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ロゼ⑤


 思い返せば駐留先の町でもそうだった。


 非番の夜、ベギナラさんたちが連れ立って色街へ繰り出していくのは半ば恒例行事(ルーティン)で、私は呆れながらもトヤカク言ったりはしなかった。


 男とはそういうものらしいから。


「シビカ様は行かないんですか」


 聞いたら、ギョッとした顔をされたっけか。


「俺はいいの」


 確かにシビカがそういうところへ(かよ)ってるところは見たことがなかった。


 そういう女性を呼びつけたりもしていなかった。


 だから如何に連中が臆測に基づいたシビカの噂を流しているかが分かった。


 下層種(ノワール)の女を従者として連れている、ただそれだけの情報から野獣男爵のレッテルに沿った根も葉もない妄想を膨らませ、さも見てきたかのように蔓延させているのだ。


 なんて汚い、くだらない。


 真相は違ってた。


 原因こそ不明だが、シビカは女性に対して免疫がないだけだった。


 じゃあ女性に興味がないのかといえば、それも違ってた。


 ティアージュに手を出そうとして失敗してた。


 私と同い年のティアージュに、だ。


 へー。そうなんだ。いいんだ。いけるんだ。へー。ほー。なーんだ。


 長く頭にかかっていたモヤモヤが晴れたような、スッキリした気分になれた。


「黙ってたのは悪かった。けどな、どう転ぶのかちょっと分からなくてな」


 おそらくシビカは私にロサリグさんとシキのことを話すつもりで、騒がしくなってる食堂から静かな応接室へと場所を移したのだろう。


 分かってる。さすがにそれくらいは。


 ──肩を掴まれた。


「剣の稽古をつけていただろ? その関係でな、仲が良くなりすぎてしまったというか……」


「ええと……つき合うとか、そんな段階すっとばしてるように見えたんですが」


 ──強引に、誰もいないところへ連れ込まれた。


「だよなあ。でもあれが、あいつの誠意の見せかたなのかもな」


 ──ティアージュと私じゃ、差がありすぎるのは分かってる。


 美貌も、身分も、ましてや聖女なんかでもない。

 何一つ及ばない。


 でも、この気持ちだけは負けていない。

 それだけは確かだ。


 心臓が早鐘を打ち、体温が上昇する。

 上気した顔が恥ずかしくてそっぽを向いた。


 私がシビカを拒むことはない。


 もし、いま…………。



 ん?


「シビカ様、光ってます」


 応接室の調度品の一つみたいになっていた水晶球状の魔導具、時空震探知器が反応していた。


 その光点と座標は、町に転移してきた者がいることを明確に指し示していた。


「…………」


 シビカの沈黙の意図は、おそらく自分だけで始末をつけに行ってしまおうか的な逡巡に違いない。


 そういう人なのだ。


 他人の面倒は見たがるくせに、自分に降りかかる面倒事には他人の手を借りようとしない。

 それがシビカ・ネガロという男だ。

 もう知り尽くしていた。

 何しろずっと、(そば)で振りまわされて来たのだ。年季が違う。公女とは違う。


「私からベギナラさんに連絡しておきます。何か指示はありますか?」


「あー。助かる」


 だから私が補佐をする。


 シビカの本質は無頼(ソロ)だ。


 彼の戦う力は単騎でこそ生きる暴風そのものであり、むしろ中途半端に味方が近くにいると邪魔になるまであったほどだ。ああ。きっと正しく道を歩んでいれば後世、シビカは英雄譚に名を連ねるほどの大人物となっていたかもしれなかった。


 それがいまは、野獣男爵などというレッテルを貼られ、慣れない貴族社会で肩身を狭くしている。よせばいいのに問題児たちをまとめ上げ、ついでに浮浪児の世話まで焼いて彼がつくり上げた面白おかしい部隊はハビィさんやロサリグさんたちのような、ひねくれ者の寄す()となった。


 面白おかしく戦地を渡り歩き、多くの人々を救い、同時に顔も(しか)められた。皆、お行儀は良くなかったから。


 最終的に物好きな大貴族の目に留まり、隊長のシビカは武功を理由に軍人から貴族へと立場を、人生の景色を一変させられた。


 神槍の勇者として名を馳せる筈だった男が、田舎の領主となり、大きな遠回りをすることを余儀なくされたのだ。


 時折ふと思う。私たちは彼の足枷になっているんじゃないかと。


 人は生きていたら荷を背負うもので、それは仕方のないことではある。けれど本来、自由に舞わせるべき人に余計な荷物──足枷が付いていたとしたら?


 そんな荷物は捨てるべきだと皆は言うだろう。

 余計な足枷は外して身軽になるべきだと皆は言うだろう。


 私だってそう思う。


 でもシビカは重荷であるかもしれない私たちを丸ごと抱えて、けっして捨てたりなんかしなかった。


 多くは語らない。ただそうする。それが彼だった。


 私の勇者様は、そういう不器用な人。


 だから私が補佐をする。


 彼に人生を間違えてしまっただなんて後悔、絶対にさせてなるものか。



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