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08 兇兄と愚弟④


「精彩を欠いておるな」


 一言目がそれだった。


 膝をついて(こうべ)を垂れる俺の前で、組み立て式の簡素な椅子に深く腰掛ける壮年の男。


 (いか)つい体格をしていた。


 肩幅が広い。


 たっぷりたくわえられた茶色の口髭と歩調を合わせたような、雄獅子のたてがみが如き荒ぶった頭髪の持ちぬしだった。


 その威圧感はまさしく歴戦の猛者(もさ)が漂わせるそれと寸分違わず、着用している衣服もまた軍服とあっては、初対面なら誰しもが彼を上級軍人かそれに近しい者であろうと錯覚してしまうだろう。


 ──グラッパレット・トライハント。


 アリス王国の誇る軍人貴族であった。


 爵位こそ伯爵なれど、その権勢は公爵に匹敵すると噂され、事実お気に入りの平民軍人がいれば王と直談判して男爵に引き上げてしまう、なんて無茶苦茶までやらかしてしまう。


 良い噂も、悪い噂もあった。


 王家に忠誠を誓い、人里に魔物の群れが発生したと聞けば、自ら組織した戦車隊を率いて昼夜の別なく駆けまわるという、まさに貴族の(ほまれ)であると。


 一方で、民に重税を課して苦しめ、遠征先には妾を囲い、自らの家庭など(かえり)みない暴君であるとも。


 俺にはそういうのはよく分からない。


 ただあの時、この御貴族様は他と比べてマシなことだけは何となく感じ取れたのだ。だから瓦解しかけていた戦線を支え、勝利へと導いた。目立つ働きをしてしまった。


 運命は、どう転ぶか分からない。


 もしあの時、トライハント伯爵を助けず、適当に退却していたら、俺は未だ、どこかの空の下で槍を手に、その日暮らしの軍人稼業を続けていたかもしれない。


 俺一人だけなら、考えることや責任が増えたいまの領主生活より遥かに気楽な毎日を過ごせていたかもしれない。──けれど残念ながらそれは、逃避の仮定でしかない。


 心配なロゼの将来。

 確保したいベギナラたちの「次の生活」。


 俺は、俺と縁を結んだ人たちに、しんどい思いをしてほしくないだけなのだ。


 だからどのみち、大きな傘の下に入るための動きをしていた筈で、ならば俺のいまの成り上がり貴族という立場は、そう悪いものではなかった。


「トライハント閣下におかれましては、遠路はるばるお越しいただき、心より感謝申し上げます」


「ほう。堅苦しい挨拶を言えるようになったか。馴染んできたな」


 そう言って伯爵はニヤリと笑った。


 刺々しい雰囲気を伯爵からは感じない。

 どうやら伯爵は俺を気に入ったままのようだ。


 ま、そうでなければエマから何がしかの取引を受けたにせよ、わざわざ危険な山越えをしなければたどり着けない辺境の田舎にまで、こうして自ら足を運んで様子を見に来るわけもなく──。


「…………」

「閣下、本題に」


 ──それがまあ、後ろの二人の(かん)(さわ)る、と。


 天幕。


 大きな、組み立て式のテントの中に俺たちはいた。


 俺と伯爵、そして伯爵の後ろに二人の騎士が立っていた。


「さてシビカよ、以前の戦地では(まみ)えることがなかったゆえ紹介したい。我が戦車隊のトップツー、イボリアスとケネシコアだ」


 まず桃色の、ゆるくウェーブのかかった長い髪を靡かせた、女と見紛うほどの色男が俺に冷ややかな視線を向けた。


「イボリアス・コレトリオだ。なるほど、閣下が事ある(ごと)に口の()(のぼ)らされるアクトラーナ男爵とは其方(そなた)であったか。ようやく会えたな」


 くっくっくっと、喉の奥でイボリアスは笑った。


 年齢的には俺とそう変わらないように見えた。

 背が高く、顔も良かった。表情に余裕があった。


 おそらくは暗く沈んでいるのだろう俺とは対照的だった。


 白いアンダーコートの上に簡素な、しかし見映えを重視した防具を身に着けていた。


 華やかな騎士だった。


 なんなんだろうな。


 ここに来て、(ツラ)の良いヤツばかり領地(うち)に来てるような気がする。俺、何かしたか?


「先刻名乗りは済ませているけど、閣下の御前だし、もう一度教えといてあげる。あたしはケネシコア・ウルミーファ。イボリアス様の──いえ、トライハント戦車隊の副長よ」


 奇装の女騎士ケネシコアは、主人の前ということもあり、先ほどまでの舐め腐った態度を一応は引っ込めていた。


 それでも明らかに俺を見下していた。


 おまえは下で、こちらが上だと、その目が口ほどに物を言っていた。


「なあシビカよ、あの時(・・・)わしはおまえに助けられた。おまえの部下、何よりおまえ自身の見事な槍働きに感銘を受けたのだ。だがな、我がトライハント陣営とて負けておらぬぞ。当時は運悪く別の戦地に派遣されていたこの二人、けっしておぬしに引けは取らぬ」


 伯爵は楽しげに二人の武勇を話す。


 刺突細剣(レイピア)の名手でありながら、部隊運用に長けた戦術家としても名を馳せるイボリアスと、隠密行動をさせれば無類の成果を叩き出すというケネシコア。


 つまり伯爵的には、あの時うちは飛車角落ちであったと、そう俺に言いたいらしい。


「イボリアス」

「はい」

「おまえ、このシビカをどう見る? 凄まじい体躯であろう? 勝てるか?」


 始まったなあ。


 戦車隊の隊長であるイボリアスの武器(えもの)は、腰の帯革(ベルト)に提げられた刺突細剣(レイピア)で、なるほど華美な色男にぴったりだなーとは思うのだが、如何せんそれで俺の槍と渡り合えるかとなると、(はなは)だ疑問だった。


「一対一では無理ですね」


 イボリアスはあっさり白旗を揚げた。──ように見えた。


「まあでも、三対一なら勝てます。それも圧倒的に」


「ほう」


 普通なら──武人なら、恥ずかしくて口にできないだろうことを、イボリアスは平然と言ってのけた。そこに伯爵も興味を惹かれたようだった。


「面白い。やってみせるがいい。シビカよ、相手をしてもらえるか?」


「閣下の仰せとあらば」

「うむ」


 さすがに拒否などできなかった。

 ここはどう立ちまわるのが正解なんだ?


 ちらりとイボリアスを見た。


 向こうも俺を見ていた。


 くっくっ、と喉の奥で笑いを転がしていた。


「受けるか。くっ。これまで上手にセルフプロデュースしてきたみたいだが、ジブンには通じないぞ。化けの皮、剥がしてやる」



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