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08 兇兄と愚弟⑪


「ようこそようこそようこそ!」


 屋敷の前で待ち構えていた俺たちは、やって来たトライハント伯爵を盛大に出迎えた。


「世話になる」


 お供として引き連れていたのは桃色の長髪を靡かせた美形騎士イボリアス、その補佐役であるケネシコアの二人だが、まあ想定内。


「閣下、お考え直しを。現地(・・)の料理を食するなど危険です!」


「そうです。何が入ってるか分かったものじゃありませんわ!」


 酷い言われようだが、あながち的外れというわけではない。海を渡るほどの遠方の地に行った際、水はもとより食べ物すべてを身体が受けつけなかったというケースを聞いたことがある。そうでなくとも衛生面などは警戒して(しか)るべきだ。

 まあでも、ここは僻地(へきち)とはいえ同じ国の中なんだけどな。


 ともあれオモテナシである。俺は前日、トライハント伯爵の天幕へ使いを出すと同時に、最短の準備と下拵えで振る舞えそうなメニューを思い浮かべながらロゼを山へ誘っていた。


「漁村への注文はどうしますか」


 俺が何も言ってないのにロゼの心配は海鮮食材のほうへと移行していた。(すなわ)ち俺と自分が向かう以上、山の方面に問題などある筈がないという自信の表れだ。実際それは正しいのだが。


「高級系で攻めてみるか。舌の肥えた閣下に下手なものはお出しできんからな」


「了解。シビカ様は身支度を整えていて下さい。私は伝令を出してきます」


 テキパキ、そんな音が聴こえてくるんじゃないかと思えるくらいなロゼの仕切りも奏効し、翌日の夜には伯爵を屋敷の食堂にお招きすることができた。


「閣下、今宵は我が領内で収穫した山海の珍味をば、どうぞ御召し上がりくださいませ」


 御三方(おさんかた)を食卓の席へと案内した俺は、対面の席で緊張した面持ちのまま固まっているティアージュの隣に立つと、彼女に着座を促した。


 うちからは俺とティアージュ。


 伯爵の接待、言ってしまえば御機嫌取りの会食なので、お気に入りっぽいロゼの同席も提案したのだが、これは本人が固辞した。


「私がシビカ様とティアージュ様の横で平然と食事をしている図は、第三者から見たらおかしく映るかと」


 正論だったので言い返せなかった。


 俺は気にしないし、伯爵もロゼと話す機会が増えるなら否やはなかろう。ただ困ったことに、そうは思わない連中のほうが多いのだ。


 たとえばイボリアス。

 まだ出会って数日でしかないが、既に彼特有の喉奥で笑いながら難癖をつけてくる光景が、もう容易に想像できてしまう。


 たとえばケネシコア。

 初対面からこちらを嫌っているのは十分に伝わってきた。そうなると目にするすべてが否定材料となり、こちらが伯爵に気分よく過ごしてもらうためロゼを同席させたと説明しても「礼儀を知らない」と一蹴されてしまうのがオチだろう。


 そういうわけでロゼには今回、本人の希望どおり裏方にまわってもらった。正規の料理人には及ばないもののロゼが手伝ってくれるというのは相当に心強いらしく、厨房担当からは泣いて感謝された。


「フン、閣下の意向とあらば栓無きことゆえ、ご相伴に預かろう。しかしな、ジブンらとて王都(ランス)の有名料理店には足を運んでいる。男爵殿、半端な田舎料理を出されても困りますぞ」


「素材の味を活かすのはそりゃ大事よ? かといって()かしただけの芋とか出されても、ねえ」


 あからさまな悪意をたっぷりと含んだ言葉。


「っ……!」


 これに敏感な反応を示したのはティアージュだった。その気持ちはありがたいが、ここで二人の挑発に乗ったら思う壺となってしまう。おそらくは強い言葉で咎め立てようとしてくれた彼女の怒りを鎮めるべく、俺はテーブルの下に隠れたティアージュの手の甲に、自分の手のひらを重ね合わせる。無言の合図だ。一瞬、びくんと彼女の身体が跳ねた気がした。


「田舎料理なりの最善を尽くしたつもりですよ」


 俺は努めて冷静を装いつつ、一日がかりで用意したコースを順に提供するよう、給仕に目配せをした。


 頬に隣からの視線を強く感じたが、目は合わせなかった。咄嗟のことだった。他にやりようはあったのかもしれないが、あれが一番伝わりやすいし、ティアージュの行動を制することができると思ってしまったのだ。


 学習機能ゼロか、俺は。



●葡萄酒╱葡萄果汁水


 先に飲料が配膳された。


「ほう。いい香りだ」


 酒は俺と伯爵にだけ。ティアージュは年齢的な事情、他は急な事態に対処する必要があり酔うわけにはいかないため、果汁水となった。


「領内を視察した際に、農家が趣味でやっている工房(ワイナリー)を見つけまして、試飲してみますとこれがまたなかなかのものでした。じゃあせっかくなのでと、本格的にやらせてみた次第です」


