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ケッツ➀


 父は才能だけで評価するなら中の下だった。


 たまたま、ボクと兄の二人が上の上──突出しすぎてしまったのだ。


 そう。ブッチギリで他を置き去りにしたのだ。時空魔法の練度において、王家を除いてボクより先にいる使い手は、もはやサクリ・メーギッド伯爵しかいないらしい。


 こんなものか? と思う。何しろボクは努力らしい努力をせずにここまでの高みに至ってしまったのだ。自分の才能が恐ろしくなる。


 ボクと兄の優秀さのおかげで、テラスエンド家がキィーフ貴族の頂点にのし上がってしまうことは間違いあるまい。


 いま、我がテラスエンド家の爵位は子爵だ。しかしそれは先達が凡夫だったせい。ボクがテラスエンドを継いだ暁には伯爵、侯爵……やがてドラナーク家を追い落とし公爵へと至るのは必定。


 ──ならば障害は、一つしかない。



「ケッツ様」


 名を呼ばれた。


 眠い。まだ朝ではないか。


「起きて下さいませ。もう七時です」


 早い。およそ人が活動する時間ではない。パフォーマンスを低下させるだけだ。


「十時に起こせ」


「無茶を言わないで下さいませ。旦那様から叱られてしまいます」


 ひとしきり侍女を困らせて満足したボクは身を起こす。


 キィーフ王国は四祖の国のトップ。子爵といえどテラスエンド家の財力は既に他国の侯爵以上だ。ボクの部屋の家具、ベッド、装飾品すべては特級で統一させてある。


「ん」


 ボクは侍女に向けて胸を突き出してやる。寝間着姿のボクを着替えさせるのも侍女の務めだった。


 下民どもは自分で着替えをするらしいが、それは前提が違う。側仕(そばづか)えがいない以上、自分のことは自分でするのは当たり前だ。その一方、選ばれた存在である貴族のボクには侍女がいる。彼女の仕事を奪うような真似は良くない。だからボクは敢えて身のまわりのことはすべて任せているのだ。


 下民のように一人で起きて、身支度まで一人でやる兄こそが異端なのだ。


「はい、終わりました。今日もケッツ様は恰幅も良く、素敵です」


「当然だ。栄養をたっぷりと蓄えているからな」


 痩せて貧相な姿をした貴族など、物笑いの種だ。


 我々は下賤(げせん)な者どもとは違う。


 聖女の加護厚きキィーフ王国の貴族なのだ。


 ──聖女。


 貴族の子息子女は、国の成り立ちを学ぶ際にまず聖女のことを知らされる。ボクにとって聖女とは憧れであり、トキめきの対象だった。


 四祖と魔族の決戦。


 ある書物、ある口伝では何もかも四祖のおかげになっているが、あの戦いには当代の英雄たちの多くがその戦列に連なっていた。


 そこに初代聖女がいたとされている。

 献身的に負傷者を癒し、戦線を支えたとの記述があった。


 まあ、それはそうだろう。どれほど四祖が抜きん出た存在であれ、無傷とはいかない。このボクですら野獣男爵から騙し討ちを受け、さんざんな目に遭わされたのだから。


 野獣男爵シビカ。


 ゴツく、デカく、ブアツい、怪物みたいなヤツだった。


 義憤に駆られた。


 正義の心赴くまま、単身で野獣男爵の支配する敵陣に乗り込んだ。


 しかし卑劣な敵の罠を打ち破れずに苦汁を嘗める結果となってしまった。計算外。だがその絶体絶命の場で、ティアージュはボクの助命を懇願したのだ。


「キィーフ貴族の子息を手にかけたとあれば、男爵様のお立場が悪くなるやもしれません」


 聞いた。ハッキリと。


 かつて王宮で見た少女がそこにはいた。


 すらりと細く、それでいて慎ましくもイチバンに主張する見事な肢線はボクの好みとするところだった。黄金に輝く手入れされた髪、宝石を思わせるスミレ色の瞳、桃色の唇、すべてがさながら、天上の芸術品を思わせた。


 聖女級の、美しさだった。


 王子カルアンの婚約者だったから諦めていた。


 婚約が破棄されたと知った。


 しかもキィーフより下位のアリス、その中でも悪い噂ばかりが流れてくる野獣男爵に連れ去られたのだと。


 怒りが沸いた。


 蹂躙したかったのだ。

 叶うなら、最初の破壊者でありたかった。


 ──キィーフ貴族で最も優れたケッツ様を手にかけるなど、許される行為ではありません。


 ティアージュはそう言ってくれたに等しい。


 まさかそこまで想われていたとは。


 ああ、なんて腹立たしい。こんなの、仲を引き裂かれたようなものではないか。


「あきらめろ、こいつはとっくに俺のもんだ」


 そう言って、ボクを嘲笑(あざわら)いやがった。


 血統魔法が発現しなかった無能な昏睡令嬢とはいえ、ティアージュ・ドラナークはキィーフ王国の公女であり、また優秀な時空魔法使いの母体となる可能性をも秘めていた。しかもボクの命を乞い願うほどボクに惚れているようなのだ。もはやボクの女だ。下民から成り上がったブサイクなんぞに(はら)を好き放題されて、どうして黙っていられよう。


「…………」


「ケッツ様?」


「飼っていたペットが盗まれたとする」


「はあ」


「どうにか盗んだヤツを見つけ出し、取り返したとしよう。おまえはそのペットを以前のように可愛がれるか?」


「はあ……。ペットというと、小鳥とかですかね? また盗まれないよう気をつけはするかもしれませんが、可愛がると思いますよ」


「盗んだヤツに変な芸を仕込まれて、うっかりそれを自分の前で披露されてもか?」


「びっくりはするかもですねえ。でも、だからといって、仕方なくないですか」


「高貴なるボクにとってはな、ペットであろうとイチバンが自分以外の誰かになってるかもしれないなど由々しき問題よ。だが──」


 ボクの心は寛大だ。無能であれ、手垢にまみれたお古であれ、ボクは敢えて許そう。ひれ伏して許しを乞うのなら、凌辱の上書きだってしてやらんこともない。


 キィーフの、血統魔法を発現させた者にだけ伝えられる真実が一つある。


 それは四祖の筆頭、ミカド・ケンヨウインと初代聖女との淡い恋物語だ。ミカド陛下のために初代聖女は尽力し、魔族領域に結界を張り、キィーフ王国に加護を与えた。しかし二人は添い遂げることなく、初代聖女は何処(いずこ)かへと姿を消した。


 ミカド陛下の当時の正妻から刺客を送られ、身の危険を感じた説。


 ミカド陛下の側室入りを良しとせず、隠棲した説。


 時空魔法を極めた結果、永遠の存在となったミカド陛下と違い、自分一人だけが老いていく事実を受け入れられなかった説──。


 真実は定かでない。


 ただ、ミカド陛下が聖女と添い遂げられなかったという事実だけが残った。


 初代聖女も、それは美しい人だったらしい。

 ティアージュのように。


 なぜ陛下はみすみす聖女を逃がしたのだろう。


 理解不能だ。


 ボクなら逃がさない。


 なんでも、聖女は時空魔法が使えないという。つまり転移できないのだ。なら檻に閉じ込めたっていいじゃないか。ボクならそこまでやる。おそらく陛下は甘かったのだ。


 なあに、毎晩可愛がってやるさ。

 前の男を忘れるまで。


 ボクのモノになるまで。



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