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シキ③


 勇者とメイドがやって来た。


 何でも、メイドのほうがシビカ男爵の旧知なのだという。


「しばらくお世話になります」


 構えていたこちらがバカらしくなるくらいに、腰の低い少年勇者だった。何しろわたしなんかにもいちいち丁寧な挨拶をしてくるほどなのだ。


 おそらく年齢(とし)は、わたしよりも一つか二つ下で、そのどうにも爽やかな印象は、性別こそ違えどティアージュ様と少し似通っていると感じた。何というか、育ちの良さ、みたいなものだ。貴族の出身なのかもしれない。


 勇者の目的は、姉のロゼだった。


 身内びいき無しで、姉の操る弓の技は他と一線を画すレベルにあった。なるほど確かにあの技を修得できるのなら、わたしたちのような者にさえも頭を下げられるのかもしれない。そういう貴族がいてもおかしくはないなと、キラキラした顔の少年勇者を、わたしは醒めた目で見ていた。


 問題は、メイドのほう。


 長い銀色の髪を三つ編みにし、(リム)の太い眼鏡をかけていた。太い眉に、切れ長でありながらも吸い込まれそうな瞳が鮮やかな、凄まじい美女──。


 ティアージュ様ファーストであるわたしをして、そう表現せざるを得なくさせる、どうしようもない存在がそこにいた。


「シキ、あのかたと男爵様は」


 客室で二人だけになった途端、ティアージュ様がわたしに縋りついてきた。


「大丈夫です。ただの知り合いでしょう」


 予想はしていたので、わたしは即座に答えた。

 落ち着かせるように抱きすくめ、お嬢様の長く美しい黄金の髪を撫でた。


 ティアージュ様がこうなるのは分かっていた。


 何しろ昨日今日のつき合いなどではないのだ。


 怯えていた時期は確かにあった。もっともそれはシビカ男爵の特大のサイズ、風体(ふうてい)を考えれば無理からぬことだ。更には野獣男爵の風評──。


 たとえ眉に唾をつける類の代物だとしても、現物を目の当たりにして恐れを(いだ)くな、なんて、まだ少女であるティアージュ様には余りにも酷な話だ。


 けれども慣れれば見えかたも変わる。まだここに来て幾らも日を重ねていないわたしたちではあったが、もう十分にシビカ男爵の実像についてなら、輪郭を掴めるくらいにはなっていた。


 姉から届いた手紙の内容は、どうにも主観が入り込みすぎていたので参考にならなかったのだが、ベギナラさんたちから姉があんなふうになった経緯をそれとなく尋ねるついでに、彼らがどうしてシビカ男爵に付いていくのかを聞く機会もあった。


「隊長以上の人には会ったことがねえからな。カネ稼ぐだけなら確かに軍人を続けてたかもしンねえが……人間、そうじゃねえだろ」


 ──シビカ・ネガロという男の「新しい戦場」に付き従い、彼を助けたい。


 大まかな動機に差異はあれど、結局はそれに尽きると、皆笑って言ってくれた。


「ロサリグさんも、そうなんですか」

「おめえさぁ、俺の剣にあんだけ負けといて、出てくる言葉がそれなのかよ」


 この男は本当に口が悪い。


 初顔合わせでは確かに負けた。


 だがそこで、わたしは思い知らされたのだ。


 自分の剣との向き合いかたを。


 あれから、時間のある日はロサリグに稽古をつけてもらっている。「教えかたなんざわからねえ」と言われたので、シンプルに十本勝負の形式にしてもらった。学びはこちらで勝手に得るからと。


 初回。

 ◯1シキ‐ロサリグ◯9

 ラストに一本取ることができた。


 二回目。

 ◯0シキ‐ロサリグ◯10

 勝ちを増やせると思ったら完封された。


 三回目。

 ◯1シキ‐ロサリグ◯9

 最初に不意を突いた一撃が奏功し、今回は勝ち越せるのではと内心期待するも、残り全部を取られた。


「で、四回目なワケだが、少しは勝算あって挑むんだろうな」

「勝算なら毎回あるつもりで臨んでます」

「へえ。ま、自信はないよりあったほうがいいけどよ、それで負けてちゃなあ」


 いつもの、屋敷の外にある広い庭で、わたしとロサリグは向き合っていた。


 十本勝負はそれなりの時間がかかるため、ご観覧されるティアージュ様のためなのだろう、いつの間にかパラソル付きのテラス席が設けられていた。


 ティアージュ様。

 シビカ男爵。

 メイド。


 三人が、テラス席に座っていた。

 姉は別の場所で勇者に弓の指導をしているらしい。


 戦士ほど、個性が出る職能(クラス)はないと思う。


 魔法使いには攻撃系メインの純粋型以外にも“眠りの雲”といった状態異常系統の魔法を得意とする型があるし、僧侶にも純粋支援型の他、自ら積極的に攻撃に参加する殴り型があるのも知っている。


 それでも、戦士の型の多さには遠く及ばないだろう。


 そもそも武器──得物が違うだけで、がらりとスタイルが変わるのだ。


 装備を固め、片手に剣、もう一方に小盾が基本ではある。けれどその基本形の戦士がどれほどいるか。たいていは外れていくのだ。自分はこっちのほうがいい、性に合っている、使いやすい、戦いやすい、と。