「うむ。自分の領地だ。好きにいじればいい。それが領主の醍醐味よ」


 正直、苦言を呈されるかなと構えていたが、伯爵は笑って流してくれた。


 もっともこれが伯爵以外の、他の貴族であったなら違う意見が出たかもしれない。農家は農業に専従させておけ、と。実際ほとんどの領地持ち貴族は、先人が確立した「富を自身に集中させる集金体系」を敷いていると聞く。


 伯爵のトライハント領にしても、それら普通のアリス貴族のそれと、大きく違っているわけではないらしい。


 ただ、私腹を肥やすか否かの一点のみが異なるだけ。


 領主の裁量権に基づき、莫大な資金を投じて戦車隊なる私兵軍団をつくり上げたトライハント伯爵は、ともすれば何をやっているのかと非難を受けたかもしれない。だが、結果として民からも王家からも支持を得た。得てしまったのだ。


「自分だけの領地を得て、手始めにやったことが農家をワインの醸造家に転職させたことだなんてね。いやはや、無駄な労力だ。ジブンならそんな領地計画(まちづくり)はしないね」


 イボリアスはアルコールの入ってない果汁水を、まるでワインを飲むようにしてグラスを傾け、ちびちびと口に含ませてこちらを見ていた。


 薄ら笑いを、グラスで隠しているのだった。


●サラダボウル╱カプレーゼ


「まずは前菜となります」


 運ばれてきたそれは、特製ドレッシングをかけた野菜と山菜が丸鉢(ボウル)の中で混ぜ合わされた大雑把と、一枚皿の上でシンプルに、しかし均等に切り分けられて配置された、赤い果実野菜と濡れ(したた)るチーズのカップリングが花を咲かせる繊細の対照だ。


「うえっ。あたし草は食べない主義なのよね」


 偏食を隠しもしないケネシコアがいる一方、ティアージュはフォークを使い、サラダを上品に食していた。


 大口開けてむさぼり食ってる俺とはえらい違いだ。


●キノコのスープ


「何だよこれ」


「やだ、キノコじゃない。グロテスクだわあ」


 色彩は前菜に比べると地味。またキノコという食材は、彼らの反応を見ても分かるが好き嫌いが極端に出てしまうため避けてしまいがちになる。だが今回の主賓はトライハント伯爵である。ある意味、信頼してるからこそ敢えてメニューに組み込んだといってもいい。何故ならこの一品のもたらす効能は、とにかく突出しているからだ。


「薬膳の類か」


「流石は閣下。正解です」


 滋養強壮。更には鼻腔内を活性化させ、香りを一層楽しめるようにしてくれるのだ。


賢深蟹(ワイズガニ)の茹で出し


 先ほどケネシコアは「蒸かしただけの芋を出されても」と言っていたが、これはほぼそれである。


 茹でただけの、蟹。


 これを料理として出すのは如何(いかが)なものかと俺も思う。


 だが、その上で敢えて、だ。

 理由は単純に、この食材はこの食べかた以上のものがないからだ。


「ワイズガニがこんなに!?」


 目を見開き、わなわなと手を震わせるイボリアスがいた。


 青が鮮やかに煌めく立派な甲羅と、豊かな身を包んだ太い脚が特徴の、海底深くに生息する大型の蟹だ。


王都(ランス)の料理店でも滅多にお目にかかれぬ高級食材だ。眉唾であろうが、食せば知能に効くとも謂われておる」


「キィーフでも同様です。一杯七万で取り引きされているとか」


 俺が簡単に食べかたの講義をすると、今回ばかりはイボリアスとケネシコアも黙って蟹の脚を剥きにかかった。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 美味い蟹の前では皆が平等に無口だった。


紅玉鯛(ルビィスナッパー)のアクアパッツァ


 ややあって、魚の炒め蒸し料理が運ばれてきた。


 紅玉鯛。海の中では宝石と見紛うほどに美しい真紅の体色をしており、これが名前の由来ともなっている。淡白な白身魚であるが、それゆえ調理の仕方、味付け、料理人の技術次第で最高にも最低にもなるのだとか。


「むう。なるほどな」


 鼻腔をひくつかせた伯爵が感心してくれた。


 薬膳スープの効能で、いつもより研ぎ澄まされている嗅覚には、香辛料を惜しみなく使用して仕上げられたこの一皿は格別に食欲をそそられてしまうのだろう。


 いまのところは狙いどおり。


 ただただ、伯爵にこちらの誠意をお見せすることだけが目的の食事会だった。


 実際のところ、ロサリグが本当に伯爵の不興を買っているかどうかは真偽も定かでないのだが、だからといって何もせず、傷口を悪化させていいわけもない。


「閣下、そういえば末の御子息の話を聞きました。勇者として旅をされているとか」


 ──ライデリッヒ・トライハント。


 神弓の勇者。


我儘(わがまま)に育てすぎた」


 自慢の息子に違いないと、気を良くしてもらうつもりで話題にしたのだが、伯爵の表情は微妙に曇った。


「事の成就はさておき、神刀(しんとう)だけで十分だったものを……。二の矢を放ったと、適当な理由付けはしたが、余計な真似には違いないのだ」


 苦笑混じり。


 そこに俺は、伯爵の複雑な感情を垣間見た。


 ああ、もしかすると、これが父親の顔なのかもしれないなと、そんな思いがよぎった。



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