第13話
「えぇええええ⁉ 鍔木さんってモデルやんないことにしたのーーっ⁉」
教室の中心からそんな叫び声が響いてきた。
そのクラスメイトは直前にモデルについてを陽奈について質問しており、正直にモデルにはならないと伝えた結果がこれである。
「ん、まあ……。他にやりたいことできたから。もういい? めんどい」
大勢のクラスメイトに囲まれ、機嫌悪そうに溜息を吐く陽奈。先ほどまでの弘彦へのべったり模様とは正反対な態度を取っている。
弘彦は遠目からその様子を観察していた。だが、すぐ側で女子がひそひそと話すのが彼の耳に入る。
「陽奈さん、昔はソフトテニス部やってたけどもしかしてそれなのかな?」
「でも一回は逃げたって聞いたし……。それにテニス部のみんなも受け入れるんかな?」
「何で? すごい人が入部するのいいじゃんかよ」
「ん~。モデルとかテニスとか、全部中途半端って思われちゃいそうやんか~。うち陽奈ちゃんめちゃんこ好きだで、変に見られんか心配なんよね」
「本人に直接言えばいいのに……」
「目の前にしたら喋れんくなるって前から言っとるがん‼」
女子二人の会話を聞いて、彼は眉をひそめた。
(日本一を目指すなら部活に入るのは絶対条件だ。けどそうか、この中学のソフトテニス部員があまり好ましく思っていない可能性もあるのか……。厄介なことになってきた。これ以上面倒ごとが増えなきゃいいけど……)
越えなければならない山はまだまだあると実感する。そして現在乗り越えなければならないのは、陽奈の周りに集まって自分の席に座れないという山であった。
時間はそのまま授業後まで進み、他生徒にバレないようにわざわざ時間をずらして帰路を辿り始める。
「私は別にばれてもいいのに」
「絶っ対めんどうなことになりますって! 学校でもひやひやしてましたからね⁉」
「んぇへへー、ごめんごめん」
「ふぐぅヴ……!」
クラスメイトが見たら思わず失神してしまいそうな陽奈の煌びやかな笑みに、思わず心臓を押さえる弘彦。
そんな平和な空間も、とうとう終わりを迎えた。
「――見つけたわよ‼」
二人の背中を指さしてこう叫ぶ少女の声が、田園に囲まれる帰路に響く。
彼はビクッと肩を震わせ、年季ものの人形のように軋む音を立てながら振り向いた。するとそこには、金色の髪を靡かせる美少女があった。
「あ、あ、あばばっ。僕は無実です‼」
「……あんたは誰よ。部外者は引っ込んでなさい! 犬の餌にされたいのかしら‼」
「ひぇえ! ひ、陽奈さんの知り合いですか?」
「んー……? あっ、布良奏音か。モデルのオーディションで二位って予想されてた人だよ、ヒロ」
陽奈の紹介で決めポーズを取り、背後には「バァーーン!」という擬音語が浮かんで見える。
何しに会いに来たのかと問うと、待っていましたと言わんばかりに指をさした。
「そうよ、あたしこそが未来のビッグモデル――布良奏音よっ‼」
「ふーん。どれくらいビッグになんの」
「ふっふっふ、よくぞ聞いたわね鍔木陽奈。目標は柴犬千匹くらいよ‼」
「大きさがわかりづらい。なんなのコイツ……」
どや顔で堂々と宣言されたとて、二人は微妙な反応しか示せない。
「そ、それで、陽奈さんにはどんな用だったんですかね……」
「そうだったわ! 鍔木陽奈! よくもモデルオーディションから逃げたわね‼ 納得いかないからあたしともう一回モデル勝負してもらうわっ‼」
「「…………はい?」」
ビシッと指をさされて、二人同時に首をかしげた。
彼女曰く、「逃げられたと思ったから。あたしが二位なのは仕方ないけど、逃げるな卑怯者」などと供述しており、傾いた二人の首はさらに傾斜が緩くなる。
「えーっと……陽奈さん、どうしま――」
「やるわけないでしょ。そんなめんどいこと」
「ですよね~……」
陽奈が彼女のことを白い眼で見ようが、イノシシのように猪突猛進で突っかかってきていた。
「嫌よ! 納得できないわ! しかも嘉社社長からオーケーももらえたのだしッ‼」
「はぁ? なんて言ってたわけ」
「『確かに、陽奈が何もせずに辞退するのは癪だよねぇ。ファンになってくれた人たちに向けて一度くらいおしゃれしてサービスしてあげるのもアリだ』って許可貰ったわ! 拒否権は最初っからないのよ‼」
「はぁあああああ……」
魂が口から出そうなほど意気消沈といった具合で、心底面倒くさそうに溜息を吐く陽奈。
社長直々ともなると無下にすることもできないので、渋々その勝負を引き受けることになった。
「じゃあ勝負はモデル事務所のSNS投票を使うわ。明日明後日の土日に写真を一枚撮って、社長に写真を送信する。それで月曜日から三日間くらいの期間で決着をつけるわよ!
あ、ちなみにあたしが勝ったら罰ゲームとして犬のコスプレしてもらうからねっ‼」
「は⁉ 聞いてないんだけどそんなの! そんなの私が承諾するわけ――」
「それじゃよろしく頼むわよーー!」
「…………。人の話を聞かない奴って、ほんッッと嫌い」
奏音は嵐のように荒らすだけ荒し、すたこらさっさとこの場から立ち去った。
行き場を失った怒りは拳に収束し、プルプルと震えている。対して弘彦はというと、
(犬……犬コスの陽奈さん⁉ 見たい、それは物凄く! クソッ、僕は一体どっちの味方になればいいんだッ‼)
犬のコスプレの陽奈に思いを馳せていた。
「はぁ……こうなったら全力でやるよ、ヒロ」
「わんわん陽奈さん良き……はっ! はい? なんです?」
「明日、一緒にショッピングモールね」
「あっ、はい。わかりました。…………えっ???」
かくして、二人のショッピングデートの予定が急遽決定するのであった。