01 小姓と隊長⑤
王国貴族交流会の席で、その少女はさながら人形のように見えた。
実際、人形といわれても信じてしまいそうになるくらいの美貌の持ちぬしだった。
長い金髪を縦ロールにして、金銀の宝石をきらめかせたアクセサリーをつけ、一国の姫にも見劣りしない豪奢なドレスを身にまとっていた。
疑いようもない、上級貴族の御令嬢がそこにいた。
(大変そうだな、アレは)
そんな感想を持った。
口角を、無理して笑みのかたちに固定しているようにしか見えなかった。
だから、少女が色を失い沈んでいくさまは、我ながら不謹慎だとは思いつつも、人形が感情を持った生の人間に移り変わっていくような感動をおぼえ、目を奪われてしまった。
「ティアージュ・ドラナーク! この私、カルアン・ケンヨウインはおまえとの婚約を破棄し、新たにこのモーナ・カーノと婚姻を結ぶ! これは我が父ミカド・ケンヨウインも了承済みである!」
カルアン殿下とやらは高らかに宣言された。
運命の相手だと、おそらくこれまで少女が信じてきたであろう相手は、手のひらをくるりと返し、新たな女の手を取っていた。
神経質そうな男に見えた。生まれながらの王子様なだけあって、贅沢な生活をしてきたのだろう、素晴らしく贅肉が乗った、ふくよかな腹をしていた。
あまりにも唐突に言われたせいか、ティアージュと呼ばれた少女は動けなくなっていた。頭が真っ白になっているのかもしれない。
「あの……カルアン殿下、私に何か至らぬ点があったのでしょうか?」
弱々しく尋ねた。
「え。やだ、わからないのかしら」
クスクスと、カルアン殿下の横で腰を抱かれている赤黒い月色の髪を靡かせた令嬢が、ティアージュに悪意ある笑みを向けた。牙を剥くように。
(誰だっけ、あれ)
(モーナ・カーノ。カーノ伯爵家の令嬢です)
うちのロゼはさすがだった。
モーナの発言を口火に、嘲笑がティアージュを包んだ。周囲にいる貴族の含み笑いや密語が、さざなみとなってティアージュに押し寄せるようだった。
「無礼な!」
この場において、少女の味方は連れていた従者だけだった。
褐色肌の、ティアージュと同い年くらいの少女だった。
赤く短い髪をしていた。緑の瞳を怒りに輝かせていた。
均整の取れた、よく鍛えられた体幹が見て取れた。おそらくは戦士の職能持ちといったところか。
「ドラナーク公爵家の御令嬢に対し無礼であるぞ! 皆、放言は慎まれよ!」
ああ、しかし時はもう遅く、宮廷の大広間は彼女たちにとって完全なる敵地と化していた。
「なにあれ」
「卑しい異国の奴隷人種めが」
「殿下に見放されて焦っておるのかな」
「終わったなドラナーク家も」
これは酷い。見てられん。
外国の宮廷で暴れた場合、果たしてどうなってしまうのかを、俺はよく知らなかった。少なくとも外交問題くらいには発展するかもしれない。だが見て見ぬふりを続けると寝覚めが悪くなりそうだった。
仕方ない、声を出そうと──した時、ふらっとティアージュが倒れた。
危うく床に頭を打ちつける寸でのところで、従者が抱き留めていた。
「あーあ、まただよ」
「都合のいい症状だこと」
「昏睡令嬢めが」
吐き捨てるような舌打ちが、俺の耳に届いた。
読んでいただきありがとうございます。
ちょっとした宣伝作品です。
アニメでいうなら1クール、そんな短めの話になると思います。
そしてそして、本作と同じ世界の話をノクターンノベルズにて連載していますので、よろしければこちらも覗いていただければ。
「ぼっち勇者のドーナツクエスト」
https://novel18.syosetu.com/n1164jk/
ノクターンな作品です。
こっちも将来的にはそうなるかもしれませんが、いまはまだ、ここに置かせていただければなって。