TSヤサグレVTuberの産声①
無事に合格することができたあたしは、非常にイキリ散らかしていた。
まあ、今世における久しぶりの大きな成功体験だからという理由もある。何せ小学生のテスト無双で成功体験が終わってるからな。
前世の記憶を下にしたテスト無双を成功体験と呼んで良いものかどうかは知らんが。いや、呼ばないとあたしのメンタルが崩壊するから成功体験です。
「まあ、受かったからってすぐにVTuberになれるわけがないよな。半年後まで無職か」
無職継続です。まだ母親から冷たい目で見られることが決定してしまったが、あたしは『合格』という二文字によって余裕が保たれている。
例えゴキブリの裏側を見るような目で見られたとしても、あたしの心は全く動くことはねぇのだ。
「さて、でも今からマネージャーも打ち合わせだ。仕事してる感がちょっと出る気がする」
小並感。
今世では初めて己の力のみでお金を稼ぐ経験をする。例え前世で味わったとしても、この感覚は何よりの嬉しさとやる気に繋がる。
とりあえず、マネージャーに媚を売ろう。
あたしはそんな薄汚い決意を固めて、通話アプリを起動する。あと一分ほどで電話が掛かってくるはず。
もうちょっと……もうちょっと……。
「はい」
「はじめまして。私、株式会社エアートリップの桜庭霙と申します。こちらは山城美鈴さまの携帯番号でお間違いないでしょうか」
「ひゃ、ひゃい!! ど、どうも、はじめまして! 山城美鈴です! ハイ!!」
スマホ越しに聞こえた声は、透き通るような声を持つ女性の声だった。
それが原因なわけではないが、緊張も相まって最悪なスタートを切ることになった。
☆☆☆
お互いに挨拶を済ませ、あまりの緊張具合に苦笑いをされつつ、ようやく本題に入る運びになった。
「山城さんが送ってくださった配信、勿論拝見いたしましたが、ご自身の予定としては歌がメインといった感じでしょうか?」
「あぁ、いえ、手っ取り早く自身の長所をアピールするのが趣旨だと思ったので、歌と雑談を兼用できる歌枠を取りました。時間の管理もしやすいですし」
「なるほど。歌に関しては唯一性がありますし、歌一本でも十分にやっていけると思います……が」
「が……?」
「私どもが注目したのは雑談の方ですね。そう言いますのも、まるでコメントが来ているかのような設定で雑談をされていましたが、それを本番の配信で発揮することができたなら大きな武器になるかと。……山城さんは受けの才能があります」
「それはシモ的な?」
「違います」
やべぇ、マジレスされた。
いや、受けってどういうアレ? 単にあたしが無知なのかどうかは分からないが、とりあえず下ネタでは無いらしい。クソが。
そんなあたしの不様な様子を理解しているからか、マネージャーは懇切丁寧に解説を入れてくれた。
「受けと言うのは、主体的になってご自身で話題を広げて喋り続ける……ようなタイプでなく、相手の反応やコメントの言葉など、ワンクッションを置いて話をするタイプですね。どちらが良いというわけでもなく、一長一短ではあります。山城さんは主体的になって動くこともできますが、それよりも受けの才があると感じましたので、採用の決め手となりました」
ぬっ、歌の上手さで入れるだろ、とか高を括ってたのに全く意図してない別の理由で採用されたのか。なんか釈然としねぇな。
まあ、昔から人の話を聞いてから行動することも多かったしな。改めて言われれば納得できる点も多い。
なるほど、なるほどな?
才能かぁ。才能があるんじゃ仕方ねぇよなぁ!
「と、言いますと、どういう活動方式を取れば良いのですか?」
「特には」
「え?」
「特にはありませんね。運営側の企画や誰々とコラボしてください、などの指示がある時以外は自由に活動してくださって構いません。受けの方は不安材料が少ないので」
「い、意外とルーズなんすね……」
「主体的な方は、いらぬことを良く口走ったり、報連相より先に行動を起こす方が多いので……」
なるほどな。
まあ、理解できない話ではない。
行動派か慎重派が否かみてぇな感じではあるよな。あたしは意外と(?)ビビりだし。
折角好き勝手やれ(※言ってない)って太鼓判を押してくれたんだ。あっという間にVTuberの天下くらい取ってやるよ。
あたしはそんなイキりを心の中で披露しつつ、VTuberとして活動していく熱を燃やす。
もう、あたしの未来予想図はすこぶる明るい。
☆☆☆
「誠に遺憾だ。くそったれ、なんで二次元のアバターまでロリなんだよちくしょう」
いよいよ初配信の日がやってきた。
この半年間は「あんたいつ働くん」という母親の絶対零度の視線を華麗にいなしつつ、悔しさを糧に歌唱力とダンスのレッスンに励んでいた。
何気に歌唱力がそこまで評価されなかったことにムカついているあたしがいる。絶対的な自信で挑んで、それが実を結ばない。
よくあることだ。よくあることだからこそ、妥協で終わりたくねぇんだよ。
そんなこんなで用意されたアバターは「これあたしじゃね?」と言わんばかりにリアルの姿と似通ったものだった。
面接時に姿を晒してはいるが、それは事務所の一部の人間のみで、マネージャーもあたしの容姿は知らない。
曰く、男女的トラブルを防いだり云々……という目的があるそう。まあ、うちの事務所は男性VTuberもいるし、そこまで厳格ではないんだが。
「こんなのリアルでいないでしょうを詰め込みました、じゃねーんだよ、リアルでこれだよあたしは!!」
マネージャーが邪気のない笑いで披露してきたアバター。
腰まである金髪に、ダボッとした服装。貧乳かつ、リアルと同じくらいの低身長。
なお、容姿は非常に優れている。
まんまあたしじゃねぇか。
自画自賛に聞こえるかもしれねぇが、あたしだって折角TS転生したんならグラマラスな美女になりなかったんだわ。この手で夢を掴み取りたかったんだわ!
