イボリアス④
たまたまだ。
たまたま、酒が入ってないヤツがいただけ。
他の連中は酔っ払いの猿どもなのだ。
ジブンが参戦すれば形勢はすぐにこちらへ傾く筈。焦る必要はない。
ドカッ!
肉と骨を、まとめて打ち鳴らすような音がした。
ジブンのすぐ横を、エイニムが吹っ飛んでいく。
壁に叩きつけられ、床に倒れた。
「おー、やーっと当たったな!」
毛むくじゃらの大男が誇らしげに拳をかかげていた。
頭髪と髭で覆われ、目と鼻だけが浮き出た顔に、新たに白い歯を出現させて笑っていた。
全身は傷だらけで武器を持たず、酒臭を放ち足取りもおぼついていない。それでもこの毛玉野郎は、力まかせのブン殴りだけであっさりと戦士をノックアウトしやがったのだ。
クソが!
だがエイニムは深手を負わせていた。あと一押しに見えた。いまなら、ジブンなら潰せる。いや潰す!
毛玉退治に自ら動き出そうとした、まさにその時だった。
「癒光」
横合いから、こともあろうに癒やしの光がとんできやがった。毛玉野郎の傷が塞がっていく。
「無茶し過ぎだ」
「へへっ、すまねえなー」
文官然とした涼しい顔の中年。こいつがハビィか。
こういうのを嫌ってジブンは戦車隊の僧侶をあらかじめケネシコアのとこへ行かせておいたのだ。
──手負いの駒を回復させてしまう敵方のヒーラーは真っ先に戦場から排除しなければならない。
それができなかった時点で、もしかするとジブンたちは詰んでいたのかもしれない……?
いや違う。まだだ。
ここでおめおめと部下の数を減らされたまま、何の成果も得られず合流しようものなら、ジブンは依頼主から侮られてしまう。この先に待つ栄光にキズがついてしまうのだ。駄目だ。そんなことは許されない。
「ヨソ見してんじゃねえよ」
猛烈な殺気と共に、短剣を逆手に把持したソフトモヒカンの男──ベギナラが迫ってきた。
躱せない!
その鋭く的確な一撃は、人体の急所である喉笛をかき切っていた。
鮮血がホールの床を赤く染めていく。
「ひゅううぅぅ……お、おぉ……」
恨みがましい目で、咄嗟に盾にしたタトロがジブンに手を伸ばしてきた。仕方なかった。おまえを身代わりにしなければジブンがやられていたのだ。だいたい近くにいたおまえが悪いだろ! ジブンはその手を蹴り飛ばし、すぐさまこの場からの逃走を開始した。
「騎士長殿!?」
リーマの非難が背中に刺さったが、その程度でジブンの足は止まらない。
「てめっ! 逃げんのかコラッ!」
「ふざけんなこの卑怯者が!」
不利な状況を承知していながら戦い続けるのは愚か者のすることだ。ジブンは違う。逃げを選択できる勇気があるのだ。
見たか、ざまあみろ!
第一、公女の身柄を確保するという目的は果たしているのだ。依頼主が文句をつけてこようものなら堂々と反駁してやればいい。そうだ。やることはやったのだ。ここで大切にすべきはジブンの命なのだ。生きてさえいれば復讐の機会なんてそれこそ何度でも巡ってくるものなのだ。
走る。
走る。走る。走る。
職能騎士の身体補正と体力を以てすれば、このまま町まで走り続けることだって可能だ。
手筈どおりに公女の身柄を引き渡し、すぐに依頼主の転移魔法でキィーフまで高飛びすればジブンの勝ちは確定だ。なあに、多少の計算違いなどよくあることじゃないか。問題ない。この程度、いくらでも挽回できるさ。
くっ。
くっ。
くっ。
大丈夫。大丈夫。まだ負けてない。
ジブンは勝ちへと向かっているのだ。
「わっ」
いきなり、つんのめった。
頭から、砂利道にダイブしてしまった。
あわてて背後を見る。追っ手の姿は見えない。
ん?
ジブンの左脚の太腿に、何か棒のような物が生えているのが見えた。
いや、違う。
「矢だと……?」
刺さっているのだ、矢が。
認識した途端、熱い痛みが宿り出した。
「そんなに息を切らせてどこに行く?」
声をかけられたほうを見ると、弓を手にした少年が立っていた。
見知った少年だった。
「ライデリッヒ様──」
「久しぶりだね、イボリアスさん」
グラッパレット・トライハント伯爵の末子、ライデリッヒ・トライハントがそこにいた。




