ナルカス
「幽霊の、正体見たり、枯れ尾花──ってな!」
オレは上機嫌で昼間の出来事を端的に喩えてみせてやった。
我らトライハント戦車隊は遠征する際に幾つもの天幕を張る。その中心にはグラッパレット・トライハント伯爵が御休みになられる最も豪勢な天幕があり、それを守護するように騎士長や上位騎士たちの天幕が周りを囲い、一般兵や下位の騎士たちは更にその周辺に散らばるように各々簡素な幌を張り、下働きの者らと一緒に雨露をしのぐ寝床とする。
その日の夕食時、話題の主菜は当然、我がトライハント戦車隊の騎士長であるイボリアス・コレトリオ様の鮮やかな快勝劇についてだった。
しかも相手は訪問領地の男爵、シビカ・ネガロ・アクトラーナときた。
──野獣男爵。
アリスでは余程世事に疎くなければ知らぬ者などいない、武功で貴族に成り上がった平民出の軍人だ。
腕におぼえのある者なら誰もが憧れと嫉妬の両方に胸を焦がす。何故ならオレもその一人だったから。
およそ誰にも靡かないと放置されていた軍のナラズモノどもを、どうやったのか手懐けてみせたシビカは、魔物の群れ、更には王国騎士団すら尻込みしたと噂される、冒険者くずれが率いる野盗の一団をも撃破したという。
いったいどんな怪物なのやらと、興味があった。
オレは流れ者だ。ほんの少し前までは、南のカクテル帝国で冒険者をしていた。
──青銅級冒険者、ナルカス・ハイミッキー。
そこそこ名が売れていた、と自負している。職能は僧侶。見た目も分かりやすくするため、当時から黒い詰襟無地の神父服を愛用してきた。
カクテルの地は魔物の発生率が高く、冒険者ギルドは常に賑わっている。あそこにいれば食いっぱぐれることはなかっただろう。
だがオレは、国を出た。
いつまでも最前線で命を張るような冒険者稼業などやっていられない。見切りをつけたのだ。
加えて、バカどもの相手をしてられないという理由もある。あいつらの、パーティマッチングにおける自信過剰っぷりは何なんだろうかと、新規の面子と顔合わせするその都度、オレの心にナゼの嵐が吹き荒れ、止むことはなかったのだ。
ただの戦士の分際で、マジで自分のことを優良物件だと思ってるバカがいた。おいおい、いまあんたが相手にしてる男は白銀級や黄金級の冒険者とパーティを組んできた僧侶様なんだぜと、懇切丁寧に教えてやりたくなったことが何度あっただろうか。連中の自己評価の高さたるや、ちょっとオレの理解の範疇の外すぎた。
本当の優良物件とは回復魔法の使える僧侶を指す。国も場所も問わず、どこであれ歓迎されるのがその証左だ。
アリス王国で名高きトライハント戦車隊が求人を募っていたが、そこにも当然、潜り込めた。
冒険者時代のような一攫千金は望めないにしても、安定した給金を得られる職場こそオレの理想だった。
「カクテルで有名な神斧の勇者ユウィーズ・ボイトックスとパーティを組んだことがあるが、彼なら絶対、あんなブザマは晒さないね」
さながらキャラバンが如き大所帯のここは、メシ時になると前職が冒険者であるオレのもとに、当時の話を聞きたがる人が輪をつくって集まる。そうなるとオレとしてもサービスせざるを得ないわけで。多少の盛りは御愛嬌だ。
「マジかよ!」
「ユウィーズって、カクテル最大の団隊と呼ばれる【シャルラック】を率いてるんだろ。そんな有名人とパーティ? すげえな」
「ハハハ。まあね。けど、だからこそ噂の野獣男爵にはガッカリしちゃったかな」
3対1ではあった。しかしまさか、あそこまで何もできずに負けるとは。
「なんつーか、覇気がなかったな」
「体調でも悪かったんかね」
「確かにすげえ図体してたが、あれじゃウドの大木だよなあ」
皆、口々に好き勝手なことを言う。
野獣男爵シビカ・ネガロ・アクトラーナに関する噂はトンデモないデマめいたもののほうが多い。バカは騙せるだろうがオレには通用しない。ただシビカが幾多の戦場で結果を出してきたことは紛れもない事実だった。
「部下の戦果を横取りしてるのかもな」
一つの仮説を口にしてみた。
「あ、それあるかも!」
「あのベギナラやオルカみたいな名のある猛者がいりゃ、そら部隊として強いのは当たり前だしなあ」
周囲の反応から、オレはもしかすると真実を言い当ててしまったのかと思い、我が勘ながらそら恐ろしくなった。
そうだ。シビカなど、もともとたいしたことはないのだ。
きっと優れた部下の傀儡──御神輿なのだ。
「ふーむ。そうなるとやはり、騎士長がちゃんと強い我がトライハント戦車隊こそが、アリス王国で最強なのかもしれないね」
「間違いない!」
「トライハント戦車隊万歳!」
「つまりそこに所属してるワイも最強……ってコト?」
「おめえはただの掃除番だろ!」
「ハハハハハ!」
