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08 兇兄と愚弟⑯


 午後から山へ狩りに出た。


 気持ち、足取りが軽い。


 乗馬に長けたハビィを連れての強行軍だったが、年長者である彼に無理をさせず、ほとんど俺が単独で獲物を狩り、帰路の運搬だけ手伝ってもらった。


 頭殻猪(メットボア)二匹。

 野鹿牛(バンブル)三匹。


 準備もそこそこだったにしては当たりを引けたのではないか。何しろ都市(みやこ)で高級食材とされるほどの美味い肉を獲捕(ゲット)できたのだ。漁村や農家への交換分に回しても、諸手を挙げて喜ばれるのは間違いない。


「しかしまあ、意外でしたな。あいつがそんな殊勝なタマだとは。てっきり遊びで終わらせるつもりなのかと」


 相変わらず穏やかな文官然とした見た目とは裏腹に、どうにもヒリつく物言いをする男だった。


 ハビィ・バッシャ。


 年齢は四〇半ば。ベギナラを代表とする過激な外見の連中とは対照的な、落ち着いた風貌の職能(クラス)僧侶──。


 騎士爵家の三男という異色の出身に加え、くすんだ木材色の総髪に涼やかな笑みを絶やさない、如何にも理知的で交渉事に長けてそうな印象の男だが、果たしてその本性は凶悪そのものなのだった。


 貴族の令息では珍しくないらしい、いわゆる「いわくつき」。


 生まれ故郷から逃げてきたというロサリグとは違い、このハビィは捕縛され、収監されていたのだ。


 当時、部隊の長として押しつけら(配属さ)れることになった当該人物の、その罪状の一端は文字で目にしてはいたが、まあ酷いものだった。「更生したつもりです」と本人は語っていたが、とても信じる気にはなれず、疑いが晴れるまでの間は監視をつけていたほどだ。


 結局、ハビィは戦働(いくさばたら)きで身の証を立ててみせた。


 有用。その一語に尽きた。


 俺自身は家を飛び出し、手っ取り早くメシにありつける軍人の道を選んだので門外漢でしかないが、冒険者からの転身組である部下の昔話を酒の肴に聞いていると、やはり僧侶の有無はパーティの依頼達成率を左右する重要な根幹なのだということが分かる。うちの部隊でも、ハビィ加入以前と以後では明確に損耗率に違いが出たしな。


 その後、何やかやで頼らざるを得なくなったこともあり、いまはこうして二人で出掛けるくらいにはなった。


 完全に信を置いているわけではない。


 ハビィのヤバさは依然として変わってないからだ。


 もう何十年も噴火していないからといって、火山が火山であるのと同じように、ハビィの心の奥の奥には親からも匙を投げられたほどの凶行を重ねたドス黒いマグマのような何かが、いまも静かに煮えたぎっている。ただ年齢を重ねたことと、神殿島ダルクの生活の中で折り合いをつけていくすべを学んだにすぎないのだ。


 まあ要は距離感の問題だ。


 ──遊び。


 ハビィが口にしたそれは、ロサリグが俺たちの前で明かしたシキとの関係、それを耳にした者たちが頭の中で浮かばせた、実に率直な感想ではあった。


 だって俺もそう思ったしな。


「そっちだったらもう頭を抱えて悶えてたとこだな」


 笑いとばせる方向に転がって本当に良かった。


 そう。だから気が楽なのだ。


 俺がもう少し頭が良くて気がまわる男なら、何かもっとこう……皆が感心するような催しを考えられるのかもしれない。だがパッと思いつくのはワンパターンなこれ(・・)だけだ。


 即ち──自らの足で駆けずりまわって狩りをして、領地の皆から分け合ってもらった食材で祝いの御馳走を振る舞う──。


「しかしこう毎度だと、さすがにそろそろ『またですか』とティアージュ嬢には呆れられるかもしれないな」


「はは。それはないでしょう。慶事に皆で食事を(たの)しむ。これは基本であり究極です。人の欲求というものは、往々にして大人数で共有するのは難しい。何せ睡眠欲は完全に単独で、性欲も一部の例外はあれど(ツガイ)が自然なカタチときていますから。唯一食欲だけが無理なく仲間と楽しめるものなわけで、もうこれは仕方ないと割り切るしかないのでは?」


 理詰めで言われると俺は弱い。


「まあなあ」


「第一、今夜は公女様には蚊帳の外でいてもらわないと」


「それなあ」


 さすがにどうにも、ティアージュには部屋にいてもらうしかないと俺も結論づけざるを得なかった。



 だから護衛を交替するタイミングを見計らって、この会の主役を呼び寄せた。


 困惑した様子のシキが食堂に姿を見せた。


「あの、これは……?」


「いいからいいから」


 背中を押して、上座の席に座らせた。


 テーブルには既に、色とりどりの料理が盛りつけられた皿が所狭しと並べられていた。準備は万端だ。


「おーい、旦那呼べ旦那〜」


 既に出来上がっているジュランが赤ら顔で叫び出したので、殴って外に締め出した。そのまま壁に寄りかかり、事の推移を見守ることにした。


 遅れて、ロサリグが入ってきた。


 ニマニマとした食堂の連中からの視線に突き刺されながらも、彼は動じることなく真っ直ぐシキを見据えた。


 つかつかと早足で歩き、シキの前で片膝をつき、右の手のひらを差し出した。


 そこには小さな木箱が一つ。


「…………」


 ロサリグは下を向いたまま何も言わない。

 シキも緊張からか固まってしまっていた。


(なんですかこれ)


 事情を知らないロゼが俺の横で尋ねるが、生憎とこの場の優先事項はフリーズしたシキをどうにかすることだった。


「開けてみな」


 俺がそう言うと、おずおずとシキがロサリグの手のひらの木箱を受け取り、蓋を開けた。


 ちらりと、指輪が見えた。


「え……」


 息を呑む音がした。


 そこでようやくロサリグが顔を上げた。




「シキ、俺の家族になってくれ」




 言った。言いやがった。


 どっ、と食堂の男衆が盛り上がった。


 俺は茫然となっているロゼを静かな場所まで引きずっていき、そこで今日の流れを手短に説明した。


 楽しい夜になる筈だった。




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