ケネシコア①
アリス王国の血統魔法は操役だ。
現大王、テイダー・パスチャレスカはその才を以て前大王からの継承指名を受けたらしい。
それはつまり、初代の域には及ばないにしても、王家が所有する巨大なハニワ型ゴーレムを操り、戦わせることができるということ。
アリス大王となる者の、最優先達成条件だ。
どうもここにいるとキィーフ貴族の血の執着ばかりが醜聞として耳に入ってくるのだが、何、どこも一緒だ。このアリスとて大概なのだ。
──ケネシコア・ウルミーファ。
いま、あたしはこの名を使っていた。
家名は捨てた。要らぬトラブルを招くだけだし。
「木っ端よ木っ端。……でも一応これでも、アリス貴族の子女として育てられたのよねえ」
件の公女と会話をした際、そう偽った。
弱小貴族の出身で、不幸な出来事から追放されてしまったのだと、憐れを誘う語りをしてみせた。
嘘である。──が、何もかもってわけじゃない。
全部が嘘だと見抜かれる。これはあたしの経験から来るものなので間違いない。
少しばかりのホントを混ぜる。これが効くのだ。
「大変でしたね。お気持ちは痛いほど」
事実、公女は簡単にあたしを信用した。
やっべ。ちょろすぎだろ。
ティアージュ・ドラナーク。
この清廉無垢なお姫ちゃんは、どこか昔のあたしを思い出させるようで、酷く不快な気持ちにさせられた。
あたしもかつてはこんなんだった。ホントホント。これホント。
アリス王国の侯爵、大貴族トモロッタ・イブニクルの第三子女として、何不自由のない暮らしを満喫していた。
血統魔法の適性も有りと認められた。それだけで父は適性無しの子らとは段違いの格差をつけるようになった。いま思うとくだらなすぎてゲボを吐きたくなるけど、当時のあたしはそれを当たり前のこととして受け入れてたのだ。
「楽士のマフトゥーでございます。████様、お目にかかれて光栄の至りでございます」
ひと目で恋に落ちた。
王都ランスで人気を博していた旅の楽士を、父が屋敷に招待したのだ。
マフトゥーは清潔そうな細身の色男で、むさ苦しい男ばかりだったイブニクル家しか知らなかったあたしにとって、さながら別世界の生き物のように見えた。
入れ上げた。
パトロンとなり、彼を宮廷楽師の地位にまで押し上げてやった。
……それなのに。
二人の愛の巣を訪れたあたしは、そこでマフトゥーが見知らぬ女とベッドで抱き合っている現場を目撃してしまったのだ。
裏切りは絶対に許せなかった。
血が沸騰するような激情は、眠っていたあたしの才能を呼び起こした。
あたしの、あたしだけの操役魔法──。
すべてが終わった後、あたしはイブニクルの家から追放された。
貴族でもない楽士の男に入れ上げ、さんざん家のカネを注ぎこんだ挙句、何もかもを台無しにしたのだ。
家名を汚す蛮行。追放程度で許されたのは、父の最後の甘さなのかもしれない。
イブニクルでなくなったあたしは、母方の姓であるウルミーファと、幼少から短剣術を教えてくれた家庭教師ケネスの名を拝借し、傭兵稼業に身をやつした。
荒くれ者どもの世界で生きるには、あたしは余りに温室育ちが過ぎ、当初は酷い辱めを何度も受けた。マフトゥーに女として開花させられていなければ、とてもじゃないが堪えられなかった。
だがそれも計算のうち。
あたしを征服したつもりになった直後の男ほど、隙だらけな存在はなかった。あたしは演技が上手い。どの男も自分の性技であたしを堕としたと勘違いして、皆、あたしの駒になった。
気づけば名を轟かせていた。
かつて父がライバル視していたトライハント伯爵、彼が創設した私兵団の要職に就いていた。
トライハント伯爵がアリスの大貴族と呼ばれるまでになった一方、イブニクル侯爵家からかつての栄華は失われていた。
アクトラーナ領を平民出の男爵なんぞに譲り渡すまでに落ちぶれていたのだ。
……まあそれもこれも、あたしが原因みたいなものなんだけどな。
あー、笑えない。




