己の武器を磨き続けろ
「レイナちゃん。可愛いね……うん、めっちゃ可愛い……いやぁ、すごい。いるんだ、リアルでこんなにちんまくて可愛くて美少女で……ふわぁ……私の性癖が満たされるぅ……」
「目が怖ぇんだよ!! あと性癖とか言うな!!」
危うい視線であたしを見るサーヤに全力でツッコミを入れるが、勿論まったく聞いていませんという体で無視をされた。
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サーヤ:何でもするからさ、ビデオ通話しようよ
レイナ:おっさんみたいなこと言うなよ……
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この言葉から始まった、画面越しの初対面。
ニコニコと笑顔で現れたのは、ほぼほぼアバター姿と変わらないサーヤだった。
というかなぜかアバターよりも胸部装甲が強化されてるのはどういうことだよ。この世の理不尽を呪ったぜ……。
【ばーちかる】はなんだ??
リアルとアバターを被らせるのが好きなのか? いや、まあ二次元と三次元には強烈な差異があるし身バレすることは万に一つもねぇんだけど。
これがサーヤです、と紹介されて「あ、うん」と納得できるくれぇにはそっくりさんと言っても過言ではなかった。
──で、先程の発言に戻る。
合法ロリも性癖です、と性癖デュエルの時に言ったように、あたしを見る視線は何らかの強い"欲"が籠もっていた。
はぁはぁ、と興奮した様子のサーヤは控え目に言ってド変態でしか無かったし、その情欲を向けられているあたしとしてはドン引き以外の感情が沸かなかった。
「ワンチャン無いかな、って。もしかしたらリアルとアバターが同じ……とか、そんな夢の展開無いかなって思ってたんだ。いや、別にレイナちゃんのリアルがどんなものであれ良かったんだけどさ」
「おーい説得力がねぇぞー」
「ホントだよ。どんなレイナちゃんでも……ご主人様だから……」
ボソッと何かを呟いたサーヤ。
聞こえなかったが、聞き返すことに嫌な予感しか感じなかったあたしは、一旦スルーして本題に入ることにした。
「で、助けて欲しいんだけどよ」
「すごい!! まるで助けを求めているとは思えない傲慢な態度!! そこに痺れる憧れる!」
「テンションおかしくねぇ?」
「何時だと思ってるの?」
現在時刻、午前三時。
どう考えても夜中でしかなかった。
「いや……深夜に即レスしてくるてめぇが悪いだろ……普通は朝か昼にでも返事がくるだろうって思ってたしな」
「ライバーは大体昼夜逆転してるからね〜。それにレイナちゃんからのメッセージは特殊なクソデカ通知音にしてるから、たとえ寝てても気づくよ」
「なにそれ怖い」
同期からの愛が重い。
打算ありきで助け舟を出した結果、まさかこうまで纏わりつかれることになるとは……いんや、だが悪くはねぇか。こうしてあたしが協力を頼むことができたんだし。
そしてあたしは険しい表情でサーヤに問いかける。
「……本題だ。お前って歌枠とか取るか?」
「ん〜、そこまで歌に自信は無いんだけど、ある程度雑談配信とか企画配信で人を集めた後にやろうかな、とは思ってるよ。何だかんだ数字は取れるし」
「歌う時って、何考えて歌ってる?」
すると、困ったように眉を下げたサーヤは、人差し指を顎に当てて少しの間考えていた。
「《《特に何も》》」
「なるほどな……」
まあ、そうだろうなと思う。
明確に何かを考えながら歌ってる人間のほうがあたしは稀だと思っている。
だからこそ、七色光の指摘したソレのヒントにはなり得ねぇ。
……あー、こればっかりは歌に自信のあるヤツに聞いたほうが良いかもしれねぇが……そんな知り合いいねぇしなぁ。
と内心ため息を吐いていると、サーヤはふと何かに気づいたように話し始めた。
「あっ! でも歌ってる時は楽しいかも。自信は無いけどさ、カラオケとかもそうだけど誰かに聞いてもらえることが楽しいのかも。ほら、ヒトカラも楽しいっちゃ楽しいけど──《《壁打ち》》してるみたいだし」
「────っ、かべうち……」
パッと、あたしの中に何かが広がった。
キーになったのはサーヤの言った『壁打ち』というワード。
あたしの目の前に壁があるとする。
自分の技術を見せびらかしたい、あたしの歌をすごいんだ……という想いは端から人に届ける気がないのだから──当然、壁に当たってあたしに返ってくる。
きっとそれが七色光に指摘されたことの本質だ。
そりゃまあ当然の話だ。あたし自身に何かをしたいって感情が無けりゃ、やってることはただの壁打ち。
リスナーの耳に想いなんぞ届くわけがねぇ。
……だからこそ、だからこそだ。
あたしは《《どんな想い》》を込めりゃ良い……。
──いや、違う。
サーヤは言った。自分が楽しいと思っていると。
それは届ける想いではなく、聴衆に《《伝播》》する想いだ。明確に何かを込めてるわけじゃねぇ。
……よし、確かめてみよう。
「なあサーヤ。今ここで、歌ってみてくれねぇか」
「えっ、ここで……? 流石に恥ずかしいなぁ」
驚いた反応を見せるサーヤは、しかしあたしの真剣な表情に何かを感じたのか頬を赤らめながら頷いた。
「下手でも笑わないでね」
「そこに面白みがあんならあたしは笑うぞ」
「まあ捉えようによったらご褒美か……」
そんな変態発言を残し、サーヤはアカペラで歌い始めた。
「〜〜♪」
「…………」
確かに、本人の申告通り目立って上手いわけじゃない。下手でもないけど技術が伴っていない感じ。
だけど──分かった。ようやく理解できた。
すげぇ楽しそうに歌ってやがる。
表情だけじゃない。歌からもそんな想いがダイレクトに伝わってくる。
本人は届けてるつもりじゃあねぇんだろう。
でも、結果的に本人の感情が聴衆に伝播してんのなら、それも届ける想いとやらの一種だろ。
……あたしが明確に想いを持つのは無理だ。
この傲慢さはあたしの武器でもある。諸刃の剣であることに間違えはねぇけど、後天的に身に着けることが難しいって意味じゃあ、武器の一つとして数えたって良い。
「届ける想いはなんだって良い……そのベクトルが外側に向いているのであれば……」
七色光の指摘の解釈は要はそういうことだ。
つまり、あたしが持つべき想いは──《《あたしの歌を聴け》》。それだけで良い。
七色光にダメだ、って指摘されたことだろ? って? まあ、あの時にそれを指摘されたのはあたしに感情が伴ってなかったからに過ぎない。
解釈を深めるのであれば『あたしの歌を聴け。あたしの歌を聴くことは喜ばしいことだし、気分が跳ね上がるもの。だってあたしが自分で聴いてもそう思うしな』という意味である。
クハッ……我ながらひっでぇ傲慢さだよ。
でも、その想いであればベクトルは外側にしか向かない。なにせしっかりと感情を込めて歌ってんだからな。感情の正体は強欲傲慢でしかねぇけど。
だからこそあたしらしい。
改めて宣言してやる。
あたしはこの傲慢さをもって、VTuberの天下を取ってやるんだ。
「ありがとな、サーヤ。てめぇのお陰で、あたしはもう一段階上に行けそうだよ」
「うん、上で待ってるね」
「あたしが上だよバカヤロウ」