4. 無残にも小瓶は割れて
夕飯は非常用の固形飯だ。たくさん持ち運べるように、風魔法と氷魔法で水分を飛ばしある。それを水でもどして、少し火魔法で温めて頂く。もとより食には興味がない。これで問題はない。
たぶん遺跡の外はもう深夜だ。暗くじめっとした地下の階層は冷気が漂い、少し寒い。自然と身を寄せ合う私たちを、小さな灯が照らす。影が長く伸びる。
毛布にくるまる私に、カイが後ろから抱き着いてきた。
「ちょ、ちょっと何するんですか。」
「前から思っていたけど、お前は細過ぎる。食べても太らない体質なのか?食が細いというわけでもないだろう。」
「余計なおせっかいです。」
今心配することじゃないだろう。……大体誰のせいで。それで大事なことを思い出した。抑発情剤を飲まなきゃ。あれを飲まないと、この状況で私はたちまち"痴女"になってしまう。
鞄の中をもぞもぞと探す。あったあった、青い小瓶――抑発情剤、この一本で一週間分だ。蓋に一日分を測り取って服用する。鞄から取り出すと、カイに声をかけられた。
「……それなんだ?」
「栄養ドリンクです。」
いちいち彼に事情を説明する必要はない。蓋をあけ、今日の分を蓋に注ごうとすると、黒い尻尾に小瓶を取り上げられた。
「……それ抑発情剤か?しかも相当強いもののようだが。」
「だったら、何です?返してください。」
……抑発情剤ってなんでわかったんだろう。ああ、匂いか。一番強い抑発情薬は、使用している魔法草の調合が独特だ。初めて飲んだ時はまだ嗅覚があったから、匂いで気持ち悪くなった。
「そんなもの、どうしても番に会いたくないやつが、大規模なパーティーで不特定多数の異性に会う時などにやむを得ず飲むもので、常飲するものじゃないだろう。だからお前犬獣人なのに、嗅覚やられているのか。……それにしてもどうしてこんなもの飲んでいるんだ?」
「なんだっていいでしょ?あなたに教える必要はないです。返して下さい。」
「……もしかして近くに"番"がいるのか?それは誰なんだ?」
カイが少しショックを受けた顔している。なんでそんな顔をするんだ。
「とにかく返してください!」
そういって彼の尻尾をつかんだ時だった。小瓶がするっと、私の手と彼の尻尾を滑り抜けた。
がしゃん。
無常に瓶が割れる音が狭い空間に響いた。………終わった。
ここでいつかの夜会のような衝動が沸き上がったら、……耐えられる自信がしない。