨ましいぜ。まあそのかがみんは露骨に嫌がってたけどな(笑)

 去年の球技大会で会話したこと、中体連の県大会決勝戦の思い出が甦りました。俺たちの時間はこれから始まるんだ。


 バレーのことを思い出しついでに、自慢話を一つ。

 俺は辞めたはずのバレーをまた始めたわけだけど、南高は昨年秋の春高バレー県予選で遂に一回戦突破の偉業()を成し遂げ、俺はその原動力として全校に名を馳せました。(因みにポジションはアウトサイド・ヒッター兼セッターです)

 圭(にい)をコーチに呼んだだけでなく、逃げた一年生部員三人のうち二人までを呼び戻したんですからね。三年生二人、二年と一年が三人ずつ。計八人で県立湖陵高校と対決です。インターハイ予選では一‐二で負けた因縁の相手です。

 結果は二十五対二十一、二十五対十六で勝利でした。

 試合終了後、敗れた相手チームは泣いていたんですが、号泣具合はこちらの方が上でしたね。顧問の鈴木先生までが泣いていましたよ。後日先生と一緒に調べたら、南高男子バレー部の公式戦勝利は実に二十二年ぶりの快挙なんですって。同レベルの弱小チーム相手とは言え勝利は勝利、しかもストレート勝ちっすよ(笑)

 次の対戦相手がスーパーデリシャス遊星ゴールデンスペシャルリザーブゴージャスアフターケアー強豪・信成学園高校であることなど意識の端にも上りませんでした。因みに二回戦の結果は六対二十五、十二対二十五の大惨敗っす(笑)でもみんな晴れやかな笑顔でしたね。強豪相手にあれだけ戦えたって。そう言えば、信成の選手は勝ったくせになんだか不機嫌だった気がするなあ。

 飛行機の方も順調でしたよ。熱心に練習したおかげで技量も向上して、伯父貴からは十七歳になったら直ぐにソロ(単独飛行許可)を取れるとお墨付きをもらいました。

 因みに飛行機趣味にはめっちゃお金が掛かりましてね。クラブの会費と往復のガソリン代とメシ代は伯父貴が快く負担してくれてますが、飛行機の燃料代は自己負担の約束になっています。二サイクルエンジンなのでエンジンオイルも結構な量を消費するんですよ。高校生が親からもらう小遣いだけでは到底足りなくて、アルバイトをしなければならなくなりました。バイト先は定番、アクドナルドのバーガー屋です。

 これまた学生らしくていいんじゃないですかね。


 同級生になったのに、かがみんとの接触には苦労してました。朝はいまだに避けられてるし、休み時間はあいつ直ぐ何処か行っちゃうし、昼飯に誘っても放課後誘っても逃げちゃうし。

 そんな日が二週間ほど続いて、凜が相談したいことがあると言ってきました。アクドでのバイト終わりにコーヒーを飲みながら話を聞いてみると、かがみんを誘いたいのに誘い方を思いつかないんだって。土下座しようまで言ってるし。

 俺は凜が好きだから、支援するしかありません。そこで1つの作戦を提案しましたですよ。凜と綿密に段取りを打ち合わせました。その上で、俺はプライドを捨てる所存です。

 かがみんの今の状況からして、先ずは警戒心を解きほぐすところから始めなければなりません。

そしてあいつはこちらが前に出れば必ず後ろに退きます。その退路を塞いでおかねばなりません。俺はかがみんの交友関係を調べることにしました。かがみんの友達を味方につける作戦です。幸いなことにうちのクラスのゆかりちゃんはかがみんの去年の同級生です。何度か会話したこともあると言うので、ヌタバ・デート一回と引き換えに話を聞くことが出来ました。

 一組の佐藤直人、二組の山田正美と仲が良かったこと、特に「アニメの美少女キャラのイメージにかがみんがピッタリだと山田が言っていた」という情報には千金の値がありました。山田を抱き込めば強力な味方になってくれそうです。

「ありがとう、ゆかりちゃん。また会ってもらえる?」

 そう言ってアクドを出た俺はすぐに山田に接近しようかと思いましたが、ちょっと待てと思いました。いくら何でも初対面の相手に頼むような相談内容じゃないです。

 もう一人、佐藤直人の名前には聞き覚えがありました。家に帰ってじっくり考えること二時間。風呂の中でようやく思い出しました。去年の前期、文化委員会で一緒だったやつです。本の貸し借りをする程度には親しかったんですが、かがみんの友達と知ってりゃもっと仲良くしておくんだった!

