07 勇者と師匠②
「はぁ〜〜? こったらとこに魔力灯なんざ、おっ立てなさるんだべか!」
物珍しげに人集りができた。
「夜でも明るくなるんだとさ」
「は〜〜、ここさ都会と変わらんくなるのう!」
「いやいや、そりゃー苦しいべや!」
「しっかし魔力灯て、都くらいじゃねえと魔石が手に入らんのと違うか」
「ま、あの領主様ならツテもあるんじゃろうて……って、オイオイ、なんじゃ、あの別嬪さんは!」
馬車の客箱から降りてきたティアージュを目にした領民たちがざわつき出す。
実に正常な反応だった。
余計な情報が先にないままで、純粋にティアージュの姿を見れば、そこに映るのは完全なる淑女であり、金髪縦ロールの慎ましやかな乙女なのだ。
断じて無能でも、昏睡令嬢なんかでもない。
元から呼んであった責任者を含む、集まった領民たちに魔力灯の説明をした。
魔力灯自体は簡易な構造なのだが、雨風に耐える支柱部位は金属が望ましく、外注の必要があったのだ。
町にいる鍛冶屋が元部下ということもあって、ここ数日は心置きなく大車輪で働いてもらった。
幸いにして鍛冶屋は意気に感じてくれたらしく、おかげで町と漁村、農村の三方に最低限の設置ができる本数を用意できた。
日が暮れる頃にスイッチを入れれば、明かりが灯る仕掛け。手動であるから、日が昇る頃にスイッチを切る必要はあったが、そこは設置エリアの責任者にお任せするしかない。
大国の都市部なら珍しくもない、ありふれた設置物だ。
だがここはアクトラーナ領。俺が着任するまで凶悪な魔物の棲む険しい山と海に囲まれ、以前の領主から半ば見放されていたような、貧困集落だった地域だ。
夜は建物の戸を固く閉ざし、祈るように眠りにつくしかなかった。
魔物は世界の濁りがカタチを成したモノだ。通常は山や森、谷の奥などの光の差さない地で発生したそれは、ある段階で急速に実体を伴い、感知した生命体に襲いかかるという。
光の差さない地──。その条件は、夜闇が世界を覆い尽くした人里に対しても適用された。再び朝を迎えるまでの間、そこはすべて魔物たちのテリトリーとなってしまうのだ。そして、たとえ一晩では成長できずとも、それは側溝や建物の影に潜み、静かに魔物へと至る時を待つ習性が備わっていた。
戦うすべを持たない人々にとって、山から降りてくる凶暴な魔物は勿論のこと脅威ではあったが、それよりもまず、身のまわりの生活環境から不意に襲ってくる成りたての魔物のほうを何よりも恐れた。
物陰からの魔物の襲撃による被害者は、到底捨て置ける数ではなかった。
普通の村であれば、冒険者ギルドを通じて討伐の依頼を投げているところだが、その金銭を絞り出す余裕がこの地域にはなかった。それほどカツカツの暮らしだった。
よって俺がこの地の新しい領主となり、まず導入したのが警衛隊だった。
俺の部下たちで構成された、見た目と言動はアレだが戦力だけは期待できる連中を三部隊に分け、夕刻から朝までの時間を領地の警戒に当たらせた。
既に酒場や鍛冶屋といった、第二の生活を夢見て町に移住したヤツらとは違い、未だビジョンが見えていない、あるいは荒事のほうが好きな、それでいて俺について来るような物好きたち。人里で「成る」ような魔物など歯牙にもかけないヤツらだった。
彼らの活躍もあって、被害を大幅に減らすことはできた。それでも根絶とまではいかない。
領民たちの生活の場に土足で踏み込み、隅から隅までひっくり返すようなやりかたなど、できるわけもなかった。
しかしおそらくは、これで──。
町の中央広場と四方の出入口。
畑作農家の出入口と畑の要所。
畜産農家の出入口と畜舎と外部の間の要所。
漁村の出入口と海岸の要所。
第一期の設置場所としては、まあこんなところだろう。
次回は俺の屋敷周りにも設置したり、いろいろと迷惑をかけてしまった酒場や宿場にも魔石を配って、店内灯として使ってもらうのもいいかもしれない。
「設置するところを見学させてもらうのは初めてでした」
帰りの馬車の中で、ティアージュはそんな感想を漏らした。
これまでは、魔石を補充するだけで、どう使われているかは知らされていても、その目で作業の現場に立ち会うことなど、公爵令嬢の身ではありえなかったのだろう。
王太子との婚約という枷から解放され、辺鄙な異国の男爵領送りになったからこそ、彼女にそういう体験をさせられたと考えると、少し複雑な気分になった。
「なんかある度に連れ出しちまってるな」
ホルダ一人をどうにかしたくらいで、血統魔法に目が眩んだキィーフのイカれ貴族たちが黙るとは、とてもじゃないが思えなかった。
未だティアージュは狙われていると想定した場合、油断して目を離すわけにも行かず、こうして俺の予定にいちいちつき合わせてしまっていたのだ。
「アクトラーナの皆様は、男爵様をとても慕っていらっしゃるのですね」
不満がないか聞いたつもりだったが、ティアージュは全然違う感想を口にした。
「え? ああ……。何でかね。税は納めさせてるんだがな」
とはいえ、いまの時点では最低限にしていた。
貴族にさせられ、領地を与えられ、やって来てみれば、いまにも寂れて消えてしまいそうなヤベーところだったのだ。
いつか税収を引き上げて贅沢するにしても、それはいまじゃないよなと考え、まず町をつくった。
領民たちを襲いに山から降りてくる魔物がいれば追い返し、食える魔物なら逆に狩って、その肉を皆に振るまった。
「特別、何かしたつもりはないんだよな」
これまでのことを思い返してみても、やはり何も引っかからなかった。
普通にしてただけだ。
そう俺が言うと、ティアージュは微笑んだ。
「男爵様の『普通』が良かったのでしょうね」




