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ロゼ④


 ──家族。


 結局、どこまでいっても「自分」以外は「他人」でしかない。


 でも唯一、特別枠を設けるとするのなら、それがおそらく「家族」なのだろう。



「シキ、俺の家族になってくれ」



 何だこれ。


 私の目の前で、わけのわからない劇が演じられていた。

 観客の中で前段の流れを理解していないのはおそらく私だけのようだ。屋敷に戻ってからも皆、どこか様子がおかしかった。何かあったのかと聞いても言葉を濁された。


 そうか。


 これが、真相──。


 さすがにもう私にも分かる。ロサリグさんは、いま、シキに求婚しているのだと。




 弓を指南していた。


 相手は、神弓(しんきゅう)の勇者。


 年齢は自分と同じ。

 その名もライデリッヒ・トライハント。


 金髪碧眼にして爽やかな目鼻立ちの、しかもシビカの恩人に当たるアリス王国の大貴族、グラッパレット・トライハント伯爵の末子だという。


 ()りすぎである。生まれながらに何もかもを手に入れすぎではないか。貴族で勇者、しかも容姿にまで恵まれているときた。いるのだ。世の中にはそういう、(ズル)い存在が。


 シビカはおかしな勘違いをしていた。


 私と弓の勇者とを二人きりにさせようとした。

 あからさまに、彼との間に何かを期待するようなフシを見せてきた。


 大方、弓の勇者の美形っぷりに当てられて、良かれと思ってのことだったのだろう。形式上シビカは私の養父であり、そういう考えに至るのは仕方ないと割り切ってはいる。いるが、ふざけんなとも思う。


 響かない。


 どれだけ弓の勇者が王子様的な器量良しであろうと、私の心は全く動かない。


 こちとら、とっくに歪ませられているのだ。


 幸いなことに、弓の勇者は協力的だった。

 二日目以降は彼の連れであるフェネキアという女性を訓練に立ち会わせることに口添えをしてくれた。


 ここ数日を、近場の森の中で過ごした。

 私と弓の勇者、そしてフェネキアの三人で。


 独学で身につけた弓の技を誰かに教えたことなどなく、シビカの命令だからやむを得ず指導していると、初日に念だけは押した。


「構いません。おれは教えを乞う側。どうあれ文句は言いません」


 潔いほどの覚悟がそこにあった。


 そうまでして追いつきたい領域が、この弓の勇者にはあるのだ。

 果たして私の技なんかがその一助となるのか(はなは)だ疑問ではあったが、半端な気持ちで向き合うことはすまいと思った。



 ↓



 曲射の感覚──。


 言語化が難しかった。


 言葉にするより、技を見せたほうが早い。


 森を走り、弓を射つ。曲射は奇襲を除けば、それ単体で最大の効果は発揮しない。


 基本の水平射ちがあってこそ生きる攻撃だった。


 既に基本を十分に身につけていた弓の勇者の吸収力は驚異的だった。この少年がこれまでどれほどの人数の名手から指導を受けてきたのか、その厚みに呆れるばかりだった。


「頭が下がります」


「え?」


「自分より弱い者から技を学ぶ。私にはできそうもない」


 正直な感想が漏れた。


 神弓の勇者ライデリッヒ・トライハントは私なんかより数段上の戦士だ。共に走り、弓を射つ姿を見れば、それは戦うまでもなく肌感覚として伝わる。その彼が、局所的な技術を学ぶためだけに私みたいな不愛想で身分差もある女に弟子入りするなど、本来ありえないことだった。


 彼の父であるトライハント伯爵は、出身の区別なく優れた武人を贔屓(ひいき)する例外的な物好きではあったが、ほとんどの貴族は下層種(ノワール)の私を見れば眉をひそめた。それが貴族だと私も思ってきたから、どうにも調子を狂わされてしまう。


「…………」


 素直に褒めた。なのに返ってきたのは何とも言えない、苦笑いにも似た困り顔だった。


「なんです、それ?」


「やー、そんなふうに持ち上げられても恥ずかしいだけだなって」


 勇者の視線は、手持ち無沙汰にしている銀髪の三つ編み眼鏡メイドに向けられていた。


「なんか、結局いろいろ削ぎ落としていくと、好きな人のためっていう、あまり堂々と口にできないような恰好悪い理由しか残らなくてね」


 たはは、と勇者は笑った。


 フェネキア・クリームタルト。


 私よりも年上の、視界の端に留めるのが精一杯な──真正面から見据えるのは危険だと、私の中の自尊心が警告を発するほどのクールな美女。


 多分この苦手意識は、私が知らないシビカとの関係がチラついてしまうせいなんだろうな。



 ↓ ↓



「いつまでいるつもりなんだろうな!」


 約束の時刻に遅れてきた勇者は、私の白い目から(のが)れようとでもしたのか、「父親」の話題を振ってきた。


 屋敷の近くにトライハント伯爵とその戦車隊が天幕を張り、もう数日が経つ。


 おそらく伯爵は敵の出方を窺っている。キィーフ王国の当事者貴族がどれだけの規模で来るのか、どれほど本気なのかを、隣国との紛争地、その最前線まで行き、自分の目で見極めたい。──思惑としては、そんなところか。


 だが、正直もうどうでもいいまであった。


 いろいろあった。


 これまでさすがに聞くに聞けずにいたようなこと、知りたかったこと、そういった諸々がスッキリしたのだ。


 頭の悪い言いかたになってしまうが、この時の私はハッキリ浮かれていた。


 許す。


 遅刻も許す。多分、宿屋で遅くまで仲良くしていたせいなんでしょ?


 許す許す!


 ああ、なんて気分がいいんだろう。



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