08 兇兄と愚弟⑲
目を奪われてる場合じゃなかった。
なのに俺ってヤツはまあ、本当にどうしようもない。
まじまじと見たわけじゃない。
でもその姿のヤバさたるや、これ、まともな男にとっちゃ絶対的な毒に他ならないだろって。
「でかしたでかした!」
ほら、歯茎を見せながら喜色満面になっているケッツがその証拠だ。
太鼓腹を右へ左へと揺らし、はしゃぎまわっているじゃないか。
それはそう。
そうなるのが当たり前だ。
普通にしていても美しいティアージュが、あろうことか縛られているのだ。
そして何より、派手さのないドレスに縄が食い込み、偶然なのか、まるで胸の膨らみを強調するようなかたちになってしまってるときた。
ただでさえ痩せているせいで、常から大きく見えてしまっているティアージュのそれが更に──。
それどころじゃなかった俺は、かろうじて醜態を晒さずに済んだが、ケッツはそうもいかなかった。
凝視。
あからさまな劣情を少女に向け、もはや牡の本性を隠そうともしなくなっていた。
「…………っ」
しかし、後ろ手にされ縄で縛られているティアージュは逃げることができず、また猿轡を噛まされているために悲鳴はおろか呪詛すらも吐けなかった。
ただ、ケッツを前にして尚、その瞳には明確な嫌悪の意思があった。あの国で折れずにやってきたティアージュだからこその、屈することのない強い光だった。
もっとも、それはいまのケッツにとって逆効果でしかなかった。
「あァ〜〜〜〜、いいよその気丈さ! 最高〜〜! どこまでそれが維持できるのか、早く実験してみたいよォ〜〜〜〜ッ!」
下品に腰を振り始めた。
種付けの仕草だった。
ティアージュの表情が恐怖で侵食されていく。
「うへへひゃはは〜〜!」
それを確認し、満足そうにケッツは笑った。
──無理だ。
曲がりなりにもティアージュがキィーフ王国でやってこられたのは、大貴族ネオ・ドラナーク公の子女であったから。
王子カルアン・ケンヨウインの婚約者だったから。
「家」と「立場」が、血統魔法に見放された彼女をどうにか守護ってくれていたのだ。
いまのティアージュには何もない。
力を持った悪意ある存在にとって、彼女は無防備な 捕食対象でしかなかった。
「まあ待て、ステイだケッツ」
いまにも押し倒しに行きかねない勢いのケッツに、髪を逆立てた白塗り顔の怪人ポッツが戒めの言葉を放つ。
すると舌打ち一つ、ケッツの動作が静止した。
「高貴なるオレたちは契約を何より重視せねばならん。働きには見合った対価を与えるのだ。そうだろう?」
「あー、ハイハイ。分かった分かった。イボリアスとかいうヤツだっけ? こいつも一緒にキィーフへ連れてきゃいいんだろ」
「イボリアス!?」
ティアージュを連れてきた馬上の男の名を、ケッツはあっさりと口にした。
「ハーッハッハッハ! 驚いたか? びびったか? たじろいだか? 調略とはこのように行うのだ」
ロゼの喉を踏みつけながら、ポッツは得意げに高笑いしてみせた。
「高貴なるオレにとって、距離は全く障害とならない。世界中、あらゆる場所へ転移し、潤沢な我がテラスエンド家の資金力で自由自在に交渉を持ち掛けられるのだ! ……そいつな、結構な不満を抱えていたぜ。そういうヤツは話が早くて助かる! なにせ簡単に寝返ってくれるからなーッ!!」
「あんた、そうなのか? 本当にトライハント伯を裏切ったのか!?」
「…………」
俺が問いを投げても、外套を着込み顔の上半分までを頭巾で覆ったイボリアスは何の反応も返さなかった。
妙だ。
俺にあれだけ張り合ってきたイボリアスが、この状況を見て黙っていられるものなのか?
