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ケッツ②


 人にはそれぞれ身の(たけ)がある。


 このボク──ケッツ・テラスエンドのような選ばれた天才ではない、その他大勢(モブ)の下民どもは高望みをせず、相応の場所で(つま)しく、かろうじて生きていればよいのだ。


 他人を羨み、自分の境遇を嘆いたとて、何も変わりはしない。せいぜい、誰かに駒として利用されるのが関の山だ。


「結局さ、こうして末端は切り捨てられるんだよね。でもわざわざ出向いて掃除をする身にもなってほしいよ」


「無駄口を叩くな。父上の(めい)だぞ」


 先を行く兄がボクの愚痴を咎めた。いちいちうるさいんだよ。


 兄は異常者だ。


 逆立てた髪、白塗りの顔、てらてら光る黒革の鋲付き服を好んで着ていた。


 テラスエンド家で働く下男下女たちは皆、兄を恐れて遠巻きにしていた。


 おそらく時空魔法さえ発現していなければ、とっくに家を追放されているような人格破綻者だ。そんな兄が、たまたま先に生まれたというだけでボクに指図してくる。まったく忌々しいったらない。


「あれだな」


 しばらく歩いた先、街の郊外にその建物はあった。

 薪を保管するための倉庫──。


「あんな小屋に?」


 まわりに何もない、森の手前にある倉庫。


 そこに隠れ潜んでいるとの密告(タレコミ)を受け、ボクらが向かうことになったのだ。


 キィーフ解放戦線。


 確か、そんな名前の集まりだったか。


 要はボクら貴族みたいな暮らしをしたくてもできない下民どもが妬みをこじらせた結果、テロリストと化したって感じだ。


 明日にも我が子爵家の息がかかった商家を襲う計画を立てているとのこと。


 (わずら)わしいにも程があるが、ボクの父、メルサム・テラスエンドは領内でトラブルが発生した場合、ボクらに処理を一任するようになっていた。以前は私兵を使っていたらしいが、費用が(かさ)む上に負けて逃げ帰ることもあったらしく、信が置けないとなったのだ。


 情けない話だが、所詮下民上がりの兵では役に立つ筈もない。


「中にいる連中のほとんどは農民。しかし雀の涙で雇い入れた冒険者崩れがいるとのことだ。ま、気をつけるとすればそのくらいだな」


 兄は異常者でありながら臆病者でもあった。


 微々たるカネに釣られてテロリストに加勢する冒険者崩れなど、どうせ高が知れている。何を恐れる必要があろう。


「そこで指くわえて見てな」


 キシ。キシキシ。


 両手を軽く広げ、何もない(くう)を掴むように指を畳む。


 キシキシ。キシ。


 ゆっくり、浮かび上がる。両手で天に向かって垂直に伸びる棒を掴み、交互に身体を押し上げていくイメージだ。


 空間操作の時空魔法。


 屋内では天井という制限があって真価を発揮できなかった。しかし外にそれはない。ボクの身体は既に天高く、どれほどジャンプ能力に優れた戦士であっても届かない位置にまで上昇していた。


 頃合いだ。


「“火炎球(ファイアーボール)”」


 短縮した詠唱の後、ボクは木造の建物へ向け生成した火の玉を放つ。


 しゅるると、それは吸い込まれるように倉庫の屋根へと落ちていき、着弾の瞬間、轟音が鳴り響いた。


 燃え盛る炎が壊れた木造建築物をたちまち包み込んでいく。呆気ないが、まあこんなものだろうと、そう思ったのが悪かったか、中から人が飛び出して来るのが見えた。


 一人、二人、三人、四人、五人……十人!


「へえ。存外しぶといじゃないか」


 無傷ではなかった。酷い火傷(やけど)の者や、崩れた倉庫の破片でも直撃したのか、裂傷を負っている者もちらほら。


 みすぼらしい下民どもがほとんどだったが、三人だけ、冒険者らしい装備を固めたヤツが混ざっていた。


 それぞれが剣を、杖を、弓を携えていた。


「上だ!」


 弓持ちが、最初にボクを発見した。


「なんだよアレ、浮いてるのか?」

「どうやって……?」


 どうやらボクのことを知らないらしい。アホ面を並べてこちらを見上げていた。


 ポッツを探すと、ちょうど連中から死角となる、街路樹の陰に身を潜めていた。フン、臆病者めが。


 まあいい。どのみちボク一人で片付けるつもりだったわけだしな。


「くそ、オレの剣じゃ届かねえ! ザブ、弓だ!」

「ああ、まかせろ」


 三人のリーダー格らしい剣士の指示を受け、弓使いが天空にいるボク目掛け矢を放つも、弦から勢いよく放たれた矢は、(マト)の手前で力を失い、まるでボクにお辞儀をするかのように、みじめに落下していった。


「くそ! 高すぎるっ!」


 アハハハハ!


