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07 勇者と師匠⑤


「貴族になったと聞きました」


 最後に会ったのは十年以上前。


 それでも一目で誰だか分かった。


 それくらい、強烈な記憶として刻まれていた。


「いい町と領民です。ただ、部下の(しつけ)はきちんとしておいてほしいですね」


「…………なんだよ、そのふざけた恰好(カッコ)は」


「これがいまのフェネキアなので」


 フェネキア・クリームタルト。


 それがこの銀髪三つ編み眼鏡メイドの名前だった。


 とはいえ前回はメイド服など着ておらず、黒い実用的な戦闘服に身を包んでいた。何があった。


「うえっ!? 知り合いっすか!?」


 俺たちのやりとりを耳にしたジュランが素っ頓狂な声を上げた。完全に敵だと勘違いしていたらしい。


「まあな。だから二人とも武器を下ろせ」


 俺の指示を受け、少年と対峙していたジュランが慎重に間合いを外す。ところが後方で膨らんだ静かな殺気だけは止む様子がないときた。


「ロゼ」


 少しキツく言うと、渋々、矛を収めてくれた。


「ああ、あなたが──」


 フェネキアが、俺ではなくロゼを見ていた。


「何か?」

「いえ」


 苛立たしげに放つロゼの問いかけを、フェネキアはその太い眼鏡の(リム)に目線を隠し、微笑みながら流す。


 ──こんなだったか?


