イボリアス②
「開けろ、火急の用だ!」
玄関ドアのノッカーを部下に叩かせ、声を上げた。
木造の二階建て。
大貴族のそれを知る身からすれば小屋にも等しかったが、アクトラーナの屋敷は調度品一つ取っても「小癪」だった。何やら妙にカネがかかっているのだ。いいさ。ジブンが己の城を持つであろう近い未来、もっと豪華で格調高い、このイボリアス・コレトリオに相応しい屋敷を建ててやればいいだけだ。
「もう夜なんすけど、勘弁してくんないっすかね」
ドアを開けた男は酒臭をプンプンさせていた。
野獣の家臣だけあって口の利きかたすら仕込まれていないようだ。
生意気に髪を伸ばし、着流し姿でフラついてやがる。
「ずいぶんと騒がしいな。何かあったのか?」
前回ここを訪れた際、間取りなどは把握済みだ。騒音の出所は食堂。分かっていることを敢えて尋ねるのは、この猿から情報を引き出すためだ。
「イイことがあったんでね、皆で祝ってんすよ」
「それはそれは」
好都合。
こちらはジブンが戦車隊から選りすぐった精鋭たちで固めている。酔いどれの猿どもなんぞ相手にもならん。
「ケネシコア!」
声を張り上げると、エントランスホールの階段上に、見知った女が姿を見せた。
緑の髪をボブにして、両サイドに団子を編んだ小柄な異装の戦士──ケネシコア・ウルミーファ。
その背後にジブンが手配した三人と公女を確認する。抜かりなかった。さすがはケネシコアだ。
「先に向かっていろ。こちらは追っ手を潰しておく」
「はぁ? 何言ってんだあんた!」
ザンッ!
盛大に首を傾げ、こちらに迫ってきた猿の喉元へ、刺突細剣の一撃を入れて黙らせた。
「〜〜〜〜ッ!」
む……?
おかしい。酔った猿など造作もないと無意識で手加減でもしたか?
いや、違う。
「チッ、小賢しい猿めが」
そいつは咄嗟に己の腕を盾にして、急所への致命打を防ぎやがっていたのだ。
「やってくれたなこの!」
懐から鉄扇を出して反撃を試みようとしたそいつの背に、しかしケネシコアの後に続き階段から下りてきたレイド・ミーガンの容赦ない鞭が打ちつけられた。
「アッ、がぁッッ!」
絶叫。
本気で振るわれた鞭は衣服など容易く引き裂き、その下の肌を、神経を、そして肉までをもズタズタにする。堪えられるものではない。
「どけ」
もはや戦力としてカウントするまでもなくなった鉄扇使いをジブンは壁まで蹴りとばす。
「よくやったレイ──」
丁度ジブンの横を通りすぎるレイドに労いの言葉をかけてやろうとした。
赤茶の短髪の、サディスティックな女だった。
豊満な身体をダークカラーのジャケットとスーツスカート、黒いストッキングで包んだ、一見して官舎に詰める高級女官のような硬い印象の、しかしベッドの上では熱烈な女──。
ジブンの命令なら何でもする女の一人だった。
それが。
ジブンに一瞥もくれず、ケネシコアの後ろを歩いて行ってしまったのだ。
「なん……だと……?」
近くで見てその異様に気づいた。
顔が土気色になっていた。
生気が、失せていた。
「騎士長、指示を!」
部下からの声でハッと我に返った。
状況は変化していた。鉄扇使いの悲鳴を聞きつけ、食堂から野獣男爵の家臣たちがワラワラと出てきたのだ。
「ジュラン!? ひでえ怪我だ。おいテメエら、何の真似だよ!」
顔に物騒な刺青の入ったソフトモヒカンの男が睨みを利かせてきた。
家臣たちの筆頭格、ベギナラ。
確か依頼主が提供した情報の中で、要注意人物の一人としてリストアップされていたっけか。職能は盗賊で、かなりヤるとの記載があったのをおぼえている。
だが、先ほどの鉄扇使いと同等か、あるいはそれ以上に酒がまわっているように見えた。
半ば千鳥足だった。
他の連中も同様だ。
数の上では向こうは十人以上、こちらは七人と劣勢だった。
しかし向こうは猿。加えて酒が入っていた。
こちらは万全。更に覚悟も十分だ。
バカが! 負ける道理がない。
(おい、最初に『仕留め』るのはヒーラーだ。ハビィとかいう僧侶がいるって情報だからな)
対人戦の鉄則を改めて部下に周知させる。早めに回復役を潰すことができれば、もう勝ったも同然だ。
くっくっくっ。
笑いを抑えるのに苦労した。
「悪いなァおまえら、うらむなら、厄介女を引き入れたおまえらの主人をうらんでくれよ?」
余裕たっぷりに、一方的な蹂躙劇の始まりを告げてやった。




