2. 鼻が利かない犬獣人
「カイだ。君がミルカ君だね。短い間だがよろしく頼む。」
久しぶりにみたカイは、黒耳、黒尻尾、オッドアイは相変わらずなのに、驚くほど魅力を感じなかった。これが抑発情剤の力か。カイが番衝動のことを"性欲まみれの本能的行動"と表現したのも頷ける。
それからというもの、仕事中は二人で行動する機会が多くなった。
「カイ様、こちらが古代文明時代に使われていた魔法論と呪術に関する資料です。」
図書館で調べてきた資料を渡すと、カイにまじまじと見られた。
「ありがとう。あと、前から気になっていたのだが、君はちゃんと食事をとっているのか?」
「ええ、毎食サンドイッチを。あとたまにゆで卵も食べていますわ。」
カイ様がぎょっとした顔をした。匂いがしないこの世界で食事はただの苦行だ。さっさと済ませたいだけだ。
「ちょうど食事時だ。おごってやるから来い。」
そう言われて無理やり、食堂に連れ来られてしまった。しょうがない。味がはっきりしたものの方を選ぶか。チキンのディアボラ風を頼んだ。
「どうだ。うまいだろ。」
にこにこ話しかけられる。この料理は食感と味がはっきりしているから食べやすい。よかった。
「ええ、おいしいです。」
「俺とバディを組んでいる間は、一緒に昼食はとるぞ。」
えっなんか、めんどくさいことになっちゃった。そんな時間があったら、同期と進めている新しい魔法術式の構築に関する理論をまとめたい。これが実装されれば、かなり魔力量の節約が見込める。画期的発明になるはずだ。
食事を食べ終え、食堂からの帰り道だった。カイが訝しげな表情を浮かべた。
「………なんか煙くないか?」
私に聞かれても…。私の嗅覚は脱抑制剤で封じられているのだ。
「私には、わかりませんが。」
「とにかく行くぞ、火事かもしれん。」
「ちょ、ちょっと」
カイのあとを追っていくと、白い煙が出ている実験室がある。なんか実験を失敗したんだろうな。カイがドアをこじ開けようとするが、ビクともしない。
「ドアが開かない。壊すしかないか。ちょっと避けてろ。ディスラプション!」
ばっこーーーーん。
大きな音を立ててドアが吹っ飛んだ。火の元はあそこか。
「私がいきます。ウォーターランス!」
水魔法は得意だ。室内の消火が終わり、倒れていた魔導士も救護し、医務室に連れて行った。めでたし、めでたし。さあ自分の仕事に戻ろう。図書館に調査資料を探しに行こうとすると、カイに呼び止められた。
「……お前、本当に犬獣人か?!あの匂いが分からないなんて。」
「犬獣人でも嗅覚には個体差があるんです。」
一体誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ。少しイラッとした。