08 兇兄と愚弟㉑
「ふざけるなッ!」
白塗りの顔面を血で赤く染めながら、ティアージュの言葉を打ち消すようにポッツが絶叫した。
「聖女はキィーフのことだけを考え、身を尽くして行動せねばならん! 初代様がそう決めなさったッ! だというのに、聖女の力を持つ貴様が、アリスの下賤な田舎領主ごときに何をほざくッッ!!」
酷い顔になっていた。
まるで田畑に溝切りをしたみたいになっていた。
抉れていた。
自らの両手の爪で、思い切り縦に掻きむしった結果の惨状だった。
「……私も、そう聞かされました」
キィーフ貴族の子息子女は幼少期から国の成り立ちを教わるという。要はどれだけ自分たちの国が素晴らしく、優れた、選ばれた国であるかを、噛んで含めて刷り込まれてしまうわけだ。
そういう環境を思えば、ポッツやケッツのような怪物が生まれるのは当たり前で、むしろまともな感覚を失わなかったティアージュのほうがおかしいのかもしれない。
「初代様はキィーフという国を──ミカド陛下を愛されていた。だからお亡くなりになられた後も、次代の聖女はキィーフに誕生するようにしたと」
「そうだ! それが聖女なのだ!」
「ですが生まれ落ちたその後まで、初代様に縛られる謂れはございません。……私は、私の意思で現在ここにいて、シビカ様をお慕いしているのです」
聞き違いじゃない。
ハッキリとティアージュの口から聞こえた。
俺のすぐ隣で言われたのだ。突発性の難聴にでもならない限り聞き逃す筈がなかった。
それに言った本人はこちらを見ず、それでいて耳まで赤くしていた。つまり自覚して、その言葉を口にしたのだ。
「はァ……!? 何を……何を言うか! おまえ、じゃあ、魔族領域の封印結界はどうなるというのだ? 常に聖女がキィーフにいるからこそ更新され、保たれてきた結界だぞ? 魔族領域が自国内にありながら、大陸随一の安全が保障されていたのは、初代様が我が国を唯一、愛されていたからこそなのだぞ!? おまえが今代の聖女なのだとしたら、それはキィーフへの裏切り行為に他ならぬのだぞォォッ!?」
「知らねえよ、そんなこと」
もう十分だろと、俺はティアージュを隠すようにポッツたちの前に立ちはだかった。
「図体だけの蛮人男爵が! どけっ! いまおまえなんぞに構ってる場合じゃないのだ! 何としてもそこの聖女モドキを連れて帰らねばならんのだ!!」
「だからさあ、本人が望んでねえってさ、そんなの」
「黙れ黙れ黙れ! ケッツゥーーッ! おまえの魔法でヤツを排除しろ! もはやこの件、キィーフの危急存亡に関わる問題ぞ!」
「ああ、どうやらそうみたいだね」
ケッツが詠唱を開始した。
両の手のひらを胸の前で重ねず、一定間隔で隙間を開けて、まるで見えない球体を捏ねるようにつくり上げていく。
「ロゼ」
俺の指示で即座にロゼから鋭い連射が放たれるが、すべて手前で見えない壁によって阻まれた。
「お見通しだ、バカめ!」
ポッツの展開する空間障壁は、おそらく張り巡らされた時点でまともな攻撃が通らなくなるのだろう。
だから不意の一撃か、張り直すわずかな隙を狙うしかない。なかなかに厄介だった。
「やれ、ケッツ! 燃やし尽くしてやれ!」
ケッツが頭上に掲げる手のひらの上には、燃え盛る魔法の球体が完成していた。
火炎球。
魔法職が頼りにする強烈な決め技の一つだ。
命中すれば対象は爆熱によって吹き飛び、余程の装備で固めていなければまず助からない。
また、芯を外すような回避をしたとて、拡散される高熱と高圧の爆風は着弾点の一定範囲に被害をもたらす悪質性を有していた。
唯一発動させた術者だけが「対象外」となるらしいが、その仕組みすら未だ解明されていないという。
その矛先がいま、こちらに向けられようとしていた。
「くっ……」
ティアージュが傍にいた。
聖女の力があるといっても、彼女を魔法攻撃に巻き込むわけにはいかない。抱えてダッシュで離脱するか?