 両手持ち大剣の一撃型戦士がいる。

 両手持ち大盾のタンク型戦士がいる。

 片手と両手を臨機応変に使い分ける長剣使いのバランス型もいれば、剣にはこだわらず槍やハンマー、果ては鎖鉄球(モーニングスター)を使う戦士までいた。


 一本目はロサリグに取られた。

 いつもの、彼が得意とする耐久戦に持ち込まれた末に隙を突かれた。


「雑念、多すぎだろ」


 ぼそりと、苦言を呈された。

 相変わらずの口の悪さと忖度(そんたく)の無さ。


 だが、わたしもロサリグも使う武器は長剣で、稽古では互いに木剣を手にして対峙することになる。それが何とも、おさまりが良かったのだ。


 シビカ男爵は例外としても、この屋敷のロサリグ以外の実力者は皆、クセが強すぎた。ベギナラは職能(クラス)盗賊(シーフ)の短剣使いで、ジュランは鉄扇使い、ベルモネは怪力自慢でオルカは曲芸師(ジャグラー)のような奇怪な戦闘法を好み、稽古相手としては不向きこの上なかった。


 消去法で、やむを得ず。


 きっとシビカ男爵も、だからロサリグを指名したのだろう。

 そう。よってわたしも致しかたなく、十本勝負の相手をロサリグにせざるを得なかったのだ。


 二本目、三本目と、立て続けに取られた。


「いつもの流れになってきたな」


 せせら笑うようなロサリグの声が癇に(さわ)る。


 ロサリグの剣のコンセプトは明確だ。

 自分たちを勝利に導くシビカ男爵を待つための剣。無理せず、彼が到着するまで場を持たせるための剣なのだ。耐久は、だからロサリグの得意分野。同じようにつき合えばこちらが疲弊し、隙をつくってしまう。これまでもそうやって敗れてきた。


 じゃあ自分の剣は何か。


 初めて会った時、ティアージュ様に眩しい光を感じた。


 まだ名前も、誰かすらも知らなかったのに、運命に遭遇したと思った。


 この少女のために尽くそう──。その衝動だけを原動力にして、わたしは身勝手に走り続けてきた。


 四本目、息が続かない。取られた。


「休憩とか、入れなくてもいいのか」

「隊長、それじゃ稽古にならんです」


 へばってるわたしを見兼ねたシビカ男爵の助け舟は、すげなくロサリグに断られた。いいさ。条件は同じなんだ。こいつだって疲れてないわけがない。


 耐えるのは慣れている。


 ドラナーク公の屋敷では、理不尽が降りかかるばかりの日々だった。


 夫人が病没されてからは以前にも増して苛立ち、些細なことで周囲に当たり散らす暴君と化したドラナーク公がいた。


 ティアージュ様を視界に収めるや、飽きもせずネチネチと嫌がらせを繰り返す妹のラトゥージュ様がいた。


 罵られ、暴力をふるわれる生活だった。


 自分の身を案じてくれるティアージュ様がいなければ、とっくに折れていただろう。


 ロサリグの剣は、シビカ男爵を待つためのものだった。

 わたしとは、違う。


 捨て身技は禁じられた。


 いまならシビカ男爵の意図も分かる。あの人は、わたしがどうあるべきかを、わたしよりも理解していた。


 思い描く。


 わたしの背後にはティアージュ様がいて、わたしが(たお)れたら彼女の生命(いのち)はないのだ。


 隙のないロサリグの構えを、ここから強引にこじ開けるにはどうする?


 何千回と打ち合ってきた。まともなやりかたでは無理だと分かる。時間稼ぎが得意なだけと謙遜するロサリグだったが、わたしはこの男がとんでもない域にいる剣士だと確信するに至っていた。


 対峙する機会こそなかったが、おそらくはドラナーク領最強と謳われた騎士団長と比べても、剣の腕だけなら負けてないように思う。


 その牙城を、いまから崩す。


 加速。加速。幻惑(フェイント)

 手にした剣を逆手に持ち、柄頭での一撃。


「っ!?」


 最小の加速と変速の体術は、果たしてロサリグの剣を弾きとばした。


 自分の生命を投げ出す技ではなく、残心を維持し得る状態で、自らの剣をロサリグに突きつけた。


「ンだよ、それ」

 表情を歪めるロサリグがいた。

「隠し玉かよ」


 それはそう。


 とにかく速く動き、構えを変えて惑わせつつ、懐に入って軸を制したところで、柄頭による打撃でロサリグの手から剣をとばしたのだ。


 まともな剣術からは、程遠い。


「まあでも、これはロサリグが悪いな」


「いい動きだった」


 シビカ男爵とメイドがわたしを褒めてくれた。


「そりゃそうなんですがね」


 意外なことに、あっさりとロサリグも負けを受け入れた。


「すごい、すごいわ、シキ!」


 手を叩いて喜んでくれるティアージュ様に頭を下げた。


 これまでも、ロサリグからは二本取っていたが、どちらもロサリグ自身のミスに運良くつけこめたものだった。


 純粋な一本は、多分これが初めて。


「やっと、ってとこだな」


 苦笑混じりにロサリグがわたしに声をかけた。


「同じ手はもうくらわねえぞ」


「ああ。そうだろうな。あなたは強い。わたしの、なりふり構わぬ戦いかたはさぞ邪道に見えるかもしれないが」

「はァ? 邪道? 何言ってんだおめえは」


 とんでもないバカを見る目で睨まれた。


「立派な『騎士の剣』だろ。誇りこそすれ、卑下なんかすんじゃねえ」






 脳天から垂直に、稲妻が走り抜けた気がした。






「……わたしは、アリスの下層種だぞ」


「おいおい、関係あンのか、それ」


 理解不能といった顔を、ロサリグはしていた。


 ああ、うん。わたしもそう思います。



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