 いや後悔しても始まりません。幸運なことに、俺の手元にはその当時佐藤から借りたままの『遁げろ家康』上下巻がありました。これの返却を口実にすれば無理なく佐藤に会えるじゃありませんか。

 次の日俺は早速一組の教室を訪ねました。本を返すついでに借りっぱのお詫びをしたいと言ってアクドに誘い、コーヒーを奢って「写真部の企画の手伝いをしている、ついてはアニメやゲームキャラに詳しい人物を紹介して欲しい」と頼んだら、狙い通りに山田正美の名が挙がりました。やるじゃん俺!

 その場で山田に連絡を付けてもらい、翌日の昼休みに写真部の部室で凜も含めた四人で会うことにしました。かがみんには秘密にしてもらうことも忘れずに付け加えました。

 その日の様子です。

「山田さま、お納めください。山吹色の菓子にございます」

薄暗い写真部の部室で、俺は献上品のハッ(ピー)セット四人前(の景品のコラボグッズ)を差し出しました。何故か口調が時代劇になってしまいました。

「うむ、苦しうない」

 山田もノリがいいやつで良かったっす。ここで俺らは全てをぶっちゃけました。かがみんと俺たちが幼馴染なこと、昔はもっと明るいやつだったこと、自信を取り戻してやりたいこと、そのために女装コスプレを考えていることをです。隠し事をしながら頼み事なんて誠意に欠けますもんね。流石に凜がかがみんを好きなことは伏せましたが、この位なら隠し事とは言えないでしょ?

 山田は腕組みをして小首を傾げ、目を閉じたまま難しい顔で話に聞き入っていました。

「なるほど、お話はよく解り申した」

凜が説明を終えると山田はゆっくりと目を開きました。

「自信を付けさせたいのと女装コスがどう繋がるのかがちと解せぬが、オダキョー氏の女装を見たいのは拙者も同じ。よろしい、同志としてご協力致そう」

「おお、山田(うじ)。かたじけない!」

 凜までが時代劇口調になって、佐藤が呆然としてましたね(笑)

「一つだけ高山氏にお尋ねしたき儀がござる。コスは何をさせるおつもりかな?」

「え?」

 凜の目が点になりました。どうやらノープランだったようです。凜には昔から脇目も振らずに突っ走る傾向があるんですよねえ。

「えーっと。アイドル系?とか魔法少女?とか?」

「それはちとハードルが高過ぎませぬか。どちらもミニスカートだったり露出度が高かったり色遣いが派手派手だったり、恥ずかしがり屋のオダキョー氏が応じるとは思えませぬぞ」

「え? でもその方が可愛いし……」

「あ~駄目駄目。高山氏は陰キャの引っ込み思案を甘く見過ぎでござる!」

「そう……ですか……」

「ヤマ、何かお薦めは無いのか?」

 佐藤が質問を挟みました。

「左様でござるな。これなど如何」

 山田が差し出したスマホには、黒い服を着て黒い三角帽子を被った金髪の女の子のイラストがありました。どことなく見覚えがある気がしました。

「これは西方Conceptという有名同人ゲームの主役級魔法使いキャラ、村雨魔理奈でござる。オダキョー氏にイメージがあっておるし、魔法を掛けたいと言うのなら相応しいチョイスと存ずるが(早口)」

「いやヤマ、それ絶対お前の趣味だろ(笑)前にかがみんにも同じこと言ってたよな(笑)」

「いやあ、いいんじゃないかな」

 佐藤が混ぜっ返したけど、俺はいいと思いましたね。

「これエプロンドレスってやつ?(←本当はちょっと違う)ロングスカートで髪が長くて、顔と手以外露出しないし、デザインも地味めだから初心者でも取っつき易いんじゃね?」

「我が意を得たり! いやあ、稲葉氏は分かっていらっしゃる(笑)」

「凜もこれでいいよな?」

 とりあえずキャラは決まった、後はかがみんと交渉あるのみだ。と思ったら。

「あいや、オダキョー氏に話すのは暫く待ってくだされ」

 山田が俺を制止するじゃありませんか。

「やはり女装して撮影となると拒絶反応が出ると想定すべきでござる。拙者が仕込みをします故、決行は最低でも二週間……いや、三週間後にしてくだされ。必ずオダキョー氏にはいと言わせて見せるでござる!」

 どうも山田には何か計略があるらしい。こいつ、もしかしたらとんでもない策士かも知れねえ。俺はその不気味な笑顔に戦慄しました。



第二節:May, She will stay.