(いや、その必要は無さそうです)
表情と手振りを送ってきたのは神弓の勇者だった。直後──
「テラスエンドの当主は高貴なるボクのものだ!」
──ポッツに、火炎球が直撃していた。
「ガァーーーー〜〜〜〜ッ!」
至近距離は、即ち断末魔。
着弾した胴体は炭化し、半壊し、原型を留めていなかった。
首が吹き飛び、熱と衝撃で崩れかかった顔が最期の声を上げたのだ。
「やった。やってやったぞ! やったった!」
地面に落ちたポッツの顔が二、三度まばたきをし、小さくガッツポーズを繰り返すケッツの姿を見ていた。何を思っているのかは、もう分からない。
「高貴なるボクの時代が来た! ケッツ子爵爆誕!! ハーッハッハッハ!!」
両手を突き上げ、ブンまわし、足を踏み鳴らすなど、全身で歓喜を表現するケッツを俺たちは遠巻きにして眺めていたが、そろそろ飽きたので声をかけた。
「なあ、もういいか?」
「ふぇあ?」
ようやく俺たちがいることに思い至ったらしい。すごいな。
「あ」
ケッツは柏手を打とうとした。
転移魔法の動作だ。
「ピギィ〜〜〜〜ッ!」
それはロゼによって封じられた。
ケッツの両肩両膝に、ほぼ同時に矢が刺さっていた。
「今度は阻まれませんでしたね」
ポッツの絶命によって、ケッツを守護っていた空間障壁は解除されたようだった。
「何なんだおまえら」
思わず口にしてしまっていた。
連携して攻めて来られたら、厄介な兄弟だった。
フェネキアと神弓の勇者がいる以上、負けることなどあり得なかったとしても、それでもこんな結末を迎えるなんて、想定すらしていなかった。
「家族を殺すなんて……何考えてんだよ」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いーーーーッ!」
ケッツは地面をのたうち、俺の問いに答える余裕など微塵もなさそうだった。そもそもこの状態では耳に届いてもいまい。
俺は人質を取っていたケッツと最初に対峙した際、投げ捨てた棒槍を拾いに行った。
それは簡素な木製の、片手で持てる短い棒の尖端に刃を括り付けてあるだけの槍だ。
激しい戦いのさなかに使おうものなら、すぐに壊れてしまいそうな粗末な槍だった。
俺はそれを逆手に持ち、痛みに苦しむケッツの前に立った。
「じゃあな」
背中越しに、槍を心臓に打ち込んだ。
「あぎィ゙ッ」
短い呻きを発し、ケッツは動かなくなった。
「…………」
「理由、聞かなくて良かったんです?」
ロゼが隣に立っていた。
「聞けたところで……だろうしな」
どんな理由がケッツの口から出たとしても、俺が納得できるとは思えなかったし、逆に納得したら何があるって話でもあった。
どうあれポッツとケッツはティアージュのためにもここで終わらせる必要があったのだ。
ただ、俺の気に入らない結末になってしまったという、まあ、それだけの話なのだ。
「帰るか」
「はい」
頷くロゼを見て安堵した。
無事で良かった。
「でっけえ借りができちまったな」
「どういたしまして」
「ライデリッヒ様はこうおっしゃいますが、フェネキアは忘れませんので。返していただける日を楽しみにしていますね」
釘を差された。
この場の口約束とはいえ、神弓の勇者と銀髪三つ編み眼鏡メイドへの返礼については、それなりに検討をする必要がありそうだ。頭が痛い。
「まだ、名前を聞いてなかったな」
「おら、バリテンって言いますだ」
「バリテンか。すまないな、酷い目に遭わせちまって」
「そ、そったらこと!」
「その上で申しわけないんだが、この場で起きたことは秘密にしといてくれないか」
農夫のバリテンは快く承諾してくれた。
口止め料に相当するような、希望する何かがあるかを尋ねるも、顔を横にぶるんぶるん振って固辞してきたので少し困ってしまった。
「何もいらねっす」とのことだったので、本人の意思を尊重することにした。
「ティアージュ」
「え、あ、はい」
俺がティアージュの名前を口にするのは初めてではない。なのに彼女は未だそれに慣れていないようだった。
まあ、数えられるくらいしか呼んでない俺が悪いんだが。でも、もうそれもこれまでにしよう。そうするべきだ。
「帰ったら、話をしよう」
※登場キャラ解説
〇ポッツ・テラスエンド
キィーフ王国十三貴族が一つ、テラスエンド家の天才兄弟の兄のほう。
優秀で勤勉であり、そのため変な拗れかたをした。
逆立てた髪や化粧、ファッションがそれ。
貴族としての在りかたにこだわりを持っており、次期当主を目指しながらも弟に対してポッツなりの情があった。時空魔法の才能は間違いなく当代の十三貴族の中ではトップクラス。
空間転移はもとより空間障壁に空間隧道、更には空間収納まで使いこなしており、いずれはミカドの求めた域に手が届いたかもしれなかった。
〇ケッツ・テラスエンド
キィーフ王国十三貴族が一つ、テラスエンド家の天才兄弟の弟のほう。
才能に恵まれてはいたが、時空魔法使いとしては空間転移と空間操作のみでポッツに到底及ぶものではない。その分、全属性の攻撃魔法という別側面の才能を持っていた。
次期当主への執着と、何より劣等感を味わわされてきた兄を排除する機会を長年にわたり虎視眈々と窺っていた。
読んでいただきありがとうございます。
本作と同じ世界での物語をノクターンノベルズにて連載しています。
「ぼっち勇者のドーナツクエスト」
https://novel18.syosetu.com/n1164jk/
ノクターンな作品です。叡智な描写でも許容できるぜーってなかた、よろしければお願いします。
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