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シキ⑤


「はいはい、つえーつえー」


 ポロスにしてみれば渾身(こんしん)の煽り。──しかしロサリグは全く相手にしなかった。


 (はた)から見ていて哀れなほど、無関心に避けて通り過ぎた。いや、言葉をかけてあげてる分、優しいとは言えるのかもしれない。


 ぷるぷると、ポロスの身体が怒りで震えているのが見えた。


「何してる。置いてくぞ」


 彼の言葉に反応したポロスがわたしを見た。


 それまでわたしのことなど視界にすら入っていなかったらしい。


 わたしと彼を交互に見て何を思ったか、ポロスはニンマリと相好(そうごう)を崩した。



「ねえねえ、これ(・・)、あなたの奴隷か何かァ? 鎖も付けずに放し飼いとかさ、良くないんじゃなーい?」



 自分を無視した彼の背中めがけ、毒を吐きかけた。


 ──下層種。


 アリスの特定地域出身の人種は、この国では少数派(マイノリティ)だ。


 四祖を戴き国を成す以前、アリスとなる地には三つの種族の生活圏があり、地域間での衝突が絶えることはなかったという。


 大柄で精強なブルー族。

 騎馬の扱いに長けたクリムゾン族。

 優れた身体能力に恵まれたノワール族。


 三つの種族のパワーバランスは初め、拮抗していた。

 三竦(さんすく)みが辛うじて成立していた。


 その均衡は、しかし徐々に崩れていく。仲間と協力して集団──組織で動くようになったブルー族のほうへと、天秤が傾いていったのだ。


 ノワール族は個での強さゆえか、まとまって何かをする意識に著しく欠けていた。


 クリムゾン族がブルー族に取り入って多数派(マジョリティ)となり趨勢が決した後も、ノワール族は恭順を拒んだ。結果、根こそぎ蹂躙され、生き残ったわずかな女子供らは奴隷へ落とされた。


 そこから長い年月(としつき)が経ち、アリスが国として成立した頃にはもう、三部族はそれなりに混ざり合っていた。現在の標準的なアリス人のベースである。とはいえそれは(もっぱ)らブルーとクリムゾンがほとんどであり、ノワールはノワール同士、あるいは他国から来た流れ者の血を取り入れる程度でしかなかった。


 わたしにしても純血のノワールではない。父から聞いた本来のそれからは、だいぶかけ離れたものとなっている。


 純血のノワール族とは、髪は深紫で瞳は茶色、男女共に長身傾向であり、脂肪のつきにくいスジ張った痩身型で統一され、肌は全身鮮やかな黒だったという。

 翻ってわたしはといえば、髪色は赤く瞳は緑、肌は褐色でポロスほどではないにせよ、女として脂肪がついてしまっていた。


 そう。かつてのノワールを知る者が見れば、わたしなど多くの他種族の血が混じり合った、ノワールと名乗ることも許されない「紛いもの」でしかない。だがこの時代に正確な知識、見識を持つ者が、果たしてどれだけいるというのだろうか。


 事実これまでわたしが出会ったほとんどの人は、わたしの肌の色を目にした途端、偏見(バイアス)に彩られた表情へと変化していったのだ。


 「そういうもの」だとわたしを見て、「そういうもの」として話すようになる。中身などどうでもいいとばかりに。


 中身。


 ああ、けれど残念なことにわたしはアリスの貧民窟出身の、誇るものなど何もない「下層種」なのだった。


 だからずっと、あきらめていた。


 あの時ティアージュ様がわたしの手を取ってくれなければ、きっとわたしはあの暗い場所しか知らぬまま、そこで一生を終えていた。だからどれだけ蔑みの言葉、視線を浴びせられても剣を振ることをやめなかったし、癇癪持ちのドラナーク公爵からストレス発散の虐待を受けようとも、ティアージュ様の身代わりと思えばどうにか堪えられた。


 もう慣れていた。何を言われても仕方ないと、受け流して生きるようになっていた。


 平気だ、今回も。


 だから、その光景は、わたしにとってありえない、不思議なものとして刻まれてしまった。


 彼の歩みが止まったのだ。ぴたりと。


 ゆっくりと、ポロスのほうへ振り返った。


 その顔に、いつものような薄ら笑いは浮かんでいなかった。


「──あ? 何だテメエ、いま何て言(なんつ)った?」


 逆鱗(げきりん)


 竜種の喉元にある、逆しまに生えた鱗のことらしい。これに触れた者は竜の怒りを買い、炎の息(ブレス)で焼き尽くされてしまうという伝承から(たと)えとして用いられるようになったと聞くが、多分それは、まさにいまの彼のような状態を指すのだろう。


