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キューズ


 無駄に抵抗した結果、かけがえのない仲間を二人も失った。


「じゃ、解散ね」


 僧侶ベノカはそう言って、山越えを果たした後、ワイの前から去っていった。


 長年にわたり苦楽を共にしたというのに、名残(なごり)を惜しむ素振りすら見せなかった。


「……なんだよ。もうちょっとこう、何かあってもいいだろ」


 ぼやいて地面を蹴った。


 ワイの名はキューズ。


 キィーフ王国の冒険者ギルドでは、そこそこ知られた白銀級(シルバーランク)の戦士だ。


 スタイルは大盾を構えてのタンク。


 ベノカの支援魔法で強化されたワイが敵を抱えてる間に、一撃型の大剣アタッカーである戦士のオリバーと魔法使いのギリータが攻撃を仕掛ける安定した戦法で幾多の依頼を遂行してきた。


 そんなワイらのパーティに、伯爵家から直の依頼が来た。

 奮発された前金に皆、盛り上がった。

 成功すれば、ワイの一人娘にも楽をさせてやれる。

 内容に多少のキナ臭さはあったが、だからこその高額報酬なのだとワイは自分を納得させた。


 シビカ・ネガロ・アクトラーナ──野獣男爵。


 田舎貴族と侮っていたのに、その所有する戦力の質ときたら、大貴族すら凌駕しかねないレベルだった。


 一度目は撤退した。そこで手を引くべきだった。


「何も成していない。これでは主人に顔向けできぬ。当然、依頼は続行でよろしいですかな?」


 モノクルの老執事、ホルダ・マレードの圧を強めた物言いに、ワイは危ういものを感じたのだが、報酬の高さが頭にチラついて中止の呼びかけはできなかった。


「リーダー、どうする?」


 せっかくオリバーが方針を問いかけたのに、ワイは唸るばかりだった。


「やりましょうよ。貴族からの直の依頼よ? ギルドに中抜きされることもなく、全額もらえるのよ? 逆にこれを投げ出せば今後、貴族からうちへの依頼が途絶えてしまうかもしれない。信用って大事だもの。そうでしょリーダー?」


 ベノカは続行を支持し、ワイはそれに何も言えなかった。


 休息を挟んだ(のち)、伯爵から策を授けられたと意気揚々のホルダから新たな指示を受けた。


 転移スクロールで先行して町の宿に滞在し、合図を確認したら盛大に暴れ、野獣男爵の戦力をこちらに引きつけるようにと。


 町で暴れるだけでいいなら危険性も低いな。

 皆もそう思ったのか、日が経つごとに緊張感が薄れていった。



 そしてあっけなく終わりが訪れた。



 攻撃手であるオリバーとギリータが(たお)され、タンクのワイと支援担当のベノカが生き残った。というか、二人が敗れた時点でワイらには降伏するしかなかった。


 武装を解除させられ、所持していた貴重なアイテムはすべて収奪された。


 アクトラーナ領は周囲を山と海に囲まれており、キィーフへの帰路に至る街道に出るためには、魔物の生息する山を越える必要があった。丸腰で放り出されて何ができようか。


「せめて装備だけでも」


 頭を下げてお願いしたが、顔に刺青(スミ)を入れたモヒカン頭のチンピラ執事はそんなワイを一顧だにしなかった。


生命(いのち)が残っただけでもありがてえと思え。さっさと消えろ。言っとくが三度目はねえぞ」


 一人なら詰んでいたが、幸い、ベノカがいた。

 二人で協力し、空腹と魔物の襲撃に耐え、ボロボロになりながらもどうにか山を越えることができたのだ。


 冒険者ギルドでの登録時に発行される、等級や氏名が刻まれたカードのおかげで、素寒貧(すかんぴん)でも乗合馬車や商家の馬車に乗せてもらうことができた。


 それでもアリスからキィーフに入り、王都へ辿り着くまでに数ヶ月の時を要した。


 夢にまで見た麗しの王都スノーフィール。


 ところが華やかな(みやこ)の様子は一変し、暗く沈んでいた。


 昼間は人で賑わっていた大通りが、片手で数えられるくらいに閑散としていた。


 違和感しかなかった。


 大陸に栄える四つの国の中で、キィーフの王都スノーフィールは随一の煌めきを誇っていたのだ。


 アリスの王都ランス、カクテルの帝都キャロット、アーバージュロウの首都アシッドスタックも、スノーフィールの美しさの前では霞むばかりだと確信していたのに、いったいこの重苦しい空気は何なのだ?


 そんな疑問を抱えながらも、長らく留守にしてしまった我が家に帰還を果たすと、ワイの姿を見た娘が抱きついてきた。


「……何があった?」


 娘は反抗期だった。


 最後に挨拶を交わした時も、こちらをチラリと見ただけだった。「いってらっしゃい」を言われたのはどれだけ前だろう。日頃、生活態度を直すよう叱りつけても全く耳を貸さなかった娘が、まるで幼児退行したみたいにワイに抱きつき、泣きじゃくっていた。


「パパ、あたし夜がこわい。魔物が出るの!」


「魔物だって?」


 バカな。


 キィーフは聖女の祝福に守護(まも)られた国だ。魔物が出るなどあり得ない。現にこれまで都市で魔物が出たなどという報告はギルドにも上がっていなかった。


 国の中に魔族領域を抱えながらも、その実もっとも平和な国がキィーフなのだ。


 その証拠に、キィーフの冒険者ギルドには黄金級(ゴールドランク)が存在しない。黄金級認定をされるような難度の高い魔物が出現しないからである。


 必然、ワイら白銀級(シルバーランク)がキィーフでは最高位の冒険者となる。他国ではあり得ないことだったが、これで十分、キィーフは回っていたのだ。


「ねえパパ、変だよ、こわいよ!」


「……大丈夫だ。パパが帰って来たからな」


 震える愛娘をやさしく抱き止めながら、ワイは得体の知れない不安に襲われていた。


 この国に、恐ろしい何かが、じわりと迫ってきているような──。



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