◇小田鏡の場合God won't save me.


 たとえクラスは別れても、ディオゲネス・クラブは永遠に不滅だった。サトーが図書委員になったこともあり、図書室が僕らのオアシスになった。昼休みにそこに集まり、放課後の行動の打ち合わせをするのだ。

 鼎や凜とは挨拶だけの関係になっていった。ホッとすると同時にやや寂しい気も……いや、断じてそんなことは無い。陽キャと陰キャは水と油、きのことたけのこ、決して相容れない存在なのだ。

 ディオゲネス・クラブの会場が僕の部屋になった日のことだ。ヤマがタブレットを取り出し、僕の似顔絵を描いたと言い出した。サトーは絶賛したがそんなに似ているとは思えなかった。僕の表情はそこまで明るくない。

 母さんが飲み物とお菓子を持って来た。ヤマが母さんにも絵を見せた。余計なことをする奴だ。

「あら、そっくり。昔はこんな風に笑ってたもんね~」

「もう一つおまけがあるんですよ~」

 ヤマがタブレットのどこかに触れると、イラスト内の眼鏡が消えた。

「あら、ますます昔の鏡ちゃんだわ! 可愛い♡」

 タブレットを見つめる母さんはとても嬉しそうだった。やっぱり今の僕では母さんに寂しい思いをさせているのだろう。

 ごゆっくりと言って母さんが出て行くと、僕はヤマを睨みつけた。お前は何を考えているんだ。しかしヤマは上機嫌だった。

「ほら、見ろよ見ろよ。まだ続きがあるんだ」

 今度は髪の毛がロングの金髪巻き毛になった。去年僕に描いて見せたあのキャラじゃないか。名前は確か……。

「西方Concept、村雨魔理奈~」

 ヤマが大山ドラみたいな口調で言った。サトーも手を叩いて喜んでいる。ぶっ飛ばすぞ、お前ら。


 次のディオゲネス・クラブでは何やら薄い本を大量に押し付けられた。これが同人誌というものか。

「推しの布教中なんだよ。読んどいて」

「えっちなやつ?」

「あほか、全年齢健全本だよ(笑)」

 十冊以上あるそれは全て村雨魔理奈の薄い本だった。このゲームのことはよく知らないが、かなりの人気キャラらしい。

「発行日順になってるからな。順番に読むんだぞ」

 オタクは注文が細かい。まったく、やれやれだぜ。

 内容は概ね魔理奈が他の女の子キャラとイチャイチャする、所謂「百合」と呼ばれるジャンルの物だった。魔理奈がタチだったりネコだったりギャグだったりシリアスだったりとシチュエーションは様々だったが、なかなかに面白い。ヤバい、ハマりそうだ(笑)

「魔理奈総受け合同」という、厚めの薄い本があった。魔理奈が一方的に他の女の子に愛されるシチュを、大勢の漫画家さんが描いた作品を一冊にまとめたものだ。

 その最後の一編。これだけは他の物と毛色の違う、普通の男女の恋愛、NLというものだった。

 魔理奈が幼馴染である古本屋の店主・森霖太郎と結ばれる純愛ものだ。それを読んだ時、何故か僕は魔理奈に自分を重ねてしまった。お腹がキュッと締め付けられるように痛んだ。

 僕は本を閉じることが出来なくなり、霖太郎の膝の上で魔理奈が抱擁されるシーンをいつまでも見つめ続けた。

「おや、気に入ったかい?」

 ヤマの声で僕は我に帰り、本を閉じた。

「気に入ってもらえたようだな? それ、布教用だから持って帰っていいよ」

「あ……ありがと……」

 その夜、僕は何度も何度も繰り返しその本を読んだ。霖太郎に愛される魔理奈が羨ましかった。僕もそんな風に愛されてみたいと思った。親戚の誰かが言っていた「鏡は女の子に生まれた方が良かった」が耳に甦る。どうしてか涙が溢れてくる。訳が分からなかった。

 それ以降、僕はヤマに頼んで魔理×霖の薄い本をたくさん紹介してもらった。買えるものは買い、イラスト投稿サイトで閲覧できるものは手あたり次第に読んだ。GWの期間中、僕はその世界にどっぷりと浸っていった。


