ケネシコア②
流れ着いた先で、マフトゥーに似た男と出会った。
「おまえ、面白ェ恰好してんな」
自分の容姿に自信のある男特有の物言い。
桃色の、ゆるゆると長く伸ばした髪をふぁさりながら、何か言うたび顔の角度を調節し、いちいちキメの動作を織り込んできた。
ひときわ目立つ純白のコートを着込み、短い期間で部下に汚れ落としの手入れを命じるほど見た目にこだわっていた。
「そこそこ名が売れましたんで、見た目で噛ましてくのは大事かなって」
「くっ。そいつに関しちゃ同意見だ。ケネシコア……だったか? ま、よろしく頼む」
笑いを喉の奥で留める奇妙な癖を持っていたが、これはおそらく、そうすることがカッコイイとこの男が信じて、それをやり続けた結果固定化してしまったと、まあそんなとこか。
女が自分に見惚れ、付き従うことを当然のこととする傲慢が漏れ滲んだ男だった。
──トライハント戦車隊騎士長、イボリアス・コレトリオ。
刺突細剣使いの職能戦士。
あたしがこれまで見てきた中では、なるほど上位に入る強さで、トライハント伯爵が私兵団の長に据えただけのことは確かにあった。
「仮にも副長として背中を預けるわけだし、どれだけやれるか試していいか?」
そう言って腕前を試され、あたしは良いところなく打ち負かされた。
「おまえ、ネクロマンサーとか呼ばれてる凄腕なんだろ? 拍子抜けだな」
「いやいや、騎士長殿が強いのです。それにほら、あたしの得物はこれですから」
手にした包丁状の短剣を掲げた。
「真正面からやり合った場合、単純に騎士長殿のレイピアとはリーチの差で厳しいかと。加えてあの圧巻の攻めとあっては、とてもかないませんよぉ」
持ち上げ、褒めた。
イボリアスの強さに心底感服したという表情を顔に出し、近い距離で微笑みかけた。
あたしは演技が上手い。今回も簡単に堕ちた。
「給金は良い。だが閣下の気まぐれに振りまわされ、何週間も野宿に等しい天幕暮らしを強いられるこの生活には、少し思うところはある」
「まあ。するとイボリアス様は、いまよりも『上』を目指されているのですか?」
彼の邸宅に連れ込まれ、ベッドで貪り尽くされた後、イボリアスはあたしに長々と不満を吐露した。
要は、自分は雇われで終わるつもりはなく、いずれ身を立てるつもりなんだという、いつもの男の可愛いアレだ。
このパターンの男はさんざん見てきたが、やはり色男という類似性が記憶を刺激したのかもしれない。あたしは自分の最初の男、マフトゥーを思い返していた。
いまのあたしがこんなふうになってるのは、すべて彼が原因だ。
彼に純潔を奪われ、彼に騙され、彼に女の悦びを教えられた。
そして彼に裏切られ、あたしは完成したのだ。
楽士として身を立てたい。宮廷楽師になるだけの実力はあるのに、ああ、持たざる者の自分には機会が与えられないんだと、かつてマフトゥーは嘆いてみせた。
あの時もベッドの上だったっけ。
ひとしきり情欲に溺れた後、弱音を吐いて女に同調を求めるのが男はお好きらしい。
「どうせならメジャーデビューをしましょう」
それならイボリアスのことも応援してやろう。
あたしの熱はまだ冷めてない。
「アリスは魔物の発生率からしても安心とは程遠く、また王国の財政も芳しくない……みたいな話を聞きます。ステージの低さは明らかでしょう。であればステップアップすべきです。イボリアス様に相応しい、もっと高い場所を目指してみるのも悪くない。そうは思いませんか?」
「それがメジャーデビューか……」
「ええ。心に留めておいてもらえればと」
「そうだな。うむ。ジブンはこんなところで終わっていい男ではない。そう。そうなのだ」
以降のイボリアスは人脈づくりに勤しむようになった。