 立ち姿一つに、憤怒が宿っていた。


「いいぜ。乗ってやるよ。今度は何人がかりがお望みだ?」


 圧のある声だった。ポロスが後ずさりをするほどの。


「な、なぁにムキになっちゃってんの? こんな下層種のガキなんかにさぁ」

「うるせえよ、相手になってやるっつってんだろ! 早くしろよトロくせえ!」


 一声一声が、刺すような、殴りつけるような勢いだった。


「チキンの分際で、こいつ……!」


 おそらくポロスはこれまでの人生、ほとんどのケースにおいて舐めた態度をとる側だった。自分はする側で、される側にまわった記憶など、ノーカン扱いになる程度の回数しかない。──そんな邪推ができてしまうくらい、あからさまに狼狽(うろた)えていた。たじろいでいた。


 いや、そうではない。

 ポロスのことなんてどうでもいい。


 ロサリグだ。


 彼のことは見ていたから分かる。

 どうやってあの守りの構えを崩せばいいかを考え続けていたから分かる。

 剣を交えてきたから分かるのだ。


 シビカ男爵 > 家臣団の仲間 > それ以外──。


 大雑把だが、これが彼の優先順位に違いない。


 その最上に位置するシビカ男爵を揶揄しても尚、彼の感情の引き金(トリガー)とはなり得なかった。それなのに。



 わたしで怒るのか。



 わたしで、怒ってくれるのか。



(…………ずるい)


 自分のために、誰かが激情を(あらわ)にしてくれる。そしてそれが憎からず想っている相手なら、ああ、どうやらわたしという人間は、こんなにも簡単に心を動かされてしまうらしい。


 こんなのは無理だ。

 そもそも耐性がない。

 抗えないに決まってる。


 からだを巡る血が勢いを増す。(たかぶ)った気持ちが全身を駆けずりまわっている。何とも分かりやすすぎる自分が、少し恥ずかしくなった。


「過大評価も程々にしなさいな。あんたなんか、私一人で十分お釣りが来るんですけど!」


 互いに木剣。空きスペースでポロスとロサリグは向かい合う。


 先ほどまで遊んでいた戦車隊の兵たちが、何だ何だと二人の周りを円を描いて囲っていた。


「ポロスさんじゃん。今日もやるんか」

「相手は誰だよ。強そうに見えんが」

「今日は剣なんだ」

「今日は脱がないのか」

「可哀想だなあの男、ポロスさんは剣士が本職らしいって、情報通のナルカスさんが言ってたぞ」


 野次馬は好き勝手に言っている。ポロス・クーインズとかいうあの女のことは、シビカ男爵を三人がかりで痛めつけた卑劣トリオの一人……程度の認識だったが、確かに大柄でパワーはありそうだった。剣を構える姿も付け焼き刃のそれではない。それなりに強いのだろう。だから「守りの剣」というロサリグの情報を事前に仕入れた結果、舐めてかかったのだ。


「で、始めの合図はどうすんだ?」


 確かにこうして何も知らない第三者視点で見れば、大上段に剣を構えるポロスは強者として、無個性なロサリグの中段構えは平凡なその他大勢みたいに映ってしまう。


 気圧(けお)されていたポロスも、そんな彼の構えに安心できたのか、口の端がひょいと上がるのが見えた。


「もう始まってる、でいいんじゃないかしら」

「そうかい」


 さあどう攻め崩してやろうか、なんて油断していたポロスには、ロサリグの動きが見えていなかった。


「はぎぇっ」


 驚異的な速さの踏み込みが成し得る突き。


 木剣の尖端に喉を(えぐ)られ、白目を剥くポロスがそこにいた。


「おごえっ、ぐえっ、げぇーッッ!」


 咽喉──急所への攻撃をまともにくらってしまった人体は、反射として無防備な姿をさらしてしまう。そしてそれを見逃すロサリグではなかった。


 手首を叩き木剣を落とさせ、両の膝を打ち地面に這いつくばらせると、仕上げとばかりに振りかぶった一撃を背中へ打ち下ろしたのだ。


 絶叫に近い悲鳴が上がった。


「…………」

「…………」

「…………」


 周りも、わたしも、呆気にとられて何も言えずにいた。


「おい」

「びい゛っ゛!」


 しゃがみこんだロサリグが、這いつくばって地面を舐めるポロスに声をかけると、喉を(いた)めたのだろうポロスから、恐怖に取り憑かれた鳴き声が漏れた。

 びくびくと全身が震え、股間の辺りから液が漏れ出ていた。


「これくらいにしといてやるが、次は()え。しっかりおぼえとけ」


「びゃい゛!」


 ロサリグのスタイルは守りの剣。しかし当然ながら、それしかできないわけじゃなかった。


 彼と打ち合うなかで、わたしには幾つかの疑念が生まれていた。あの守備に偏重したスタイルは、自らの暴力衝動を抑えつける鎖の意味合いがあり、つまり言い換えるなら理性の剣なのでは、と。