「まあ、そんなハリボテの野獣男爵を、閣下は高く評価されていたわけで、もしかすると今頃は落胆されておられるかもしれん。おいたわしいことだ」
閣下──グラッパレット・トライハント。
アリス王国の大貴族で、爵位こそ伯爵となっているが、実質公爵に等しい権勢と影響力を持つとされる。また軍人として王家に忠誠を誓っており、民衆からの評判も高かった。
たとえば今回のように、他国とのトラブルが発生したと聞くや、こうして一団を引き連れて遠くの地まで来てしまうくらいには即断即決の人なのだ。
「しゃーねーわな。閣下はあれで子供みてえな面がある。単純に、強えヤツが好きなんだよ」
「ああ、だからか。うちに強い戦士が多いのは」
「騎士長と一緒に戦ったあの姐さん二人も相当やるそうだぜ」
「やるってどっちの意味でだよ?」
「ダハハハハ!」
程度の低い連中ほど下ネタを好む。
オレは違う。
だが、しかし、なるほど、騎士長がお供に連れていた二人の女は確かに上玉ではあった。
「太腿やら胸元やらに妙なベルトを巻いてた女の名はポロス・クーインズ。26歳。さっきは槍を持たされてたが、本来は剣士らしいぞ」
オレが仕入れた情報を公開してやると、まわりの盆暗どもから「へー」と感嘆の声が漏れた。
同じ戦車隊の隊員とはいっても、上から下まで何もかもツーカーとはならない。人数の多さもあるだろうが、上位の騎士、戦士たちは、下働きや下級兵などには目もくれないし話しかけもしないからだ。まあ余計な摩擦が生じないのは逆にありがたいまであった。また、こうしてオレ自身を売り込むこともできる。僧侶のオレも戦車隊のヒエラルキーでいえば上位者なのだが、下々の連中とふれ合い、「気さくなナルカスさん」として親しんでもらえる。気兼ねなく接してもらえることでまた、オレのもとに情報が集まってくる。好循環が生まれるのだ。
「もう一人いた赤茶髪の女はレイド・ミーガンだな。こいつも26歳。得意な武器は槍ではなく鞭らしいぜ」
「鞭!?」
「むちむちなボディで鞭かよ! たまんねーな!」
「しばかれてえ!」
「なあ、なんで騎士長はその二人に槍を持たせたんだ? 得意な武器でやらせたほうが楽に勝てたんじゃねえか?」
「さあなー。騎士長のお考えはオレにゃ分からんよ」
──イボリアス・コレトリオ。
トライハント伯爵家に仕える、トライハント戦車隊の隊長であり、騎士長。
桃色の髪を長く伸ばした色男で、鮮やかな刺突細剣捌き一つとっても絵になる男だったが、数々の強力な騎士スキルまで持つという。
閣下も粋なことをなさる。図体ばかりがデカいだけで何もできないくせに、貴族に成り上がって調子に乗ったブサイクな張子の野獣を、イケメン様が懲らしめて差し上げるという爽快な構図を我々に提供してくれたのだ。
「ま、あくまであの場の主役は騎士長だったからな。お供の美女二人にゃ、出しゃばらず控えてろって意味合いがあったのかもしれないね」
オレの聞くところによると、ポロスもレイドも騎士長とは「いい仲」らしい。
「うちはそういう、忖度が多いからなあ。そもそも副長にしたってそうだしな。でもまあいいよ。ビジュアルって、ある意味で強さよりも大事だからね」
──ケネシコア・ウルミーファ。
なかなかに奇抜な装いをした、戦車隊の副長だ。ほとんど単独行動、単独任務が多く、オレは戦っているところを見たことがない。聞けば職能は戦士だという。つまり役職上の騎士なのだ。スキル無しなのだ。
じゃあ弱いよね。
間違いない。閣下は性豪だし、ケネシコアの振るまいにも寛容に見えた。つまり二人はそういう関係なのだ。それなら強さの面で騎士長に及ばずとも彼女がいまのポジションに据えられている理由にも合点がいくってもんだ。
「は?」
しかし、オレの言説に素っ頓狂な声を上げたヤツがいた。
それまで何も言わずに黙って酒を飲んでいた、役職付きでもない、ただの地味なオッサンだった。
「ウルミーファ副長が弱いだって? 何言ってんだアンタ……」
チッ。
オレはこういうヤツが一番嫌いだ。静かにしてたなら最後まで黙ってろっつーの。おめえが余計なことを言わなければ、この場ではオレの喋ったことが真実として罷りとおったのに。職能恩恵もない、ただの下働きの兵士の分際でよ。
「ン、何か知ってるのかな。まあ副長の地位にいるんだし、それなりには強いのかもしれないね。けどさ、騎士長の域には遠く及ばんでしょ。確かな情報出処あるんなら聞くけど、ないならダメだよ?」
冷静に詰めていく。
するとこのオッサン、いきなりガタガタと震えだしやがった。
「お、おまえは知らないからそんなことが言えるんだ。副長が【ネクロマンサー】と呼ばれた恐怖の騎士であることを──!」
何だァ、こいつ?
おかしなことを言い出しやがったぞ。




