02 被害者と加害者④
「聞いたことある! アリスの野獣男爵!! 魔物の群れに突っ込んで、ハラワタを食い千切るんですってね!」
カチューシャの少女、ラトゥージュはどこ情報か定かでない酷い噂を口にしてから、ニヤニヤと俺の身体を物珍しげに上から下まで眺めて、そしておそらくは率直な感想を述べてくれた。
「うっわ。でっか。ブ厚ぅ〜。顔のブサイクさとかさ、魔物図鑑で見たゴリトロールまんまじゃない。ププ〜〜〜〜野獣男爵って、誰が最初に言い出したのかしら! ぴったりじゃないの!」
(こいつ殺しましょう)
(早まるな)
ロゼを小声で諭しながら、俺は如何にしてさっさとここからオイトマするか、それだけを考えていた。
「ラト、シビカ様に失礼です」
するとティアージュ嬢が助け舟を出してくれた。
たしなめるように、ラトゥージュを叱ってくれたのだ。
身体を鍛えるなどという行為とは無縁な生活をしてきたのだろう、ティアージュ嬢は美しい宝石細工のような姿をしていたが、その眼差し、凛とした声には力が宿っていた。
事実、ラトゥージュはまるでその声に押されたみたいに後ろに下がっていた。しかしすぐ、そんな自分にハタと気づいたらしく、顔を真っ赤にしてより一層声を張り上げてみせた。
「は? お姉様、よくもアタクシにそんな口を! カルアン殿下に見捨てられた、よわよわ無能の分際でっ!!」
ドン、ドン、ドンと、地団駄を踏んだ。
あーあ、整った顔が台無しだよ。
ともあれ、礼儀のなってないガキを年長者が叱りつけ、これにて場が収まると俺は思った。
甘かった。
「ティアージュ、なんだいまの態度は」
ドラナーク公が額に青筋を立て、ティアージュに詰め寄っていた。
「お父様、私は」
「黙れいっ」
平手打ちが当たる寸前。
俺は公爵の手首を掴んで止めていた。
「また貴様か。部外者は口を出すな」
「部外者ではないでしょう。俺、こちらの姫さんにぶつけられた被害者ですよ? ……あ、何か首が痛くなってきた」
「白々しい。貴様のその太い首でそんなことになどなる筈があるまい」
「決めつけは困ります」
家族間の問題に立ち入るつもりはなかった。
貴族平民の隔てなく、どこの家庭にも問題はある。それは身にしみて分かっているつもりだ。
見えないところでやってくれてたなら、俺もこんなバカな真似はしていない。
俺の目の前でやりやがった公爵に責任がある。そう結論付けた。
だってこんなん何もせずに眺めてたら、俺の寝覚めが悪くなるだろうが。