本業そっちのけで諸外国──厳密にはキィーフの有力者と密会を重ねる回数が増えた。
そのせいで大事な戦いに居合わせることができず、伯爵は偶々手柄を上げたゴロツキ部隊の平民なんぞを貴族に引き上げ、更にはイブニクルの領地だったアクトラーナを父から取り上げて野獣男爵にくれてやったのだから、何とも皮肉で間の悪い話だ。
まあ、アリスで貴族になっても先は見えている。どうせなら大国でのワンチャンを狙うべきだ。
許しがたいのは領地の割譲である。
父への嫌がらせなのは明白だ。
確かに四方を険しい山と荒れた海に囲まれたアクトラーナの地は、中央に拠点を置くイブニクル侯爵家にとっては治めるに不便が過ぎた。それは事実だ。あたしもイブニクル家の████としてこの田舎に来訪したのは一度きり。何もなく、ひたすら貧しいだけの寒村としか映らなかった。
「国軍の影はなく、侯爵家の兵の駐留所すらもない……。見捨てられた地だね、ここは」
おぼろげながら、ケネス先生がそう言っていた記憶がある。
「きちんとした領主に治めてほしいものだけど、皆きらびやかな王都にしか目が向いてないからね。難しいものさね」
「お言葉ですが先生、田舎暮らしをヨシとする貴族などおりませんわ。貴族とは王家を助け国を治めるべき責務を負った者であり、わざわざ飛地に赴いて満足するなど、貴族に課された義務を自ら放棄する行為に等しいかと」
「手厳しいね」
ケネス先生はくたびれた中年女性で、ずんぐりとした身体つきは見るからに庶民体型そのものだった。
イブニクルの兄姉の中には「見苦しい」と先生を露骨に嫌う者もいたが、あたしは先生を慕っていた。
先生の幅広い知識と深い教養は尊敬に値したし、何より護身の一環として披露された短剣術に魅せられたのだ。
「これは謂わば暗殺術に近いもので、お嬢様の将来に役立つかは疑問ですが、まあ、こんなやりかたもありますよ程度に頭に入れておいても損はないでしょう」
とんでもない。これにあたしは助けられた。
残念ながら先生はあたしがマフトゥーに沼った責任を問われ家を去った。その後の行方は知らないが、もし再会することがあるなら、その時は最大級の感謝を伝えたいと思ってる。
「珍しいですね、副長が私と話をしたいなんて」
「そう? 確かにあんまりおしゃべりはしてこなかったけれど、それはお互い立場が違うわけだし、仕方ない面はあるんじゃないかしら。ところで怪我はもう治してもらったの? ずいぶんとやられちゃったんでしょう?」
「あの男……。してやられました。まさかあれほどの実力を隠してたなんて」
「あなたに勝っちゃうってことは、イボリアス様よりも強いってことになるのかしらね」
「どうでしょうか。それに騎士長は自身の個の強さよりは指揮能力をこそ誇られているご様子。所詮あの男は野獣男爵の手下の一人にすぎませんし、戦うとなれば戦車隊総出でかかることになるので、私たちが勝ちま…………………………えぁ?」
「身構えている相手は難しいものです。彼我の技量に差があったとて、ひと突きでの刺殺を狙うとなると、これはなかなか成功しないものなのです。──ですが相手が気を許してるとなれば話は別。過去、歴戦の英雄王が妻や妾の凶刃で生命を落とした例を聞いたことがありませんか? 要はアレと同じです。いいですかお嬢様、戦場ではなく日常にこそ隙があるのです。気軽に挨拶をする仲、接近を許す仲になるとほぼ条件はクリアです。そうしてニコニコと笑いながら殺気を隠し、ゆっくり急所に刃を潜り込ませればいいのです。え、暴れたらどうするか? 大丈夫。人はそれほどしぶとくありません。急所を外した場合ならともかく、教えた位置にちゃんと突き立てられさえすれば、それでもう終わりですよ」
さすが先生。もう死んでます。