 連休が明けた直後のこと。また凜と鼎が近づいてきた。

「ねえ鏡ちゃん、一つお願いがあるんだけどな~」

 合掌して猫なで声を出す。案の定、例の撮影会とやらの話題を持ち掛けてきた。この鬼畜リア充どもめ。そんなに僕を玩具にしたいか。

 僕は背筋が寒くなった。僕の経験則で言えば、リア充陽キャが陰キャに頭を下げる理由は一つしかない。自分たちが楽しむための生贄になれということだ。僕が恐怖に固まっていると、凜は勝手に言葉を続けた。

「ねえ鏡ちゃん、こないだの撮影会のことなんだけどさあ」

「ええ? いやだって言ってんじゃん。しつこいなあ」

 僕は二人を無視して帰ろうとした。その時だった。

 鼎が突然土下座したのだ。意表を突かれた僕は動けなくなった。

「頼む! 話だけでも聞いてやってくれ。この通り!」

 鼎が叫び、その瞬間、教室に居る女子全員から殺気立った視線が僕一人に集中したのだった。「このド陰キャ風情が学年一のイケメンに何をさせやがる、頃すぞ!」彼女らの目が明らかにそう語っていた。

「わ、わ、わかった! わかったから行こう!」

 やむを得ず僕は二人を教室から連れ出したのだった。


 ヌタバ。そこは陽キャの巣窟だった。リア充どもが放つ陽の光が放射線のように僕の体を突き抜けて行く。頭痛がする。吐き気がしてくる。ドキがムネムネする。あと何分耐えられるか……。

 メニューは理解不能だったので鼎と同じものを頼み、四人掛けのボックス席に案内された。通路側だったのは幸運だった。窓側に座ったら退路を断たれてしまう。

 本題に入る前に凜からSNSアカウントを教えてくれ、繋がろうと言われたが、アカウントは持っていないと嘘を吐いた。早めに話を済ませて脱出しなければ。(二人のアカウントは教えてもらった。僕が以前に見つけたもので間違いなかった)

「来月の上旬にさ、写真部主催で大き目のコスプレ撮影会をやろうと思ってるんだ」

 僕の苦しみなどお構いなしに凜がしゃべり続けている。早く終われ。早く終われ。

「その時にね、鏡ちゃんにはメインのモデルさんになって欲しくて」

「いやだよ。大勢の前で何かするなんて。そういうことは陽キャ同士でやっとけよ」

「お願~い。鏡ちゃんがいいの。鏡ちゃんじゃなきゃダメなの」

「絶対嫌だ」

「ええ~……」

 戸惑い、返答に窮する僕。絶体絶命だ。このまま逃げ出してやろうかと腰が浮きかけた時。鼎が助け舟を出してくれた。

「まあまあ凜、無理強いも出来ないだろ。済まなかったな、かがみん」

 どうやら諦めてくれたようで、僕は心底ホッとした。ようやくフラペなんとかの味が分かるようになってきた。

「でもさ、凜がお前を撮りたいってのはホントなんだよ。撮影会はダメでも、凜と二人切り~とかならどうかなあ?」

「二人で?」

 僕は虚を突かれ、咄嗟に拒否することが出来なくなった。リア充陽キャどもが発する放射線の影響もあったかも知れない。

「そう。知らないやつが居なきゃなんとかなるだろ?」

「うーん……。コスプレさせる?」

「うん。出来れば」

「何を着るの?」

「これ」

 あまりの偶然に僕は息を呑んだ。凜が差し出したのは魔理奈のイラストだった。

「ダメかな?」

「……いいけど」

 僕はさんざん考えてから、答えを絞り出した。良いは良いけど、困ることがある。

「でも二人きりは恥ずかしいから、鼎も立ち会ってくれる?」

「え? 俺も?」

 鼎がキョトンとしたが、どうしても鼎を引っ張り出したかった。一つには、凜と二人きりはまずいと思ったこと。僕と凜の仲を誰にも誤解されたくないし、二人きりなんて却って緊張する。

 そしてもう一つ。魔理奈のイラストを見せられた時、僕の脳裏にあの薄い本のワンシーンが浮かんだのだけれど、僕はあの本を読む時、霖太郎に鼎の面影を重ねていたことに気が付いたから。

 どうしてこんなことになったのか、本当に訳が分からない。でもどうせ写真を撮られるなら鼎がいてくれた方が良いと思った。

「わかったよ、鏡ちゃん」

 凜が僕の手を握っていった。

「楽しみにしててね。私が鏡ちゃんに魔法をかけてあげるから」

 いったいどういう意味なんだ。



◆高山凜の場合Havin’ the time of your life.


