ポッツ
朝。壊れた母に挨拶をした。
「おはようございます、母上」
「ああ、おはよう」
ちらりとこちらを振り返るも、すぐにその視線は窓の外の風景を見るために戻っていく。
いつもの、籠の鳥の姿。
オレは身を翻すと屋敷の食堂へ足を向けた。
──ポッツ・テラスエンド。
オレの名前だ。
十三貴族の序列を滑落していくばかりだったテラスエンド家は、オレという唯一無二の神才の誕生によって至尊の頂へ到達することが確定してしまった。
事実、オレの時空魔法の才を目の当たりにしたミカド陛下は「伸びしろがある」と絶賛されたのだ。
いずれオレは父から子爵の地位を譲り受け当主となる。おそらくその暁には陛下より爵位の格上げもされてしまうのだろう。まあ高貴なるオレの神才を以てすれば、一気に筆頭の公爵に据えられたとて、何らおかしくはあるまい。
そう。オレは輝かしい未来が約束された、「すべてを許された存在」なのだ。
長い廊下の向こう、階段を下りた先の目的地に向け、オレは背すじをピッと伸ばし、朝の時間を忙しなく行きかう使用人たちを睥睨して歩いていく。
既に起床してすぐ、自室で身支度は整えた。
いつものように長い黒髪を垂直にセットし、顔に白い化粧を施した。加えて今日は唇を黒く彩ってある。うん。最高にクールじゃないか。
ペコペコと頭を下げる使用人たちは、しかしオレを見ない。オレと視線が合えば、「抽選」が始まってしまうとおびえているのだ。
誤解がある。正しておかねばならない。
オレは、オレを避けて行こうとした、カゴに入った山盛りの洗濯物を抱えた若い女使用人の手首を掴んで引き寄せた。
「ひゃっ」
カゴが宙に放り出され、洗濯物が廊下に舞った。
視線が合おうが合わなかろうが、オレには関係ないのだ。
そいつを引っ張り、空き部屋に入った。
白い頭巾を被った、骨太の骨格をした女だった。若くはあったが所詮は使用人だ。キィーフでは畑から採取できるレベルの下層種。どう扱っても問題ない。
「喜べ。情けをくれてやる」
顔はいちいち憶えてないし、憶えない。だからもしかするとこいつは過去に使用済みかもしれなかった。オレは慈悲深い。優秀な母体への種付けにしか興味のない父とも、選り好みして美人しか抱かない弟とも違う。等しく使う。そこに美醜も、老いも若きもないのだ。
まだ仕事が、などと口答えしたそいつの頬を張り、腹に膝蹴りを入れた。罰だ。おとなしく使われないからこうなるのだと分からせなければならない。
余計な手間はかけない。命令し、スカートをたくし上げらせ、尻を高く、四つん這いにさせる。オレは排泄をしたいだけなのですぐに済む。実にスマートだ。
父も弟も偏っていた。なのでオレは敢えて貴族らしい貴族の振る舞いを心掛けていた。
これが普通だ。
オレのような貴族こそが十三家の頂点に相応しい。もはやドラナーク公の時代ではないのだ。
だが──。
弟ケッツは、自信満々で出向いた先で散々な目に遭ったらしい。
「騙し討ちを受けた!」
そんな言いワケをしていた。
まあ所詮ケッツだ。単身で敵地へ赴く愚策を取った時点で敗北は予想できていた。オレは違う。アリスの野獣男爵。軍人上がりの戦争屋。舐めてかかることは決してない。
「父上、準備が整った。ティアージュの奪還に行くよ」
朝食の席で話題を切り出すと、父は歓喜し、弟はムクれた。
「ボクも行く!」
「好きにしたらいい」
ケッツの反応は想定の範囲内だ。それを見越してプランは練ってある。どのみち、オレに敗北はない。
「母上、行ってまいります」
「おまえ、どこへ行くの」
「妻を娶りに」
「そう。大きくなったのね、おまえも」
窓の外に視線を向けながら、母は興味なさげに言った。
昔の若くきれいな面影は、いまの母から疾うに消え失せていた。
あごの下の肉が弛み、肌は荒れ、頭髪も薄く、そして白くなった。
父による徹底した拘束の結果、およそ関心を示すものがなくなって、日がな一日、自室で寝て過ごすようになった。
優秀な母体であることをオレが証明したばかりに、父は母を手放さず、軟禁状態にしたのだ。
そうして一匹の、憐れな中年女ができあがった。
オレは、だから、壊れた母の同類をつくってやらねばならない。
──ティアージュ・ドラナーク。
往時の母をも凌駕する美しい女だった。
あれを母と同じにする。
きっと母も喜んでくれるだろう。
そう考えるだけでオレは笑みを抑えられない。
「その顔、ご主人様そっくりね」
壊れた母が気に障ることを言った。
オレは頭のおかしいその女を、平手で張り倒して黙らせてやった。
読んでいただきありがとうございます。
ノクターンノベルズにて連載の
「ぼっち勇者のドーナツクエスト」
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