 記憶の中にあるフェネキア・クリームタルトという女は、もっと感情のない、淡々と仕事をこなす人形のような印象だった。


 どうしようもなく強く、それでいて美しい──。

 当時の俺は恐怖と憧憬で、心をぐちゃぐちゃにかきまわされた。十年以上経っても顔と名前が一致するってのは、まあつまりそういうことなのだ。


 だからこんな、普通の女みたいに(やわ)く笑うフェネキアには違和感しかなく、俺はどうしたってあの日のことを思い出さずにはいられなくなっちまう。




 いきなり死にかけた。


 アリスの軍人となり、配属された先でのことだ。

 まだゴロツキ部隊を率いる前、一兵卒だった頃の話になる。

 そこは中年の隊長を筆頭に、やる気のない兵ばかりがこれでもかと集まっていた。


 魔物が発生し、凶暴な個体も観測された広大な森と、人里との境界に建てられた兵舎が俺の初めての赴任地。

 その兵舎を拠点に、一昼夜の監視と警戒に従事する任務だ。


 森から魔物が出て来るようなら、すぐさまこれを迎撃し、手に余りそうなら一人が伝令として本隊に応援を要請しに行く。


 端的(シンプル)に言うなら、これだけの仕事でしかない。


 難しいことは求められていないものの、生命の危険とは常に隣り合わせだ。それなのに皆、だらけまくっていた。


「大丈夫大丈夫。どうせ何も起こらねえって」

「だいぶ前に、ゴブリンが三匹くらいひょっこり出て来たんで、隊総出でブチのめして追い返したんだが、それきりパタッと出てこなくなったんだわ」

「こっち側はヤベえって、魔物どもで情報が共有されたのかもしれねえなあ。なんせ俺ら最強だからよォ!」


 ハハハハハ! と全員が笑った。


「だから新入り、そう緊張するこたぁねえ。しばらくは監視塔でここが如何(いか)に平和か、身を(もっ)て知るといいさ」

「はあ……」


 確かに何も起きなかった。


 森に魔物はいる。蠢いているのが分かる。しかしそれでいて森から出てくる気配がないってのは、いっそ不気味に思えてならなかった。


 そのことを報告したが、笑い飛ばされて終わった。


「新入り〜、おめえブルっちまってんのか〜? でけえ図体の割に(キモ)は小せえんだな!」

「度胸が足りねえのは童貞だからだろ。早いとこ捨てとけよな。なんなら、いい店紹介してやろっか?」

「おう、先輩のオススメする店なら間違いねえやな。新入りは真面目すぎっからよ、息抜きをおぼえるべきだな」


 兵舎の中は惨憺たる有りさまだった。


 泥酔し寝台で横になったり、テーブルに噛りついてカードゲームに興じたりと、皆それぞれ、忙しく過ごしていた。


 魔物を気にする者など誰もいなかった。


 これは駄目だ。

 これでは守れる筈もない。


 崇高な使命や何かがあって、軍人になったわけじゃない。


 たまたま、自分には戦う才能があった。それを頼りにしただけの話だ。


 頭が悪く、容姿に恵まれず、商才もなかった。


 身体だけが大きく育った。職能(クラス)こそ望んだ「戦士」を授かれなかったが、匹敵するだけの鍛錬は積んだ。とにかく生家(せいか)を出られさえすれば良かった。


「笑えてきた」


 家族を捨てた俺が、人里に住まう知らない家族のために生命を投げ出そうとしているこの状況。


 周囲は魔物だらけだった。


 監視塔での警戒勤務を交代し、休憩に入ったまさにその時を見計らったように、森から魔物たちが這い出て来たのだ。


 警戒員は、交代する前から酒気を帯びていた。


 既に兵舎で酒を(あお)っていたのだ。


 当たり前の光景としてそれを受け入れてしまっていた俺は、兵舎の寝台で身体を横たえていた。きっと何かあれば監視塔に備え付けてある半鐘が打ち鳴らされる筈だからと。




 カンカンカンカン!




 鳴らされた時にはもう遅かった。


 何があったのか、釈明すべき警戒員は既に絶命していた。よってもはや想像するくらいしかできないが、酒に酔っていたその警戒員は、つまり魔物の接近に気がつかなかったのだ。


 半鐘が鳴らされたのも一度だけ。


 そして兵舎は、魔物に囲まれていた。


「なんだよこれ! 外が魔物だらけだぞ!」

「ゴブリンだけじゃねえ! 豹人(ワーパンサー)狼人(ワーウルフ)も、あッ、屍熊(グールベア)だと!?」


 壁がブチ壊された。


 三メートルはあろう巨体と、非生命体(アンデッド)分類で痛覚を有しないゆえに全力で振り抜かれるグールベアの爪が、兵舎の壁を無慈悲に薙ぎ砕いたのだ。


 あっという間に兵舎の中はモンスターハウスと化した。


「あぎゃッ! やめ! 痛ッ、オアッ、ギャッ!!」


 複数のゴブリンに(たか)られ、手にした刃物で滅多突きにされる者がいた。


「けふァ……ひゅーっ、ひゅー」

「おごえああああッ! あひっ、ひあっ、お、おっ……」


 ワーウルフに喉を噛みつかれている者、ワーパンサーの鋭利な爪で腹を裂かれ、臓物を抉り出されている者がいた。


「くそ!」


 俺は寝台の天井板を壊し、上から外に出た。


 この身体のデカさじゃ、隠れるのは不可能だった。


 我先に躍りかかってくるゴブリンを殴りとばし、四足歩行で殺到するワーパンサーを槍で地面に縫いつけてやった。


 足を止めたらやられる。


 戦いは数だ。


 俺の腕は二本しかなく、攻撃の回数、範囲(レンジ)もたかが知れている。対して魔物は俺の周りに無数。味方はなく、行き場もない。絶望しかなかったが、ここで俺がやられたら、次に魔物が向かうのは人里で、そこにいるのは戦う力を持たない人々だった。


「うらァッ!」


 見られて気味悪がられるおそれもないため、人前で披露したことのない自分のおかしな力を全開にした。


 ──手にした棒切れが、槍に変わるというワケの分からない力。


 意味が理解できず、秘していた。ひけらかしたところで、人生が好転するようには思えなかったのだ。


 それがまさか、この土壇場で役に立つとは。


「もうちっと、磨いとくべきだったな……」


 この時はまだ、便利な隠し芸の域を出ていなかった。


 長大な槍を、いくら瞬時に生成することができたとて、俺自身の技量が伴っていなければ、それは宝の持ち腐れでしかなかった。


 背後から襲われ、死角を衝かれた。


 血が流れ、疲労と痛みで視界が歪む。


 自分がまだ生きて戦っていることを褒めてやりたかった。


「ここまでか」


 目の前に、俺よりデカい毒々しい青色の熊が立っていた。


 グールベア。


 ヤツが右腕を振り上げた。


 痛覚がないグールベアは基本、隙だらけだ。攻撃は常に全力で、その破壊力たるや、もう笑うしかないレベルに達している。そもそもカウンターとか先制攻撃などの対人技術が一切通用しないのだ。