くそが、せめて二次元アバターくらい理想の姿を体現して欲しかったのに……!! チッ……! 妙にクオリティ高くて文句言えねぇし!!
イラストレーター……所謂、ママにはアバターを産み出してくれた感謝は勿論ある。そこに対して文句を言いたいわけではないのだ。いや、だって完璧にあたし個人の問題だし……。
線引はすれど、見事にソックリなせいで喚き散らしてしまったぜ。
「ま、やるだけやるしかねぇか。折角の初配信だ。せめて何か爪痕残さんとやるにやりきれねぇ」
パチンと頬をぶっ叩く。生来の力がクソ弱なせいでパチンというよりぺちん、だが気合いは入った。
「やってやんぜ、初配信!!!」
そんなわけで、サラリと準備を終えていたあたしは、配信のスイッチを押した。
コメント
・お、始まるか?
・ロリと聞いて
・絶対可愛いアイドル系だろ。ワクワクするわ
・金髪ロリ貧乳は一般性癖
・ペロペロ
「コメント欄きっも」
やっべ、つい本音が。
コメント
・ファ!?
・第一声が罵倒は草
・え、そういう感じ!?w
・言いそうで言わないラインを平然とぶち破ってきた
・この新人……一味違うな!
「あ、あー、あー、どうもどうも。マイクテスト中に何か言ったかもしれねぇが、多分気のせい。どうも、5期生のレイナ・アルミスです。よろしく」
コメント
・隠蔽しようとすな
・声がちゃんと可愛いのウケるなw
・なんか世俗を諦めたような雰囲気で草なんだが
・間違ってもこのビジュでする言葉遣いじゃないw
一先ず軌道修正を図るあたしに、総ツッコミするコメント欄。これが配信か。
リアルタイムで反応があるっつーのも、なかなか良いもんだな。まあ、大半がキモいが。
元男だから気持ちは分からんでもない。だけども、自分が向けていたモノを今度は向けられる側になるとまた感情が変わってくる。
「あたしはロリだが、年は二十歳だ。変にロリロリ言う奴はしばくからな。好き好んで幼児体型になりてぇ奴は一部の特殊性癖持ちを除いていねぇだろ」
コメント
・残念だけど一部の特殊性癖持ちが多く集まってるんだよなぁ……
・こいつヤサグレてんな
・自称ロリ草
「流石に十歳の頃から一切成長しなかったらヤサグレもすんだろ。むしろヤケクソに走ってないだけマシと言える。親から貰った拳で一度も人を傷つけたことのないあたしを褒めてほしいね」
コメント
・傷つけられるだけの力あんの?
「はい、プッツーン。力くらいあるが!? ちょっとプニプニしてて反発があるだけで、全然傷つけられるが??」
コメント
・ダメじゃねぇか
・親から貰った拳が無害で良かったなwww
・涙の数だけ強くなれよ
「うるせぇな。余計なお世話だコラ」
なんかすでにイジラレ役と化してる気がするんだけど気のせい? 気のせいだよな。あたしはイジる側でいたいんだ……。
にしても、ぽんぽんと言葉が飛び出てくる。
マネージャーが言ってた受けの才能っつーやつかもしれねぇが、諸先輩方の配信を見るに技術はまだまだ足りないだろう。
たかが新人が一朝一夕の努力でキャリア積んだ先輩に勝てると思うほど自惚れちゃあいねぇが。
「初配信って何すんだ? あー、面倒だから連絡事項だけ先にしとくか。えー、概要欄に質問箱のURLとか貼ってっから適当に投げてくれ。質問箱配信とかやるから」
コメント
・りょー
・果たしてこいつにクソ質問を裁ける才はあるかな
・ちゃんとした意味での質問投げつける奴全体の二割もいないからな……w
・行き当たりばったりで草
「んで、まああたしの事知りたいだろうと思ってな。こんなもんを用意してきた」
あたしは画面上にドンっ、とフリップを表示する。何の装飾も凝ったものもない簡素な箇条書きが3つ。
「一つ目、好きな食べ物とか趣味。合コンかよ、ワロタ。二つ目今後の目標。小学生か? 三つ目、お歌の時間。N◯Kじゃねぇか」
コメント
・自分が作ったであろうフリップにツッコミするなwww
・どんどん推奨年齢下がってんじゃねぇかw
・なんの捻りもないな!!
・いっそのこと清々しいまでの無策っぷりで笑える
・この性格で歌上手い系なのかよ。意外だな
本当はもう少し歌に関しては伏せておこうと思った。けど、武器は早めに見せておくに限る。
この業界は水物だ。初配信は話題を集めやすく、できるだけ多くの人にインパクトを与えねば次はない。
いつの間にか同接(※同時接続数)は4万人を超えている。これだけの視聴者を飽きさせないことが重要なのだ。
だからこそ爪は隠さない。
歌だって披露してからも研鑽を続け、聴いた奴らを絶対に感動させてやる。
そんな決意を抱いた。