06 老人と冒険者たち②
声は、廊下からした。
「どちら様で」
「入っても、よろしゅうおまっか?」
胡散くさいことこの上ない声だ。
応接間には俺とロゼ、ベギナラとハビィ、そしてティアージュとシキがいた。
だいたいの敵には対応できる。視線を交わし、確認を取った。
「どうぞ」
入室の許可を与えると、そいつは両手を振って入ってきた。
「ヤァヤァどうもどうも。お初のかたがほとんどでんなあ」
声の高さから女だと当はつけていたが、それにしても若い。
黒い前髪を片目が隠れるほど伸ばした、痩せた身体の女。
ダボッとした、サイズの合っていないジーンズ生地のオーバーオールを着て、これまた大きなバックパックを背負っていた。
「エマさん?」
その姿に反応したのは、意外なことにティアージュだった。
「久しぶりでんなティアージュはん。やっと直でお目にかかれましたわ」
「知り合いか」
「はい。……その、以前に王都で」
つまり、キィーフ側の人間ってことか。
「やー、そんな睨まんといてくださいな。そのデッカイお身体、おまはんがアクトラーナ男爵でっしゃろ? うちはエマ・サヒージュと言いまんねん。サヒージュ商会いうとこで、ほそぼそと商いなんかをば、させていただいとりますぅ」
身振り手振りが忙しない女だった。
「サヒージュ商会って、聞いたことありますね。確か、雑貨から武器防具まで幅広く、けれど主に魔法関連のアイテムを取り扱っているとか」
「へえ、そこなポニーテールのお嬢ちゃん、アンタ物知りでんな。せやで。うちは大陸一の商人なんや。中でも魔導具の目利きにかけちゃ、右に出るもんはあらしまへん!」
ドンと胸を叩き、誇らしげに反り返った。
「分かった。で、その商人がうちに何の用だ?」
「ま、これまでここに顔を出さんかったのは、うちにとって何の魅力もない土地だったからに他ならんのやけど、ちょい事情が変わりましてん」
つかつかと、ティアージュに近寄ろうとしたエマの前に、シキが立ち塞がる。
「…………」
そのシキを興味深く上から下まで観察してから、エマは振り返って俺に質問を投げかけた。
「結局のところ、ティアージュはんをどうされるおつもりなんで?」
「うちで預かる。キィーフには渡さない」
「へえ。そんなんして、何か得でもあるんでっか?」
挑発的な態度を崩さず、エマは言葉を継いだ。
「いまはまだ、冒険者とか雇われ連中が送り込まれてるだけみたいやけど、そのうち、キィーフ貴族なんかもやって来まっせ」
ケッツの顔が浮かんだ。アレも一応は貴族の子息に入るのだろう。
「雇われ連中ならボコったり、場合によっちゃお手打ちになさるのも構しまへんのやろうけど、これが貴族相手となればそうも行きまへん。外交問題一直線ですわ。そんなメンドイ火種、抱える義理が男爵はんにあるんでっか?」
「ある」
「はァ」
一言で返され、エマは「ん?」という表情になった。
「逆に聞くが、おまえには分からねえのか?」
さっきからごちゃごちゃと、うるせえ。
「…………ティアージュはんには、血統魔法が」
「なんだおまえもそれか」
被せて、最後まで言わせなかった。
「可哀想なヤツだ。そんなんじゃおまえ御自慢の目利きも高が知れるな」
トゲトゲしい言いかたを敢えてした。
「なあ、アンタにも分かりやすく、いちいち説明してやろうか? まず何よりティアージュをちゃんと見ろよ。少なくとも俺にとっちゃ血統魔法とかどーでもいいんだわ」
本音だった。ずっと。同じキィーフ人にずっと言ってやりたかった。
これは渡りに船だった。
「まず美人だろ! 何でそこを優先しない。美人はな、ただ美人であるってだけで価値があるんだよ! 魔法が云たらとか心底どーでもいいわ。それに手入れの大変な金髪をきれいに維持して輝かせてるのに気づかないか? 縦ロール舐めンなよ? あとスタイルだって崩れてない。努力の賜物じゃねえか。加えて性格もいい、きちんと貴族としての作法も身についてる。食事の時のテーブルマナーとか見たことあるか? ちょっと完璧すぎて見惚れる、っつーかマジでどこの聖女様ですかとなってアタマ混乱するっての! なのにおまえらと来たら、こんだけの御嬢様をつかまえてよ、無能だなんだとコキおろして、ホントどうかしてんじゃねえのか!?」
まくし立ててやった。
ぱちぱちぱち。
ところがエマは、何くわぬ顔をして、俺に拍手まで贈ってきやがった。
「ティアージュはん、良かったなあ」
──あ。
耳まで真っ赤になって俯くティアージュが視界に入った。
「その……もう、いいですから。十分ですから」
か細い、小さな声だった。嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになったみたいな、これまで聴いたことのない声色になっていた。
「男爵はん、えろうすんまへんなァ。でも合格やで。アンタええ男やな!」
そう言って、エマはカラカラと笑った。




