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期待は蜜の味

Side 七色光


「あらあらうふふ……目が覚めてしまいましたか」


 現在時刻、午前4時。

 興奮で目が冴えてしまい、ようやく就寝できたのが午前1時くらいでしょうか。ざっと3時間くらいしか寝ることができていません。


 VTuberは基本的に生活リズムがバグっていることで有名ですが、わたくしは規則正しい生活を心がけています。

 なぜなら、体の不調は歌の不調にも繋がるから。

 わたくしの言う"妥協しない"ということは体調管理も己でしっかりすることを指しています。


 ……なので、本当でしたら二度寝をぶちかまして夢の世界へ旅立つところですが──無理ですね。

 現に興奮で……おっと、ヨダレが。


「改善できていなくても、わたくしに立ち向かってきた気概を買いましょう。少しでも兆しがあれば御の字、ということで」


 一週間で劇的に、己の致命的な性格を矯正することなど不可能でしょう。わたくしもそこまでレイナさんに重い期待を掛けることはいたしませんよ。


「……期待しすぎたって、返ってくることはない。わたくしはそう学びましたからね。重い期待は却って足枷」


 ──過去の記憶が蘇る。


『誰も彼もアンタと同じ事をできるわけじゃないのッ!! 人には人のペースがあって、限界があるッ!! そうやって重い期待を掛けられることが……面倒なのよ』


 かつて【ばーちかる】に所属していた天真爛漫な一期生、天音(あまね)りんは周りの期待と重圧と──何でもできるわたくしと比べられることに耐え兼ねて事務所を退所した。


 今はVTuberとは関係ない職種で楽しく働いている、とのことですが……わたくしはその一件で学びました。

 後進を育成する際は期待しない。

 否、期待《《してしまった》》としても、己の感情全てを封じ込めて"ほどほど"に期待する。


 その期待が返ってくれば嬉しい。

 しかし、返って来ずとも何とも思わない。


 「…………」


 心の中でチクリとした痛みを伴った。

 ドロドロと煮詰まるような《《熱い》》心は──期待させて欲しいと──重い感情が渦巻いていた。


「バカらしいです。わたくしは天才ですからねぇ。同じ轍は踏みませんよぉ〜」


 オーホッホッ! とわざとらしく笑いながら起き上がる。

 体を動かすためにジムでも行きましょうかね。



☆☆☆


「尻尾を巻いて逃げ出したかと思いましたよぉ」

「ハッ、馬鹿言えよ。誰がそんな真似するか」


 最初の挨拶は挑発から。

 ニコニコと笑みを見せるわたくしに、レイナさんはロリフェイスを獰猛な笑みで覆い隠して答えました。


 ……うーん、チワワが唸ってるみたいで幾ら怖い顔しても可愛いのですがねぇ……ツッコむのは野暮ですか。


「それで……聴かせてもらいましょうか」

「言われなくてもたっぷり聴かせてやるよ」


 わたくしとしては、レイナさんがこの場に現れた時点でミッションコンプリートみたいなものです。

 どんな出来であれわたくしに立ち向かってきたことを評価しませんといけませんねぇ……うふふ。


 と、そんなことを考えていたわたくしを、レイナさんは透き通った《《青色》》の瞳でジッと見つめてきました。

 

「──てめぇが逃げんのか?」


「はぇっ……?」


 目をパチクリと、瞬かせる。

 あまりに唐突で意味がわかりませんでした。


 わたくしが……逃げている?

 一体どういうことですかねぇ。挑発の続き……いや、それにしては余りにも彼女の瞳を透き通っている。

 わたくしの内面まで見透かすような……そんな目をしている。


「言ったよな、レッスンから逃げるんじゃねぇぞ、って。《《あたしの歌を聴きやがれ》》って」

「え、えぇ、言われましたし、現にわたくしはこの場に現れて──」



「──じゃあなんで。てめぇはもう満足したみたいなツラで聴こうとしてんだよ。まだ歌ってすらいねぇじゃねーか。始まってもいねぇよ」

「……っ」


 見透かされていた。

 わたくしがもう、《《歌の出来》》に関わらずレイナさんを認めようとしていることが。


 咄嗟に上手く返すことができなかったわたくしは、曖昧に微笑みながら誤魔化そうとしました。


「け、決してそういうわけではないですよぉ。ただ、レイナさんが尻尾を巻いて逃げなかった時点で認めざるを得ないと言いますかね」

「誤魔化すんじゃねぇーよ」


 わたくしは閉口した。

 すると、ふつふつと怒りが湧いてきたのかレイナさんは壁をドンッ! と拳で打ち付け──あまりに貧弱な筋肉のせいで傷ついて赤くなっている拳を痛そうに擦りながら──わたくしに向かって怒鳴った。


「てめぇは講師の前に歌手だろ!? 誰よりも歌に真摯に向き合ってるてめぇが!! 聴く前から満足してんじゃねーよッ!! 《《期待しろ》》ッ!! 期待してあたしの歌を聴け!! んで! 失望すんなら結果で失望しろッ!! ──まァ、失望なんてさせねぇけどなァ!!」

「──ぁっ」


 真正面からわたくしに向かって《《期待しろ》》なんて言われたのは初めての経験でした。

 だって、いつも勝手に期待するのはわたくし側でしたから。


 勝手に期待する分、その期待が裏切られた時の失望具合は半端なものではありませんでした。

 なんて失礼な行為だという自覚はありますよ。


 それでもわたくしは──目を掛けた人間にどうしても期待してしまう。

 強い光で、いつかわたくしの脳を焼いてくれるんじゃないか、って期待してしまう──。

 

 だから封じました。この感情を。行為を。

 期待は毒だ。満たしてくれるかもしれないという甘い蜜を脳内に垂れ流す毒だ。全部身勝手な期待だ。わたくしが悪いんです。


 やめてください。

 期待しても良いなんて囁くのは。


 ……そんなこと言われたら……!!


 そんなこと言われたら……っっ。


「……はぁっ♡」


 わたくし、我慢できなくなってしまいますよ?



 甘い吐息が漏れ出てくるのを、わたくしは止めることができなかった。止めようとも思わなかった。


 わたくしは一度期待してしまったら止まらない。

 強く失望してしまうまで止まらない。


 もう、期待した人間以外何も見えなくなってしまうけれど──久方ぶりに期待した後の感情は……悪くなかった。


「うふふ……そうですね。レイナさんの言う通りです。わたくしが間違っていました。──ですから、失望させないでくださいね♡」


 今までの作り笑いとは違う純粋な笑みで微笑むと、レイナさんは気圧されたように頬を引き攣らせる。

 しかし、わたくしのプレッシャー(期待)を受けてもなお、傲慢に笑った。


「ったりめぇだろ。良いからさっさと──あたしの歌を聴きやがれ!!!」





 ──そうして迎えたレイナさんのソロコンサートは──当然わたくしの脳内を焼き切り、見事期待に……いえ、期待以上に応えてくれる結果になりました。


 まさか傲慢さを保持しながらも、想いをガツンとぶつけてくるなんて……うふふふふ。素晴らしい。



 うふふふふふふふ……あぁ……レイナさんすごい……かわいい……もっと可愛がって尽くしたら……もっと期待に応えてくれるのですかねぇ……うふふふふふふふふふふふふふふ。


「ぐふっ……」


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あっ…ヤベェ奴に目付けられちまった
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