 鼎くん、山田君、佐藤君と打ち合わせを済ませ、本格的な依頼の前にこちらでも「仕込み」をすることになりました。写真部で撮影会をすることのみを鏡ちゃんに知らせ、軽く誘うのです。深追いは禁止です。

「撮影会に来ない?」

「いやだ」

 この小さなやり取りを、私と鏡ちゃん二人の間で、しつこくならない程度に積み重ねるのです。その間に山田君が動いてくれているはずです。

 GW明けの水曜日、遂にゴーサインが出ました。仕込み完了だそうです。いったい何をしたのでしょうか? 待ち侘びたぞ、山田ァ!

 私は鼎くんを伴って鏡ちゃんの席に行きました。

「ねえ鏡ちゃん、こないだの撮影会のことなんだけどさあ」

「ええ? いやだって言ってんじゃん。しつこいなあ」

 鏡ちゃんが心底嫌そうな顔をしました。私は心臓を冷たい手で握りしめられたような心持ちになりました。これはもうダメかもわかりません。その時です。

「頼む! 話だけでも聞いてやってくれ。この通り!」

 鼎くんがいきなり土下座したのです。私がやろうと思っていたことを、鼎くんがやってしまったのです。教室内がざわつき、私は呆気にとられました。でもそのおかげで三人でお出掛けが出来たのですから、感謝感謝です。焦って私の手を引っ張る鏡ちゃん、可愛かったなあ(*´ω`*)

 三人揃ってヌタバでコーヒータイムなんてありえないと思っていました。撮影会がゴールとしても、その前にこんな風に集まってお喋りできるようになったら素敵ですよね。心なしか鏡ちゃんの顔色が優れないように見えますけど大丈夫でしょうか。

 私たちは注文を済ませ、テーブル席に着きました。鏡ちゃんが鼎くんと同じメニューがいいと言うので、私も同じにしました。なんだかんだ言いつつ、この二人はとっても仲良しですね。

 鏡ちゃんのメールアドレスは知っていますが、もっと繋がりたいと思ってSNSアカウントを教えてもらおうと思ったのですが、持っていないそうです。残念(´・ω・`)

 それはさておき、本題に入らなければなりません。

「来月の上旬にさ、写真部主催で大き目のコスプレ撮影会をやろうと思ってるんだ」「その時にね、鏡ちゃんにはメインのモデルさんになって欲しくて」

「いやだよ。大勢の前で何かするなんて。そういうことは陽キャ同士でやっとけよ」

「お願~い。鏡ちゃんがいいの。鏡ちゃんじゃなきゃダメなの」

「絶対嫌だ」

「ええ~……」

 ここで鼎くんが段取り通りに割って入ります。

「まあまあ凜、無理強いも出来ないだろ。済まなかったな、かがみん」

 無表情な鏡ちゃんが明らかにほっとして、警戒心が緩んだのが判りました。さすがは鼎くん、名軍師ですね(笑)

「でもさ、凜がお前を撮りたいってのはホントなんだよ。撮影会はダメでも、凜と二人切り~とかならどうかなあ?」

「二人で?」

「そう。知らないやつが居なきゃなんとかなるだろ?」

「うーん……。コスプレさせる?」

「うん。出来れば」

「何を着るの?」

 本当に段取り通りに会話が進みます。私はスマホの画面を開いて魔理奈のイラストを見せました。鏡ちゃんは食い入るようにそれを見つめています。凄い。拒否反応が出ていません。いや、なんか恋する乙女みたいな瞳なんですけど?

「ダメかな?」

「……いいけど」

 鏡ちゃんがいいと言いました/(^o^)\ナンテコッタイ! あの! 鏡ちゃんが! 女装コスをすると! 言ったのです! しかも二人きりで?