「みっともないなあ童貞男爵くん。高貴なるオレが集めてやった情報で、そこのイボリアスに恥をかかされた事実、既に耳に入ってるんだぜ?」
ザリ、とポッツが踵に力を入れて捻ると、ロゼから苦悶の呻きが漏れた。
「やめろ!」
「やめろだァ? やめてください、だろうが!」
ザリ、グリ、ズリと、ポッツが踵を左右に捻りまくると、靴底から大量の血が溢れ出てくるのが見えた。
「やめてくれ、頼む……」
懇願した。
「フン、まあいい。高貴なるオレは寛大だ、赦してやろう。だが忘れるなよ? このポッツに油断はない。おまえの一挙手一投足、ケッツの代わりに監視し、少しでも怪しい動きがあらば、この下層種女の首、すぐにも踏み潰してくれるぞ」
正直、これは詰みだ。
ロゼの生命を無視できる筈もない。
かと言ってこのまま、むざむざとティアージュがキィーフに拐われるのを指をくわえて見ていることなど……。
「その顔」
ポッツが指を差して俺を嘲笑した。
「情けないにも程があるぞ? 無力な自分が悔しいか? ハハッ! けど逆に考えろ。これでおまえも煩わしい厄介事から解放されて清々するんじゃないか? 所詮このド田舎に我らキィーフの高貴なる血族が住まうなど、余りにも場違いだったのだ。キィーフの血はキィーフにいてこそ輝くものよ。だが嘆くことはないぞ? 今回おまえは次代のキィーフ十三貴族の頂点が約束された、このポッツにしてやられたのだ。汚点にはならない。むしろ誇るべきだ。そうだろ? ハハハハハーッ!」
「おいイボリアスとやら、さっさと高貴なるボクにティアージュを引き渡すんだ!」
ケッツが人質にしていた農夫から離れ、いつの間にか下馬していたイボリアスのほうへと早足で向かっていく。
両手を持ち上げ、指をワキワキとさせていた。
その手が、ティアージュの胸へと伸びていく。
「分かりやすい」
瞬間、ふわりと、ケッツのからだが浮き上がった。
「え?」
一回転して、背中から地面に落ちた。
「ぎょぎゃ!」
ケッツの手首がイボリアスによって掴まれていた。そのままくるりと身体を返され、肘を折りたたむようにされて両手を束ねられ、背中に片膝を落とされた。
「おまえっ、何を! 動けん! 痛っ、痛い痛い痛いーッ!!」
ケッツがジタバタできたのは、首と両の膝から先の部分だけ。
完全に制圧されていた。
「何をしているイボリアス! 気でも狂ったか!?」
ポッツが喚くと、イボリアスが振り返った。
丁度そこに風が吹き、頭巾が捲れ上がり──
「誰だ、おまえ」
──ポッツの言葉がすべてを物語っていた。
イボリアスの特徴である桃色の髪をしていなかった。
鮮やかな金髪を靡かせていた。
何より色男を気取る一方、不満を募らせポッツの調略にまんまと乗った、無駄に年齢ばかりを重ねたオッサンのそれではなく、まだ若く正しい少年の顔があった。
ライデリッヒ・トライハント。
神弓の勇者が、そこにいた。
「この……!」
おそらくポッツは報復としてロゼの首を踏み潰そうとした。
それができない。
「…………何故だ!?」
自分の身体なのに、意のままに動かない。
「おい、自分の脚、よく見てみろ」
憐れだとは少しも思わないが、助け舟を出してやった。
「はァ……? なんだこれ!」
ポッツの両の太腿の裏に、鋭利な金属製の細い串が何本も刺さっていた。
俺にも仕組みは分からない。だがその串によって、ポッツは脚への意思伝達を遮断されてしまったのだ。
「バカな! こんなもの、いつの間にッ!」
ロゼという伏兵をあぶり出して押さえ、勝ちを確信し、俺だけを注視すればいいと考えてしまっていたが故の油断。
ポッツの後方に、殺伐としたこの場には凡そ似つかわしくない恰好の者がいた。
それは長い銀髪を三つ編みに結い、縁の太い眼鏡をかけたメイド服姿の女。
冴え冴えとした美貌に、隙のない立ち姿をしていた。
「初めて会った時を思い出しますね」
俺のズタボロな状態を目にした、フェネキア・クリームタルトの感想が耳に痛い。
そういやそうか。あの時も危ういとこを助けられたっけ。なんか借りばかり積み上がっていく気がするな。
かつて俺が遭遇した、神刀の勇者パーティの一員。そしていまは、神弓の勇者のただ一人の従者。
よくよく勇者と縁のある女だった。
「くそ、くそ、くそ!」
伝達遮断効果は脚だけのものらしく、ポッツは悪態をつきながら脚に刺さった串を抜きにかかったが、その段階で「あ」とこちらに気づいた。
だがもう遅い。
「その汚え足、さっさとどけやがれッ!」
気を逸らさせている間に駆け寄り、とっくに間合いに入っていた俺の右ストレートパンチがポッツの顔面、そのド真ん中を捉えていた。
どぎゅッ!
鼻骨が潰れ、前歯がへし折れていく感触が拳に乗るが、気にせずそのまま振り抜いてやると、ポッツの身体は数メートルほど彼方へとブッ飛んでいった。
読んでいただきありがとうございます。
本作と同じ世界の物語をノクターンノベルズにて連載しています(※更新再開しました)
「ぼっち勇者のドーナツクエスト」
https://novel18.syosetu.com/n1164jk/
ノクターンな作品です。叡智な描写でも許容できるぜーってなかた、よろしければお願いします。