 振りかぶってタメをつくってからの、猛烈な一撃を、俺の目はスローモーションで捉えていた。


 人が死の間際に体験するという超常的なアレだろうか、なんて、そんな考えが浮かんだ。


 まあ、これをくらっちまえば痛みとか気にすることなく逝くんだろうな、と諦めていた。


 どうにもならないことはどうにもならない。


 だというのに、グールベアの魔爪(まそう)が俺の生命を刈り取るターンが訪れることはなかった。


 俺の視界には、黒い長髪の戦士の後ろ姿が映っていた。


 輝くばかりの長い刀を手にしていた。


「ボロッボロじゃねえか」


 声は下から聞こえた。


 視線を落とすと、深緑のケープに身を包んだ、ずんぐりとした男が興味深そうに俺を観察していた。


「ま、こういうおもしれーのを見つけられたし、わざわざこんなとこまでつき合った甲斐はあったな」


 ふてぶてしい笑みを浮かべたその男は、すっと開いた右手を顔の前で掲げ、ギュッと握りしめた。


「え?」


 右腕を斬りとばされたグールベアが、細切れの肉片となったのは、まさにその時だった。


「よく生きてる。この頑丈さはある種の才能かも」


 そう言いながら、死神がやって来た。


 それは襲いかかる魔物を不思議な技で投げとばし、暗器を急所に突き刺して作業のように魔物を狩る、黒いタイトな戦闘服を着た銀髪の眼鏡少女だった。

 ブーツを履いているのに、足音がまるでしなかった。


「なんなんだ、おまえたち……」


「運がいいぞ、オマエ。生き残り確定だ」


 ずんぐり男は忙しなく両手を動かしていた。


 この時点でもう俺は理解していた。


 周りの魔物が、次々と切り裂かれ、斬り斃されていた。


 刀を手にした長髪の戦士が黙々と戦っているだけでは説明のつかない現象が発生していた。


 あちこちで、いきなり魔物が細切れになっていた。


 ずんぐり男の手と、それは連動していたのだ。


「取りあえず、回復魔法が必要ですね。──ヤヨイ」


「うぇーい」


 僧衣姿の女の使う大回復(ハイヒール)とやらによって、俺の重傷は立ちどころに癒やされた。



 神刀(しんとう)の勇者、バルホワ・シズクァート。



 彼の率いる勇者パーティーだった。


 そして知らされた。


 俺の、この奇妙な能力とやらの正体を。


 神槍(しんそう)


「オマエは勇者だ。せいぜい、オレの手をわずらわせることのないよう頼むぜ」


 深緑のケープをまとったその男は、俺に勇者という存在の何たるかを説明した。


 魔族に傾き過ぎた天秤の調整役。

 神より授かりし兵装の使い手。


「シビカ・ネガロか。よろしく」


 素っ気ない挨拶を、バルホワとは交わした。

 無口な男だった。

 三人の美女を連れていた。


 暗殺者(アサシン)魔導師(ウィザード)僧正(ビショップ)


 フェネキアは、そのうちの一人だった。




「男爵様、ご無事で何よりでし────」


 どういうわけか絶句するティアージュがそこにいた。


 あー。


 原因は、おそらくフェネキアだな。


 そりゃそうだ。いきなりわけのわからない銀髪三つ編み眼鏡メイドを連れて帰ってきたら、そりゃ二の句も継げなくなるってもんだよな。


 ティアージュが平静を取り戻すまで3分の時を要した。


 治癒待ちのベルモネにとって長い3分になったかもしれないが、聖女様の機嫌を損ねるわけにはいかないだろってことで、まあ、我慢してもらった。



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