 夢見心地? 天にも昇るような気持ち? その時の私の気持ちをどう表現すればよいやら。私は既に脳内で鏡ちゃんを着替えさせています。その妄想に心拍数と血圧が急上昇し、鼻血が出そうでした。

 有頂天になった私は早速細部の打ち合わせに入ろうとしましたが、肩透かしを食わすように鏡ちゃんが言いました。

「でも二人きりは恥ずかしいから、鼎も立ち会って欲しい」

 これはちょっとびっくりです。二人きりになれないのが残念というのではなく、鏡ちゃんから他の誰かを誘うのが、です。

「え? 俺も?」

 鼎くんは戸惑っていましたが、私は大歓迎でした。小学生時代の、あのキラキラした時代が帰って来ると確信しました。

 さっそく詳細の打ち合わせに取り掛かりました。鏡ちゃんの気が変わる前に、予定を確定させねばなりません。私は鏡ちゃんの目の前で撮影スタジオを予約しました。お金はかかりますが、仕上がりの良さ、作品の完成度を優先せねばなりませんし、部室では他の人も入って来る可能性もありますから鏡ちゃんが落ち着かないでしょう。これも打ち合わせ済みの事項でした。

 スタジオのサイトを見てみると、今月の土日は既に予約がいっぱいです。辛うじて六月最初の土曜日が空いているだけでした。ひと月も待たせたらその間に鏡ちゃんが心変わりしてしまうんじゃないでしょうか。私は不安になりました。

「ねえ鏡ちゃん。だいぶ先だけど大丈夫?」

 しかしそれは取り越し苦労でした。

「うん。いいよ、待つよ」

 そう言って微笑んだのです。鏡ちゃんも、撮影を楽しみにしてくれている! なんということでしょう! 鏡ちゃんは既に山田君の魔法にかかっているんじゃないでしょうか。私は軽い嫉妬を覚えました。

 山田君にお礼のメールを送ったら、衣装は自分が用意すると返信が来ました。鏡ちゃんのサイズは完璧に把握しているそうです。何故? 私の嫉妬がもう一段深化しました。

 鏡ちゃんからはもう一つ、写真を誰にも見せないでくれと頼まれました。これも即OKです。今回は記念すべき第一歩なのですから、作品を発表することが目的ではありません。山田君、佐藤君にはデータは渡さず、こっそりと見せてあげればよいでしょう。

 鏡ちゃんが具合悪そうなので自宅まで送ってその日はそれきりで解散しましたが、私の足取りは軽く、脳内には鏡ちゃんに掛ける魔法(撮影プラン)が次から次に浮かんできました。

 私たちのアオハルはこれからだ!



◇稲葉鼎の場合 (Just Like) Starting Over.


 GW明け、山田から連絡が来ました。仕込み完了、作戦決行です。いったいどんな仕込みをしたんだか。

 ともあれ作戦開始です。放課後、俺たちはかがみんの席に行きました。あいつは既に帰り支度をしていました。

「ねえ鏡ちゃん、こないだの撮影会のことなんだけどさあ」

「ええ? いやだって言ってんじゃん。しつこいなあ」

 今です!(←諸葛亮風味)俺はタイミングを逃さずその場に後方抱え込み二回宙返り二回ひねりウルトラハイジャンプ土下座をしました。逃がさんぞ、かがみん!

 かがみんが呆然としていました。

「頼む! 話だけでも聞いてやってくれ。この通り!」

 恥も外聞もあるものか。プライド? ナニソレオイシイノ? 俺が叫ぶと教室中の注目が集まります。

 かがみんは注目されるのを嫌がるはずです。作戦はピタリと嵌り、俺たちは三人でヌタバに足を運んだのでした。

 ああ、夢にまで見た三人でのコーヒータイム! まさに至福のひと時! かがみんがげっそりしていることを除けば!

 俺はボックス席に足を運びました。ここでも演出が必要です。先ず凜を窓側の席に座らせ、その隣の通路側、つまりいつでも出て行ける席にかがみんを着かせました。俺は凜の正面、かがみんの斜め前です。これでかがみんが受ける心理的圧力はかなり軽減されるはずです。

 少しでも話を受け入れ易くなってくれればいいのですが。

「用があるなら早く済ませて。もう息絶えそう」

 しょーがない奴だなあとにやけそうになりましたが、作戦を遂行しなければなりません。ニッコニコでかがみんの横顔を眺めつつ暢気にフラペチーノを啜っている凜に、俺はサインを送りました。凜が本題に入ります。