 愚か!


 そう。地を這う蟻どもでは、どう足掻いても手が届かぬ高みこそ、このボクの本来のベストポジション!


 ここからの一方的な攻撃こそが、高貴なるボクだけに許された聖域からの神罰なのだ!!


「くだしてやるぞ、神の裁きを」


 ボクは下界の身のほど知らずを一掃すべく詠唱を始める。──と、地上が何やら騒がしくなった。


「いまだギャリー、カウンターマジックだ! くらわせてやれ!!」

「ああ!!」


 稲光(いなびかり)一閃、雷撃(サンダーボルト)の魔法がボクへと迫り────


 見えない何か(・・・・・・)に阻まれた。


 透明な、壁のようなものが雷撃からボクを守護(まも)ったのだ。


「は!?」

「何が起こった!?」

「嘘だ、あり得ない……ッ!」


 地上では蟻どもが動揺していた。それなりに勝算があった攻撃が不発に終わったのだ。致しかたあるまい。あわてふためいたまま再度の雷撃を放つもやはり効果はなく、もはや滑稽なほどに狼狽(うろた)えるばかりだ。だがボクは笑える気分ではなかった。


 ──余計な真似をしやがって。


 舌打ち一つ、チラとポッツに視線をやってから、詠唱を完了させた魔法を発動させる。


「“雷鎖咬(サンダーバイツ)”」


 ボクの手のひらの先に展開されていた魔法陣から、蟻の雷撃なんぞとは比較にならない大質量の稲妻が放出される。耳をつんざく大気の(いなな)きは、荒れ狂う蛇が獲物に喰らいつくが如く。


 それは最初に剣士の腹を貫き、弓使いの頭部を呑み、次いで魔法使いの胸を穿つと、後方で腰を抜かしてへたり込んでいた下民どもを繋ぎ(・・)殺していった。


「ハハハハハ! 一網打尽とはこのことよ! これが高貴なる天才、ケッツ様の実力なのだ! アッハハハハーッ!!」


 震えた。強すぎる。自分の才能が恐ろしい。ああ、これがボク本来の強さなのだ。


 やはり前回は不意を衝かれただけなのだ。

 あの野獣男爵めが卑怯すぎただけなのだ。




「父上、準備が整った。ティアージュの奪還に行くよ」


 朝食の席で兄がいきなり言い出した。


「おお、おまえが行くなら間違いはないな」

「当然だ。根まわしは済んでる」


 父が歓喜していた。兄ポッツは異常者だというのに、父は兄のことを恐がりながらも何かにつけて信頼していたのだ。才能も、容姿も、全部ボクのほうが上だっていうのに!


「ボクも行く!」


 こんな不条理は正さねばならない。


「好きにしたらいい」


 ボクの同行提案を兄は断らなかった。


 これはチャンスだ。


 ボクが野獣男爵への復讐(リベンジ)を果たし、美しいティアージュを入手(ゲット)し、父の後継の座を確定させるための任務(タスク)までをも同時に完了させられる、またとない機会なのだ。


 これほどの好機に恵まれてしまうボクは、やはり神に愛されているのかもしれない。


 天才!

 血筋!

 盛運!


 素晴らしい!

 これはもう勝ったも同然じゃないか!!


 ハハハハハ!!!













※登場キャラ解説

○ラッカ

バランス型の戦士。攻守に優れた剣の使い手であり、キィーフの青銅級冒険者の中でも有望株だった。

義に(あつ)く、テラスエンド領の窮状を知り、ほぼ無給で商家襲撃計画に力を貸していた。

まだ若く、後先を考えていなかった。


○ギャリー

青銅級魔法使い。中位魔法の詠唱に入った相手へ先に雷撃をくらわせるカウンターマジック戦法を得意としており、実際これまでに格上の魔法使いも打ち倒してきた。若く将来性があった。


○ザブ

青銅級弓兵。本来であればケッツのいる高みまで矢を届かすことはできたが、残念ながら負傷しており、間の悪いことにラッカのパーティには回復職がいなかった。三人の中では一番の年長だったが、リーダーを諌められずこの計画に参加してしまったことを、最期に悔やんでいた。


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