02 被害者と加害者②
「つまり、おまえが無理に馬車の客箱を揺らすよう、蛇行して走らせる命令を出していた、と」
貴族の住む屋敷は平民が生活する長屋とはそもそもスケールが違う。貧乏男爵の俺でさえ、そこそこの邸宅にロゼや家臣たちと暮らしてしまえているのだ。
だが、ここは、もはや城だった。
キィーフ王国、ドラナーク公爵邸。
邸宅の応接間という字面からは程遠い、実質お城の玉座の間であった。
一段高いステージがあり、そこに置かれた豪華な椅子にドカッと座る中年の男がいた。そして彼から見て一段低い間の、ソファに座らされた我々を睥睨していた。
ネオ・ドラナーク公爵。
今年39歳になる、キィーフの大貴族だった。
黄金の髪は放射線状に好き放題伸び散らかし、釣られてか眉も髭も奔放な伸びかたをしていた。
また、夜遅くの突発的な来訪で衣装を選ぶ時間がなかったからか、ほぼ寝間着の上に丈の長いファー付きのコートを羽織っていた。
「はい。ですから無茶をさせた私が悪いのです。シキに落ち度はありません」
シキとは、いまティアージュ嬢の隣で公爵に土下座をしている、御者をしていた少女の名前だろう。
ちらりと視界に入れるだけで、どうにも居たたまれなくなってしまうほど、おそれ畏まっていた。
あれから、俺たちはティアージュ嬢に懇願されて公爵邸に招かれていた。
まず貴賓館まで行き、そこに二台の馬車を置いてから、公爵邸へ転移したのだ。
──転移スクロール。
高価な移動手段だ。
馬車でのそれとは違い、一瞬で登録された場所へ転移する。そこがどれだけ遠かろうと関係ない。文字どおり、一瞬で転移してしまうのだ。
キィーフ王国の特産品だった。
転移魔法は時空魔法。
キィーフ王家に連なる血統者しか使えなかった。
才能のある魔法使いが研鑽を積み、魔導師や賢者など、数多ある上位のクラスに至ったとしても、時空魔法を使用することだけは叶わない。
それは国王ミカド・ケンヨウインと、彼の子にのみ与えられた特権であった。
──初代ドラナーク公は、かつてミカド王に仕えていた大魔導師だったという。
功績を認められ、望みの報酬を聞かれたその魔導師は、王の血を欲したという。
そこにどんなドラマがあったのかは知らないが、魔導師は妻を差し出し、望むものを手に入れた。
キィーフ貴族の、これが成り立ちだ。
もっとも濃い血を発現したドラナーク家が、公爵の席に座っただけのことなのだ。
ハハハハハと、公爵が突然笑い出した。
「カルアン殿下に婚約を破棄され、更にはアリス貴族が乗った馬車と事故を起こしておいて……なんだ? ティアージュよ、おまえは一体、わしをどれだけ落胆させ、困らせれば気が済むというのだ!」
笑いながら怒っていた。器用な人だった。