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08 兇兄と愚弟⑮


 地味な外見は意図したもの。


 わざと(あなど)られるような普通の恰好もまた同じく。


 それがロサリグという男だった。


 よくよく見ればそこに実は色男がいる。

 そこに実は強者がいるのだ。


 口は悪いが、与えられた役割は確実にこなす。

 何より、剣士としての腕前が飛び抜けすぎていた。


 普段は無理せず守りの剣というスタイルを徹底しており、その擬態はどうやったのか、俺たちの詳細な情報を得ていた筈のイボリアス配下すらも欺くほどだった。


 俺は部下に恵まれた。

 間違いなくそう思える。思えるのだが、あー、何とも、男の嫉妬の醜さったらないな。


 俺は近寄るだけで女児に泣かれる男だ。

 当然女児に限らず、泣かれはしないまでも普通に女性からは避けられる。口が上手くない。沈黙が多い。空気の読みかたが下手。──何よりデカすぎたしブサイクすぎた。


 いまでこそ普通以上に接してくれるまでになったが、初対面の時にティアージュから発せられていた、あの絶望的な怯えの感情を忘れてはならない。とか言いつつも先日、衝動から忘れかけたんだけどな!


 一方でこのロサリグは、シキのような生真面目で豊満な少女を労せず抱いてしまえるときた。いや知ってるよ? こいつが女性の扱いに長けてること。何か知らんがいつの間にか上手いこと心を掴んでしまってるってことも。


 実際、休みの日に町に行ったロサリグは、気がつくと女性を横に連れているらしい。は? とはなるだろそんなの!


 まあそういうみっともない(ひが)みはさておき、他人の色恋沙汰は男女問わず盛り上がるネタである。


「ホントおめえはさァ!」

「信じられねえ。犯罪だろ」

「手ぇ出すか普通」

「やってらんねえ」

「あっしワンチャン狙ってたんすよ……」


 ロサリグの周りには、根掘り葉掘りアレコレを聞き出そうと人が(たか)っていた。


 俺も気にならないと言えば嘘になるが、立場があるので注意をするに留めておく。

 結局この、降ってわいたような衝撃的な話題に皆が気を散らせてしまったのか、実のある案が出ないまま茶会はお開きとなってしまった。


 とはいえ、とはいえだ。


 俺は一応、この屋敷の(あるじ)であり、責任があった。気は進まなかったがロサリグに声をかけ、執務室に呼び出した。


「すいやせん、さっきの件ですよね」


 ばつが悪そうな顔をして入ってきた。


 ロサリグは同僚や他人に対してはどうしようもないほど口が悪い。その一方、「上」の者をきちんと立てる礼儀はわきまえていた。


「まあ立って話すことでもないな。座ってくれ」


 部屋の隅にあるソファに座らせ、言葉を探した。


「……皆の前で言わなくてもいいことだったな」


「あー……そうでしたね。軽率でした」


「らしくなかったな。『慎重』がおまえのウリだろ」


 「いのちだいじ」に、無理せず俺を待つ。


 それが戦場におけるロサリグだ。その堅い守りは鉄壁に等しく、うちの部隊では誰もがこの男に一目置いていた。無論、俺も。


「少し、浮ついていたのかもしれやせん」

「おまえが?」

「ええ」


 わずかに、苦く笑ってみせた。


「念は押しときました」


 そう言って、天井を見上げた。


「何度も何度も……俺がどれだけロクでもないヤツかってね」


 ロサリグは途中参加だ。

 正式なアリスの軍人ではなく、用心棒上がり。

 うちの隊へ入りたいと、志願してきたのを採用したカタチだった。


 つまり、過去の履歴がない。

 形式的な面談の際、聞くには聞いたが煙に巻かれたっけか。まあ流れの用心棒の過去など推して知るべしで、こちらはそれを理解した上で受け入れたのだ。


「今更言うこっちゃないですが、さんざんやらかしてきました。若え時の自分はもう、どうしようもなかった。自惚れてました。俺は剣の天才なんだと。強いから何でも許されるんだと、本気でそう思ってたんです」


「…………」


「けどまあ、ぽっきり折られました。上には上がいる──。そんな、当たり前のことを分からされたんです。だから、本来なら俺ァ、やらかしてきたツケを生まれた国で払ってるとこなんですよ」


「だが、そうなっちゃいない」


「はい。逃げたんで。そりゃもう、ほうほうのテイで。みっともなく、脇目も振らず、逃げて逃げて、名を変えて、流れ流れて……」


 ああ、こいつも──ロサリグも、折られた側か。


 いたのだ。


 俺にとっての神刀の勇者(バルホワ)のような存在が、この男にも。


「だもんで、俺は安らかな死にざまなんてのが自分には来ないってなァ、十分承知してるんですよ。……きっとド汚ぇ死にかたをする。過去のやらかしから目を逸らして逃げ続けたとしても、どうせいつか追いつかれる。やべえくれえに膨らんだツケを生命(いのち)で払わされることになる……」


 そう言いながらロサリグは自分の手を見つめていた。

 おそらくは拭えない過去、血に染まった手を。


「俺とあいつ、真逆でしょ。ドブくせえ俺からしたら、健気に公女さんへ忠義を尽くすあいつの姿は正直、まぶしくて目を背けたくなります」


 シキはティアージュの従者としてずっと彼女を支えてきた。


 戦士の職能(クラス)補正があったから耐えられた、なんて言うは(やす)しだ。あの時に見たドラナーク公からの酷い暴力、アレはおそらく日常的なものに違いなく、シキはこれまでの年月、ティアージュに向けられる周囲の蔑視や嘲りは勿論、ドラナーク公が起こす癇癪からも身を挺してティアージュを守ってきたことになる。たとえ貧しい暮らしから自分を拾い上げてくれた恩があったとしても、その先に待つのが虐待と差別の日々となれば普通は()を上げるし、逃げ出したっておかしくはないだろう。だがシキは離れなかった。果たしてそれがどれだけティアージュの救いとなったか。


「身分やガワ(・・)だけの連中なら、これまでたくさん見てきました。でもあいつは違う。心が騎士、剣が騎士なんでさ。まったく、清々しいほどに俺とは正反対で」


 シキを語るロサリグの表情は柔らかだった。

 

「だからこそあいつにゃ真っ当な男とくっついてほしくて、そいつは一時(いっとき)の気の迷いだって、らしくねえことも言っちまいました」

「おまえが?」

「ええ。俺が」


 誘いを受けるのは慣れていると事もなげに言い放ったロサリグは、しかしその時のシキの様子を思い出しでもしたのか、この部屋に入ってきた時のような、実に気まずそうな表情をした。


子供(ガキ)(ほだ)されちまった。何やってんだか……」


 いったい二人の間でどんなやり取りが交わされたのか、気になりはするものの強引に聞き出すことは憚られた。


 ただこの先、ロサリグがどうするつもりなのかは聞いておく必要があった。


 まあ先ほど聞いた話もある。逃げ続けて流れ着いた男。そうなるとヤリっぱなしの知らんぷりになるんだろうが、さてどう収拾をつけたものか──。



「や、全然。責任は取ります」



 え……?















読んでいただきありがとうございます。

本作は、ノクターンノベルズにて連載中の

「ぼっち勇者のドーナツクエスト」

https://novel18.syosetu.com/n1164jk/

の前日譚的な宣伝作品となります。

両方読んでいただけると、味わいも増すんじゃないかと思われます。よろしければー。

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