シキ⑨
見た瞬間、音が消えた。
多分、これは無意識に外界の喧騒をカットしたとか、聞こえていないと思い込んだとか、そういう類のものではあるのかもしれない。
けどまわりの囃し立てる声や叫び声なんかは、この時わたしの耳には全く届いていなかった。
それが事実だ。
「え……」
ただただ、開けた木箱の中に入っていた指輪に視線が吸い込まれていた。
──わたしには負い目がある。家族を捨て、一人、ティアージュ様の手を取った。
薄情。
父の死に目には立ち会えなかった。当然だ。遠く離れた違う国で、どうあれ自分は裕福な暮らしをさせてもらっていたのだから。
看取るなら姉だ。わたしにはその資格がなかった。
姉と再会した時も、詰られるのを覚悟していた。
それなのに、手紙で綴ったわたしとティアージュ様の苦しい境遇に姉は憤り、共感までしてくれた。
情の深い人だった。
その姉が執着にも似た恋慕に身を焦がすシビカという男なら、あるいは──。そう考えた。
計算。計算。計算。
わたしは打算的な人間だ。それでも大恩あるティアージュ様の幸福くらいは願っても罰は当たるまい。
いまのところは順調。シビカ男爵は、その厳つい見た目を除けば誠実で、信頼に足る人物だった。長い目で見守ることにはなるだろうが、二人を結びつける手助けをこれからもしていくつもりだった。
姉の想いに背を向けながら。
いや、これは納得ずくの計画だ。
姉は承知で、シビカ男爵とティアージュ様の仲を取り持ったのだ。
だから、だから、だから……。
ずっと、後ろ暗さを抱えていた。
姉と再会し、文面から想像していたよりも遥かに重い感情をシビカ男爵に向けていたことを知りながらも尚、わたしはティアージュ様を優先した。
家族を捨てた薄情な自分にはお似合いの役割だと思った。
二人が上手くいったとしたら、いずれ自分はお払い箱となるのかなと、休憩時間に寝床でそんなことを考えるようにもなった。
構わない。そうなったら、どこか違う土地へ流れよう。
剣を振るっている時だけ自由になれた。
シビカ男爵からロサリグという壁を与えられ、彼を攻略するための思索を巡らし、無心で立ち向かった。
そうして気づけば、彼を目で追うようになっていた。
笑えない。
まさか自分の中にこんな厄介な感情が眠っていたとは思わなかった。
薄情? 自分が自分を分かっていなかっただけだった。
振りまわされた。
想いのままに突っ走ってしまった。
冷静にあの時の自分を顧みると、顔から火が吹き出そうになる。どう考えても彼にとってわたしは、迷惑すぎる行為をただやらかしただけの女だった。
あれはもう、自分の気持ちだけをロサリグにぶつけたようなもの。
ひたすらに自分本位な、子供が駄々をこねるような真似をしてしまった。
叱りつけられ、もう相手にされなくなったとしても仕方ないレベルのやらかしだった。
なのに、彼はわたしを受けとめてくれたのだ。
見返りは求めない。あの記憶だけを宝物にして、反芻して、わたしは今後も生きていく。
そのつもりだったのに。
「シキ、俺の家族になってくれ」
────なんだこれ?
どうして。わたしは。ロサリグに。
皆が見てる。
姉が見てる。
ティアージュ様は部屋。良かった。見られていたら弁解できない。
違う。そうじゃない。
ロサリグが。わたしに。指輪。
言葉。家族。ロサリグと。家族。
「わたしで、いいんですか?」
「おまえがいいんだ」
ああ。相変わらずだ、この人は。
わたしの、欲しかった言葉をくれる人。
涙が抑え切れず、前が見えなくなった。
自分で、自分の感情が制御できなかった。
「わあああああああああぁ、あ、あああ、うわあぁん」
ああ、もう。
せっかくなのに、皆に見られてるのに、取り繕うこともできず、わたしはその場で泣きじゃくってしまった。
「ったく、しょうがねえな」
そんなサマにならないわたしを彼は抱き寄せ、やさしく背中を撫でてくれた。
まわりで雄叫びのような声が次々と上がってくれたおかげで、彼がわたしの耳元でささやいてくれた言葉を誰にも聞かれずに済んだのは、本当に何よりだった。