 だから衝動を解放したロサリグのあの強さには、驚きはすれど納得もしていた。おそらくポロスが気を抜いていなかったとしても、あの実力差では(ハナ)から勝負になるまい。


「何の騒ぎだ」


 やって来たのはトライハント伯爵だった。

 シビカ男爵とティアージュ様を交えての面談は無事に終わったらしい。


「ポロス!?」


 桃色の長髪を靡かせ、やや面倒くさげにトライハント伯爵の後ろをついてきた戦車隊の騎士長は、目の前の惨状に一瞬で色を失った。


「どういうことだ。何人がかりでやられたのだ?」


「やー、あの執事服が」

「一人で」

「やっちまいました」


「バカな! ありえんぞ!!」


 野次馬たちに問いただした騎士長は、しかし彼らの返答に納得できないのかギギギと歯を軋らせてロサリグを睨みつけた。


 ──剣の腕なら騎士長に匹敵すると言われてる。


 もしかすると、ポロスは本当のことを言っていたのかもしれない。


「おい、どんな卑怯な真似をしてポロスを負かした!? 貴様程度が太刀打ちできるわけがないのだ!」


「イボリアス」


 トライハント伯爵に窘められ、騎士長は口を(つぐ)む。一方で伯爵はキラついた目でロサリグを見ていた。


「おまえが打ち倒した女剣士は、実力的な序列では我が隊の上位だ。見事であるぞ」


 伯爵直々のお褒めの言葉だった。キィーフであれば即座に膝をつき感謝の返事を述べなければ逆に不興を買ってしまう。なのにロサリグはどこ吹く風とばかりに突っ立ったままだった。それどころか──


「伯爵さん、まわりをイエスマンで固めた耳ざわりのいい環境も結構ですがね、そこに浸っちまってたら、いつか取り返しのつかない痛手を被りますぜ」


「…………む」


 ──絶対不要な諫言(かんげん)までオマケしてしまったのだ。多分これ、まだ怒ってるっぽい。


「閣下に対して何を言うか。身分を(わきま)えよ!」


「あー、すんません。口が過ぎやした」


 そう言ってからペコリと頭を一度下げ、彼は屋敷へと歩き出した。飄々と。


(おせ)えぞ。シキ、おまえも来い」


 名前を呼ばれた。

 名前。ふへへ。

 ぱんと頬を叩き、わたしは彼の後を追った。




「へえ。大切にされてんだね」


 ずけずけと踏み込んできた。


 トライハント戦車隊の副長、確か名前はケネシコア・ウルミーファだったか。


 緑の髪をボブに、両サイドに団子(シニョン)を結った髪型までなら悪くないのに、何のつもりか骸骨(ドクロ)の意匠を装備のあらゆる箇所に施した結果、印象を台無しにしてる小柄な女戦士──。


「無礼な!」


「いいの」


 前に出ようとしたわたしを、ティアージュ様が制した。


 トライハント伯爵が滞在中、同性であるケネシコアを警護役に遣わせたのだという。


「もともとは地味な客間だったのを、何とか居心地よく過ごしてもらえるような工夫が見てとれるわ」


 意外だった。露骨な挑発や煽り、ポロスのような敵意もそこにはなかった。


「まあまあ、そう構えないでよ。何かさ、うちのポロスがそっちの剣士にボコられたみたいだけど、あれ(・・)、最近ちょっと調子に乗ってたから、あたし的にはザマァなんだよね~」


 カラカラと笑った。


 ポロスは仲間、少なくとも部下の立ち位置である筈だ。なのにお構いなしとばかり、その失態を面白がっていた。


 とてもじゃないが信用するに値しない。


 言葉にはしない。それでもわたしの視線が刺さったらしく、ケネシコアは大げさに肩を竦めると、猫なで声を出してこちらにすり寄ってきた。


「あたしもね、実は家を追い出されてんだー」


 そうしてアリスの、とある弱小貴族の生まれなのだと自分語りを始めた。親はケネシコアを上位貴族の子息に嫁がせたかったが、不具合が発生してしまい縁談は破綻、追放の憂き目に遭ったのだと。


「だからまあ、お姫ちゃんにはちょっと同情しちゃうんだよねー」


「私は、ここに来たことを後悔しておりません」


「んー? あは。そうなんだ。いいんじゃないそれならそれで。あたしが言ってるのはー、お姫ちゃんのー、この先の話……かなぁ」


 蛇のようにチロチロと舌を見せ、その女は(わら)った。


 本心の見えない、気持ちの悪い笑みだった。



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