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06 老人と冒険者たち⑤


「野獣男爵……。なぜここにいる」


 襲撃計画の初っ端をへし折られ、ホルダが恨みがましい目で俺を睨む。


「タネ明かしするわけねえだろ」


 言いながらも、俺は残る二人の戦士に注意を払う。


 一人は背の低い、しかし骨太な男の剣士。

 もう一人は、斧を持った中年の女戦士だったが、どういうわけか戦闘態勢に入らず、いま俺が上半身を吹き飛ばした少年魔法使いの亡骸(なきがら)に縋っていた。


「あーあ。だから言ったじゃないっすか。盗賊か斥候を入れときましょうよって」


 仲間を二人失って尚、その剣士は軽口をやめなかった。


 ただ、正論ではあった。


 力押しの編成に固執した結果、ホルダは盗賊系を除外し、奇襲を受けるに至ったのだが、もし四人の中に盗賊や斥候がいれば、俺たちはとっくに察知されていたことだろう。


「ま、そういう依頼主の意向を尊重した結果がこれなわけだからな。デニッシュもチャフォッカも運がなかったってことだぜ。ほら、しゃんとしろブリオッシュ。ここでおめえまで倒れたら、デニッシュは野ざらしのままになっちまうぞ」


 泣き喚く女戦士に蹴りを入れてから、その剣士は俺に向き直った。


「で、あんたがシビカ男爵か。オレはディース。キィーフで冒険者をやってる(もん)だ」


 短躯(たんく)──。


 その身長は、シキよりも低く、さながら子供のようだった。


 実際、俺を見上げていた。


 とはいえ見た目は全く子供らしからぬコワモテではあった。まず禿頭(とくとう)で、更には髭も眉も剃っていた。唯一まつ毛だけが、男の頭部で存在を許された毛髪だった。


 背丈相応に手も足も短くはあったが、代わりに骨が太く、筋肉がみっちりとついていた。


 軽そうな、革の胸当てと膝当てを身に着けていた。


「撤退はしないのか」


「ん? ああ、先行してた連中みたいに、分が悪くなったらとっとと逃げないのか、ってことか。残念ながらオレらは個人契約でね。あっちみたいにパーティ組んでた仲間とかじゃねえんだわ。よって、行くか退()くかは依頼主に任せてある」


 ディースと名乗った剣士は、そうドライに言い放った。


 盾は持たず、攻撃に特化した剣士。


 その帯革(ベルト)には剣だけが提げられていた。


 一本、二本、三本、四本……。

 いや、多いな。

 背中に斜め掛けしてる剣も含めれば五本にもなるんだが。


 いずれも長剣ではなく、やや短めの片手剣ばかりだった。


「ディース、ブリオッシュ、計画を変更する。ここで野獣を仕留めるのだ。やれい!」


「ま、それしかねえわな」

「よくもデニッシュを!」


 ホルダの号令一下、二人が動いた。


 腰の剣を二本抜き、両の手にそれぞれ握ってロゼめがけて走るディースと、大型の斧を両手で構えながら、俺へと一直線で向かって来るブリオッシュ。


 ロゼも即座に矢を放ち応戦したが、ディースは手にした二本の剣で器用に切り払ってみせた。


「チャフォッカの(かたき)! 思い知れよ!」


 ディースが一気に踏み込むと、そこはもう剣の間合いとなった。


 勝った! そんな喜色に溢れた顔でロゼに剣を振るおうとしたディースは、しかし上空から降ってきた矢の対処に追われることになる。足を止め、二本の剣を扇状に旋回させて頭上を防御した。


「なんだよ、いつの間に射ってやがった?」


 舌打ちをするディースの間合いから、既にロゼは離脱していた。


「それなりに強い」


 ロゼがぼそりと、感心したようにディースを褒めた。


 通常の水平射ちの前後に曲射を混ぜるのがロゼの基本スタイルだ。


 水平射ちにしても状況に応じて単射と連射を使い分け、対象の意識が逸れた瞬間に曲射を放り込む。そうして相手の位置、動き、更には自分の移動すらも計算に入れて敵を誘導するのである。天井のある屋内や、障害物が多々ある森の中ならまだしも、この開けた野原でロゼと交戦するなど無謀にもほどがあった。


