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08 兇兄と愚弟②


 そんな、「あとは若いおふたりで……」な目論見は、あっさりと当事者であるロゼにへし折られることとなる。


「今日の訓練、見学されてはどうですか」


 即座にフェネキアへ提案したのだ。


「部外者がいては」

「実際に見て、確認(・・)してもらえたらなって」


 やんわり遠慮しようとするフェネキアに対し、そうはさせじと食い下がるロゼ。奇妙な構図がそこに発生していた。


「訓練であって、実戦じゃないよ。昨日もバチバチにやり合わず、手ほどきを受ける感じだったし。だから大丈夫だよ」


 弓の勇者も第三者の立ち会いを歓迎しているようだった。こうなってはお手上げである。ぐぬぬ。


「──ご安心を。私、ちょっと特殊な性癖らしくて、弓の勇者様が大変整った顔立ちをされてらっしゃるのは分かるのですが、残念なことに全く響かないのです」


 少し間を置いて、ロゼはフェネキアにそんなことを言った。


 意外そうに、照れくさそうに、微妙に表情を変化させた後、フェネキアは「では、お邪魔させてもらいます」と頭を下げた。




 風が吹く。


 小高い丘に建てられた屋敷の二階バルコニーからは、眼下に中央の町を見下ろすことができ、そしてその先に広がる海までをも景観におさめられた。


 当たり前のように俺の傍らにいたロゼは、いま外の森で神弓の勇者に曲射の感覚を伝えるべく奮闘してくれている。他人(ひと)に教えることの難しさは、厄介事を押しつけた部下から愚痴を聞かされる立場にあるだけに、何となくだが分かるつもりだ。


 そりゃロゼも渋るわけだった。


「若いってのはすげえな」


 バルコニーの斜め下に広がる開けた地では、いつものようにシキがロサリグに立ち向かっていた。


 シキに才能があるのは、自分で立ち合ってみた時に分かった。


 それでもこの短期間でロサリグを脅かすほどになるとまでは考えていなかった。


 捨て身技を禁じていながらも、いい勝負ができるようになっていた。ロサリグに以前のような余裕がなくなっているのがもう、ありありと見て取れた。


 いつの間にか馬術まで修得していて驚かされたロゼと同じで、十代の成長速度は予想をあっさりと超えてくる。俺は世代としてロサリグに近しい。どこかで、下の世代を硬直した観点で見ているのかもしれなかった。


「何ですか、それ」


 俺の発した唐突な一言は、一緒にバルコニーからシキを見守っていたティアージュを面食らわせてしまったらしい。


「そのまんまだよ。成長スピードに驚いてた」


 俺たちの世代と、ロゼやシキ、そしてティアージュら十代とでは、「一日の過ぎる感覚」も違う。


 いい意味で、(こな)れていない。


 俺やロサリグがこんなものとして過ごす時間を、彼女たちは倍以上の密度で生きているのだ。


 かつては自分もそうだったからよく分かる。


 濃密な、楽しい一日。それがどんどん短くなる。そう感じるようになる。


「俺みたいなオッサンが失ったキラキラをあなたがたは持ってる。羨ましいよ」


 本心半分。適当半分。

 しかし言われたティアージュはきょとんとした顔を俺に向け、やがて口元に手を当て笑いをこらえ出す。


「ええ。そう。そうですね。ここに来てからの日々は、私やシキにとって何にも代え難いものなのかもしれません。──ですが男爵様、キィーフにいた頃の私の日々といったら、灰色に塗り潰された、それはもう重く息苦しい、水の底のような時間の連続だったんですよ」


 俺は向こうでのティアージュを知らない。せいぜいほんの一時(いっとき)垣間見た、家族との関係性からある程度を推察するのが関の山だ。


 まあ、ろくなもんじゃないだろう。


 よくも折れずにいたもんだと、逆に驚いてしまう。


「だからこのキラキラは、きっと男爵様がくれたものなんです」


 真っ直ぐな視線と笑顔だった。


「そりゃ良かった」


 致死量にも等しいそれは俺の動悸を早めていた。


「こんな田舎に連れて来ちまってさ、不便な思いをさせてるんじゃないかと気になってた」


 これは本音だ。裕福なキィーフ王国の最大貴族であるドラナーク公爵の御令嬢。本来なら俺みたいなアリス王国の貧乏男爵とでは、身分違いも(はなは)だしい。


 生活水準だって違う筈なのだ。


「私、ここが好きです」


 バルコニーの手すりに両手を乗せ、遠くの景色を眺めながら、ぽつりとティアージュが言った。

 まるで追い打ちをかけるように。


「故郷のドラナーク領も、勿論いいところでした。きっと私に足るものがあれば、向こうでも上手くやれたのかもしれません」


 俺は何も言わず、彼女の言葉を待つ。


「でも、失敗してしまいました。殿下に婚約を破棄され、父に見限られ、妹に追い立てられ──」



 思えば彼女に笑顔を向けられ、好意的な言葉に錯覚していた。

 俺としたことが、昂揚(こうよう)(たが)を外してしまっていたらしい。



 気がつくと手を伸ばし、ティアージュの肩に手をかけていた。


 びくんと、その肩が震えるのが分かった。


 抱き寄せようとして────振り払われた。



「駄目。みっともない」



 拒絶。


 身を(すく)ませて俺を見る彼女の瞳には、おびえの色が濃く(にじ)んでいた。


 …………。


 はい。てなわけで、とんでもねえ勘違い野郎が、ブザマな醜態をさらしましたとさ。


 あーあ。



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