08 兇兄と愚弟⑰
──時空震探知器に反応があった。
ロゼに教えを乞いにやって来た神弓の勇者という例外こそあれど、さすがに今回はティアージュ絡みの転移者であろうし、そう疑ってかかるべきだ。
油断せず、周囲の状況を確認しながらも、馬にまたがり町までの道をくだってゆく。
後方にはロゼ。いまや俺の早駆けについてこれるほどの馬術を身につけた頼もしい相棒だ。
最小編成。
できれば早めにケリをつけ、しれっと祝宴会場に戻れたら最高なんだが、まあさすがにそれは難しいか。
町の入口の目印となるべく設置したアーチ状の門が見えてきて、そこで俺は馬を止め、鞍から降りた。
門の下には二人の男がいた。
「懲りずにまた来たのか」
前回よりも更に肥えていた。
まるで頭に黒いお椀を被せたような髪型。
尊大な自我が全面に出た顔付き。
弛んだ皮膚と顎から垂れた肉のせいで、どこからが首なのかも分からない。
鮮やかな青地のマントに派手な刺繍の入った紫のジャケットを着ていたが、出っ張りすぎた腹のせいで全然似合っていなかった。
──ケッツ・テラスエンド。
かつて俺が追い返した、大国キィーフの魔法使いがそこにいた。
「高貴なるボクがあのまま引き下がるとでも思ったか? あの屈辱、晴らさなければテラスエンドの名折れぞ!」
「いいから引き下がっとけよ。何もむざむざやられに戻って来るこたねえだろうが」
「喋んな。たまたま前回は勝ったからって調子に乗ってんのか? オイ、こいつ見てからモノ言えよ?」
そう言って、ケッツは足元に転がる男の背中を踏みつけた。
「がっ……ぐぅ」
男が苦悶の表情を浮かべた。
踏まれた痛みからではない。
焦げ臭い、イヤな匂いが鼻についた。
「…………」
男は後ろ手にされ、縄で縛られていた。
まだ若く、体格もいい。農夫らしく、地味な色合いの貫頭衣に長ズボンを穿いていた。おそらく魔法を使わず素手での喧嘩をしてたなら、地面に倒れていたのはケッツのほうだったのではないか。
だが現実、男はケッツの足元に横たわっていた。
身体能力補正のない非戦闘職では、ケッツのような属性魔法使いとやり合っても勝ちの目はゼロに等しい。そこにはひたすら絶望的な戦力差しかないのだ。
男は立てない。
縄で縛られているからではない。
気力が萎えているからでもない。
「酷えことしやがって」
男の、膝から下が、黒と赤の斑になっていた。
とてもじゃないが、立てるような火傷に見えなかった。
「生かさず殺さず足だけ焼く。この難しさ、おまえみたいな脳筋には到底理解できんだろうな。これな、高貴なるボクにだからこそ為せる業なのだぞ?」
ハハハハハと、得意げに、ケッツが見栄を切って笑う。
俺は自分の背に装着したホルダーに差していた棒槍に手をかけ──
「動くな」
──男に向けて片手をかざすケッツが俺の動きを止めた。
「距離は近いが、高貴なるボクのほうが早いぞ。試してみるか?」
「…………」
厄介なことをしてきやがった。
俺に向けるならともかく、ケッツは動けない男のほうへ魔法を撃つつもりなのだ。
「いつまでアホ面下げてんだ。ほれ、さっさと武器、捨てろっての」
ガシャンと、音も派手に棒槍を地面に落とした俺は、もう両手に何もないですよと、一応ケッツに向けてヒラヒラとアピールもしてみせた。
「はァ……?」
言われたとおりにした。
ところがケッツくん、どうやらそれがお気に召さないらしい。
「馬鹿かおまえ? 何てザマだよ。それでも貴族か? 為政者か? こんな虫けらみてえな下民を盾に取られたくらいでよ、何ヘコヘコ言いなりになってやがる!」
「じゃあ人質とかダセェ真似すんなよ」
「黙れ。高貴なるボクからの、これはありがたい説教と知るがいい。おまえ、仮にも貴族であるならば、命の選別くらい当たり前にできねばならんのだぞ。下民など即切り捨て対象だろうが!」
なんなんだこいつは。
人質をとったくせに、それに効果があると見るや俺を詰り出してきた。
頭がおかしいのか? つき合ってられないな。
「それはそっちのルールだろ。俺には俺のやりかたがあるんだよ」
俺は隠れ潜んでいるロゼの気配を探る。こういう状況になってるのはロゼも把握してる筈なので、決定的な隙がない限りは手出ししてこないとは思うが、いざという時に俺の身体が遮蔽物にならないよう、位置取りには気を遣わねば。
「フン。まあどーでもいい。そこでじっとしとけ。もうじきティアージュ・ドラナークがここに届けられる。そしたらすぐにこんなド田舎ともおさらばだ」
「…………なんだって?」
ここに、ティアージュが──届けられる?
「もともとアレはキィーフの物だ。回収して高貴なるボク専用にするのだ」
歯茎を見せてケッツは笑った。
抜かりなく、いつでも魔法を男に放てるよう、手のひらをかざしたままで。
「いいんだぜ別に。前言撤回して、こんな下民の命なんざ切り捨ててさ、この高貴なるボクに無謀な戦いを挑んで来ても!」




