08 兇兄と愚弟⑭
朝食を済ませた後の午前の一時、俺は特段の用事が入ってなければ今後の予定なりを打ち合わせるという名目のもと、家臣らを集めて応接室でだらだらと茶会に耽るのだが、実際のところ現在、うちは平常とは程遠い状況にあった。
まず客室に隣国の公女ティアージュが滞在している。滞在というか、まあ保護している、が正しい。彼女は血統魔法に狂った大国キィーフの貴族から狙われる身であったから。
何より、実家から見放されていた。
たまたまその場に居合わせただけの俺に、まるでおまえは不要なゴミだ、回収されろと言わんばかりの酷薄さで、実の親が婚約破棄されて間もない娘に対し、その日に出会ったばかりの悪評しかない下級貴族へ嫁入りを命じたのだ。
どうかしている。
アリス王国で貴族なんてモノに取り立てられて以降、その厄介な柵に悩まされてきた俺ではあったが、それらが甘い砂糖菓子に思えてしまうほど、キィーフ王国の連中は常軌を逸していた。
王太子の婚約者ではなくなり、公爵家から離れて異国の貴族に身柄をゆだねられたティアージュを、一部のキィーフ貴族が密かに奪いにやって来るようになったのだ。
俺が悪者であり、連れ去られた姫君を奪還する自分たちは正義であると、そんなストーリーが出来上がってしまったらしい。
大義名分。
ホント、糞みてえな大義名分だ。
侵攻し、奪う。──その理由付け。
奪った後、「悲劇のヒロイン」を待ち受けているのは本当の地獄だ。
奴等はティアージュ本人に何らの興味も価値も見出していない。彼女の積み上げてきた努力、そうあらんと磨いた品格、そういったすべてを一顧だにせず、ただひたすらその血、その母胎のみを欲している。言わば、繁殖牝馬としか見ていないに等しい。
──ティアージュ・ドラナーク。
あの国の公爵家に生まれながら、血統魔法を発現しなかった。
もうその事実だけで俺は駄目だ。
とてもじゃないが彼女の嘗めてきた辛酸の量、その想像すらもつかない。
よくぞここまで心壊れず歩いて来られたと、拍手すら贈りたいくらいだ。
だがまだ、終わってはいない。
何度か退けはしたものの、使い走り程度の連中でしかない。向こうが諦めるとは到底思えなかった。
未だトライハント伯爵がうちの前に陣を張っているのも、それを見越しているからではないか。
本来なら立場的に俺が家臣らに緊張を強いてないと駄目なんだろうが、人間そんなにずっとピリピリしてられるものじゃない。
幸いなことに、サヒージュ商会が提供してくれた時空震探知器があった。この魔導具が転移魔法を感知してくれるおかげで、少なくとも急襲を受ける心配がなくなったのは大きい。
しかし依然としてこちらが受け身の態勢であることには変わりなく、だからまあ、これからの方策についてどうしたものか意見を出し合ってみようぜと、そういう集まりとなったわけだ。
客室のティアージュとシキ、ライデリッヒ少年への弓の指南で不在のロゼ、現在屋敷内で稼働してる者や休暇を取ってる家臣を除いた大半が、この応接室にいた。
「そういや、今日の午後はどうすんだ。稽古、再開するのか?」
軽く話題でも振っとくかと、ロサリグに聞いてみた。
屋敷の前の平地には戦車隊が所狭しと幕を立てているが、それでも向こうの兵が身体を動かして遊べるだけの空きスペースは確保されていた。
さすがに前回のようなトラブルはもう起こらないだろうから、シキを鍛えてやれるのではないかと思っていた。
「あー、それなんですが、今日は休ませようかと」
「?」
俺だけじゃない。
同席していたベギナラやハビィの頭の上にも同じものが浮かんでいた。
「あー」
俺たちの不自然な間を察したのか、ロサリグは実に身も蓋もない言いかたに切り換えた。
「すいやせん。食っちまいましたんで」
は?
「え」
「ちょ、おまえ」
「マジか」
「何やってんだよオマエーッ!」
あちこちから声が上がる。それはそう。それはホントにそうだろう。
シキはティアージュの従者とはいえ御客様には違いないのだ。
ついでに付け加えるならロゼの妹でもあった。
「おまえ……それはどうなんだ?」
ロサリグと俺は、年齢も変わらない。
ええと、つまり何というか、そう、オッサンと子供ほどの年の差があるのだ。
そんな周りからの糾弾も、ロサリグはどこ吹く風だった。
「はあ。でも俺は、据え膳はいただく主義なんで」
出された飯に手をつけないのは失礼に当たる。どうやらこれがロサリグの考えかたらしかった。
むしろ俺たちがどうして騒いでいるのかワケが分からない。そんなふうにも見えた。
──不公平!
まったく、世の中ってなあ、何でまたこうも格差ばかりなのか……。




