イボリアス①
メジャーデビュー。
いい響きだと思った。
ジブンの人生の総仕上げに相応しいと思った。
ケネシコアは単独行動ばかりする副官らしくない女だったが、ジブンを立てることは忘れないし、どうやっているのかこちらに有利な状況を整えることに長けていた。優秀な女だった。
「どうせならメジャーデビューをしましょう」
ケネシコアはそう言ったのだ。
すぅ、と受け入れられた。
漠然と、それまでの日々で足りていなかったものがようやく見つかった気がした。そうかと膝を叩きたくなった。
この国でやるべきことはやった。それでも貴族の私兵団の隊長止まり。
ジブンはこんなところで終わる男ではないのに。
「イボリアス・コレトリオ殿ですかな?」
そんな時に行きつけの酒場で声をかけられた。
小間使いの男を介し、案内された個室で待っていた奇妙な白塗り顔の男の勧誘をジブンは受け入れた。
そいつは周到に準備をしていた。
障害となる新興貴族の周辺を調査し、部下の戦力までを資料化していた。
特に注目したのはその貴族の女性関係だ。
「くっ……なんだこりゃ? 事実なのか?」
噂とは間逆。
「事実だ。この高貴なるオレも目を疑ったからな。何が野獣か。正体はガワだけのロバだったと、まあそういうことだ」
くっ。
愉快な気分が湧き上がるも、喉の奥で蓋をする。活躍の場を横取りされて以降、会ったことはないが常に目ざわりな存在として意識してきた。
野獣男爵シビカ・ネガロ・アクトラーナ。
その女性関係は皆無──つまりは童貞ということだ。
勝った。
ジブンの勝ちだ。何せこのイボリアス・コレトリオ、精通を迎えてからこっち、女に不自由したことがないのだから。
とはいえ眉唾ではあった。本当にそうなのかと。
それゆえに確かめてみたくもなった。
実際に会って、検証もできた。
信頼に足る実力者の女二人を半裸にしてやると、まさに予想したとおりのブザマをさらしてくれた。
間違いない。しゅわしゅわと、劣等感が霧散していくようだった。
だからジブンはウキウキで愛用の刺突細剣を抜き、かつての雇用主へと突きつけるのだ。
「キィーフに席を用意してもらいました。この仕事が済めばジブンを認めなかったアリスともオサラバです」
そう。成功報酬は地位。
シビカのようにいきなり男爵とはいかず、騎士爵程度の身分ではあるが、まあそれは追々、ジブンの裁量でどうにかすればいいだけの話。
ともあれジブンはアリスを捨て、キィーフで貴族へと転身する。上がりの道へと進むのだ。
「認めなかった……? イボリアス、本気で言ってるのか?」
天幕の下、ジブンと部下に囲まれたアリスの大貴族は、それでも威厳を失わずジブンに問いかけてきた。
「閣下、長いこと世話になったが、あなたは部下の心を分かってない。ジブンはね、死と隣り合わせの戦場なんてもうたくさんなんですよ」
グラッパレット・トライハントは精強な軍人貴族ではあった。だが所詮、ジブンには及ばない。孤立無援なこの状況下なら尚更だ。
「この国は魔物が多すぎる。ジブンは平穏なキィーフで悠々自適な生活を送らせてもらいますよ」
戦車隊の中でジブンについてくる者たちを選別し、ジブンの側に配置し、この日に備えた。
伯爵を無力化し、次いで男爵邸を襲撃し、ケネシコアを援護する。そうして公女ティアージュを町にいる依頼主のもとまで送り届ければいい。
それだけでキィーフへの、栄光への道が開けるのだ。
楽な仕事だった。
「地獄の蟲」という時代劇の無声映画があります。
原版は当時の検閲に引っかかり世に出ることはなく、1979年に同じ監督、原版時主演の息子さんを主演に再制作されました。既にカラー映画に変わって久しい時代に白黒で無声はかなり異色であり、半ば前衛的とすら映ったかもしれません。加えて後にドラクエで一世を風靡するすぎやまこういち先生を劇伴に起用していました。時代劇らしからぬ曲調が何とも素晴らしく、それは令和の世にあってもこうしてホイホイ聴き入ってしまう新規勢がいるくらいなわけです。イボリアスの一連の話は、この地獄の蟲を聴きながらイメージしました。




