07 勇者と師匠④
「教えかたが上手いな」
ダンスに関してはステップやリードなど、さんざん駄目出しを受けたが、それでも尚、素直にそう思えた。
何しろこの頭の悪い俺相手に、声を荒げることもなく丁寧に指導してくれたのだ。当初、彼女は子供に文字の読み書きや算数を教えたいと希望していたが、確かに向いているかもしれない。
事態が落ち着いたら町に学び舎を建て、そこで正式に教師をやってもらうってのも、悪くない未来ではあるか。
「男爵様に、学ぶ姿勢がありましたから」
少し寂しそうにティアージュは笑った。
「いやいや、俺が頼んだことだろ。それでやる気なかったら失礼じゃないか」
当たり前の返しだ。
それなのにティアージュは目を丸くした。
「そう……なのですね」
どういうわけかその事実を受け入れたくないらしく、彼女は目を伏せてしまう。
「今夜はこのくらいにしとこうか。ありがとう。ちょっとだが、自信ついたよ」
まだまだ全然、付け焼き刃にもなってないが、ここは時間を割いてつき合ってくれたティアージュを労う意味でも虚勢を張った。
「少しでも男爵様のお力になれたのなら幸いですわ。では、おやすみなさいませ」
きれいな一礼と共に、ティアージュが応接室から出て行き、間もなくロゼが入って来た。
「広さ的にはシビカ様の部屋でやってもよかったんじゃないですか」
「さすがに駄目だろ。それに」
「それに?」
「俺が保たない」
濁してもロゼが相手では茶化されるだけなので、包み隠さず口にした。
「ですかー……」どうやら意表を突かれたらしく、ロゼは少し言い淀んだ。「でも、部屋の外で私とシキが待機してるのは変わらないじゃないですか」
それはそう。
第一に侵入者への対処。次いで間違いの防止策だ。
そんなことは分かっている。分かったうえで、俺が保たないのだ。
「そういう諸々は承知してるよ。でもベッドのある部屋でティアージュとの個人授業はやらない。これは絶対な」
「…………もしそうなっても、あの人は何にも言ってこないと思いますよ」
時々ロゼは物騒なことを口にする。
「俺以外の前でそんなこと言うなよ」
「シビカ様の前でしか言いません」
「おまえなあ……」
「それでも、ですか」
「そう。それでもだ」
「あんなに欲していた、婚約破棄された御令嬢じゃないですか。それが、いまなら簡単に手に入るんですよ」
これを言われるのは痛い。何しろロゼの前でハッキリと口にしていたからだ。
「なあ」
「はい」
「ティアージュの、いま置かれてる立場とか、現状とか、そういうのにつけ込むのって、ちょっとどうかと思うんだよ。おまえだってイヤだろ。そんなヤツが自分の養父とかさ」
「はーーーーーー」
これ見よがしに、ロゼがでかい溜め息をついた。
「つまり、ヘタレ続行ってことで、いいっすか?」
翌日の昼、食事を終えた俺はハビィから報告を受けた。
時空震探知器に反応有り。
今回は転移魔法ではなく、転移スクロールを使って町にやって来た者がいるとのことだった。
ホルダたち転移魔法の使い手は、地点登録した先へのスクロールを作成することが可能であり、彼らの功績で世界の交通網には革命が起こされた。
たとえば我がアクトラーナ領は、魔物の跋扈する険しい山に囲まれているため、往来の不便さにおいてはアリス随一と言っても過言ではあるまい。
だが転移スクロールさえあれば、生命の危険を冒して山越えなどせずとも、目的地へと一瞬にして辿り着くことができるのだ。
どれほど高価な値がつこうとも、人々が挙って買い漁るアイテムにはそれ相応の理由がある。キィーフ王国の血統魔法使いだけが産出可能な転移スクロールは、どうしようもないくらいに、まさしく破格の逸品だった。そして他を圧倒するこの優位性こそが、キィーフ貴族を狂わせた原因でもあるのだろう。
ネオ・ドラナーク公爵の血統への執着は異常という他なかった。家族よりも家格を重んじ、その障害となるなら娘であろうと容赦なく切り捨てるのだ。
家族を。
「…………」
「前回の連中みたいな、依頼を受けて来た冒険者って線もありますかね」
考えに沈んでいた俺を見て、ハビィは気を利かせてくれたのか、先に意見を出してくれた。
「屋敷の直近ではなく、町に降りたのが少し気になるな。俺も用意したら出るが、そうだな、ベルモネとジュランを先行させといてくれ」
「了解です」
ぱっと見、毛玉のような大男であるベルモネと、年がら年中プカプカと喧嘩煙管から浮雲を吐いている鉄扇使いのジュランは、うちの家臣団の中でも荒事専門といった面が強い。特にベルモネの腕力たるや、素手の殴打だけで魔物の討伐が可能なほどだった。
屋敷にいるティアージュの警護にベギナラとハビィたちを残し、俺とロゼは馬に跨り町へ向かった。
そこまで急がずに。
──転移スクロールを使う時点でキィーフ貴族ではない。
せいぜい使い走り程度だと思った。
そういった相手であれば、ベルモネとジュランで対処できるだろうと踏んでいたのだ。
「ん?」
町に入ってすぐ、上から何かが回転しながら落ちてきた。
間一髪、手綱を引いて巻き添えを避けた。
ぐどちゃ、という音がして、それは地面との激突を強いられた。
「ぐうっ……ンだよ、ごれ……痛ッて……」
落下物は人だった。
「ベルモネさん!?」
ロゼが珍しくあわてていた。無理もない。受け身すら取れず固い地面に叩きつけられたベルモネの身体は、挫創、捻挫、骨折と、一目で分かる重傷を呈していた。
俺は槍を手に、周囲の気配を探る。ここじゃない。喧騒はある。もう少し、先──。
「あれ、領主様だべ」
「男爵様が来なすった」
人集りができていた。
「何があった」
野次馬の一人に尋ねた。
「領主様の屋敷の人が、女の旅人に突っかかっていっただ。そしたらポーンて! もうオラびっくりしただ!」
町の広場に、その旅人はいた。
二人の旅人。
そのうちの一人と、ジュランが相対しているところだった。
奇妙な二人組だった。
王子様と見紛うほどの美形の少年と──長い銀色の髪を三つ編みにして、眼鏡をかけたメイド姿の年上の女──。
「来ましたか、シビカ・ネガロ」
メイドが馬上の俺を見て微笑んだ。




