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シキ➃


 直前まで、なごやかだった。


 昨日シビカ男爵が、トライハント伯爵の連れてきた騎士長と模擬試合をした空きスペース。


 その場所で、あの試合に刺激を受けた伯爵の兵士たちが、似たような遊びをしていたのだ。


 棒切れを持って、一本取った、取られたと、歯を見せバカ笑いをしながらふざけ合っていた。


「先客が居ちゃしょうがねえな。稽古はまた、次の機会ってことにすっかね」

「…………」


 せっかくの隙間時間だったのに。

 邪魔。


「ふくれんなよ。台無しだぞ」


 へらへらと、彼がわたしに変なことを言う。


「はっ? えっ? 何が!?」


 おかしい。おかしいおかしい。

 すっかり彼を意識している自分がいた。


 多分、きっかけは、あの言葉だ。


 我流の、下層種であるわたしの、みっともない剣を、彼は「騎士の剣」だと褒めてくれたのだ。


 そう。たったそれだけ。


 あれから、いや厳密にはそれ以前より心の隅にあった、乗り越えるべき相手としてタグ付けされた男ではあったのだ。けどそれすら、いまとなっては自己欺瞞(イイワケ)のように思えてくる。だって最初から彼は、わたしの実力不足を罵りはすれど、他のどうにもならない部分をいじったりはしなかったから。



「アリスの下層種が何の真似だ? 剣を教えてほしいだと? ハッ! よせよせ。おまえらはおとなしく農具で土を相手にしてるのがお似合いだ」

「生意気な。下等な下女の分際で騎士の真似事か?」

「ソレイペッタ様に教えを乞いたいだァ? 哀れよなァ、おまえの(あるじ)の『無能』は従者にコネすら使わせてやれんのか」

「どうしてもというなら、頼みかたがあるよな? ほれ、股を開いてその卑しい穴を差し出すがいい。具合が良ければ取り次ぎくらい、考えてやらんでもないぞぉ?」



 梨の(つぶて)とすら言えない状況だった。


 わたし単独では、向こう(キィーフ)では剣を教わることもままならなかった。

 ティアージュ様の負担にはなりたくなくて、結局、見様見真似の剣になった。

 きちんとした剣を学んだ騎士がわたしを見たら、それはもうさぞかし汚い、不格好なモノとして映ってしまうのだろうと思っていたし、それでも構わないと諦めていた。


 だから彼は知らないのだ。


 わたしが、どれだけ嬉しかったのか。


 ──ああ、わたし、ちょろ過ぎるなあ。


 分かってる。彼にそんなつもりなんかないってことくらい。


 (はた)から見ていれば、ロサリグという男がどういう人物なのかはだいたい察しがつく。


 ふと、姉の姿が脳裡に浮かぶ。

 自分はあそこまで彼に惚れ込んではいなかったが、シビカ男爵も彼も同じくらいの年齢であり、事実として姉妹揃って年上を好きになってしまっていた。これって何かの免罪符にならないだろうか。


 そもそも同じ男を好きになったわけではない。

 ましてや図らずも昨日、わたしも伝え知るところとなってしまったシビカ男爵のそれとは違い、彼が女に慣れている(・・・・・)のは間違いないのだ。


 ただでさえ彼は割と……いや、そこそこ悪くない顔をしているのだ。非番の日には中央の町で昼から飲み歩いてると聞いてもいたから、きっと馴染みの女性なんかがいる筈で、ああもう、そう考えてしまうだけで心が曇ってしまう。


 わたしよりも一回りは年齢が上の、藍色の髪を普通に伸ばした、身長も体格も普通サイズの、気だるげで怠惰な態度(ポーズ)をした執事服の男。


 シビカ男爵の家臣団は、明らかに近寄りがたいベギナラさん(モヒカン、顔面タトゥー)やベルモネさん(半裸の毛むくじゃら)といったグループとは別に、ハビィさんやジュランさんのような、ぱっと見は一般人寄りの人たちもいて、彼は一応そっち側に属していた。


 けれど、それは見せかけ。


 彼の常軌の逸し加減は、剣を交えてきたわたしが一番よく知っていた。


「あれあれぇ!? そこにいるのはハリボテ男爵の執事さんじゃなーい?」


 明らかに彼を挑発するためと分かる、耳障りな甲高い声。


 その毒々しい髪色をした女は、早足で彼の前まで歩み寄ると、屈み込むように顔を近づけて、ゆらゆらと左右に揺らしてみせた。


 破廉恥な恰好をしていた。


 ボアの付いたコートを羽織っていたが、その下は(なまめ)かしい生地のヘソ出しワイシャツとグレイのホットパンツという、半裸に等しい恰好だった。部位を強調するかのように胸部と太腿に巻かれた黒いベルトが扇情的だ。からだに自信、あるんだろうな。


「誰だよ手前(テメエ)


「薄情な家臣ねぇ。(あるじ)の雪辱を代わりに果たそうとかは考えないのかしらぁ?」


 せせら笑った。

 背の高い女だった。ロサリグを上から見下ろしていた。


「あー。うちの大将の泣きどころを攻めて、いい気になってたしょーもねーヤツらの一人かよ」


 ロサリグは辛辣だった。おまえなど相手にしてないと、口調で物語っていた。

 ポロスとかいう女もそれが分かっているのか、ロサリグへの敵意を(あらわ)にしていく。


「……ポロス・クーインズよ。おぼえておきなさい」


「アホくせえ、秒で忘れるっての。ま、あんなんでしてやったつもりになってンなら、絵図を描いた野郎の程度も知れるってもんだがな」


「腰の引けた剣しか振るえないチキンの分際で、デカい口叩くじゃない」


 シビカ男爵が三対一というハンデを呑まされたとは云え、一方的にやられたという話は、わたしにとってにわかには信じがたいものだった。


 (いわお)のような巨体と野太い腕で、大きな槍を軽々と扱ってみせる、怪物じみた噂に違わぬ戦士──。それがわたしの中のシビカ男爵だ。状況は聞いた。それでも疑念が拭えずにいたのだが、なるほどと一つ納得がいった。こいつらはシビカ男爵とその家臣の皆を、入念に調査してきているのだと。


 そうでなければ戦場で武勲も立てず目立ちもしない、そんなロサリグの戦闘スタイルまで把握している筈がなかった。


「ちなみに私、剣の腕ならイボリアス騎士長に匹敵すると言われてるの。ハリボテ男爵以下のあんたじゃ、逆立ちしても無理だって、分かってる?」


 こいつにも恥をかかせてやると、ポロスが「勝てる相手」と見なしてるロサリグへ歯茎を剥き出しにしていた。



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