 とはいえ、曲射を察知して反応できるディースもまた、通常の枠を超えた強さの域に達していた。


「ケッ! それなりかよ。んじゃ、オレより(つえ)ぇヤツを知ってるってことかい?」

「すぐ横にいる」


 お。ホントいい反応するなコイツ。


 ロゼの言葉がヒントになったにせよ、俺が死角から放った突きを、剣刃の腹を十字に交差させることできっちり防いでみせたのだ。


 が、致命傷はともかく衝撃まではどうにもならず、ざっと見で七メートルほどは吹き飛ばされた。


「クソがッ! なんつー馬鹿げた長さの槍だよ。どうかしてんぜ」


 尻もちをついた状態のまま、ディースは悪態をついた。


「っつうか、ブリオッシュは何をやってん……だ……」


 声が力なく途切れた。遮蔽物のない野原であったため、すぐ目に入ったのだろう。



 そこには巨大な円錐型の突撃槍が地面に突き刺さっていた。



 その槍には、人であったモノが串刺しになっていた。


 捕らえた獲物を木の枝に刺して保存する習性が一部の小鳥にはあるというが、これは図らずもそれに似てしまったかもしれない。


 何しろ腹のド真ん中を串刺しにされた女戦士が、穂先の奥で早贄(はやにえ)のようになっていたのだから。


「マジかよ。オレほどじゃないにせよ、ブリオッシュも白銀級認定された戦士だっつーのに」


 茫然とつぶやいた。


「投降するなら生かす方向で検討するが?」

「いやいや、駄目だろそれは」


 一応勧告したが、ディースはそれを却下した。


「仲間でも何でもねえ、初顔合わせの連中ではあったが、それでも果たすべき道理(スジ)ってモンはあらぁな」


「シビカ様」

「分かってる。手出し無用だ」


 ディースは立ち上がり、既に手の内にあった剣を一本、俺のほうへと放り投げると、空いた手で三本目の剣を抜いた。


 投げられた剣は回転しながら放物線を(えが)く。


「オラッ!」


 ディースは、まるでそれをキャッチしに行くような勢いで地を蹴り、俺へと躍りかかった。


 右手に剣。左手にも剣。──そして宙空にも剣。


 なるほど、これがディースの切り札。


 これをやるための、必要以上の帯剣か。


 (かわ)せばどうなる?


 すぐさま切り返しの一撃が迫ってくる。

 右からの袈裟斬り。左での横薙ぎ。更には飛来する剣が攻撃の選択肢を増やす。


 手に持った剣のいずれかを飛び道具として使い捨て、すぐさま飛来する剣を取って振り下ろしの斬撃へと変化してもいい。また、しなくてもいい。


 受けたらどうなる?


 槍と剣では間合いが違う。懐に入られた時点で()が悪くなるだけだった。


 そもそも迷わせるのが目的の剣の放り投げだ。


 見事術中にハマっていた。


 俺は後ろに退(さが)った。

 これが一番マシに思えた。が、それは向こうも織り込み済みだったようで、急加速するや、一瞬で俺の足元にまで入り込んだ。


「くっ!」


 俺は槍を振り下ろすが、ディースは俺の身体を軸にして螺旋状に回転しながら槍を避け、更には膝、腰と、そこにあるわずかな凹凸に手と足をかけて駆け上がり、目線を同一にまで合わせて来た。


「見たか、ボルダリング殺法!」


 ディースの連撃は正確に急所へと伸び、これを捌き切れなかった俺の首すじには血線が走った。


()った!」


 ディースの追撃は、しかし俺が足元から発生させた大槍を盾代わりにすることで阻まれた。


 後方宙返り(トンボ)を切って着地したディースは、隙を与えてなるかとばかり、すぐさま再攻撃を開始しようと剣を放り投げ、四本目を抜こうと──。


「はァ?」


 俺の頭上に、何本もの巨大な槍が踊っていた。


「油断大敵だな。してやられたよ」


 首の傷に手を当て、俺は苦笑した。


 ちらりとディースの背後に立つロゼを見ると、もう明らかな仏頂面になっていた。問答無用で後ろからディースを射殺していないだけ、まだ理性が利いていると見るべきか。


 これは絶対に怒られるなあ。


 重い気分になりつつも、俺は空に撒いた槍を操作し、ディースに向けて投射した。


 ディースはさすがだった。その絶望的な光景を前にして尚、幾つかの槍を躱し、どうしても受けざるを得ないモノだけを剣の腹で流し受けてみせたのだ。


 バキン!


 だが、それは悪手。


 致命的な音と共に、ディースの剣が砕け散った。

 俺の神槍(・・)を受けるには、その既製品の剣ではあまりに脆すぎたのだ。


「がぁッ!」


 剣を砕いたその槍は、軌道を逸らされていたおかげで間一髪、急所となる胴体への命中こそ成らなかった。

 しかしそれはディースの足元に、まるで墓標のように突き刺さっていた。


「ぐっ……なんだよ、これ」


 ディースの左の足の(すね)、足の甲がなくなっていた。刺さった槍が根こそぎ持っていったのだ。


「見たことあるぜ……てめえ、『槍』の勇者か……」

「ああ。そうだよ」


 もう動けなくなったディースめがけ、俺は残る槍の投射を全身に降り注がせ、この戦いを終わらせた。



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