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第10話(弘彦視点)

 と、いうことで。

 なんやかんやあったけれども無事に鍔木さんが仮所属(?)、をしていた事務所の社長さんと話し合いをして解決することができて本当に良かった。良かった、のだけれども……!


(で、出しゃばりすぎたかも! しかも色々好き放題言ってドン引かれてるかもしれないぃぃぃ‼)


 現在、事務所を立ち去って駅から電車に乗り込んで揺られている中、僕はそんなことを考えながら冷や汗をダラダラ垂らしていた。


 普通に「隣にいたい」とかキモイことをぶちまけてしまったし、専属マネージャーというのも本当は誰か他の人に頼むとかあるかもしれない。

 二人で日本一目指さないとモデルに復帰もできないってのも、鍔木さん嫌がってる可能性もあるし! ど、どうしよう……僕は取り返しのつかないことをしてしまった!


 カタカタと震え、小声で喃語を発することしかできない僕。

 そんな中、電車が停止して帰宅ラッシュの波が押し寄せて端まで追いやられる。


「わぷっ‼」


 何か、生暖かく柔らかいものが顔面が包まれた。


「玖珂、大丈夫?」

「あ、すっ、すみません鍔木さ……――ン゛ッ⁉」


 自分と彼女の鼻同士が触れそうなほど距離は近く、胸にダイブしてしまっているということに気が付く。

 ここは暖かくて柔らかい桃源郷なのか……って駄目だ! このままでは痴漢でつまみ出されてしまう!


「あばばばばば! ごめんなさいわざとじゃないんです! 腹を裂いて詫びますので‼」

「いや、別にいいんだけど。それにさ、あんた……いや、()()()がそんなことする人じゃないって、もう信頼できたから」

「え。そう、ですか……。ん?」


 鍔木さんの言葉の違和感を感じつつ、とりあえず許しを貰えたことに安堵する。

 それにしても、なんだかさっきから鍔木さんから熱い視線が送られている気が……。


「ねぇ、玖珂」

「は、はい。なんでしょう……」

「私さ、疑心暗鬼なんだ。誰も私の芯を見ようとしないから、誰も信用できない。でも、私自身が信用しようせずに、扉にチェーン掛けてた、だから、ず~っとひとりぼっち」


 でもね、と続け、暖簾をくぐるように僕の前髪を分ける。前髪(フィルター)を通さずの、生の鍔木さんを目視する。


「何度も何度もしつこくノックをし続けてこじ開けた……ってわけじゃない。なんか、あなたって不思議。厳重に鍵かけてたのに、いつの間にか内側に入られててうける。にひっ」

「そう、だったんですか? すみません、そんなつもりは……」

「いや、責めてるわけじゃないよ。その……ね」


 深く息を吸い、肺いっぱいに空気を詰めて胸を膨らませる。何かを決意するためだろうかと思い、自分も思わず生唾を呑んだ。

 すると、それに呼応するかのように車窓の外の曇り空から斜陽が顔をのぞかせ、暖かいものが流れ込んでくる。


「玖珂、私ね、思い出したの。昔も今も、あなたはず~っと――()()()()()()だよ。だからね、ありがとう……っ‼」

「ぇ、あ――」


 真っ先に思い浮かんできたのは、昔に彼女からもらったあの手紙だった。

 僕の汚い青い瞳に、彼女の頬に伝う一筋の透明な軌跡が映る。自然と僕の手がそこへと伸びるが、はっと気が付いてそれを止める。


(何をしようとしてる僕、流石にキモがりを奏ですぎだ! これはダメだ。ダメなやつだ! 抑えが効かなくなる前に……‼)

「……涙、拭ってくれないの?」

「ほぇッ⁉」


 鍔木さんの一言で、引っ込めようとした手がビタッと止まる。

 い、いいのか? これを機に僕を性犯罪者として――いや、そんなこと鍔木さんはしない。

 彼女のことはまだ何も知らないに等しい。けれど、鍔木さんはずっと一人で寂しい思いをしていたんだって、気が付けた。だから――!


「し、失礼しまして……」


 覚悟を決めてそっと、彼女の頬に伝う涙を人差し指で拭う。

 すぐ終わりだと思ったのだが、なぜか鍔木さんは僕の手を掴んで、そのまま頬に添えた。


「ふふっ、あったかいね」

「ひぇえええ……‼」


 きっと、車窓から差し込む斜陽ですら誤魔化せないほど僕の顔は赤く染まっているのだろう。

 せっかく拭ったのに、僕の手を頬につけたらまた彼女の瞳からぽろぽろと零れ落ちる。鍔木さんの表情はにこやかで晴れているのに、涙が止まらない天気雨だ。


 ダメだ。

 これ以上は。

 僕は、僕は……。


「玖珂、なんで――()()()()()()()()()?」

「えっ?」


 鍔木さんに掴まれていない方の手で拭ってみると、確かに水滴がついた。


「あ、れ? なんでですかね。別に悲しいとかじゃないのに」

「ふふっ、変なの。やっぱり玖珂って面白い」

「ふ、あははっ。本当ですか?」

「ほんとほんと。ふふふっ♪」


 そうだ。そうなんだ。

 鍔木さんが悲しめば、僕も悲しくなる。

 鍔木さんが喜べば、僕も喜ぶ。


 この正体を、僕はずっとずっと目を背けてきた。

 あの日、僕と鍔木さんと深いかかわりを持つようになった〝星空が近づいた日〟。その時からこの感情は、芽吹いていたんだ。


「玖珂」


 彼女は僕の涙を拭い、同じように頬に手を添える。

 じわりと彼女の体温が手に染み込み始め、今まで封じていた鎖が溶け始めた。


 気づいたらきっと、僕は彼女を失望させてしまうかもしれない。けど……もう、この感情は止められない。


「あのね。昔も、ついさっきも、今も、そしてこれからも」


 僕は――


「ありがとう、玖珂」


 鍔木さんのことが――


「ずっと隣で、私のことを支えてください」





















 ――好きだ。

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