08 兇兄と愚弟①
「何人目なんすか?」
朝の食堂で開口一番、ロゼがフェネキアに聞いた。
テーブルには、既に小麦の香りがする焼きたてのパンと野菜を煮立てたスープが配膳されていた。
俺とロゼが並んで座り、その対面にティアージュとシキ。
一方、神弓の勇者は少し離れて俺たちの並びに座り、フェネキアはティアージュらの並びへとまわっていた。
「単純に、基本ができてました。あー、これ、あんま教えることとかなさそうだなーって」
「名手ロゼにそう評してもらえると、ライデリッヒ様のこれまでが報われます」
苦笑気味に、フェネキアはロゼを持ち上げた。
うん。やはり違和感に襲われてしまう。
俺の記憶の中のフェネキア・クリームタルトという女は、こんなではなかった。
ふざけた装い以上に中身がまるで違う気がした。
もっと冷然としていて、こんなふうに誰かを気遣う人物ではなかったのだ。
「一から始めたんです」
神弓の勇者、ライデリッヒ・トライハントはフェネキアの代わりに口を開いた。
ここに来てすぐに、彼が神刀の勇者バルホワ・シズクァートと同じく、大魔王討伐を目指していることは聞かされた。
ただ、神刀と比べてしまうと、この少年勇者はまだまだ弱かった。もっともそれは当然で、彼が勇者として覚醒したのは最近と言って差し支えなかったらしい。
俺が十年以上前に見た神刀は、既に他を圧倒する強さの域に達していた。神授武装なしでも、あれと対等にやれる戦士が果たしてどれだけいるか。
この少年は、あれに追いつこうとしているのだ。
「手当たり次第、頭を下げて教えを乞う日々を過ごしてました」
照れくさそうに笑う弓の勇者は、男の俺から見ても異論をはさむ余地がないくらいの美形だ。
金髪碧眼。
いわゆる舞台演劇で語られるような王子様像を具現化した、と言えば、少しはイメージがしやすいだろうか。
これは間違いなく「当たり」なんじゃないか。
思えばロゼには我慢ばかりを強いてきた。これはむさ苦しいオッサンばかりの劣悪な環境に、俺が放り込んでしまったせいだった。
同い年の友人? いるわけない。
俺への恩義か義理立てか、掃除洗濯炊事をこなし、いつの間にか戦場でも後ろについてきてくれるようになった。天稟の才があったにせよ、どれだけ無理をさせてしまったのかと考えると、チクりと申しわけなさで心が痛む。
出会った時は、子供だった。
正直、犬猫を拾う感覚であったのは否定しない。だがもしあのまま放置していれば、間違いなくロゼに待つのは寝覚めの悪い閉ざされた未来だった。
当時の俺は軍人で、裁量もたかが知れたものでしかなかった。ただそれでも、子供に落ちついて自身の選択をするだけの猶予くらいなら与えられたのだ。
メシを食い、身体と心を休め、そのうえで自分が何をしたいか決めればいい。決めるべきだ。
だから適当な段階で、隊の金銭あるいは貴重品を持ち出して飛ばれたとて、受け入れるつもりではあったのだ。
なのにこの子ときたら、アリス王国の都合の良い捨て駒扱いの、ろくな事前情報すらも与えられないまま危険な魔物の大量発生スポットを転戦させられる我が部隊の中に、自分の居場所を築き上げてしまったのだ。
普通の女子ではまず嫌気が差すだろう「キツイ、キタナイ、クサイ、キケン」の4K環境な生活だった。それにもかかわらず、である。しかもいつの間にか、おいそれと気安くさわれないほどに美しくなっていた。
線は細く、手足は長いがグラマラスではなかった。
それでもハッとさせられた。頭の後ろで揺れる、結われた赤い髪の鮮やかさや、褐色の肌であるからこそ映える、知の光を湛えた緑の瞳に。
合同での魔物討伐の際には、ロゼを見て懸想する輩は少なくなかった。
それどころか、ゲスな取引を持ちかけてくる勘違い野郎までいた。
排除してきた。ロゼに気取られることなく。
養父として、そういう連中をロゼに近寄らせたくなかった。
だがこの勇者なら──。そう思った。
ここまで邪気のない少年は珍しかった。
しかもこの弓の勇者、ロゼに師事すべくこの地にやって来たのだという。もはや条件は達成されているに等しい。
「アクトラーナ領は何もない田舎だが、その分だだっ広いスペースがある。今日もこれから二人で弓射ちの訓練なんだろ? ロゼ、任せたぞ」
──同年代の男女が二人きり、何も起きないワケがない。




