踏み台上等
ワンコール、ツーコール。スリーコール。
4回目のコールが響く少し前に、電話は無事に繋がった。
すると、萎縮したような……か細い女性の声が聞こえた。
「あ、あの……もしもし……はじめm──」
「どぉも、レイナ・アルミスだけどよ」
あたしは挑発代わりにヤツの挨拶を遮り、先んじて挨拶をする。え? 挨拶なんていらねぇ? 礼儀だよ礼儀。
人の話を遮るのは今回に限りオッケーってことで。
「もう公式で告知済みのコラボを断る。その決定についてはとやかく言わねぇけどな? 社会人としてマネに先に相談するとか、もっと事前に言うなりあったろ?」
「ご、ごめんなs……」
「まあ、あたしはニートだからそれに関しては何も言えねぇ」
「えぇ……?」
再度話を遮ると、ガチで困惑した声が返ってきた。ワロタ。
さてと……ガキみてぇな意趣返しはこれで終わりだ。ここからは建設的な話をしようじゃねーの。
「さて、改めましてはじめましてだな。5期生のレイナ・アルミスだ。さっきは話遮って悪かった」
「え、えと……同じく5期生のサーヤです……あ、あの怒ってないんですか……?」
「あ? キレてるに決まってんだろ? ガチギレだよ。逆に、衝動的に初対面のヤツに通話掛けてるヤツの心理状況がキレてないと思うか??」
「ご、ごめんなさい……」
サーヤはまたも萎縮気味に謝った。
……謝られるようなことをした、っつー自覚はあるみてぇだけど、多分あたしとコイツの認識は違っていると思う。
少しジャブ程度に聞いてみるか。
「なあ、サーヤ。なんであたしは怒ってると思う?」
「え……それは、私がコラボをドタキャンしようとしてるからで……」
「違うな」
「えっ……」
困惑した声音が響いてきた。
やっぱりか。まあ……普通はそう思うよな。
残念だけどあたしは人として終わっていて、かつプライドがクッソ高い。
だからこそ、その程度じゃキレねぇ。
「さっきも言ったけどな? 社会人としての常識がどーのこーの、だとかドタキャンが〜、とかあたしはニートだからどうでも良いと思ってる。気を抜くとあたしもやりかねねーしな」
「じゃあどうして……」
サーヤが恐る恐る聞いてきた。
あたしはふぅ、と息を吐くと、怒りを少し表に出して威圧する。
「それは──てめぇが自分の都合で断らずに、あたしを理由に使ったからだ。『このコラボがあたしの活動の邪魔になる』。てめぇはそう言ったな? ──舐めるんじゃねーぞ。この程度のことでェ!! あたしの活動の邪魔になるわけねぇだろうがよォ!!」
「──ッッ」
烈火のごとくキレる私に、通話越しにサーヤの息を飲む音を聞いた。どうにもキレた理由について驚いているらしいが……。
「他人を断る理由にする。コレはぶっちゃけひでぇ礼を逸した行為だぜ?」
「それは……」
「あたしは、今回てめぇが自分に自信が無いからコラボをやめたい、って言っていれば何も言うことは無かった。テキトーに『残念ですけど分かりました』なんてクソも思ってない社交辞令で返してたんだ」
自己都合によるコラボ拒否ならあたしは「へぇ、ふーん」って思ってた。
そこまで他人に興味ねぇしな。
現時点でのサーヤはあたしの天下を取る、って目標の障害にもなりやしねぇ。
かと言って天下を取るために使えるわけでもねぇ。
だからこそ、あたしは良い意味でも悪い意味でもサーヤに一切興味が沸かなかった。
でも……コイツはあたしをバカにした。当本人はバカにしたつもりは無いんだろうが、あたしのクッソ高いプライドを傷つけた罪は重い。
あたしの言葉に微かな沈黙が広がる。
数十秒後、サーヤは辿々しくポツポツ語り始めた。
「……マネージャーさんからコラボの打診が来た時、これはきっと私を変えるチャンスなんだ! って思ったんです。でも……いざコラボするってなった時に過去の自分を振り返ってみたら……自信の無い私しかいませんでした」
まあ、それもそうだ。
初配信は散々。その後の配信は悲惨。
こんな状態でどうやって自信を持てば良いんだ、ってわけだ。
「だからこそ分かっちゃったんです。私がこんな状態でコラボしても絶対に失敗する。私のせいでレイナさんにまで迷惑をかけてしまう、って。
それに──自分を変えるためにレイナさんを踏み台にする、って思考がそもそも良くないんじゃないか……って」
……なるほどねぇ。
何となく、分かった。コイツの言いたいことが。
卑屈で内気。自分より他人の評価が下がることを気にするタイプか。まあ、典型的な陰キャだな。
だけど──そんなことが思えているなら──悪くない。
「そもそもな? てめぇの考え方は間違ってる。自分を変えるためにあたしを踏み台にする、って考え方が良くないって?
──バカかよ。踏み台上等だろ」
「え……」
あたしはニヤリと笑って言った。