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08 兇兄と愚弟③





 残念ながら、頭から毛布を被って誰とも会わず引き籠もってしまいたくなるほどの、どうしようもない(ヘコ)み事があったとて、俺はこの地の領主であり、下からの報告を受ける立場にあった。


 何もかもを、ほっぽり投げてしまうわけにはいかなかったのだ。


「念のためオルカとジュランの二人をつけて、外で待たせています」


 私室兼執務室。


 木製の大型両袖机とセットになった安楽椅子にぐったりと背中を預ける俺の前で、対照的な直立不動姿勢を(たも)っているのはロサリグだった。


 弓の勇者と比べたら一見して地味で目立ちにくいのだが、こいつもまあイイ男なんだよなあ。


 藍色の髪を普通に伸ばし、地味な執事服を地味に着こなしていた。中肉中背で派手さを嫌い、町を歩いていてもそこに溶け込むような群像性が備わっていた。


 軍人時代もそうだった。目を引くような華美な装備品は避け、極力地味な、安物の一般流通品を適当に身につけていた。


 そのせいなのか、ベギナラやハビィなど、個性の強いうちの連中と一緒にいると、途端に影が薄くなる。いわゆる、「あ、いたんだ」となる状態を、ロサリグは意図してつくり出していた。


「ナメてかかってくれるんで」


 そんなことを以前、ロサリグは口にしていた。


 かつて俺たちが国内を駆けずりまわって戦った対象は、そのほとんどが魔物だった。


 ──ほとんど、ということは、勿論例外もある。


 野盗や、アリス王国にとって「よろしくない」連中。

 つまりは対人だ。


 ロサリグの剣は徹底した守勢のスタイルで、それは魔物相手よりも対人戦で大きな効果を発揮する。地味で平凡に見える剣士に立ち塞がられても、そこそこ腕に自信のあるヤツならば気にせず押し通ろうとするし、すぐに決着をつけられると安易な動きをしてしまうらしい(・・・)


 すべて計算。気づいた時には術中。


 よく目を凝らさなければ、印象の薄さとは相反する眼光の鋭さや、見えざる牙がチラつくような笑みをしたこの男の危険な雰囲気は見落としてしまうだろう。そうして警戒信号が発令しないまま剣を交えた敵は、こんな筈ではなかったのにと命を散らすのだ。


 ロサリグ。うちでは一番の剣士。


 仲間内では実にくだけた物言いをする口の悪い男だが、その反面、上の者に対しては丁寧な言葉遣いを徹底していた。一度、「そんな(かしこ)まらなくてもいいぞ」と言ったのだが、「いえ」と(かたく)なに譲ろうとしなかった。

 どうやらロサリグには己の中に確固とした線引きがあり、そこから外れることを良しとしないらしい。


「……ええと、何だっけ? 使者?」


「へい。トライハント伯の戦車隊の、副長を名乗る騎士が先触れとして来ています」


 ようやくお出ましになられたか。


「通せ」

「へい」


 ややあって、俺の前に現れたのは小柄な女騎士だった。


「へえ〜。あんたが野獣男爵なんだ」


 緑の髪をボブカットにし、両サイドに団子(シニョン)を編んだ独特な髪型をしていた。


 肩当て、胸当て、腰当て、肘当てから膝当てに至るまで骸骨の意匠が施され、その下に暗紫色のフレアワンピースを着ていた。


 およそ普通の騎士の恰好ではない。

 これが許されている以上、相当の実力者か、上に取り入って好き勝手してるかのどちらかであろう。


「トライハント戦車隊の副長、ケネシコア・ウルミーファよ。ねぇ、あんたが余計な揉め事を起こしてくれたせいで、あたしたち、とんだトバっちりなんだけど」


 実に失礼な態度の使者だった。


 ロゼがこの場にいたら何も言わず矢をつがえていたかもしれない。この女騎士は運がいい。


「ああ。キィーフ貴族とトラブルになってるのは間違いない。だから伯爵に早馬を送ったんだ」


 俺はトライハント伯爵に気に入られ、貴族に取り立てられた。


 グラッパレット・トライハントという人物には、ただの軍人を男爵に引き上げてしまえるほどの強大な権勢があり、そしてアリス大王を動かせるほどの強い結びつきまでがあった。


 必然、俺はトライハントの派閥に入ることとなり、今回の騒動に伴う報告もまたトライハント伯爵に入れていた。


 結構、早い段階で。


「見捨てられたと思ってました」


 ティアージュとシキがうちに滞在して、もう半月が経過している。その間、特に音沙汰はなかった。


 でもまあ、これは仕方ない。


 アリスにとってキィーフは実質格上の国だ。


 転移スクロールの供給元であり、魔族領域を受け持ってくれている負い目まである。何より伝説の存在である四祖の一人、ミカド王が未だ存命なのだ。


 そんな国の貴族連中と、派閥の下位に属したばかりの新入り男爵がトラブルを起こしているなど、頭が痛いどころの話ではあるまい。


 知らなかったことにされても文句は言えないなと思っていた。


「分かってるじゃない。あたしはそうしたほうがいいと進言したのよ。したのになあ」


 やだやだ、と女騎士は肩をすくめた。


「出迎えの準備をなさい。アリスの大伯爵、トライハント様がもうじきお越しになられるわ」


「え、御大(おんたい)が自ら?」


 意外だった。戦車隊の使者ということは、来るのは隊長あたりなのかと。まさかの伯爵本人とは。


「そうだって言ってるでしょ。ほれ、さっさと動く」


 ──思い当たることが一つ。


 先日までうちに顔を出していた、サヒージュ商会のエマが何か働きかけたのだ。



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