「来月の上旬にさ、写真部主催で大き目のコスプレ撮影会をやろうと思ってるんだ」「その時にね、鏡ちゃんにはメインのモデルさんになって欲しくて」

「いやだよ。大勢の前で何かするなんて。そういうことは陽キャ同士でやっとけよ」

「お願~い。鏡ちゃんがいいの。鏡ちゃんじゃなきゃダメなの」

「絶対嫌だ」

「ええ~……」

 よしよし、今のところ作戦通りに進んでいるな。俺は打ち合わせ通り会話に割り込みました。

「まあまあ凜、無理強いも出来ないだろ。済まなかったな、かがみん」

 かがみんがホッとしたように表情を緩めました。今です(←諸葛亮風味:二回目)

「でさ、凜がお前を撮りたいってのはほんとなんだよ。イベントはダメでも、凜と二人きりとかならどうかなあ?」

「二人で?」

「そう。知らないやつが居なきゃなんとかなるだろ?」

「コスプレするの?」

「そうそう。恥ずかしいかもだけど、別人になり切っちゃえば却って行けるんじゃねえ?」

「う~ん」

 かがみんが迷っています。あと一押しです。

「何を着るの?」

「これ」

 凜がイラストを差し出しました。山田氏提供の魔理奈のイメージイラストです。かがみんは興味津々、食い入るように画面を見つめています。その瞳に、昔の生気が戻ってきたように感じました。山田のやつ、本当にやってくれた喃……。

「どお?」

 俺が促すと、しばらくの沈黙ののち、かがみんが答えました。

「いい……けど……」

 欣喜雀躍驚天動地、奇妙奇天烈摩訶不思議、奇想天外四捨五入、出前迅速落書無用、手の舞い足の踏む所を知らずとはこのことでした。正直なところ、ここまで上手く行くとは思っていませんでした。ほんと山田のやつ、いったいどんな仕込みをしたんだよ。

 正面では凜が両手で顔を覆って振動しています。このまま倒れるんじゃないでしょうか?

 さっそく話を詰めようとしましたが、その前にかがみんが意外なことを言い出しました。俺にも立ち会って欲しい、というのです。一瞬躊躇しました。凜をかがみんと二人にしてやりたくて練った計画だったからですが、それでもかがみんの女装を生で見るのは素直に楽しみだし、この三人で何か面白いことができるならと了承しました。凜が嫌がってなきゃいいけど。

 かがみんからは作品の非公開を条件に出されましたが、凜も快く?渋々かな?応じていました。

 打ち合わせ通り、凜がその場でスタジオの予約を入れました。キャンセル料がかかることで今更後には退けないとかがみんに思わせるためです。

 凜は今週末にでも撮影にかかりたかったみたいだけど、生憎とスタジオは他の予約がいっぱいで六月初旬ということになりました。ひと月待つうちにかがみんが心変わりしないようにフォローしなきゃ。あと山田君佐藤君へのお礼も忘れずに。

 後から伯父貴にも連絡を入れました。その日は霧月湖に行くことになっていたんですが、行けなくなった、と。バレーより好きな飛行機の予定をキャンセルするなんて初めてのことです。でも、飛行機より好きな凜とかがみんのためですからね。マイペンライですよ。

 あのサムズアップから約二年。長かったなあ。しかし、俺たちのセイシュンはこれからだ!


 お読みいただき、ありがとうございました。

 この物語を書いていて強く感じたのは、「人を変える魔法」がもしあるとしたら、それは“他者の眼差し”だということでした。凜の魔法というきっかけから始まった鏡の変化は、実は鼎や凜の視線、そして自分自身の心によって育まれていくものだったと思います。

 執筆中、鏡が鏡らしく輝き始める瞬間を何度も書き直しました。なぜなら「変わること=楽しい」だけでは青春にならないからです。恥・罪悪感・不安、そういった影があるからこそ、変化は真実として響く。

 もし続きがあるなら──いや、いつか続きます。次回はもっと夏の匂い、もっと青春の青さ、もっと未完成な想いを詰め込みたい。また屋外のイベント、浴衣、そして空を飛ぶ夢も。

そ れでは、またどこかのページでお会いしましょう。読んでくださって、本当にありがとうございました。

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素晴らしい作品をありがとうございます! 主人公の劣等感や自己肯定感の低さに、深く共感しながら読み進めました。友人たちの才能に打ちのめされ、自分だけが輝けないと感じる彼の気持ちが痛いほど伝わってきます。…
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