02 被害者と加害者③
ゆっくりとドラナーク公が椅子から立ち上がり、つかつかと歩み寄ってきた。
骨太の体躯だった。
初代が魔導師の家系にしては、ドラナーク公は首も腕も脚も太かった。
その太い片足が持ち上げられ、土下座をしているシキの肩先へと容赦なく振り降ろされた。
ベシッ!
骨を打つ音がした。
「おまえが! 主人を! 窮地に! 陥れたのだッ!」
踏みつけを四連打。
「おやめください!」
「邪魔をするなーッ!!」
ティアージュは止めに入ろうとドラナーク公の腕に縋りついたが、いったいその細腕で何ができようか。敢えなく振り払われてしまった。
「危ない」
よろめいたティアージュの身体を、俺が支える格好になった。
軽い。
なんだこれ。
ふわりと、柔らかかった。
「…………」
「シビカ様ー」
ロゼの冷めた声で正気に戻された。いかんいかん。
俺はティアージュをロゼに預けると、す、と一歩踏み込み、ドラナーク公の肩に手をかけ、ずいとシキから引き剥がした。
「貴様」
「ドラナーク公、それ以上は良くありません」
視線が火花を散らした。
良くないのは俺も同じだった。
本来爵位が上の貴族に物申すだけでもヤバいことなのに、いまの俺は外国の公爵様に手を出しているときたもんだ。俺に目をかけ、叙爵の手続きに奔走してくれたトライハント伯の顔に泥を塗る行為をしてはいないか。まるで立場という枷が俺を縛り、その先へ進めなくさせているようだった。
「何そのブサイク」
棘のある声が俺を刺した。
応接間に入る扉の前に、黒茶色の髪をストレートに伸ばした少女が腕を組んで立っていた。
頭に髪飾りをつけ、夜遅くであるのに鮮やかなドレスを着ていた。
目鼻立ちは非常に整っていた。やや垂れ目がちで、全体的におっとりした印象を与える──というのに、この荊じみた気配は何なのだろうか。
「ラトゥージュ、おまえには関係のないことだ。部屋に戻っていなさい」
「お父様、関係ないわけないでしょう? だって今夜、お姉様は正式に無能の烙印を押されたわけですもの。そうでしょう?」
嬉しそうに。実に嬉しそうに、その少女はロゼに支えられてソファに座るティアージュを見下ろしていた。
「それでお父様、そこにいるブサイクと、シキと同じアリスの下層種は何者なのかしら」
俺は公爵の肩を掴んでいた手を離すと、ソファに戻ってロゼの隣に腰を下ろした。
(なんですか)
(念のため)
交流会の時も感じたことだが、キィーフ貴族の平然と人種差別を口にする文化は何なのだろう。
幸い、ロゼは平静なようだったが、もしその手に弓矢があったのなら、アリスでは禁句になって久しい「下層種」なんてアウトワードを声にした瞬間、射られても不思議じゃなかったのだ。
何かもう、こんな連中ばっかりな気がした。
馴染めねえ……。
来るんじゃなかった。失敗した。
早く帰りたくなっていた。